女帝の横にいるあの人   作:高千穂牧場のカフェオレ

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女帝の横にいるあの人 1

「…おい貴様、遅いぞ早くしろ」

「はいすいません。今行きます」

 

いつからだろうか、私とこいつがこんな関係になったのは

 

日本ウマ娘トレーニングセンター学園

通称トレセン学園

Eclipse first, the rest nowhere.

唯一抜きん出て並ぶ者なし

をモットーとし、レースに勝つ事を目標に全国から集められたウマ娘達が日夜トレーニングに励んでいる。

私、エアグルーヴもその一人だ。

普段は生徒会に属し生徒会長であるシンボリルドルフを補佐する役目につき、生徒達の模範となるべく質実剛健、清廉潔白に行動

もう一つ体が欲しいと思うが充実した日々を過ごしている。

そんな私の専属のトレーナーなのだが…

 

「あーエアグルーヴー、お疲れ様ー」

平々凡々で中肉中背で間延びした良く通る声で私を呼ぶ男

「…おい貴様、また寝癖がついてるぞ。全くいつも言っているがな、私のトレーナーなのだからもっと身だしなみをだな」

「え?どこ?ごめんねー、許してよー」

側頭部のハネを手で押さえながらペコペコと頭を下げ謝ってくる昼行灯めいて特徴があまりない男が私の専属トレーナーである。

 

こいつと初めて会ったのは中等部2年の時

オークスを制した偉大な母の娘にしては模擬レースや選抜レースでの結果が他のウマ娘達に比べて振るわず、トレーナー達の目に留まらず未だにデビュー戦に参加する事ができなかった私に声をかけてきたのがこいつだった。

なんでも中央トレーナーとして昨日このトレセン学園に中途採用されたらしく友人もいなければ在学しているウマ娘達のことも把握できていない。

そこで理事長秘書からまだデビューしていない娘はいないかと尋ねたところ私に白羽の矢が立ったと言うことらしい。

ヘラヘラと笑いながら喋るこの男に私はあまり良い印象は受けなかったので初対面の相手、ましてや年上の男に対してはかなり高圧的な態度をとってしまっていたと思う。

だがこいつはそんな事は暖簾に腕押し

何も気にした素振りを見せず相槌をうちまたヘラりと笑い、私のトレーナーにならせてくれないかと頭を下げてきた。

 

私は悩んだ。

こんな生意気なウマ娘に頭を下げてくるなんて何な裏があるんじゃないか?何を考えているんだと。

しかし未だにデビュー戦すらできていない身である上に自主トレにも限界を感じていた私にはありがたい申し出。

これを逃したら次はいつ?

母の為にも私の為にも先ずはレースに出なければとこいつの申し出を受け

「私は私のしたい様にする、貴様は先ず私に相応しい事を示すことから始めろ」と言い放ちその場を足早に離れる。

それでも奴はヘラヘラ笑いながら明日からよろしくーなどと間延びした良く通る声で私に向かって言い放っていたが無視をして寮に戻った。

 

翌日の早朝、私はいつも通り朝のトレーニングをする為コースへ歩いて向かう。朝霜が降り芝を滑らせ、肺を満たす空気は冷たく、吐く息は白い。もう冬はすぐそこまできている。

誰にも邪魔をされず自分のペースでトレーニングを行えるこの朝の時間が私は好きで学園に入ってからの大切な日課なのだが今日は先客がいる様だ。

だがコースに入りしゃがみ込んでいるのはウマ娘ではなく昨日の男。

ジャージを着込み厚手のウインドブレーカーにバケツを片手にコースで一体何をと思い問い詰めると奴は昨日と変わらずまた笑いながら

「いやね、明日からよろしくって言ったでしょ?でも何時から集まるかとかを話してなかったし駿川さんに聞いた話だと朝練してるって聞いてたから。なら待ってようかと思って」

それに暇だったからさと笑う奴の手のバケツには石や欠けた蹄鉄などが入っていたのをみてつい笑ってしまった。

まだ朝の5時で日も出ていないこの時期に私より先に来て待っていて、その上暇だからとコースの落下物を拾っていたこの男に構えていた私がバカらしくなった。突然笑い始めた私に面を食らった様子の奴にまた笑いが込み上げる。

 

「はー…この時期に、それにまだ日も出てないのにそんな事までして本当に暇だったんだな貴様は。寮に連絡の一つでもすればよかっただろうに」

息を整え奴をみやるとしまったと言わんばかりに天を仰いだ。

その行動が可笑しくってまた笑った。

奴も釣られて笑っていた。

 

一頻り笑い合って落ち着いた頃奴は付けていた軍手を外し手を差し出した。

「これからよろしくエアグルーヴ。早速だけど君の目標、目指す物を教えてくれないか?」

「ああ、よろしく頼むトレーナー。私の目標、目指す物は母と同じオークスの舞台に立ち勝つ事だ」

握手をした奴の手はすっかり悴んでおりひどく冷たかったので朝練はせずに先ずは部屋に戻ってこれからの話をする事にした。

 

 

 

「エアグルーヴ今週は坂路をメインに練習していこうか。2400走り切るにはもう少し体力があった方がいいと思うから」

「流石だよエアグルーヴ!メイクデビュー戦7バ身差なんて本当にすごいよ!今日は初勝利のお祝いだな!」

「本?いやー活字ってあんまり好きじゃなくて…え?これ読め?読んだ方がいい?わかった読んでみるよ。ありがとうエアグルーヴ」

「G1に出てみよう。出場するのはホープフルステークス。中距離、差しで。エアグルーヴなら勝てるよ」

「おめでとうエアグルーヴ!お前は最高のウマ娘だよ!」

「花好きなの?僕も好きだよ。喋りかけてあげるともっと綺麗に咲くって聞いてさ、まるで…ははは、ちょっと気持ち悪かったな。ごめんごめん」

「大丈夫だよ、僕はエアグルーヴが頑張ってるのちゃんと知ってる。朝早くから練習して皆のお手本になる様努力してて、負けるのがすっごく悔しいのも知ってる。一歩ずつ進んでいこう、一緒に」

「部屋の片付けとかマジでいいんで!やめて!ちょっと!力つっよ…!あーー!!」

「君ならいける」

「おめでとう エアグルーヴ」

 

 

 

「いつもエアグルーヴさんの隣にいる人ってトレーナーっていうよりマネージャーって感じがしますよね」

新しく入学してきた新入生達を連れて食堂で質疑応答をしていた所1人がそんな事を言い始めた。

言い得て妙だがそんな事はない。

奴は私がやりたい事をしっかり聞いてくれて出来うる限りを尽くしてくれる私のトレーナーだ。

確かに未だ未熟な部分はあるがそれは私も同じでお互い一歩ずつでも成長をしている。

何を見てそう思ったのかは知らないが奴との付き合いで空気を読む事を少しは理解していたので

「あぁそうだな。奴はトレーナーというより私のマネージャーが正しいかもしれん。未だに未熟なところが多くて参ってしまうよ」と言った、言ってしまった。

ですよねーと周りの娘達もキャイキャイ言いながら先ず喋り方ですよねー敬語使ってないですしーだとか身だしなみもねーとか私のトレーナーへのダメ出しに私は相槌を打つばかりで周りを気にしなかった。

扉が閉まる音に、気持ちの落ちた足音に私は全く気づけなかった。

 

 

 

「おはようございますエアグルーヴさん、今日も怪我のないよう気をつけていきましょう」

「…なんの真似だ貴様」

トレーニング場では昨日までの奴の姿がなかった。いつものジャージではなくスーツを着込み、身だしなみが整い、口調が変わり、寝癖などどこにもない男がいた。

「いえ、今までがよくなかったのです。これまでのエアグルーヴさんに対して失礼な態度を取ってしまい大変申し訳ありませんでした」そう言って頭を下げる

なんだ、これは

いつもの奴の話し方ではない。それどころかまるで別人…

「その話し方をやめろ気持ち悪い。いつものようにしていればいいだろう」

「…申し訳ありません。ですがこれはエアグルーヴさんの為でもありまして」

「いいからやめろと言っているのだ!!!」

トレーニング場に私の怒声が響いた。

他に練習をしている娘達がなんだなんだとこちらを遠巻きに見ている視線が鬱陶しかった。

それなのに奴は眉を下げ腰を曲げ頭を下げながら申し訳ありませんとしかいわない。

もういいと私は踵を返し寮へと戻る、後ろを振り返れば奴は止めるどころか頭を下げたままだった。何度振り返ってもずっと。私の姿が見えなくなるまで

 

 

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