「少しは反省する事だね」
「分かってるよ。この歳で知恵熱だなんて情けない」
「申し訳ありません……」
「君が謝る事はないさマックイーン。お陰で見聞は広がったよ」
門限になっても寮の前に現れず、心配して部屋まで様子を見に来たヒシアマゾンに部屋で倒れている所を発見されたフジキセキは寮の医務室のベッドで寝かされていた。
急病かとヒシアマは慌てたが、目を覚ましたフジキセキに事情を説明されると呆れて物も言えなかった。
数日前、マックイーンが嬉しそうにビニール袋を手に買い物から帰ってきた所をフジキセキが「何かいい事があったのかな?」と呼び止めた。
そこからはマックイーンの独壇場だった。マックイーンが買ってきたのは『エイリアンvsシャーク』という吹き替えさえされていないZ級映画。普段からハリウッド等の名作を嗜む程度に観ているフジキセキは聞いた事もない制作会社に興味を示し、同士が増えると息巻いたマックイーンから同じ会社の別作品のDVDを借りて部屋で鑑賞を始めた。
するとフジキセキは絶句した。この世にこんな演技で売り出す映画が存在していいのかと。余りにも稚拙な台詞回し、100均に売っていそうな小道具、素人でも作れてしまいそうなCG。
流石にマックイーンの冗談だろうと停止ボタンを押そうとしたが、その手はマックイーンが名家のお嬢様であることを思い出すと止まった。
『もしやこれはある種の先鋭芸術なのでは?確かに誰にでも作れてしまいそうだ。しかし、そう思わせる事が作り手の狙いだとしたら私はまんまと嵌ってしまった。むしろ嘲笑した者ほどその意図に気付いた時の衝撃は大きい』
一流の舞台俳優として制作会社の意図にない裏を読み、深い感銘を受けたフジキセキはそのまま全作品を鑑賞した。何故サメが飛ぶのか、何故サメが幽霊になるのか、様々な疑問をぶつけてくる割には回収しない制作会社の存在しない意図を探し続け、全作品を観終わると共にオーバーヒートして倒れたらフジキセキにヒシアマは只々呆れた。
「今日しか休むのは認めないからね。明日はちゃんと来るんだよ」
「うん、迷惑かけるね」
「ホントだよ、全く」
擁護の余地なしとヒシアマは同じ寮長として厳しい声を掛け、フジキセキも反省した様子を見せていることから部屋から出ていき、マックイーンも申し訳なさそうにしながら後に続いた。
医務室に一人残されたフジキセキはマックイーンが扉を閉めるまで手を振り、完全に閉まり切った事を確認してから手を下ろすと深いため息を吐いた。
「何をしてるんだか……」
久し振りに舞台俳優としての血が騒いでしまい、他の人に迷惑を掛けてしまったフジキセキはベッドに身体を倒して天井を見上げた。
しかし、先鋭芸術に匹敵する映画を鑑賞した事である種の満足感で胸の中は満たされていて、頭の中では俳優達の拙い演技が何度もリプレイされる。
「『あー、そうだよケビン。鮫がエイリアンを倒す鍵なんだ』。何か違うな、もうちょっと棒読み感を……」
『入るぞ』
俳優達の渾身の大根演技を何とか我が物にしようとフジキセキは台詞から練習を始めたが、医務室の扉を叩く音がしたから練習を止めにするとノックした本人は回答を待たずに扉を開けた。
すると部屋に入ってきたのはリンゴが入ったバスケットを持ったナリタブライアンだった。フジキセキが時間を確認してもまだ門限前、珍しい事もあるものだと歓迎した。
「ブライアンが門限前にちゃんと帰ってくるなんて珍しいね。どうしたんだい?」
「アンタが倒れたってエアグルーヴから聞いた。大丈夫か?」
「……」
「やっぱり何処か悪いのか?」
「いいや、ちょっと疲れて倒れただけだよ」
フジキセキはつい呆然としてしまった。ブライアンはフジキセキが倒れたと聞いたから門限前に帰って来て、わざわざフルーツの入ったバスケットまで用意したのだ。
いつもは中々言う事を聞かないブライアンがフジキセキが倒れたと聞いたらすぐに駆け付け、見舞いの品まで持ってくるなんてフジキセキは思いもしていなかった。
ブライアンはフジキセキのベッド横にある椅子に座り、テーブルにバスケットを置くと腕を組んで何をする訳でもなく鎮座した。器用な方ではない事はフジキセキも承知しているし、ブライアンも慣れない事は他人に任せるタイプだ。
しかし、ブライアンは何か待っているかのように指を動かしていて、先に察したフジキセキから声を掛けた。
「退屈なら部屋に戻って大丈夫だよ。気持ちは十分受け取ったから」
フジキセキとってもブライアンが見舞いに来るだけでも嬉しいというのは本音だった。しかし、自分の不手際に付き合わせる気も無く、気にしなくていいとフジキセキは笑って帰るように促した。
だが当のブライアンは椅子の上から動こうとはせず、聞こえてない訳がないとフジキセキも不思議に思っていると、ブライアンはバスケットの中からフォークを取り出すとフジキセキの前に突き出した。
「……もしかしてリンゴを切って欲しかったのかい?」
「違う。アンタ手品好きだろ?」
「まぁ、好きだけど」
「今から手品を見せてやる」
ブライアンが突然の手品をやると言い出すとフジキセキは呆気に取られていた。
コンビニおにぎりの包装ビニールでさえビワハヤヒデかエアグルーヴにやらせているブライアンが、手品という細かな動作を必要とする芸をするなんて考えられなかった。
寧ろブライアンの方が体調が悪いんじゃないかとフジキセキが心配する中、取り出したフォークが本当に金属製であることやタネや仕掛けがない事をフジキセキにアピールをしている。
フジキセキが触ってみても確かにフォークは硬く、手品用の飴細工が仕込まれているような物ではなく、フジキセキが力を入れてみても曲がるような雰囲気もないウマ娘用の合金フォークであるのは確かだ。そんなフォークでブライアンがどんな手品を見せる気なのかとフジキセキも期待した。
「タネも仕掛けもないこのフォークを力を入れずに曲げてみせる」
ブライアンは従来の手品通りフォークの首部分に親指を当てがい、曲げてみせると宣言するとフジキセキもブライアンと向かい合うようにベッドの上で座り直して注目した。
するとブライアンが持つフォークは見る見るうちに曲がり始め、フォークの首を90度までしっかり曲げるとフジキセキにフォークを手渡した。
フジキセキはすぐにタネを見破ろうとしたが力を入れてみせてもフォークは曲がる気配はなく、そもそもブライアンが力んだ様子すら無かった。
「どうやったんだい!?」
「ハンドパワーだ」
まさか自分でもタネが分からないような手品をされるとは思わずフジキセキが驚いていると、ブライアンも得意げに鼻を鳴らしていた。
「昔姉貴と練習していたんだ。昔は今ほど上手くできなかったが、驚いただろ?」
「全然分からない……誰にも教えないからやり方教えて貰えない?」
「何だ、仕方ないな」
どんな仕掛けを使って硬いフォークを曲げたのか気になって仕方がないフジキセキは息を荒げながらブライアンに詰め寄り、悪い気はしないブライアンもバスケットから同じフォークを取り出した。
「全く同じフォークだ。種も仕掛けもない」
「本当に硬いね、これをどう曲げるんだい?」
「コツは手ではなくて足の筋肉を使うんだ。いくぞ、ッ」
一体どんなトリックがあるのか手を注視していたフジキセキに対してブライアンは足を見ているように言い、何故足なのかと困惑していたがブライアンが床に足を踏ん張った瞬間、ブライアンが持っているフォークはまたぐにゃりとへし曲がった。
ブライアンはまた得意げにフォークをフジキセキに渡すと、フジキセキは目を瞬かせたままだった。
「……今どうやったの?」
「簡単だ。足を踏ん張る事で腕に力を込めやすくして、容易く曲げたように見せただけだ。力んでないように見せるのが難しくてな」
「あっ、ハンドパワーってそういう……」
「文言通り、握力だ。アンタ達がやってるのも大体こんなものだろ」
タネも仕掛けも、何なら理屈も無い。圧倒的フィジカルに物を言わせたブライアンの手品にフジキセキは試しにフォークの首に力を入れてみたものの、僅かに曲がっていくだけで飴細工を曲げるようなブライアンの動作では出来そうにもなかった。
確かにこれはブライアンにしか出来ない手品だとフジキセキも感心していると、ブライアンはバスケットから果物ナイフとリンゴを取り出してから皮を剥き始めた。
「相手の意識を別に向けさせて、自分は違う事をする。アンタが手品好きなのも頷ける」
「様になってるかな?」
「なってはいるが、大変じゃないフリをして倒れてるんじゃあまだまだ詰めが甘いな」
「ブライアンに言われたら返す言葉も無いよ」
「アンタも会長も、もう少し人を頼ってみたらどうだ」
フジキセキが倒れたと聞いてブライアンは自分にも責任の一端があると思いながらも、フジキセキが普段から寮長の範疇を超えた各ウマ娘達への気遣いも原因の一つだと叱責した。
上に立つ者としての立場を理解しながらも慕われる者でもあるのだと諭そうとするブライアンに対し、まさか映画の見過ぎで倒れたなんて言えないフジキセキは口を閉ざしたままその言葉を噛み締めていた。
「ごめんブライアン……」
「私に謝る必要はない、アンタと私の仲だろ。ほら食べろ」
リンゴの皮を剥いて食べやすいサイズに皿の上で切り分けたブライアンは指でリンゴを掴み、フジキセキの口元まで運ぶとフジキセキも大人しく咥えて咀嚼した。
瑞々しい甘さと酸味が疲れた脳に染み渡りフジキセキも目を瞑って味わっていると、不意にリンゴにしては細く固いモノが口の中に入ってきた。
不思議に思ったフジキセキが目を開けると、リンゴを掴んでいたブライアンの指まで自分が咥えているのだと理解した。だが自分が何をしているのかという判断が遅れ、二人の間に沈黙が流れてから顔を真っ赤にしたフジキセキが咥えていた指を放すとすぐにブライアンの指を布巾で拭った。
「ご、ごめんブライアン!」
「別に、今更気にするか」
「汚いから気にするよ!」
「アンタを汚いと思った事は一度も無いがな」
「そんな事を言ってる訳じゃ…っ!?」
フジキセキが自分か付けてしまった唾液を拭っていると、ブライアンはフジキセキの両手首を掴むと強引にベッドの上に押し倒した。
ただでさえ体調が優れないフジキセキがどれだけ抵抗しようとも拘束はビクともせず、抵抗を諦めると覆い被さっているブライアンを見つめる事しかできない。
「『アンタと私の仲』だろ」
「そう、だけど……」
ブライアンが入寮した当日、他のウマ娘と同様にポニー扱いをしようとして、初めて『力負け』したフジキセキにとってはブライアンは変わらず制御が利かない存在。
クラシック三冠や有馬記念を取っても門限を破る事は気にも留めず、だが必ずフジキセキの元には帰ってくる。初めて会った頃から変わらないブライアンをフジキセキ自身もどう扱えばいいのか分かっていない。
「分かったら、ちゃんと寝ろ」
また負けてしまうのかとフジキセキは身構えていたが、ブライアンは手を離してからフジキセキの身体を抱えるとベッドの上に寝かし直して毛布を掛けた。
手を出さないのはブライアンの優しさであるのは頭では理解しながらも、フジキセキは僅かに落胆の様子を見せるとブライアンも呆れた。
「私に見境がないとでも思ってたのか。病人に手を出すほど馬鹿ではない。今のアンタじゃ張り合いもないしな」
「張り合いって、私は勝負とかのつもりで…!」
「分かった、言葉が悪かったな。今のアンタじゃお互い満足できないだろ」
「っ……」
「私だって我慢してるんだぞ」
ブライアンに力では敵わなくともフジキセキにも女としての意地がありブライアンに反論の意思を見せたが、包み隠さないブライアンの言葉にすぐに顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
いつもは飄々としていても、自分に勝る強者にしか見せない女性としての一面に惚れたブライアンはフジキセキが快復する事を願い、そんな含みのある願いを直球で投げられたフジキセキは一息吐いてから毛布を被り直した
「……分かった。けど次は私が驚かせてあげるからね」
「ふっ、そうこないとな」
「じゃあ私はもう寝るからね。ブライアンも今日は早く寝るんだよ」
フジキセキも次は私の番だと息巻き、少しでも早く体調を治そうとするとブライアンも退室しようとしたが、その前にフジキセキの額にキスをするとまたフジキセキは顔を赤らめてからブライアンに背を向けた。
「もぉ!今日のブライアン嫌い!」
「あはは、それじゃあおやすみ」
今日は調子を崩されっぱなしのフジキセキは声を荒げ、そんな姿をブライアンも笑いながら部屋の灯りを消してから退室した。
「おい、倒れた理由聞いたぞ」
「え、えー?何のことかな?」
「ちょっと顔貸せ」
後日、フジキセキが倒れた理由をヒシアマゾンから聞いたブライアンはフジキセキに詰め寄り、流石にまずいとはぐらかそうとしたが怒り半分のブライアンはフジキセキの手を掴んで誰も来ない場所へと連れて行った。
そして、二度と体調を崩すものかとフジキセキは誓った。
本編は多分2週間後、尺繋ぎは多分無いです。
本当は素人うまだっちブライアンの予定だったけど、宗教上の理由でフジキセキは受けなのでこっちにしました。あと暴走できるのにグッと堪えてから後からしょうもない理由だと知って暴れ散らすというのが大好きなので、ブラフジにしかない味が出たかなって。