女帝の横にいるあの人   作:高千穂牧場のカフェオレ

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相応しく、なりたかった


幕間 あの人の横にいる女帝

慣れないスーツを着込み、身だしなみを整え、礼節を弁えた言動を心がけ、彼女に迷惑がかからない様気をつけた筈なのだが相手にされるどころか怒らせてしまった。あんなに怒りを露わにする彼女を初めて見た。思わず頭を下げ謝罪をするがもういいと言って寮へと戻ってしまう。彼女がトレーニングをせず戻ってしまった事に驚きその場を動けず声をかけようにももう姿が見えなかった。

翌日彼女に呼び出され、何故突然態度を変えたのかの理由を問いただされた。理由は、言えなかった。趣味の悪い聞き耳をして彼女の内を聞いた事を知られ今以上に心証を悪くし幻滅されるのが怖かった。此方を見据える彼女の目が真っ直ぐで目を合わせられず緊張で出された紅茶にも手が出せないまま言葉も発せず時間が過ぎ、カチカチと時計の秒針だけが部屋に鳴る。

「私に何か落ち度があったか?」痺れを切らした彼女は自分にそう聞いてきた。そんな事はない。彼女は完璧で妥協を許さず最期までやりきる責任感の強い女性だ。そんな事はありませんと返事をすれば被る様になら何故だと再び聞いてくる。何故と言われれば自分は彼女に相応しくなく負担になりたくないから、少しでも彼女の役に立ちたいからと言い訳をつらつらと話すわけにもいかず貴方のためですと言うと彼女は黙ってしまう。

それからまた暫く経ち淹れた紅茶はすっかり冷めてしまい、陽が落ち始めるのをきっかけにまた話そうと彼女が腰を上げる。帰り道もお互い何も話さず5分もすると学生寮に着きお疲れ様でしたと言うが彼女は此方を一瞥もせず扉の向こうに行ってしまった。

 

それから日々は過ぎていき、彼女の調子は目に見えて悪くなりお互い必要最低限の会話と連絡をするだけになり、常にピリピリとした空気を漂わせてしまい周りからの苦情が理事長に届くのも自明の理だった。

「不明ッ!最近の君らの行動はいったいどう言う事なのか説明をしてもらいたい!」不明と書かれた扇子を広げた秋川理事長に呼び出された。部屋には駿川さんともう1人シンボリルドルフが待っており、詰問を迫る。

「突然の呼び出しで申し訳ない。今日は理事長に頼み込んで君と話す為に時間を作ってもらい同席させてもらった。率直に聞く、何故突然エアグルーヴを避ける様な事をするんだ」此方を射殺さんばかりの力強い眼に思わず一歩後ろに下がってしまう。まあまあとシンボリルドルフの肩を叩き嗜める様に駿川さんが間に入りまずは座りましょうと促す。

それぞれ無言で正面に座り重苦しい雰囲気が部屋を覆う。「確認っ!改めて説明してほしい。いったい何があったのかを」異なる感情の6つの瞳が此方を見る。胡乱、怒気、同情。皆彼女の事を思っての行動なんだ。白旗をあげ僕のこの女々しく、みっともなく、醜い心の内を吐き出した。

自分が彼女に負担をかけ続けていた事、自分は彼女に相応しくなく、自分なりに少しでも彼女の横に立っていられる様努力をしたつもりだったが結果が伴わず、日々調子を落としていく彼女をケアすることもできなくなり、どうすればいいのかもわからなくなっていた事。話し合おうにも切っ掛けさえもらえない。そんな僕が彼女の『トレーナー』でいていいのか?良い訳がない。『マネージャー』の僕では彼女を、エアグルーヴを導けない。もっと、もっと高みに行ける。僕の手助けなんてなくても…だから

「エアグルーヴのトレーナーを辞退させてください」もうダメなんですと俯きながら組んだ手を額に当て堰を切ったように言葉を言い放ってしまった。

暫く誰も言葉を出さず聞こえるのは外周を走る娘達の声、下校し和気藹々と帰る娘、陽が傾き黄昏の光が部屋を照らす中シンボリルドルフが頭を下げ言葉を紡ぐ。

「トレーナー君、話してくれた事、心より感謝する。こんな小娘に自分の心の内を吐露するのは屈辱だと考えていると思う。それを知らずに追い立てる様に追求してしまった事を謝罪させてほしい…申し訳ない…」同情の言葉は僕に辛かった。喉が狭まり、息が吸い込みづらく、胃が痙攣する。幸い事は起きなかったが目に見えて顔色が悪くなっている僕はゆっくりと懐から退職届を秋川理事長に渡す。

「今の私は学園にとって不利益な事しか起こしていません。それどころか未来ある彼女を潰してしまうかもしれません。そうなる前に、どうか、これを、お願いします…」じっと青い瞳が此方を見すえ、ふーっと息を吐いて続ける「決定っ!今君は真っ当な判断ができないと見える。ので、これは一旦預かるが休職扱いとして1ヶ月療養の辞令を渡す」あれよあれよと話は進み、学園保有の療養地に行く事を命じられ退職は保留、エアグルーヴとの接触、連絡は禁止。

「1ヶ月後の宝塚記念。そのレースの行く末を見て、紙ではなく君の口から聞こう」

彼女にもほぼ同じ措置をするとの報告とレースまでのトレーニングメニューの提出をする様にとお達しを受け失礼しますと部屋を退出し、そのまま駿川さんに付き添われ社宅へと向かう。時折り駿川さんが此方を伺い何か言葉を掛けようとしてやめるを数回繰り返していると社宅に着く。

部屋から事前に作成していたトレーニングメニューを渡し、ありがとうございましたとお礼を言ってから部屋に戻ろうとするが待ってくださいと止められる。

「トレーナーさん、一つだけお聞きしてもいいですか?」

「はい、なんでしょうか」

「この3年間はどうでしたか?」

質問の意図がわからなかった。

3年間、彼女を見つけて、会って話して、喜んで、悲しんで、一緒に駆け抜けて。これまでの事が脳内を駆け巡り、自分より高かった影法師が少しづつ消えていく。

「……楽し、かったです」

絞り出した言葉に満足したのか駿川さんはにっこりと笑い、1ヶ月後にまたと言って来た道を戻る背中を見送り扉を閉めた。

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