頑張って本編も今日中に投稿します
エルのラストランが終わり、友人の最後を見届けたキングは宝塚記念を目標にトレーニングに励んでいる。元々オールラウンダーであるキングは距離が伸びたことでのスタミナへの支障は少なく、チャンスが多い中距離をどう戦うかへの調整が殆どだった。
そんな中、早朝から続いていたトレーニングに区切りが付き、次の課題をトレーナーから指示されながらベンチで休憩しているキングに近付いていくウマ娘が居た。
「きーんぐ」
「あら、スカイさんがグラウンドに姿を見せるなんて珍しいわね」
普段は人に隠れて努力をするセイウンスカイがグラウンドに現れ、キングは意外そうに眉を上げたけれどスカイはグラウンドに用事があった訳でない。
「今日はそういう気分なの。キング借りてもいいですかー?」
「10分休憩でいいよ」
「はいはい、もうちょっと人間味を出しなさいな」
「後9分59、58」
キングと話がしたかったスカイはトレーナーであるガヴリエラに許可を取り、ガヴリエラが正確に時間を計り始めると、「嫌味なトレーナーね」とキングは呆れ気味に零してからスカイの後に付いて行った。
春の晴れ間が広がり、穏やかな気候が続いて絶好のトレーニング日和ではあるが、エルの最後を見届けてからというもののスカイはトレーニングに身が入らずにいた。
「キングって次は宝塚記念だっけ?」
「ええ。その次はマイルチャンピオンシップ、その後に東京大賞典、最後に有馬記念よ。それを取るまで走り続けるわ」
「……キングは凄いなぁ」
「当然、何故なら私はキングだから!」
遥か彼方まで続く夢を語り、大きな高笑いをするキングをスカイは心の底から称賛し、グラウンド端にある林の木陰に入ってから腰を下した。キングもその隣に座ろうとしたがその前に「ねぇ、キング」とスカイがか細い声を掛けると動きが止まった。
「私って何処まで走ればいいのかな?」
「それは貴方が決めなさいな」
「凄く悩んでるエルちゃん見てたらさ、将来何をしようかってのが私には無いってのが分かったの。走るのは凄く楽しいし止めたくはないけど、もしも止めなきゃいけない時があるなら、いつ止めればいいかちゃんと私に分かるのかなって不安になっちゃって」
珍しくスカイは本心からの不安をキングに語り、まさか自分にそういう話を振られるとは考えていなかったキングは言葉に詰まった。
だがスカイがキングを頼ったのにも理由はある。
「こう見えて私ってキングの事は尊敬してるんだよ」
「それは光栄ね」
「ドジだし泣き虫だし大事な所でミスするし、変な意地も張るけど、諦めることだけは絶対にしないじゃん。いつも高い目標持ってさ、目標を超えてもまた高い目標を目指して」
「貴女だってそうでしょ?三冠を狙って、皐月賞と菊花賞で勝って、黄金世代の一角として」
「でも一番じゃない」
若干の中傷混じりだが褒められたキングはスカイも同じだと言おうとしたが、どんな怒声や罵声よりもスカイの心情が込められた言葉にキングは安易な考えを改めた。
「一番、ね。難しい言葉よね」
「スペちゃんみたいに日本一って分かりやすい目標にしとけば良かったよ。今の私にはなーんにも走る理由がない」
自分が好きな事をしていたいと常々考えているスカイがレースだけは真剣勝負なのは好きな事では1番でいたいから。
けれど、スカイの周りには多くのライバルが居た。海外遠征に出る者も居れば、海外の英雄を下した者も居る。そんな中で自分こそが1番だと名乗れる程、スカイも馬鹿では居られなかった。
1番という曖昧な夢がどれだけ叶えるのが難しいか気付いた時には、スカイはクラシックを走り終えてしまっていた。出し切れる全てを出した、その結果に後悔はなくとも自分にはその先が無いと気付いてしまったのだ。
「私も引退しよっかなー、なんてね」
十分な成果は出している、やれる限りの努力は尽くしたと今の結果に満足する事が必要なんだとスカイは諦めるような言葉を漏らした。
だがキングならば自分の引退を止めてくれる、きっと情けないと頬叩いてでも立ち直らせてくれる。そうしてくれれば自分はまだ一番の為に走れるとスカイは信じていた。
「好きにすればいいんじゃないかしら?」
だがスカイの想いとは裏腹に、隣に座るのを止めたキングは堂々と腕を組みスカイを見下ろしながらあっけらかんとした態度で辞めればいいと言い放った。
それにはスカイも意表を突かれてしまい作り笑いが解けてしまうと、キングも先の言葉がスカイの本心ではないと気付いたが言葉は止めなかった。
「貴方が走りたくないって言うのならそれなりに悩んだ結論なのよね?なら無理強いはしないわ、辞めなさい」
「で、でも…!」
「私に引き止めて欲しかったなら相手が悪いわ。私はもう隣を走る人の事は気にしない。ぶつかろうが転がろうが知ったことじゃないし、走る理由が無いのなら走らなければいい」
「違うの、私はただ…!」
「ただ、何なの?」
キングも問い詰める訳でもなく未だ隠そうとする本心を聞こうとし、じっと見つめてくる紅い瞳をスカイは見つめ返していると決して目を逸らさないキングに対して自分の弱さに涙が溢れてきた。
「諦めるのが……嫌なだけ…でもどうすれば夢を叶えられるのか分からないの…!」
走っていればいつかまた1番になるチャンスが訪れるかもしれない。
エルに向けた励ましは自分への戒めでもあった。苦し紛れでもいいから走り続ける理由が欲しかったのは自分なんだと零すスカイに対し、「貴方って人は」と息を吐いたキングはしゃがんでからハンカチを取り出すとスカイの涙を拭った。
「ホント、根っからの負けず嫌いなんだから。一番になるって決めた自分に負けたくないからって、引退なんて言葉出すものじゃないわよ」
「でも…っ……私はまだ1番になれてない…!」
「そう思うなら、まずは自分に勝ちなさい。諦めたくなった時に、自分に納得できない時に、誰かに背中を押される前に前へ踏み出す勇気を持ちなさい。少なくとも私はそうしてきたつもりよ」
「……」
「そして1番になりたいと言うのなら、その時は私を超えてみなさい。少なくとも私は1番諦めなかったウマ娘である自覚はあるわ」
キングはもう隣を走ってきたライバル達の行く末に口を出す事はやめた。他人が口を出して選択を変えてしまえばいつかそれが後悔に繋がり、いつまでも後悔が続いてしまう。
キングが選んだのは悩みを抱えた相手に責任の取れない発言をするではなく、ライバル達が諦めてしまった想いを背負うことだった。エルが勝負の場から降りたのならば、キングは最後まで戦い続ける。スカイがもし1番を諦めるというのなら、キングは決して1番を取ることを諦めない。
「走るのが本当に辛いなら、その時は私を応援しなさいな。そうすれば私が1番の喜びを分かち合ってあげられるわ」
独善的な独りよがりではなく、喜びを分かち合う優しい王になると決めたキングは悩みを振り切れずにいるスカイに微笑みかけ、スカイが諦めることさえも受け止めようとしてみせた。
其処には以前のような不器用さは無く、背中を見せる覚悟を決めたキングはスカイの瞳には背後に広がる青空よりも大きく見え、キングもスカイの頭の後ろに腕を回して胸元に寄せるとしっかりと抱き締めた。
「だから、ゆっくり答えを決めていいわ。どっちを選んでも私は貴方の前を走り続けるから」
長らく感じていなかった母性愛を親友から与えられ、最初こそ早く解いて欲しいともがいたが、スカイもいつしか抱擁を受け入れていた。
走るか走らないかという悩みに『悩む時間を与える』という解答を与えられ、そんな解決策を考えもしなかったスカイはなされるがままになった。
「ずるいよキングは……」
「私がこの答えに辿り着く為にどれだけ苦労したかなんて言わなくても分かるでしょ?これが私の王道って物よ」
「……カッコ良すぎるって」
自分の腕の中にいる相手の為に走ろうとする二人は顔を向き合わせると、何を言わずとも先にスカイが目を閉じ、キングは一瞬躊躇ったものの二の足は踏まなかった。
自分に嘘をつかないと決めたキングは顔を近づけていきスカイの想いに応え、お互いに触れた感触を感じてから顔を離すと目を開けたスカイも花を咲かせたように笑みを溢していた。
遠くからはウマ娘達が練習する声が聞こえるが、二人は場所を問わずもっとお互いの気持ちに素直になろうと再び顔を近づけていった。
しかし、『ピピピピピッ』と二人の間に差し込むような電子音が聞こえるとキングは誰かに見られたかと焦ったが、音の鳴った方に目を向けるとその顔色は七色に変化していき最後には真っ赤に燃え上がった。
視線を向けた先には隣の木陰から顔を出したガヴリエラが手に持ったタイマーを見せて、『タイムオーバー』だと示したがキングの怒りはまずそこに立っていることだった。
「いつからそこにいたのかしら…?」
「キングがセイウンスカイちゃんを口説いてる所から」
「それが何処かって聞いてるのよ…!」
「……二人が木陰に入った所くらい?」
「最初から居るじゃない!人の情事を見るなんてヘンタイよ!」
「キスくらいで情事だなんて、キングってピュアピュアだね」
「貴女、言わせておけば…!」
「残念だけど休憩は終わり。セイウンスカイちゃんに良い所見せたいなら練習あるのみ、さぁレッツゴー」
キング達の話を全部聞いていたガヴリエラは夢を叶えるには練習あるのみだとキングを急かし、スカイも「早くしなきゃ私も追いついちゃうよ」と意地悪げに笑うとキングは声にもならない叫び声を上げながらグラウンドの方へと駆けて行った。
「それじゃあ、セイウンスカイちゃんも長距離頑張ってね」
「何で10分超えてたのに待っててくれたんですか?」
ガヴリエラはスカイに声援を送ってからキングの後を追おうとしたが、最初からガヴリエラが近くに居ることを知っていたスカイは何故止めなかったのかと訊ねると足を止めた。
「私の役目はキングを最高の王様にすることだから。大事な人を背負う事も強くなる秘訣だよ」
「……なら、私ももっと強くなっちゃうよ。キングなんてすぐに追いついちゃうくらい」
「大丈夫、私がそれをさせないから」
問題を先延ばしにして自分を誤魔化さないと決めたスカイは、先を走ると決めたキングであろうと追い抜いてみせると意気込んだ。しかし、ガヴリエラも走りに於いてはキングを勝たせるのが自分の役目だと譲らず、お互いに牽制をし合うとスカイも自分の練習へと戻って行った。
『一番大切な人』、キングの為ならまだ走れると思っていたが、考え方を変えたスカイはまた楽しみが増えたと頭の後ろで腕を組んで空を見上げた。
「私もまだまだこれからだね」
自由で、気まぐれで、掴みどころがなく、時に空さえ独占してみせる浮雲のように、スカイは何処まで走り続ける。
いつかその先にある、1番を目指して。
キングの強気攻めにスカイがヘタれる時にだけ生を実感する