私達のURAファイナルズ   作:竹流ハチ

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URAファイナルズ長距離部門。

数多くの強豪が競い合う最後のレースを前に、シンボリルドルフに呼び出されたスペシャルウィークとオグリキャップは優勝した際にはプレゼントがあると聞かされる。

プレゼントとは何かと期待していたが、予選を前にしてトレセン学園内で『ルドルフが行方不明になる』という事件が起きた。
事件解決の為に多くの者達が動く中、予選は開催されたが春の嵐が連れて来たのはURAファイナルズの存続を揺るがす存在だった。

『唯一抜きん出て、並ぶ者なし』。スペシャルウィークはその答えを見つける為に走り出す。


スペシャルウィーク「唯一抜きん出たウマ娘」

黒雲が覆う空の下、春の嵐が吹き荒れる京都競技場。URAファイナルズ長距離部門第四レースはマルゼンスキー、マンハッタンカフェ、ミホノブルボン、そしてシンボリルドルフ。名だたる強豪が顔を揃える3000mのレースにそのウマ娘も参戦していた。

 

北海道から中央にあるトレセン学園に入学し、数多のレースでライバル達を抜き去り優勝し、フランスの英雄ブロワイエを打ち破った『日本総大将』スペシャルウィーク。

 

第四レースでも2番人気、一番人気のルドルフとの対決も期待されていた。

 

「『9馬身、いや10馬身!皇帝シンボリルドルフ、最後まで逃げ切り大差をつけて1着でゴール!2着スペシャルウィーク、三着マルゼンスキーも遅れてゴール!』」

 

しかし、大粒の雨が降り頻る競技場内は実況の声が響く程に静まり返っていた。それはルドルフが大差を付けたからでも、絶好調のスペが負けたからでも、ましてや『ルドルフが序盤から逃げた』からでもない。

 

レースで走る者に追走する事さえ許さなかったルドルフの覇気はスタンドに立つ観客にさえ影響を及ぼしていて、息をするのさえルドルフの機嫌を伺わなければいけないと錯覚する程だった。

その逆境の中でも抗っていたスペとマルゼンスキーは3000mを走り切ったものの、体力と精神をすり減らした二人は雨に打たれる事を構わず芝の上に座り込んでしまった。

 

「『eclipse first, the rest nowhere』。この言葉の意味が分かるか?」

 

肌寒い雨の中、全身から蒸気を放ちながら座り込んでいる二人を見下ろすルドルフはトレセン学園の生徒ならば誰もが知る由緒ある諺の答えを口にした。

 

 

 

「スペシャルウィークさん、ウマ娘のレースの起源は凡そ何世紀頃か分かりますか?」

「えーと……」

 

桜が芽吹く初春、スペシャルウィークは歴史の授業中に上の空になっていると担任に立たされ、前日の授業で習った部分を答えさせられていた。

 

肩に触れない程のボブカットに前髪の大部分を占める白髪、白い三つ編みのハーフアップと身なり自体は年相応の少女と変わらない。しかし頭部にある常人とは違い縦に長い『ウマ娘』の耳は難問を前に倒されていた。

 

ウマ娘。それは先天的に並々ならぬ力を生まれ持ち、尋常ではない脚力を有する女性の総称。女性にしか発現しない力であり、遺伝情報に関係なく突然家系に現れる事もあれば代を重ねる事もあり、詳しい因果関係は今尚研究の対象とされている。

 

「全く……グラスワンダーさん、答えなさい」

「はい。16世紀にイギリスの競技場で行われたレースが起源だとされています」

 

そして、そんなウマ娘の中でも選りすぐりの猛者達が通う日本トレーニングセンター学園、通称『トレセン学園』では日夜ウマ娘達が全国各地で行われるレースで最速を決めるべく凌ぎを削っている。

 

立たされたまま泣きべそをかいているスペを笑っていたエルコンドルパサーが次の問題で立たされていると、授業中だというのに教室に設置されているスピーカーにノイズが走った。

 

『スペシャルウィーク、オグリキャップ。両名は至急生徒会室まで来るように』

 

校内放送をしていたのは生徒会長だったが、説教であっても休みの時間に呼ぶだけだというのに授業中に呼び出されるのは余程の事だ。

身に覚えしかないスペはみるみる内に顔が真っ青になり、担任も「早く行きなさい」と促すのみで要件を確かめようとはしない。

 

二千人越えの生徒を纏め上げる絶対的カリスマである生徒会長からの呼び出しを一介の教師が止められる訳もなく、スペシャルウィークは肩を落とし心当たりを思い浮かべながら廊下を歩いていく。

 

食堂でおかわりをし過ぎたからか、ゴルシと一緒にグラウンドの中央を耕そうとしたからか、細かい物まで数えればキリがないスペが生徒会室の前までやって来ると丁度オグリキャップがドアノブに手を掛けていた。

 

そうだ、オグリキャップさんも呼び出されてるんだからきっとおかわりの件だ。スペは説教の中でも比較的弁解しやすい部類の話だと判断し、少し気を楽にしてから二人で生徒会室に入った。

 

「おや、二人揃って来たのか」

「丁度其処で会ったんだ」

「そうなんですよ。もしかして一人ずつじゃないといけなかったですか?」

「いや、今日は二人に用事があるんだ」

 

そう言いながら生徒会長の椅子から立ち上がったウマ娘『シンボリルドルフ』は二人に来客用のソファに座る事を勧め、内心ガッツポーズをしているスペは二人で並んで座るとルドルフも向かい合うようにソファに座った。

 

総勢二千人を超える生徒達の頂点、そして七冠という圧倒的実力とカリスマの持ち主であるルドルフは生徒達からの信頼も厚い。校外でもルドルフは現役ウマ娘のインフルエンサーとして重宝されていて、トゥインクルシリーズ運営に於いてはウマ娘のレースへの出走条件にも口を出せる程。

 

そんな生徒会長から用事があると言われ、説教だと思っていたスペは目を丸くしているがオグリは特に驚く様子もなく「お使いか?」と尋ねた。

 

「ふふ、それも良いかもしれないが君達に一つ聞いておこうと思ってね」

「何をですか?」

「……『唯一抜きん出て、並ぶ者なし』。この校訓の意味を今の君達はどう理解している?」

 

その質問にはスペは覚えがあった。スペが入学した際もルドルフは似たような質問をしたが、今回はオグリも同席している。

 

当然オグリも同じ質問をされた記憶はある。あるにはあるが、中央は凄いという事以外の意味は分からなかった。

 

「常に目指すべきは頂点、だったか?」

「それは私の価値観だ。君達ならば君達の意味が見つかっている頃だろうと思ってな」

「なら私も変わらない。勝利の為に私は走ってる、他に負けるつもりはない」

「君はどうだ、スペシャルウィーク」

「えっと……私も似たような感じです」

 

ルドルフに怖じけずに負けるつもりはないと言い切るオグリに対し、スペは顔色を伺いながらも同意見だと言った。

 

するとルドルフは少し眉を顰め「質問を変えよう」と言うと、突然二人を威圧するような覇気を放ち、レースでもないのにオグリキャップは身震いをしてしまった。

 

「長距離部門で私に勝つつもりはあるか?」

 

ルドルフは二つ名『皇帝』の名に相応しい覇気を放ち、二人に覚悟があるか見定めようとした。しかし、オグリはそれに怯む様子はなく、「当然」と言い返すと同じように覇気を放ってルドルフに対抗した。

 

ウマ娘が限界を超えて『領域』に踏み込んだ際に放つ覇気は並みのウマ娘はそれだけで調子を崩すが、領域を超えた先でそのウマ娘の真価を発揮するというだけで領域に踏み込む者同士の勝負では覇気が影響する事はない。

 

最後に勝負を決めるのはあくまでも実力。その実力もウマ娘の中ではトップレベルの二人の覇気を前にしても、「勝つって言ったら怒られるかなぁ」と頭を悩ましているスペにルドルフは視線を向けた。

 

「君はどうだ?」

「その……勝ちたいです。会長さんにも、オグリキャップさんにも」

 

二人のような覇気は出せなくともそれに怯まなかったスペにルドルフは怪訝そうな表情を浮かべたが、最近世代間で一悶着あったから険悪な雰囲気にならないか気にしているのだと察するとすぐに覇気を収めて「そうか」と笑ってみせた。

 

「すまない、試すような事を聞いてしまって。だが君達には聞いておきたかったんだ」

「どうしてですか?」

「君達は上に立てるだけの下地がある。そんな君達が追い掛けてくる者達をどう思っているのか、気になったんだ」

「追い掛けてくるなら突き放すだけだ」

「レースならそれでも良いが、後輩となるとそうもいくまい。君に教えを乞う者だっていずれは出てくる、そうなった時に背中ばかり見せても学べないだろう?」

「なら勉強すればいいんじゃないか?」

「ハハハ、それならば君を追う子は常に満点だろうな」

「満点は良いことだ」

 

根っからの天才肌に努力を混ぜ合わせた奇跡のウマ娘であるオグリにはルドルフの言いたい事が上手く伝わっていないが、スペにはある程度理解できていた。

 

トウカイテイオーにキタサンブラックという慕う後輩がいるように前を走ってきた自分達を抜きん出た者だと慕う後輩もいつか現れる。その後輩に走り方や心得を教えたり、時には怒ったりもできるのか。

 

ルドルフは私達の指導力を心配しているのだとスペは解釈し、「大丈夫です!私はいつでもバッチこいですから!」と答えるとルドルフも手で口元を隠して笑った。

 

「そう言ってくれて助かるよ。オグリキャップも見習わないとな」

「スペシャルウィークは偉いな」

「えへへ〜」

 

ルドルフに褒められたスペの頭をオグリが撫でていて、和やかな雰囲気が流れたがルドルフも談笑する為に呼んだわけではないと咳払いをした。

 

「もしも君達の何方かが優勝した時、私から君達にプレゼントがある。今日はその話がしたかったんだ」

「何ですか?」

「それは内緒だ。それと他の子達にこの事を言ってもいけない。二人とも守れるな?」

「私は口が固い、大丈夫だ」

「私もです!」

「宜しい。それでは君達の奮戦を期待している、授業に戻って構わないよ」

 

話が終わったルドルフは二人に授業に戻ってもいいとソファから立とうとしたが、二人が立つ気配もなく何故かと時計の針を見るとあと少しで昼休みだと気付いた。

 

生徒会長を前にしてもサボろうとする二人に「今日だけだぞ」とルドルフも苦笑してからソファに着くと他愛のない談笑を始め、授業が終わり昼休みのチャイムが鳴ると三人はそれぞれ仲の良い相手が待つ場所へ向かった。

 

スペは同期の友達が待つカフェテリアに向かい、黄金世代の四人も見慣れた山盛りのご飯の乗った盆を持ってくるスペに声を掛けるとスペも四人と同じテーブルに盆を置いて空いている椅子に座った。

 

「スペちゃん、結局何で呼び出されたの?」

「先輩としてしっかりしろって言われちゃった」

「あら、てっきり叱られたものだとばかり」

「アタシ達ってそもそもあまり後輩に慕われてませんしね!」

「それが何故だかエルも考えた方がいい思うな〜」

 

エルコンドルパサー、セイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイロー、グラスワンダーを中心とした最強と名高い『黄金世代』。URAファイナルズでは誰もが優勝候補とされ、実際にキングは短距離を制覇してみせた。

エルの引退を巡って一悶着起きたものの、それぞれが自分が走る道を見つめ直す機会になり以前より絆もより深いものになった。

 

その中でも後輩との接点の多いキングは「私には取り巻きの子達とカワカミさんが居ますわ」と誇らしげにしていて、キングとスカイは後輩と絡みがあるとスペも思い出した。

 

「二人は後輩とどんな事してるの?」

「私は空いた時間にトレーニングを見てあげたり、悩みを聞いてあげたりしてるわ」

「私は特に何にも〜。フラワーが暇なら一緒にお昼寝したりとか?」

「うーん、私にも後輩って言える相手が居ればいいんだけど。年下の子から避けられてる気がするんだよね」

 

現状で3着以下1回、天皇賞・秋でレコード、フランス最強と名高いブロワイエをジャパンカップで降したスペが冠する二つ名『日本総大将』。

 

それが一人歩きしていて後輩達の間で様々な誤解を生んでいるというのは四人も知るところではあるが、当人がこの様子ならいずれ誤解は解けるだろうと放置していたツケがまわり回って本人に帰ってきているのだ。

 

「何でだろうねー」と笑って返すスカイにスペも首を傾げていると、勘が冴えているグラスはすぐに要件はそれだけではなかった筈と見抜いた。

 

「本当にそれだけだったんですか?」

「ふぇ?」

「授業に呼び出されるなんて余程のことだと思ってたのに、それしか話してないのかなって」

 

しかし、プレゼントの件は口外するなと厳しく言われている以上、スペもウマ娘としてのプライドを賭けて口を割るまいと決意した。

 

「私何も知らないから!」

「いや絶対何かあるやつじゃん」

「スペちゃんって本当可愛いですね〜」

「アタシ以上に単純ですね」

「五十歩百歩だと思うわよ」

 

元来嘘や作り話が苦手な正直者のスペの渾身の言い逃れは返って四人の興味を引いた。スペに口を割らせようと昼ご飯のおかずを分けたりデザートをあげたりと手を尽くし、スペも早速心が折れそうになったがグッと堪えた。

 

近くの席に座っているオグリさんもきっと口を割らない。レース以外でも負けたくないというスペの気持ちが涎を我慢させていた。

 

『そういえばオグリ、会長に何言われたん?』

『ん、決勝で勝ったらプレゼントをくれるらしい』

「あ、私も同じ件だったんだよね」

「あっさり口を割ったわよこの子」

「オグリさんが言った途端にこれなんだから」

 

オグリは同席しているタマモクロスの質問に躊躇うことなく答え、「そういえば言っちゃいけなかった話だった」と口を手で抑えたがもう遅かった。

 

オグリが言ったなら4人の内でなら話してもいいだろうとスペは貰ったデザートの皿を回収していき、四人は呆れた顔をしているが取り敢えずその話を詳しく聞く事にした。

 

「プレゼントって何が貰えるの?」

「さぁ?聞いても教えてくれなかったし」

「うーん、でもそれって会長の個人的な話でしょ?何でわざわざ呼び出しまでしたんだろ?」

「エルの言う通り、呼び出すくらいに大切なものだったりするのでしょうか?」

「そもそも何で二人だけなのかしら?スカイさんだって優勝候補ですし、なんならあのマルゼンスキーさんやナリタブライアンさんだって出るのに」

 

優勝候補を呼んだというのなら他にも呼び出すべきウマ娘はいるが、敢えて二人に絞ったからにはそれなりの理由があるに違いない。

食堂のメニュー開発責任者が1番濃厚ではないかと話し合いが進んでいき、オグリとスペはそれならば勝ちは譲れないとやる気を漲らせた。

 

だが突拍子もない答えに笑いながらも納得していないウマ娘も居た。昼休みが終わり、授業を終えてからそのウマ娘は生徒会室へと向かった。

当然ながら副会長のエアグルーヴ、ナリタブライアンも既にデスクに向かって書類仕事をしていて、珍しい来客に「何か用か」と尋ねた。

 

だがそのウマ娘も「会長に用事があるんですけど〜」と口では軽く言うものの、その目つきは決して緩いものではなくエアグルーヴが先に要件を聞き出そうと立ち上がった。しかし、ルドルフは要件が分かったようで二人に暫く部屋を開けるように視線を向け、二人も渋々ではあったが生徒会室から出て行った。

 

「それで用事とは何かな、セイウンスカイ」

「何でスペちゃんとオグリさんには優勝した時の話をしたんですか?」

 

口を割るのが早過ぎるとルドルフも二人の正直者具合には笑みが溢れたが、それが2人を特別視してるのではないかとスカイの疑念を生んだ。

 

「あの2人を相当気に入ってるんですね。その中に入れなくてざーねん」

「彼女等を特別視している事は認めるよ。しかし、彼女達の何方かが勝つと思っている訳ではない。そもそも私も負けるつもりはない」

「じゃあ何で2人だけプレゼントが?」

「彼女達に相応しいと思っているからだ。恐らく君に渡した所で持て余す。それは生徒会長としての経験から断言しよう」

 

誰もが認める生徒会長だろうと実力を軽んじているのなら分からせてやろうと思っていたスカイだったが、ルドルフも決して勝ちを譲るつもりで話した内容ではない。

 

並み居る強豪を打ち破り、自分さえも超えるのであれば相応しいであろうとウマ娘達の未来を考えてのこと。同世代のスカイに負けるようならばスペには相応しくなかったというだけ。

 

「君も欲しければ、私に勝つ事だな」

 

スカイが必要としないものであっても、優勝の賞品を手にしたいと言うのであればそれもそれで一考の余地はあるとルドルフは覇気を纏ってスカイに挑発を仕掛けた。

 

だがスペと同じようにスカイはそれに動揺もしなければ特別な反応も無く、「それじゃあ私が貰っちゃおうかな〜」と頭の後ろで手を組んで柔らかく笑っていてルドルフは拍子抜けしてしまった。

だがその隙を突いたかのようにオグリと同じように覇気を纏い、「本気で狙いますから」とルドルフの虚を突けたと満足げに笑ったスカイはルドルフを背にして生徒会室から出て行った。

 

「存外、怖い子だな」

 

完璧なようでも付け入る隙はある、それを本人で試すスカイの胆力にルドルフも呆気に取られつつも、それだけにスペへの期待は高まった。それぞれ違う強みを持つ黄金世代に磨き上げられたスペは無二の輝きの片鱗を見せている。

 

本人にその覚悟はなくとも、力という物は持つべき者の手の届く場所に存在する。ツインターボ、キングヘイロー、アグネスタキオン、タイキシャトル、自ら手を伸ばし望んだ力を掴めた者達がその証である最初の栄冠を手に入れた。

 

スペが今の自分を超えたいと願う時に何を想うのか、その覚悟に期待しているルドルフは椅子に背を預け、視線を校訓が飾られた額縁に向けた。

 

「『唯一抜きん出て、並ぶ者無し』。私とは違う答えを君達なら出せる筈だ」

 

スペとオグリに対する期待を口にするルドルフの背後で突然窓ガラスが震え、予報通りの鉛色の空に強い強風は春の嵐の訪れを予感させる。

だがルドルフにはそれが誰かからの呼び掛けに感じ、生徒会室から出ると靴箱で靴を履き替えてから当てもなく学園内を歩き回った。

 

ウマ娘にとって必要な施設は全て揃っているトレセン学園は広大で、久し振りに各施設の視察すると何処も生徒達の活気で溢れている。すれ違う生徒達とは挨拶を交わし、何か不便は無いかと尋ねると生徒会室で読む資料からは汲み取れない細かな改善点が続々と上がってくる。

 

生徒会長としてまだまだ自分を律しなければと奮起したルドルフの視察には熱が入り、各施設での改善案を山程見つけ、これから忙しくなるとほくそ笑んでいるとその足が最後に向かったのは三女神像の像が立つ噴水広場だった。

いつもならば生徒達の安全を願うのだが、空を覆う雲が黒く染まっていき雷鳴を鳴らしていると普段は利益を感じる神々しさも今は禍々しさに反転している。

 

空からは大粒の雨も降り出し、白い石像が濡れていくと次第に鈍色へと姿を変えていき、頬を伝って落ちていく雨粒にはルドルフも不穏さを感じた。

 

「……そういう事か」

 

そして、長距離部門が近付く度に感じていた違和感の正体にルドルフは気付き、鈍色に変わり果てた像を睨み付けた。

 

「ルドルフ?」

 

雨に打たれることを構わず像を見上げるルドルフを見かけ、渡り廊下から声を掛けたのはトレーニングへ向かう途中で雨が降り始め、トレーナーからの連絡でトレーニングが中止になったオグリだった。

 

雷鳴が次第に学園へ近付いて来ていて、雨に打たれては風邪を引いてしまうとオグリはスーパークリークに持たされていたビニール傘を開き、僅かに地面にできた水溜りを踏んだ。

 

その音でルドルフは振り返って背後のオグリの存在に気付き、なりふり構わず咄嗟に叫んだ。

 

「来るなァッ!」

 

ルドルフの叫びと共に黒雲が白く光ったと感じた瞬間、一筋の稲妻が三女神像に直撃するとその爆音と衝撃波を受けた傘に煽られたオグリは後ろに弾き飛ばされ、地面に倒れた。

 

鼓膜が破れるかのような雷鳴に意識が朦朧としながらもオグリは上半身を起こしたが、噴水の中央に立っていた筈の三女神像は粉々に砕けていて、動力源までショートした噴水は機能を停止させひび割れた淵から少しずつ水が漏れ出ている。

 

だがオグリが目を疑ったのは、ルドルフがその場から姿を消していた事だった。

 

 

 

 

「御協力感謝します。また進展があれば訪問させていただきます」

 

トレセン学園の生徒会長シンボリルドルフが行方不明になってから一夜明け、動揺を隠せないでいるオグリへの警察の尋問にはエアグルーヴも立ち会い、オグリはありのまま起こったことを語った。

 

しかし、捜査の進展を大きく変えるような手掛かりはなく、警察官が生徒会室から出て行くとオグリは開口一番に「すまない」と謝罪した。

 

「貴方が謝る事ではない。会長は忽然と姿を消したんだ、その場に居たのが私であれブライアンであれ結果は同じだった筈だ」

「けど私がちゃんと見てれば……」

「目の前に雷が落ちて怯まずにいられる者なんて居ない。後は私達に任せて…」

 

少しでも休んで欲しい、そう言葉を続けようとしたグルーヴの声を扉を開ける音で遮ったのは肩で息をしているトウカイテイオーだった。

警察官が居る間は絶対に近寄るなと釘を刺され、警察官が校門を越えた瞬間生徒会室まで走ってきたテイオーの後に遅れてスピカの面々がやって来た。

 

会長を誰よりも慕うテイオーが来るのは予見していたが、余りの進展の無さに余裕のないグルーヴは怒鳴るよりも自分を抑える事に意識を集中させた。

 

「何の用だテイオー、会長なら不在だ」

「そんなの知ってるよ!それよりも何か進展は!?会長何処行っちゃったの!?」

「仮に知っていたとしても貴様に教える義理はない。これ以上私を怒らせる前に帰れ」

「テイオーやっぱり駄目だって!こういうのは生徒会の人達に任せないと!」

「でもボクなら何か役に立てるかもしれないじゃん!」

「警察が調べてるのに俺らに出来ることなんて無いって!」

 

スピカのメンバーは警察まで動いてるという時点で自分達に出番は無いと説得しているが、テイオーにとっては憧れであり夢の体現者が突然居なくなったのだ。

 

グルーヴもその心境は察しているが、頼むから黙ってくれと拳を強く握り締めて耐えていても、堪忍袋の尾は着々と千切れ始めていた。

 

「やめれって言ってるべ!」

 

少しずつ距離を詰めてくるテイオーにグルーヴは拳を振り上げようかと思ったが、先んじてスペがテイオーの進む先に立ち塞がるとテイオーを怒鳴り付けた。

 

「警察が探してくれて、副会長さんも疲れてるのに我儘言っちゃ駄目です!」

「でも、でもボクだって…!」

「駄目なものは、駄目です!」

 

何か出来る筈だというテイオーの考え自体をスペは頭ごなしに否定し、グルーヴとオグリには何もさせないと両腕を広げて通せんぼをした。

 

自分が泣くのが1番迷惑になると思っていたテイオーは怒鳴られた事で無理を押し通そうとはしなくなったが、感情を抑えきれずぼろぼろと泣き始めてしまった。

 

「ボクの大切な人なんだよ……!」

「分かってます!」

「ボクは会長に憧れたから此処に居るんだよ……!」

「分かってます!でも駄目なんです!」

「……そんな、怒鳴んなくていいじゃん…っ!」

 

大切な人を失う痛みを受け止めつつもスペは強硬な態度のままテイオーの前から退かず、必死に泣き止もうと涙を拭うテイオーをマックイーンが部屋から連れ出すとスペも申し訳なさそうに耳を垂れさせた。

 

嫌な役をやらせてしまったとグルーヴも反省したが、この場に居る者で一番立場が上である以上泣き言は胸の中に留めた。

 

「すまない、スペシャルウィーク」

「やっぱりまだ連絡付かないんですか?」

「ああ。電源は入っているようだが、出る気は無いみたいだ」

「GPSとかで追い掛けられるようにしてないのかよ?」

「会長は誰とでも親しくされているが、対外的には要人に含まれる人だ。そんな不用心な真似はしていない」

 

日本の現役ウマ娘代表として時には政府の交流会にも招待されるルドルフが安易に居場所を知られるようにしている筈がなく、警察もスマホは捜査の手掛かりにはならないと判断していた。

 

学園中に設置された監視カメラにも映らず、現状目撃者もオグリ1人だけ。犯罪に巻き込まれたのかも分からない状況で、校外に事態を知られるわけにはいかない生徒会は生徒達への説明と情報統制だけで手一杯だった。

 

テイオーもその状況を鑑みての進言だったが、あの状態のテイオーではかえって状況を悪化させかねない。なら自分がやるしかないとゴールドシップはエアグルーヴの前に出ると手を差し出した。

 

「スマホ貸してくれたらワンチャン会長に繋がるかもしれないけど」

「本当か!?」

「あとで怒るってのは無しな」

「……構わん、貴様よりも怒らねばならない相手を探す為だ」

 

あの手この手で生徒会の手を焼かせてきたゴールドシップが連絡を付ける方法があると言い出すと、グルーヴは一瞬何をする気かと疑ったがすぐに考えを改めた。

 

強引な手を考えるのが得意なゴールドシップならば突破口を開けるかもしれない、それならば携帯の一つや二つは犠牲にするつもりでグルーヴは自身のスマホを託した。

するとゴールドシップは特別な機械を取り出す訳でもなく、トークアプリの『HIHINE』を起動してルドルフとのチャット欄を開いた。

 

内容は至って普通の業務連絡ばかりだが、生徒達の前よりはグルーヴも砕けたメッセージを送っていて、画面を覗き込んでいる全員に見られたグルーヴは気恥ずかしくなっている。

 

「どうするんだ?」

 

電話ならばもう試したとグルーヴも思っていたが、ゴールドシップが突然『たわけ』スタンプを猛連打して瞬く間にチャット欄を埋め尽くした。

 

「おい何をしているんだ!?」

「怒んなって約束しただろー」

「だからと言ってそんな悪戯で出るわけないだろう!」

「と思うだろ?マックイーンでも5分もやってれば電話掛けてくるんだぜ!会長なら10分も送ってりゃ根負けするって」

 

GPSは切っていても連絡に逐一反応しなければならない立場のルドルフならば通知までは切っていない。ならばスマホのバッテリーに多大なダメージと発熱をもたらすスタンプ爆弾は煩わしさ以上の効果が期待される。

 

警察と生徒会ではそんなやり方は考えもしないが、子供の悪戯で反応が来れば此処まで話は大きくはなっていない。

スピカのメンバーが代わる代わるスタンプを連打している姿にグルーヴは若干後悔しながら眺めていたが、チャット欄は突然通話画面に切り替わった。

 

「うぉぉお!?もう来たぞ、ほら!」

「何だと!?貸せ!」

 

ゴールドシップはすぐに効果が出たとスマホの画面をグルーヴに見せると、グルーヴは通話相手を確認せずにすぐに応答ボタンを押した。

 

「もしもし!エアグルーヴですが今何方に……!」

 

ようやく無事が確認できる、グルーヴは意気揚々と所在を尋ねていたがその言葉の端に影が掛かり、スピカの面々は首を傾げた。「はい……はい…」と最初の勢いを削がれたグルーヴは誰かに事の説明を始めていて、その相手がルドルフでない事だけはスピカにも伝わった。

 

タイミングが良かっただけで別人、スペ達は肩を落としていたが「本当ですか!?」とグルーヴは途端に驚きの声を挙げた。すると『本当だよ』とスピカの後ろから電話の相手が声を掛け、全員が振り返ると其処にはウマ娘が一人立っていた。

 

「この人何処かで……」

「み、『ミスターシービー』っすよスペ先輩!」

「会長が三冠を達成した一年前に同じ三冠を達成した三冠ウマ娘ですよ!」

「お褒めに預かり光栄だよウォッカちゃん、スカーレットちゃん。ルドルフちゃんの不在を聞きつけ前生徒会長ただいま参上ってね」

 

小さな白いハットを被り、腰丈まで伸ばした茶色の長髪を揺らしながら人当たりの良い笑顔を見せているのはルドルフがクラシック三冠を達成する前年に同じく三冠を達成した『ミスターシービー』だった。

 

普段は学園の外で放浪している『前生徒会長』のミスターシービーが何故ルドルフの不在を知っているのか、グルーヴは聞きたい事は山ほどあったが何よりも最初に聞きたい事を一つ。

 

「本当に昨日会長と会ったんですか!?」

「うん、路上レースしたよ」

「「「ろ、路上レース!?」」」

 

グルーヴとの電話でルドルフと出会った事を話したシービーはソファに座りながら路上レースをしたとも語り、スペとオグリ以外は声を上げて驚いていた。

 

「路上レースは凄いのか?」

「違法行為だ!貴方も知っているでしょう!」

「ルドルフがやりたそうにするんだもん。アタシとしては断る理由も無かったし、誰も見てないから大丈夫だって」

「大丈夫か大丈夫じゃない以前に、貴方も自分の立場を理解して下さい!」

「大丈夫大丈夫、後輩がしっかりしてるから誰もアタシなんて気にしないって!」

 

当たり前のように違法行為を話す前生徒会長にグルーヴも怒鳴ったが、竹を割ったような性格をしているシービーは笑って躱すのみで、グルーヴでも説教ができない相手がいるのだとスペ達も呆気に取られていた。

 

三冠を取った功績を認められ生徒会長となったシービーだったが、翌年に誕生した『皇帝』に僅か一年でその座を渡し、日本中を旅して回っては現地の子供達との交流を深めていた。

 

トレーナーとの契約は切っている為にURAファイナルズには参加せず観戦に回っていたシービーは後輩達の成長を喜んでいて、長距離部門が始まるまでは中山に拠点を置き、新たな時代を作っていく幼児達に走る楽しさを教える毎日だったが、昨日は久し振りに血が沸く程の熱を出していた。

 

「子供達と遊んでたら何か凄い睨まれてる気がしてさ、その気配がする方に行ったらルドルフが信号の前に立っててさ。声掛けても無視するし、顎で早く並べって急かすし、もう可愛くないったらありゃしない。でもあのルドルフが路上レースをするって言うんだから私も面白くなって並んで走ったら速いのなんの」

「ちょ、ちょっと待って下さい。それは本当に会長でしたか?話を聞いているととてもそうとは思えないのですが」

「結果的には私が負けたし、流石にあの顔はそう何人も居ないって。それにほら、スマホもレース中に落としちゃってたから届けに来たんだよ」

 

そう言ってシービーは画面がひび割れたルドルフのスマホをポケットから取り出し、グルーヴも手に取ってからルドルフの物だと確認すると、ロックが掛かった画面にはスタンプの通知が並んでいてシービーが競ったのはルドルフだと信じざるを得ない。

 

しかし、交通事故の危険を伴う路上レースをルドルフから誘うというのが信じられず、何がどうなっているんだとグルーヴは頭を悩ませたが、とにかく話を簡潔にするべく纏めた。

 

「つまり……会長は怪我などはなく、貴方を路上レースに誘い貴方は乗っただけ。事実はそれだけですね?」

「うん。誰にも言ってないし、ちゃんと見つからない場所で走ったよ」

「……その話は無かった事にし、お前達も忘れるんだ。この件は生徒会とお前達だけの秘密にする。この携帯も拾得物として我々が保管していていたが忘れていた。それだけだ」

 

路上レースの話は警察には出来ないとグルーヴは部屋の中にいる者達だけの秘密とし、あくまでも会長の落とし物を学園内でシービーが拾ったという話で通すと決め、事の重大さを理解したスペ達は何度も頷いた。

 

無事を確認できたというのに懸念事項が増え、昨日から一睡も出来ていないグルーヴは不意に立ち眩みに襲われ、シービーがすぐに立ち上がってグルーヴを抱き止めたがとても無事とは言えない顔色をしている。

 

「グルーヴちゃんも少し休んで。ゴタゴタはアタシとブライアンちゃんでやっとくから、皆も友達相手でも此処での話は絶対に話しちゃ駄目だからね」

「は、はい!」

「心配しなくてもルドルフちゃんは間違いなく無事だった。あの様子なら普通に予選にも出てくるだろうし、皆もあの子ばっかり気にしてたら負けちゃうよ〜?それじゃあ解散!」

 

暗い雰囲気を掻き消すようにシービーはスペ達に冗談を飛ばしながら笑顔を見せ、自分達にもやるべき事があると再確認したスペ達は後の処理をシービーに任せて生徒会室から出た。

 

厳格なルドルフとは正反対ではあるが同じく人を惹きつけるカリスマ性を発揮したシービーはグルーヴをソファで寝かせ、自分は溜まった書類でも片付けようと会長の椅子に数年振りに座った。

しかし机の上に溜まっている書類の数は自分の時と比べて数倍にも膨れ上がっていて、ルドルフがどれほどウマ娘の為に動いているのかを理解すると乾いた笑いが出た。

 

「ほんと、アタシよりもずっと此処が似合ってるよ」

 

自分の最後の仕事は間違っていなかった、自嘲気味に笑うシービーは気持ちを切り替えて書類の山に手をつけ始めた。

 

オグリも言われた通り少し休もうと自室に戻り、スペ達はトレーナーが待つ部室へ向かうと落ち着いたテイオーとマックイーンが待っていた。ルドルフが不在ということしか知らない沖野も深くは詮索せずに「練習に集中出来そうか?」と尋ね、スペとゴールドシップが頷くと気持ちを切り替えるべく手を叩いた。

 

「よし!それじゃあリギルとカノープスがトロフィー取ったんだ!俺達も長距離は全力で取りに行くぞ!」

「はい!セイちゃんにも、ゴールドシップさんにも負けませんから!」

「おっ?そんじゃあ優勝しなかったら逆立ちでグラウンド1周だかんな!」

「1周でも10周でもしてやりますよ!」

 

長距離部門予選は菊花賞と同じ京都競技場3000m右回り。スペは一度セイウンスカイに負けた距離とはいえレコーダー相手に2着という好成績に変わりはなく、菊花賞で勝ったことがあるゴールドシップならば準決勝進出は堅い。

 

とはいえ、相手も同じような成績を持つ者達ばかりなのだから油断はならないと沖野も気を引き締めていた。特にスペは予選からシンボリルドルフ、マンハッタンカフェ、そして長距離部門に殴り込んできたマルゼンスキーが相手だ。

その日からスペとゴールドシップはメンバーの協力の下特訓を始め、他の走者達も最初の栄冠を手にするべくトレーナーと共に各々の才に磨きをかけていった。

 

「それは本当なんだな?」

「はい。このままではURAファイナルズは潰されます」

「……信用。他ならぬ君の言葉だ、私は凡ゆる事態を想定した対策を考えおく」

 

だがルドルフの異変に気付き、対策を講じる為に動く者達も居た。

 

 

 

長距離部門当日、京都の空は黒雲に覆われスタンドには雨合羽を着てでもレースを一眼見ようという観客で満員だ。各トレーナー達もようやく激務に追われたトーナメントを無事に終えられると安心しているが、肝心の出走するウマ娘達はルドルフが未だ姿を見せない事に気付いていた。

 

「結局生徒会長は来ないのか」

「ルドルフがレースをサボるなんて雪でも降るんじゃないかしら?」

「皇帝無き玉座を争うのも悪くないけど、玉座が小さく見えてしまうのは避けられそうになさそうだね」

 

『シンボリルドルフが消息不明になった』という学園内の噂は本当だったと知り、少なからず動揺はするものの長距離部門に出る程の実力者達が騒ぐ事はなかった。

 

それは校内でよく見かけるシービーの存在があるからだ。実権は無いとはいえ元生徒会長が彷徨いていれば理由を探りたくなる。だがシービーが出てくる程の事態がどれ程深刻か、そして既に解決へ向けて動いているのなら任せても大丈夫という実力と信頼があるからだ。

 

「第一レースの出走者の方はゲートの方へ」

「じゃあ生徒会長の威光は僕が肩代わりしてくるとしよう!」

「姉貴と並んで二冠の筈だったが、私だけになるとはな」

「じゃあタマちゃん、私先に行きますね」

「けちょんけちょんにして来るんやで!」

 

第一レースの準備が整い係員に呼ばれて既に闘志を剥き出しにしているウマ娘達が更衣室から出ていき、スタンドの方から歓声が沸くとガチガチに緊張しているスペは更に身体が強張った。

 

他のウマ娘達と変わらない程の実力者になっても初心が抜けないスペは手のひらに人と書いては飲み込み、書いては飲み込み、食べる真似をした所為でお腹を鳴らしている。

 

油断するとすぐにお腹に出るスペはスズカも協力の上で徹底した食事制限を設け、完璧なコンディションにはなっているが腹三分目くらいの食事しか摂っておらず、早くレースを終わらせたいと思っているスペの前にクッキーの入った袋を差し出すウマ娘が居た。

 

「はい、スペちゃんにプレゼント」

「マルゼンスキーさん、いいんですか!?」

「トレーナーさんには内緒よ?」

 

スペの隣に座り、小袋を開けてからクッキーを一つ摘んでスペの口へ運んでいるのは赤い勝負服を纏ったマルゼンスキーだった。

 

まだ出生国で出場レースに大幅な制限があった時代、短距離とマイルで平均7馬身以上の差で8戦8勝したことで『怪物』と呼ばれ、GⅠ勝利一回であれど最強の一人に数えられている。

 

兼ねてよりスペとは親しくしていたが、同じレースに出るのは初めてのマルゼンスキーは初めての長距離出場に昂っていて、スペが美味しそうにクッキーを頬張る姿に必要以上に力が入っている身体も解れていった。

 

「今日は負けないわよ!」

「んぐっ、私もです!でも、何で長距離に出たんですか?」

「そんなの、出たいからに決まってるじゃない!」

 

生まれが違うだけでクラシック路線は諦めざるを得なかったマルゼンスキーにとってURAファイナルズは願ってもない好機だった。

『シンボリルドルフ』『ナリタブライアン』と三冠を掴んだ者、『ゴールドシップ』『マンハッタンカフェ』と凱旋門賞に招待された者、そして『スペシャルウィーク』『オグリキャップ』と圧倒的な実力と魅力を備えた者。

 

普通に走っていては全員と競うには一体何年掛かるか分からない強豪達と纏めて戦える日が来たんだ。マルゼンスキーは中距離と長距離で悩んだものの、やはりルドルフとの決着を付けようと多少の無理をして長距離に出場する事にしたのだ。

 

「スペちゃんは何でなの?」

「私は騙されたというか、セイちゃんが長距離で私と競いたかったみたいなんです」

「へぇ、あの子もやる気ブリバリなのね!」

「ぶりば?」

「でも誰が相手でも勝つのは私よ。ルドルフは居なくとも、この私が居るってことをしっかりと見せ付けてあげるわ」

 

ルドルフという壁は無くともまだ私が居ると息巻くマルゼンスキーも闘志が漏れ出ていて、同じ第四レースに出るウマ娘はマルゼンスキーが適性距離で縛り付けられるような器ではないと肌で感じている。

 

感じていないのは勝手に袋からクッキーを取って口一杯に頬張るスペだけで、変わらず愛嬌を振りまくスペにマルゼンスキーもつい気を抜いてしまった。

 

「スペちゃんってホント可愛いわね」

「え〜?そうですか?」

「ホントホント、もう食べちゃいたいくらい」

 

レース前でも気張らないスペに釣られて第四レースの走者が和む中、予選は順調に進められている。覇王の名を知らしめたオペラオー、5番人気を跳ね返し一位をもぎ取ったスカイ、不安を胸に押し殺して人気通りの実力を見せたオグリ。

 

予想通り、予想外の決着に観客のボルテージも最高潮に達していて、今日のレースの中でも一番期待されている第四レースの走者達がターフへと姿を見せると大歓声が湧いた。

 

「『さぁ!黒雲渦巻く京都競技場3000m第四レースの舞台に出走者が続々と姿を表している!4番人気12番マンハッタンカフェ!先日のアグネスタキオンのトレーナーへの転向後すぐに契約を結び、パドックでも注目を集めていましたね!』」

「『トゥインクルシリーズでも無類の強さを誇っていたマンハッタンカフェをアグネスタキオンがどう指導するのか、トレーナーと共に注目されるのも納得です』」

「『3番人気は1番マルゼンスキー!最速と名高い無敗のウマ娘は長距離でも通用するのか、期待の込められた人気です!』」

 

ターフに現れたウマ娘達を紹介する実況が響くスタンドを前にスペは地下通路の出口の側で待ち、ルドルフが来ないのか通路を振り返った。長い通路の奥から誰かが来ている様子は無く、スペも仕方なく諦めて通路を出ようとした。

 

だがその時、通路の奥の照明が消え暗闇と化した。

 

縁起が悪い、出走前に嫌な物を見たとスペはターフに出ようとしたが再びその手前の照明が消えた。まるで何かが近付いてきているように奥の方から照明が消えていき、スペは視線を釘付けにされた。

 

「何…?」

「スペシャルウィークさん!」

 

暗闇の奥に何か意思があるような気がして寒気がしているとレースの係員が早くターフに出るようにスペの肩を叩き、驚いたスペは跳び跳ねるように振り返ると係員も余りの驚きように謝罪した。

 

係員は悪くないとスペは笑って流し、もう一度後ろを振り返ると消えていた照明も元通り点いていて、通路の奥には誰も居ない。

 

きっと気の所為、スペは気持ちを切り替えてターフに出て観客に手を振ると大歓声に迎えられた。

 

「『2番人気は6番スペシャルウィーク!実力と人気を備えた期待のウマ娘です!』」

「『これからレースとは思わせない笑顔を見せてますね。私達に走る楽しさを教えてくれる素晴らしいウマ娘です』」

 

スピカのメンバーもゴールドシップがスカイに負けた為により一層勝利の念を送っていて、念を受け取ったスペも念を送るポーズを取ったりと緊張なく右回りで向正面のゲートに向かっていく。

 

その際に視界の端に地下通路前で職員が慌てているのが見え、そちらに視線を向けた。

 

するとさっきまで何ともなかった地下通路の照明は全て消えていて、その先は一寸先も見えない暗闇が広がっているだけだった。そして暗闇の向こうから何かが迫ってきているような気がし、スペは足速にゲートに向かった。

 

ゲートにいるウマ娘達も不穏な空気を感じ取り、ポツポツと雨も降り出して遠くでは雷も鳴っている。

 

「『一番人気2番シンボリルドルフ……は出走取り止め?』」

 

実況も最後の最後までルドルフの不在を知らされていなかった為に困惑の声を出していて、聞く者達も何故ルドルフが出ないのかと不満を口にしている。

 

生徒会もギリギリまで待ってから判断したが、地下通路から姿を現したウマ娘の姿を見た実況はすぐに声を張り上げた。

 

「『いえ!シンボリルドルフがターフに姿を現しました!日本一を決めるレースでこのウマ娘が居なければ始まらない!皇帝シンボリルドルフ、悠々とゲートへ向かいます!』」

 

暗闇から姿を現したルドルフは職員の静止を無視してゲートに向かい、生徒会も前言を撤回してルドルフの出場を後押しし、運営もルドルフに掛かる期待も考慮して出走を許可した。

 

だがゲートで既に待っているウマ娘達はルドルフが近付いてくると様子がおかしい事にすぐに気付いた。他の走者を待たせているというのに気にも留めず、一番ゲートに入ってもゲートの中を興味深そうに眺めていて、まるで初めてゲートに入ったかのような立ち振る舞いには隣のマルゼンスキーも目を瞬かせた。

 

「そんなにそのゲートが気に入ったのかしら?皆心配してたわよ?」

「I think I'm worth a run with you.」

「はい?」

「……目の前に集中したらどうだ」

 

マルゼンスキーの心配も意に介さないルドルフは体勢を整え、他のウマ娘達もルドルフの異変には一旦目を瞑り自分の走りに集中すべく意識をゲートの先へ向けた。

 

「『各ウマ娘体勢整いました。予選第四レース、まもなくスタートです』」

 

URAファイナルズ長距離部門予選最後のレース、スタンドはスタート前で静けさを保っているが皇帝に挑むウマ娘達への期待は大きく膨らんでいく。

 

そして期待が弾けるかのように、ゲートの開く音が響いた。

 

その瞬間、スタートと同時にルドルフが撒き散らす禍々しいまでの覇気に怯んだウマ娘達は出遅れてしまい、最初から全開で対抗するマルゼンスキーとスペだけが出遅れずにルドルフの後ろに付いて行った。

 

「『第四レース、一斉にスタートを切ったが出遅れたウマ娘が多数!やはりこのレースは何かが違う、先頭を走る皇帝に挑んでいるのはマルゼンスキーとスペシャルウィークだ!』」

 

出遅れたウマ娘達も最初から飛ばすルドルフに惑わされぬように駆け出しているが、スタンドに居るウマ娘ですらルドルフが既に『領域』に踏み込んでいると確信した。

 

だが、それだけではなかった。ルドルフから感じる違和感はその走り方にあったのだ。

 

「『第3コーナーに差し掛かっていますが未だ先頭はシンボリルドルフ!まさかシンボリルドルフは逃げているのか!?』」

「『普段の走りとは大きく変えていますが、それでも後続とは5馬身差ですね。これには出走者も驚いているでしょう』」

 

ルドルフは好調なスタートで先頭を取ってからはマルゼンスキーに劣らぬ速さで先頭を独走していて、マルゼンスキーも初めて自分の先を走るウマ娘が居る状況に困惑している。

 

そして、ルドルフのスピードに付いて行くのがやっとであるという状況そのものが更にマルゼンスキーの調子を崩させた。第3、第4コーナーと超えるとルドルフもスピードが落ちていて、その隙に同じく領域に踏み込んだマルゼンスキーはコーナーで加速する事で距離を詰めた。

 

続くスペもマルゼンスキーに負けじと走っているが、三番手で既に先頭と7馬身もの差があり、後続もその背中に迫っていく。

 

「『シンボリルドルフに迫っていくのはマルゼンスキー!やはりスピード勝負ではマルゼンスキーに分があるか、その差を着実に詰めていく!』」

 

ルドルフが予想以上にコーナーで減速し、マルゼンスキーもその差を詰めて背中を間近に捉えると観客は皇帝を下すかと期待した。

 

だが、向正面の直線に入った途端にその差を大きく開き始めた。マルゼンスキーがコーナーだけでの勝負に切り替えたのか、見る者にマルゼンスキーが減速したかと思わせる程の急加速に実況でさえも度肝を抜かれた。

 

「『し、シンボリルドルフが直線に入ると再び差を開いた!その差を既に4馬身!見る見る内に差は広がっていく、シンボリルドルフはこのレースを短距離と勘違いしているのでしょうか!スタンドの前を駆け抜けていくシンボリルドルフに観客も唖然としている模様!』」

 

誰もがシンボリルドルフの好走を期待していたが、目の前で見せられているレースはその期待とは大きく異なっている。

 

雨天でのコーナーは転倒の可能性もある事からスピードを落とすのは当然だ。

しかしルドルフの走りはコーナーを曲がるのが得意ではないからと意図的に手を抜いていて、マルゼンスキーが距離を詰めることができたのはその要因が一番大きいと誰もが理解していた。

 

第1、第2コーナーでもルドルフは大袈裟にスピードを落としていて、マルゼンスキーは次こそはと再び領域に踏み込んで加速したが向正面の直線に入った途端にその差は再び広がっていく。

 

「何だあの走りは……」

「マルゼンスキーが子供みたいにあしらわれてるぞ……」

 

ルドルフの走り方は子供のウマ娘が得意な部分だけで勝負するのと変わりはない。直線が一番得意だから直線だけで勝負すればいいという短絡的な作戦で、URAファイナルズに出るほどのウマ娘達ならば幾らでも対抗手段はある。

 

だがその対抗策を嘲笑う程圧倒的なスピード、加速力、スタミナがその強さを保証していて、ルドルフの走りに勘違いをしていたと最初に気付いたのはスタンドでそれを眺めるオペラオーとブライアンだった。

 

「アレは魔物だね」

「魔物か、言い得て妙だな」

「ん、どういう意味なんだい二人とも」

「僕達も最初は会長は早々に限界を超えた先にある領域に踏み込んだと思ってた。だけどアレは領域に『棲んでいる』んだよ」

「踏み込むだけの私達と棲んでいるモノとでは格が違う。限界も考えずに常に全開の力を出せる相手はマルさんでもキツいだろうな」

 

ウマ娘として守るべきリミッターを全て取り払い、相手を打ち負かす為だけに走る魔物。そんな走り方をすると知らずき初見で追い縋っているマルゼンスキーを二人は寧ろ称賛しているが、それでは勝てないというのも同時に理解していた。

 

第3コーナーを越え、長距離の為に鍛えていたスタミナが底をついたマルゼンスキーは気合いで走っているが後続のスペがようやくその背中に迫り、その視界に第四コーナーに差し掛かるルドルフを捉えた。

 

だがコーナーを終えるとすぐにその差を開いていき、スペがマルゼンスキーを抜くとマルゼンスキーも負けじと最後の力を振り絞ってその後を追った。

 

「『最初に抜け出したのはシンボリルドルフ!追う事すら許さない圧倒的な走りでスタンドの前を駆け抜けていく!』」

 

3000mという長距離で後続に大差をつけるルドルフの走りに観客も声を出すのを忘れ、そのまま一着でゴールしたものの歓声が上げることはなかった。

 

「『9馬身、いや10馬身!皇帝シンボリルドルフ、最後まで逃げ切り大差をつけて1着でゴール!2着スペシャルウィーク、三着マルゼンスキーも遅れてゴール!』」

 

まるで手も足も出なかった二人はゴールして少し歩いた所で地面に座り込み息を整えているが、調子を崩されて続けたマルゼンスキーは意識が遠のき感覚さえも殆ど働いていない。

 

今にも倒れそうなマルゼンスキーにスペが側に寄って介抱したが、そんな二人に泥が掛かることも気にしないルドルフが水を弾きながら側に近付いて足を止めると二人を見下ろした。

 

「『eclipse first, the rest nowhere』。この言葉の意味が分かるか?」

 

つい数週間前にも同じ質問をされたスペだったが、今日は以前とは違うとすぐに気付いた。ルドルフはスペの答えに興味は無く、ただ自分の答えを口にするだけだった。

 

「私が『唯一抜きん出たウマ娘(エクリプス)』だ」

 

エクリプスが走った形跡を消すのように雷がマルチターフビジョンに落ちて破壊して、雷鳴で他の者達には聞こえなかったがスペだけはしっかりとその名が耳に残っていた。

 

競技場全体が停電して観客が避難指示を受けて慌てる中、暗闇と化した地下通路へと消えていくエクリプスの背中をスペはただ見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

「皆揃ってるな!?」

「大丈夫だって。ボク等も子供じゃないんだから」

「そう言って雷に一番驚いていたのはテイオーじゃありませんの」

「ぼ、ボクは会長の走りに驚いてただけだよ!あんなの会長じゃない、ボクがそれを証明してみせるんだ!」

「いいから早く乗れ!俺はスペを迎えに行くから、お前等はバンで待ってろ!」

 

応援に来ていたスピカの面々と負けて気が立っているゴルシをミニバンに乗せ、沖野はまだ競技場に残っているスペを迎えに行こうとした。

 

だが一度は助手席に乗ったスズカはシートベルトを外すと大粒の雨が降る外に出た。

 

「私も行きます」

「気持ちは有難いけど、スズカも残ってるんだ」

「スペちゃんが心配なんです。あんな負け方、多分一番悔しいのはスペちゃんだから」

「……分かった。じゃあさっさと迎えに」

『あっ、居た居た!沖野ちゃーん!』

 

スズカが一度言い始めたら聞かないのは沖野もよく理解していて、仕方なく連れて行こうとしたが先に競技場の方から見知った声を掛けられ、何故そのウマ娘が此処に居るんだと声のした方へ顔を向けた。

 

其処には傘を差して手を振るミスターシービーとその傘の下に入っているスペが居て、慌てた二人の様子に目を丸くしていた。

 

「どうかしましたか?」

「い、いや、ありがとうシービー。来てたんだな」

「いいっていいって。アタシと沖野ちゃんの仲だし、後輩の晴れ舞台くらい見に来て当然でしょ」

「シービーさんとトレーナーさんの仲?どういう事ですか?」

「へ?皆に言ってないの?」

「馬鹿!?」

 

妙に親しげな沖野とシービーにスズカも疑念を抱いてシービーに訊ねると、寧ろその理由を知らないことに驚いたシービーは沖野の制止を聞く前にその質問に答えた。

 

「だって沖野ちゃんはアタシが三冠を取った時の『専属トレーナー』だったもん。スピカだって元々は私と二人で立ち上げたもんね」

 

ゴルシ以外のスピカメンバーでさえ知らなかった衝撃の事実に駐車場に驚きの声が響き、春の嵐は準決勝まで引き摺ることになるのは間違いなかった。

 




ルドルフ、私は貴方がどう変わろうと気にはしない。

勝負は勝つか負けるか、卑怯汚いは敗者の戯言。それも理解している。
けど、貴方が私達芦毛を侮辱するというのなら話は別だ。

ウマ娘の価値に毛の色も生まれも関係ない。私達の価値はそんなものでは決めさせない。

『唯一抜きん出て、並ぶ者なし』、私の答えを見せてやる。
(次も凄く時間が掛かるので、短編を挟みつつ書きます。あとシービーの元生徒会長という設定が被ったのは把握してますが、パクってないです。それだけは真実を伝えたかった)
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