円香がレッスンしてるところにPが来るだけ
あの日、多分、はじめて。私は弱い自分を見せた。透たちと一緒にいるときは出さない、一番大切な友達にもみせることはなかった、臆病な私。
それなのに、あなたには見せることが出来てしまった。なんで?どうしてでしょうか……プロデューサー……
レッスン室で1人、樋口円香は踊っていた。近々大きなオーディションがあり、円香は時間を見つけては度々レッスン室を訪れていた。
今日の円香の動きは良くなかった。いつもより重く、鈍く、腕を振ることも、足を上げることも辛そうで無理やりに動かしているようにも見えた。そして振りを間違えたところで大きく息を吐き、足を止めた。しばし呼吸を落ち着かせ、流れていた曲を止めた。
不安に駆られてオーバーワーク気味になってしまうことは何度もあった。
比べられること、試されること。なにより競い合う相手が、負けたときに涙を流して悔しがっているところをみたとき、真剣な彼女たちと一緒に立つこと。
それがなにより怖かった。
「…はぁ、けほっ」
息はまだ荒く、少し咳き込んだ。WINGが終わってからというもの、本当に忙しくなった。他の子もそうだが、学業とアイドルとの両立は大変だった。学業はもちろん手は抜けず、アイドル活動だって熱が入ってしまっている。以前よりアイドルに向き合っている自覚がある。レッスン室を借りる頻度も増した。もちろん自分のためであり、ユニットのためだ
プロデューサーのせいだ…
私が飛べるようにと願ってくれるから、私も飛ぼうと思ってしまった。おかげで、こんなにも大変です。あなた、私に何かしてくれるんですか?
「…もう一度」
今まではただ怖いだけだった。いや、今だって怖い。不安は消えない。けど、それでも、と。
だから円香は再びステップを刻みだした。しかし、やはりミスが目立った。今日のコンディションは良くない。忙しさで疲労が溜まっていた。自覚はあるが、どうしてもオーディション前だと気持ちが急いてしまう。
「…もう一度」
再びステップを刻もうとした時、扉が開く音がして顔を向けると、いつもののんき顔がそこにはあった。
何故か安心した。見つけてもらえたように感じた。
「おはよう、今日も自主トレか」
「ええ、いつも通りなのでお構いなく」
「…最近、根を詰めすぎじゃないか、休んで体調を整えることも大事だぞ」
「ご忠告どうも、だけど平気です」
「平気か…」
「なんですか」
「…わかんないわけないだろ?」
プロデューサーは仕方がないなって顔をした。相変わらず顔に出る。そういうところ、嫌い。
少しずつわかってきたなんて言わないで。あなたにはわからないようにしてるのに。
「円香は平気な振りが得意だからな」
「事実、平気なので」
「いやいや、大人は悲しいことに結構平気な振りが得意なんだ。平気な振りなら円香より経験あるんだ」
うんうんと頷きながら、少しカッコいいこと言ったな、って顔しないでくれますか。
そんなこと、知っています。それに私をプロデュースするのなんて、平気な振り、沢山したでしょう。私がそうさせたのだから。
なのに、あなたは平気な振りして信じてくれた。
「驚きです、すぐに顔に出るあなたがそんな高等なことが出来るとは」
「はは、まあまあ、とにかくだ。オーディションも近い。その前に怪我や病気になったりしたら嫌だろう」
本気で心配してる顔。信じていないのではなくて、信じてるから心配してるあなたの顔。何度も見た。
そんな顔で毎回見られるこっちの身にもなってください。毎回応えないとなんて、すごく疲れるのに。
「そうですね、正論です。…でもあと少しだけですから…見ていれくれませんか」
「ああ、もちろん」
「じゃあ、お願いします」
「よし、音楽流そう」
そういってプロデューサーが音楽を再生した。円香は先程と同じようにステップを刻みはじめる。ステップは徐々に軽快になっていった。休憩がてらプロデューサー話をしたのが良かったのか。それともなにか別の原因でもあったのか。
繰り返しミスをしていた部分も乗り越えた。どうしても上手く出来なかったのに、と円香は思う。
(…ほんとに、最悪)
現金な身体め、心め、こんな都合良く動くなんておかしいじゃない。
この人が来て、見てくれているだけで、なんて。そんなの絶対おかしいじゃない。
そして、曲が終わった。一曲踊りきってしまった。荒くなった息を整えていると、プロデューサーが話しかけた。
「いや、すごかったよ。はは、ほんとに平気だったのか、俺の心配のしすぎだったか」
「だから言ったじゃないですか、嘘を言う理由がありませんので」
嘘。ホントに厄介。
「今日はこれで、帰ります。あなたの言うとおりこれ以上は今後のコンディションに関わりますので」
「ああ、そうだな」
「……」
「…え、えっと、なんだ?」
「いえ、今日は言ってこないんだと思っただけです。学習できたようでなによりですが…」
プロデューサーは少し考えるような顔をして、言った。
「…今日はもう仕事終わるところだから一緒に帰るか」
「学習したことは捨てないことをおススメします」
「いいじゃないか、すぐに残りをまとめてくるから、待っててくれ」
返事を待たずに彼は行ってしまった。1人残された円香はため息をつき、片づけをはじめた。軽くモップがけをし。ジャージからいつもの制服にパーカー姿に着替えた。帰り支度をしながらプロデューサーを待っているとLINEの通知があることに気がついた。
「透…?」
開くと、かすかに微笑んだ透と慌てた様子のプロデューサーの自撮りのツーショットだった。
写真をみながら少し間をおいて、円香は大きく深呼吸をした。スマホを無言で操作する。
「すまない、お待たせ!…ってどうした」
「いえ、これを見ていただけです」
「え、なんだ?…えーっとぉ」
プロデューサは写真を見た途端、固まって変な声を出した。
円香は普段よりにこやかに言った。
「はい、なんでしょう」
「と、透がいきなり撮ってきてなぁ?」
「はい」
「そんで、消しとくようにって言ったんだけど…」
「それで」
「いやだ、と」
「…」
「…」
「す、すまん。今度こそ、もうしないぞ」
「…はあ、いいですよ。別に…」
「え、いいのか」
「浅倉はそういうこと、誰にでもはやりませんから」
透がプロデューサーを信頼しているのは見ていればわかる。
どこか、普段より目がキラキラとしているように見えて、時々私もどきっとして、多分気のせいじゃないんだと思う。
彼もそんなキラキラしている透に心をときめかせたりしているのだろうか。
「じゃあ、はい」
「え?」
カメラを起動して透と同じように撮った。ただのイタズラ。無表情でプロデューサーに近づいて、自分と彼を枠に入れてすぐにボタンを押した。
確認すれば急に撮られた間の抜けた彼の顔と少し赤くなった私の顔が写っていた。
「これで許します」
「…は、え?よくわからんぞ」
「別に意味もないイタズラです、ほら、帰りましょう」
「…まあ、うん」
少し戸惑った様子のプロデューサーを置いて足早にレッスン室を出る。
赤くなった顔は、正面から見せられるほど素直になれない。
あなたが相変わらず私を振り回すうちに、もう少し素直になれるのかもしれませんので。
私が言わなくても、まだ、あなたは来てくれるでしょうから。