シャイニーカラーズ短編詰め   作:ウミガメ2号

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オーディション帰りの円香とP


時には雨も降るでしょう

「お疲れ様でした」

 その言葉とともに樋口円香とプロデューサーはオーディション会場を出た。外は既に薄暗く、雲が黒くなっていた。

 私とプロデューサーは駐車場に向かい歩き始めた。

 歩き出した円香は視線を落とし、口を堅く閉じていた。

 冷たい風が吹いてきて、私は思わず身を縮めた。

 重苦しい雲がかかった空を見て言った。

 

 

「降りそうですね」

「…そうだな、予報ではそんなことなかったと思うが」

 円香もオーディション当日の天気はチェックしたが、今日は一日晴れるという予報だった。

 雲はどんどん黒くなっていき、今にも降りだしてしまいそうだった。

「寒いか」

「…いえ」

 今日の天気は今の心情みたいだと、私はため息をつきながら思った。

 オーディションが上手くこなせなかった。ミスしてしまった。何度も練習した箇所だった。できるようになるまで練習しオーディションに臨んだ。

 緊張から、ミスをした。

 もうオーディションは終了した。あとは結果を待つしか出来ることはないと頭では理解できていても、そのことが頭から離れなかった。

「(あんなに練習したのに…)」

「は、はっくしゅん!!」

 落ち込んでいると、後ろで大きなくしゃみが聞こえ顔を向けた。

 プロデューサーは寒そうに鼻水をたらした、円香から見ると間抜けな顔をしていた。

「…平気ですか」

「へ、平気だ」

 円香はムスッとした顔をしてプロデューサーの顔を睨んだ後、顔を背けて頬を緩ませた。

「寒いので、早く行きましょう」

 私は少し歩く速度を速めた。そんな私をみてプロデューサーも早足になった。

 

___________

 

 

 駐車場に着くと、私とプロデューサーは車に荷物を降ろした。私は後部座席に座って、息をついた。

 車はエンジンがかかっており、暖房から暖かい風が少しずつ流れてきていた。

 円香がチラッと前の座席をみると、車の中は少し散らかっていて、助手席に書類が置かれていたり、ドリンクホルダーには来る前にプロデューサーが買ったペットボトルのコーヒーの空が置かれていた。

「…資料混じるじゃん」

 円香は身を乗り出し、助手席の書類をまとめ出した。

 書類には自分が受けるオーディションについてまとめられており、練習メニューも書かれてあった。

 自分が受けたいと言ったレッスンも組み込まれた内容だった。

「……」

 こんなに考えてるんだ。皆のこと。仕事だからっていうのはわかるけど、あの人も大人なんだと感じる。

「私のことも考えるんだ、あの人」

 頭を振る。書類を見ながら仕事なんだから当然だ。そう考えていると、小走りにプロデューサーが運転席のドアを開けて、車に乗り込んだ。

「すまん、お待たせ」

 プロデューサーの手にはいつも飲んでいるメーカーのコーヒーとペットボトルのレモンティーがあった。

 荷物を降ろすと、駐車場の自販機に買いに行っていたのだ。

 書類を持った円香を見てプロデューサーが言った。

「ああ、書類。…すまん、散らかってたよな」

「書類関係には気をつけたほうが良いと思います」

「ごもっともだ」

「…全員分の資料、あなたが?」

「まさか、社長もはづきさんもやってるよ。むしろ二人のほうが俺より早くて…」

「でしょうね」

「はは。ほら、レモンティー。微糖の、な」

「…どうも」

 私はレモンティーを受け取り、一口飲んだ。あの時はレモンティーを頼んだけど、いつもこれってわけじゃない。最近飲み物の差し入れのときプロデューサーは決まってレモンティーをくれた。まったく、たまには他の、カフェラレとかも飲むんですよ、と内心思った。

 レモンティーを飲むと、甘くて、暖かくて、落ち着いた。

「…あったかい」

「落ち着いた?」

「…はい」

「よかった」 

 プロデューサーは微笑んで自分のコーヒーを開けた。

 飲もうとしたとき、ちょうど電話の音が鳴った。

「おっとと、待て待て」

「…持ちましょうか」

 すまん、とプロデューサーはコーヒーを円香に渡し、電話を取り出して通話をはじめた。

「もしもし。あっ、はづきさん。お疲れ様です。…ええ、先程終わりまして、はい」

 電話の相手ははづきだった。円香のオーディションの事や、他の業務内容の確認を話している様子だった。

 その間、私はプロデューサーの後ろでコーヒーを何となく見ていた。

 また、これ飲んでる。

 まだ話していて、聞いているともう少しかかりそうだと思った。

「……」

 また少し待つとはづきとの話が終わり、プロデューサーがこちらを向いた。

「すまんすまん、また待たせてしまったな」

「…別に構いませんよ。必要なことだったんでしょうし。…これ、返します」

「ああ、ありがとう」

 私からコーヒーを受け取り、プロデューサーも一口飲んで息をついた。

 私もまたレモンティーに口をつけた。

「(……にが)」

 口の中にほんの少し、ばれないくらいの量を含んで、広がった苦さを甘いレモンティーで流した。

 プロデューサーがコーヒーの半分ほど飲んだところでキャップを閉めながら言った。

「じゃあ、そろそろ出ようか」

「はい」

 車が走り出した。

 しばらく走り、運転しながらプロデューサーが口を開いた。

「ああ、そうだ。覚えてると思うけど、今日は円香は直帰しても大丈夫だから、このまま送っていくよ」

「大丈夫です。さっきの電話。…この後仕事が残ってるんじゃないんですか」

「はは、まあそうなんだけどな。…じゃあ、駅まで送っていくよ。事務所までの帰り道だし」

「そうですね、ではそれで」

 またしばらく走っていると、フロントガラスにポツンと雨粒がついた。それは少しずつ勢いを増した。

「ああ、降ってきちゃったか。どうりで寒かったわけだ」

 円香は窓越しにぼんやりと雨を眺めた。激しい雨ではなく、小雨でもなかった。

 暖かくなった車内と身体。雨の音をゆっくりと聞いて、私はやっと落ち着いて、余裕が出来た。

 渋滞というほどではなかったが、道は多少混んでいた。

 車は赤信号で止まり、私は口を開いた。

「プロデューサー」

「なんだ」

「…今日のオーディションですけど」

 ミスをしたのはプロデューサーにだって分かったはずだ。ミスしたときに何か記入している審査員がすごく気になって、それを振り払うように後半動いていた気がするが、どうやって終わったのか、よく覚えていない。

 今でもオーディションは緊張する。何度やっても緊張する。それは当たり前のことだってプロデューサーは言う。失敗は誰にでもある。今までだってオーディションに落ちた経験はあるし、私だけでなく皆経験していることだ。

 けど、こうして失敗したときは、未だにどうしたらいいか分からなくなる。次に向かってさっさと切り替えることができるタイプじゃないから。

 信号が変わり、再び車が動く。

「…大丈夫だ」

「無責任な言葉ですね」

「ミスはあった。けどその他は言うことはない。…前さ、まだ結果はわからないのに悔しがったり泣いている子を見たって言ってたよな」

「……」

「…今、その子たちと似た顔してる。…悔しいって顔だ」

「運転してるから見えてないでしょ」

「ミラー…」

「…変態」

「…冗談。見なくてもわかる」

 悪態をついて顔を背けた。そして以前見たあの子達の顔を思い出した。情けないと、悔しいと、そういっていた、安っぽい笑顔の女の子。

 笑える。よく言えたなって思う。それ以上になにもないのは私の方だったのに。合格通知を受け取るまで、私はどんな顔してたんだろう。

「悔しさを覚えるのは、円香が真剣になってる証拠だ。だから、大丈夫なんだ」

「…真剣」

「合格か不合格か、だけじゃない。たしかに結果は大事だ。特にこういう業界は」

「……」

 プロデューサーはまたしばらく黙りながら車を走らせた。景色が見慣れたものに変わっていく。

 もうすぐ駅に着く頃だった。

「円香、人生長いとさ」

「は?」

 私は突拍子もない言葉に呆気に取られた。

 どこかで聞いたような言葉だった気がする。

 プロデューサーは微笑んでいた。

「結果は大事。そうだよな。けどまだまだ円香は始まったばかりだ。これから先も、ずっと続いてく。失敗しても、俺が何度でも翼を用意するし、円香には一緒に飛んでる仲間もいる」

「また、恥ずかしい台詞。今夜は舞踏会ですか、王子様」

「はは、俺はポジション的に魔法使いだ。今馬車で運んでる真っ最中だぞ」

「…もう黙って、調子に乗りすぎです」

「わ、悪い、悪い」

 にへらと、また笑いながらプロデューサーはおどけて見せた。

 窓に強くたたきつけるように雨が強くなった。

 本当に今日は荒れるな、なんて急に関係ないことを考えた。

 今日は何回この人の言葉で顔を背けたか。疲れる…

 本当に恥ずかしい人。そういうこと大真面目に言えるとこ、ちょっとユーモアだったりするところ、嫌いだ。

「……あ、の」

「うん」

「今日、仕事どれくらい残ってますか」

「…ああ、それほど残ってないさ」

「……」

「……」

 駅が近づいてくる。もうすぐ降りないといけなかった。

 外を見ると、雨はさらに強くなっていた。傘をさす人や傘を持たずに駅に駆けていく人たちが道を窮屈そうに進むのが見えた。

 円香は顔を外に向けたまま言った。

「…送ってください……家まで。…今日、傘、持ってないんです」

「ああ…この雨だと危ないからな」 

 車は駅を通り過ぎた。

 雨が強いせいで、車はゆるやかな速度で走った。ゆっくりと流れる見慣れた景色を円香は息をつきながら見ていた。

 暖房が効いて、車内はすっかり暖かくなっていた。

 円香の顔は少し赤くなっていた。円香は既にぬるくレモンティーを取り出し口をつけた。

 プロデューサーも運転しながらコーヒーを口に運び、思い出したように言った。

「そういえば、さ」

「なんですか」

「コーヒー、飲めるようになったか」

「ッ!」

「はは、あー、……ミラー」

「最低」

 何回目になるか。円香は顔を背けた。

 

 

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