シャイニーカラーズ短編詰め   作:ウミガメ2号

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秋。地方へと仕事にいく円香とP。


紅の現在地

 紅葉がひらひらと舞っていた。

 綺麗な紅色や黄色が頭上から時折降ってくる道を円香とプロデューサーは歩いていた。

 場所は某観光地、時期は10月の下旬。紅葉が見ごろになる時期だ。山々は美しい紅と黄に染まっていた。天気は晴天で歩いていて気持ちの良い道のりだった。いつもであれば山での仕事は億劫だった。山は虫が出るし、距離の問題で出発は早く、目的地に着くだけでも一苦労。帰りも同じ理由で遅くなりがちになるからだ。

 しかし、今日のように清々しいシチュエーションであれば気持ちも軽かった。来ている場所は観光地でもあるため仕事でなければもっと時間をかけて歩き、景色を楽しみたいと円香は思っていた。

 観光地なだけあって自分たちの他に散策している人も多くいた。家族で来ている人達もいて、子供が紅葉を拾って綺麗だと笑っている姿もあった。それを見ながらプロデューサーは穏やかな笑みを浮かべていたのを円香は横目で見ていた。

 円香が歩いていると、また紅葉がひらひらと舞い落ちてきた。目の前に落ちてきたので思わず手を出していた。別に取れなくても構わないと思ったが、紅葉はゆっくりと円香の両の手のひらにふわりと乗った。綺麗だったので少し頬が緩んだように感じた。

「綺麗だな」

「…そうですね」

 後ろからプロデューサーが言って、ドキリとした。平静を装って手に乗った紅葉を見た。こういう場合は、綺麗なのは紅葉や景色のことを言っているのだろうと考えるが、プロデューサーの場合は綺麗なのは円香のことだ、もしくは両方だ、等々を口に出して言う場合もあるので内心ハラハラとしていて体温が少し上昇する感覚があった。

 流石、王子様。プロデューサーの内心は知らないが、こちらの心を乱す言動にムスッとしながら小声でつぶやいた。

 深く聞けば予想した言葉が出てくるかもしれないと思ったので、何も言わずに再び歩き出すと、プロデューサーも同じく歩き出して言った。

「もう少しゆっくり歩いてもいいぞ」

 …また、見透かす。

「いえ、プライベートならそうしますが、今はいいです」

「そう言わずにさ、道が混むと思って早く出発したけど予定よりずっと早く着いたし」

 笑いながらプロデューサーは歩く速度を緩めた。円香もため息を一つついてゆっくりと歩いた。歩く速さが同じくらいになったが、円香がほんの少しだけ前を歩いた。並んで歩くのは気恥ずかしかった。以前なら自分は歩く速度を緩めなかっただろう。

 早く歩いて距離が離れても、あなたはまだ来てくれるから。そんな考えが頭をよぎったので頭を軽く振って追い払った。

 

 

 そして二人はほんの少しの寄り道をした。

 近くに湖や川があって、天気が良い今日のような日は、その水面に紅葉が映るそうだ。逆さ富士ならぬ逆さ紅葉がこの観光地の売りの一つであった。それを見てプロデューサーが円香も水面に絶対映えるに違いないだのと言って、また円香はダメージを負った。景色を眺めていたため、円香も水面を見ていた。水面の自分も赤みを帯びていて恥ずかしくなった。思わずさっき手に取ったままだった紅葉を自分の代わりに浮かべた。

 私は紅葉じゃないっての…

 思考を切り替えようと、仕事のことを考えた。今日も雑誌の撮影なのだが、その湖と小川ですることになっている。以前にも小川で撮影したことが一度だけだがあったなと円香は思いだした。

 あの時、転びそうになって、あの人、私の腰…

 大きめのため息をついて無理やり思考を切り替えた。不思議そうな顔をしたプロデューサーがどうしたと尋ねたがなんでもないと顔を背けた。

 

 

 休憩ついでに仕事のことを軽く話そうと遊歩道の入り口近くにある喫茶店で温かい飲み物を注文しテラス席で飲んだ。

 おかげで落ち着きも取り戻した。時間もよい頃合いになってきたので二人は集合場所へと向かった。

 そして二人は階段を昇っていた。階段と言っても十段もないものだが神社にありそうな少し急な石の階段だった。二人の前には家族が歩いていた。小さい子供がいたので父親も母親もゆっくり昇っていたが、二人は追い越さなかった。

 すると子供が落ちてくる紅葉を取ろうとしてフラフラと足を動かした、後ろで見ていて円香は危ないと思った時には子供は体勢を崩していたが、父親が転ぶ寸前で腕を取って助けていた。

 …よかった。

「よかったぁ」

 横を見るとプロデューサーも危ないと思ったのだろう、前のめりになって子供が倒れそうだった場所に支えようとした両手が伸びていて、変な体勢になっていた。

 前にいた父親が「ありがとうごさいます、心配してもらって」と言った。母親も笑顔で頭を軽く下げた。プロデューサーは恥ずかしそうに笑いながら首を振った。

 父親はプロデューサーより少し年上のように見えた。父親は子供を抱き上げたが、自分で歩く、と子供特有の高めの声で言い、父親の腕の中でバタついた。

 可愛らしいと素直に思った。間近で見ると幼いながらも整った顔立ちをした女の子だった。後ろから見てるとどちらかわからなかったのだ。

 父親はバタバタと腕の中で動く少女に諦めたのか、下ろして言った。

「お先どうぞ、子供と一緒だとどうしてもゆっくり歩いてしまうので」

「いやぁ、お気になさらず。大人でもそう歩きたくなるような場所ですし」

 ははっ、といつもの笑いをしながら言うプロデューサーを見て、私もあなたと一緒だといつもゆっくりになりがちだ、と思ったが言うことはしなかった。

 二,三,言葉を交わして円香とプロデューサーは家族の前に出て歩きだした。

 家族と少し離れた位置になってから後ろをちらりと見ると階段を登り終えていたが、あの子はまたフラフラと落ち葉を追っていた。それを見て円香は口を開いた。

「あの子みたいです」

「えっ」

「あなたが。さっきの女の子みたいって言ったの。フラフラ歩いてしまうところ。一緒に歩くと、合わせて遅く歩かないといけないところ」

 目が離せないのは子供みたいだからに違いない。

「はは、まいったな。ごめんごめん、のんびり歩きすぎだったか。けどそんなにフラフラしてるかな」

「はい」

「そ、そうか気を付けるよ」

 そうだ、こういう会話をしていた方が楽だ。こんな会話が自分達らしいのだ。

「はい、期待しています。あなたは優秀なプロデューサーですから、すぐ改善するでしょうね」

「ご、ごめんって」

「ほら、やっぱり子供みたい」

「はは、というか話変わって悪いんだが」

「…なんですか」

「あの子って女の子?男の子じゃなくて?」

「性別の区別もつかないんですか」

「いやぁ、子供の時だとどっちかわからない時あるだろう?」

「ないです」

 そうか、とちょっと落ち込んだ様子のプロデューサーを見る円香は考え事をしながら眺めた。

 一緒にいるときはあえてこういう会話をしていた方がダメージは少ないのかもしれない。しかし、それだと自然と口数も増える。それで以前より心を許したと取られても困る。悩みどころだ。

 考えことをしていた為、黙った円香を見て取り繕うようにプロデューサーが口を開いた。

「あー、それにしても本当に綺麗だよなぁ。目を奪われるのもわかるっていうか……って、あ…」

 円香に気を遣いながら景色に目をやりながらしゃべっていた為か、プロデューサーは小さな段差に思いっきり躓いた。

「ち、ちょっと!!」

 円香は思わず、思いっきり抱き着いて押しとどめた。両手で思いっきり腰を掴んだ。男性一人は重かったがプロデューサーも足に力を入れてなんとか踏みとどまったおかげで転ぶことはなかった。顔がプロデューサーの胸のあたりに来てしまった。

 一気に身体の熱が上がった。

 やばい、絶対真っ赤だ。

 …ほら、だから言ったでしょ。子供みたいだって。言葉も、行動も、全部、全部。

 本当に視界に入ってなくても目が行くってどういうことなんだろう。

「円香!ごめん助かったよ!いやぁ危なかった」ああ、危ない危ないと漫画のような台詞をプロデューサーは言った。

 …呑気な声どうも。

 おかげで身体の熱はまだ冷めないが、顔くらいなら上げられそうだった。

「子供みたいって言ったことの有言実行ですか。びっくりするくらいまんま子供でした。中々高度な気の遣い方をするものですね」

「ええ!?いや、今のはわざとじゃ!…えっと、わざと怪我するようなことしないって!」

 プロデューサーの顔を見ないように、皮肉を言った。酷いことを言ってるかもしれないが、危なかったのは本当で、円香自身もそうしなければ平静を装えなかった。目立つことをしてしまったこともあり恥ずかしさもあった。後ろにいた先ほどの家族にも見られていたこともあって、さっさとこの場から動きたかった。

 プロデューサーは自分に非があるときは素直にこちらの言うことを聞いてくれるので、円香は一言、仕事に行きましょう、と言って何事もなかったかのように歩き出した。

 追いかけるよう急いでプロデューサーが横に並んだ。

「円香、その…ありがとうな」

「…もういいです」

 また棘のある言葉が出そうだったが、プロデューサーの顔も少し赤みを帯びていて言う気をなくした。結構歩いたし、今転びそうになって慌てたから多少火照っているだけだろう。自分もそうだ。そう思うことにした。

 またプロデューサーの少し前に出て歩いた。

 

 

 太陽が落ちそうな時間に撮影が終わった。空の色は青からオレンジ色に変わっていた。予定通りの時間にスタートし、撮影は順調に進んだ。予定されていた時間より少し早めに終了してほっと息をついた。気を少し抜いた瞬間、空気の冷たさに、円香は身を震わせた。撮影用の衣装はこの季節には少し肌を出していた為、すっかり冷えてしまっていた。撮影終了と同時にプロデューサーはスタッフに頭を下げながら円香にベンチコートを持ってきた。

「お疲れ様、寒かったろ」

「…どうも」

「寒いだろうから早く着替えておいでって言いたいが、挨拶してからだな。もうちょっと衣装のままで頼む。ああ、上着はもちろん着て良い。」

 撮影が終われば終わりではない。今日の撮影の感想。衣装の感想。掲載される雑誌について。今日のロケ地について。軽くでも聞かれたら話さなければならない。それが終わるころには本来予定していた終了時間に終わることができるだろう。面倒だと思ったが、必要なことだと理解している。

 いつも今日みたいに順調ならいいのに。早めに終われば面倒な雑談をしても時間通りに帰ることができる。と思ったが昼間のことを思い出した。やはり御免だと、まだ仕事中の顔のプロデューサーと一緒に関係者に挨拶をしながら円香は思った。

 

 

 関係者に挨拶を終え、帰り支度も整い二人は来た時と同じ道を引き返ししていた。スタッフ達は後片付けでもう少し残るらしく二人は先に現場から離れた。スマホで時間を見ると17時を少し過ぎていた。やはり予定通りだ。

 時間はまだ早いが、日が暮れるのが大分早くなってきていた。辺りも薄暗くなりはじめていたためか来た時より人がいなかった。離れたところには人が見えるが、二人の周りは誰もいなかった。

 円香は何を考えるでもなく、景色を眺めながら足を動かしていた。

 …疲れた。なんだかんだ疲れた。昼間だってこの人のおかげで疲れたし。

 二人で紅葉を見て湖を見て、カフェでお茶を飲んだりしたことを思い出した。

 スーツ姿、成人男性。私服姿、女子高生。女子高生か傍目にはわからずとも若い、”女性”よりまだ”女子”と呼ばれるのが似合う。そんな組み合わせ。

 …制服の方が逆にまだ誤解がないだろうか。いや、なんの誤解だ。

 事務所でプロデューサーと二人きりになったことがない人はいない。普通だ普通。他のアイドルの子たちもプロデューサーと二人きりでどこかに行ったりする。

 …そういえば、一番最近では風野さんと山歩きしたとか言っていたか。茶屋でお茶したとかも言っていたような気がする。

 …まあ、私もしたし。それなら問題ないか。

「はあ、あるでしょ…」

「どうした?」

 思ったより下の方で声がした。意識を戻すと来るとき通った階段だった。円香は階段を下る一歩手前だった。

 危なかった。それほど高さのない階段とはいえ転びながら落ちたら十分、大怪我に繋がる。円香の意識を戻した声は既に階段を数段下っていた。

「疲れたよな。ボーっとしてるみたいだったけど大丈夫か」階段を下りたプロデューサーが言った。

「いえ、お気になさらず」

 円香も降りながら言った。確かに疲れてはいた。慣れない道を歩いたせいもあり、顔には出さなかったが足にきていた。

「はは、灯織もトレッキングしたとき筋肉痛になったって言ってたな」

 …何故かイラっと来た。なんでさっき内心考えていたことをピンポイントなタイミングで言うのだ。こっちは何か問題がないか考えていたのに。

 これも顔に出さないがなぜか心がムカッとした。

 その時、階段を降りている円香の前に上から何かが降ってきた。足を踏み出そうとしていたところに急に視界に入ってきたものに驚いて顔を背けたがそれがいけなかった。

 前に出していた足が階段を踏み外した。

「あっ…」

 …やば。

 転びそうな円香の視界はゆっくりになった。先に階段を下りていたプロデューサーが両手を円香に向かって伸ばしているのが分かった。

 円香も咄嗟に両手を前に出した。

「円香っ!」

 円香の視界を遮るように舞い落ちた紅葉が地面についた。

 

 

 ___抱きしめられた。違う、受け止められただけ…プロデューサーの腕は円香の背までまわり、強く力が入っていた。

 円香の身体はプロデューサーの胸にスッポリと入っていた。

 足はプロデューサーの足にくっついた。

 腕は折りたたまれプロデューサーの胸に置かれた。

 頭もぴったりとプロデューサーの胸にくっついた。匂いも感じた。

 ……また……これ。

 ……さいあく。

 身体、熱い。すぐにそう感じた。自分の身体がプロデューサーにピッタリくっついているという事実に熱くなる全身をすぐに落ち着かせようとした。

 …上手くいかない。

 本当にあなたといると、こんなことばかり。上手くいかないことばかり。なんとか取り繕って見せているというのに。たまにそれさえも見透かす。これだからあなたと二人になるのは嫌なの。

 一瞬で沢山のことを考える頭があるのに、一向に引きそうにない熱。嫌になる。

「……怖かったな。大丈夫だ」

 プロデューサーは落ち着かせるように円香の頭を撫でた。背中もぽんぽんと一定のリズムでたたいた。

 優しく撫でられて少しずつ落ち着いていく思考とは逆に身体はどんどん熱くなった。

「……変態。昼間の仕返し?」いつもよりずっと小さくかすれた声が出た。

「……はは、じゃあ…そうだな、仕返し。……ゆっくり帰ろう。怪我したら大変だ」

「…はい……その、ありがとうございます」

 プロデューサーが腕をほどいて二人は離れた。プロデューサーの胸に置かれた自分の手が汗で濡れていて服で拭いながら、円香は彼の顔を見なかった。

 まだ顔が赤い自覚があったので、プロデューサーの少し前を歩いたが距離は昼間より近かった。

 そのままの距離感で帰り道を歩いた。

 そして昼間休憩したカフェが見えてきた頃には夕日がほとんど落ちていて暗くなっていた。遠くに少しだけオレンジ色が残っていたがあと数分で夜空になるだろう。

 強くもなく弱くもない風が吹いて火照った身体には心地よかった。

 風が吹いた方に目を向けるひと際立派な木に目がいった。木には鳥が留まっていて、どうしてか目についた。

 その木の枝先の紅葉が今にも落ちそうだった。木に留まっていた鳥が飛ぶと、また風が吹いて、風に乗るように翼を広げていた。

 円香は風に吹かれて揺れる葉を見て思った。

 …ああ、落ちそう。

 こんな風が吹き続けたらいつか落ちるだろうなと思った。

 …馬鹿みたい。

 葉は落ちるものだ。それが普通。それに自分を重ねることはない。

 少しすると葉はやはり落ちた。ゆらゆらと舞い落ちてくる。

 紅と黄がゆっくり舞い散る様をみて、やはり綺麗だなと思った。自分と大違いだ。

「おっと、ははっ。…綺麗だなぁ」

 プロデューサーに葉がゆらゆら落ちてきて、彼は両の手のひらを広げた。

 そして綺麗に紅く染まった葉をプロデューサーの手が受け止めた。

 いつの間にか日は落ち辺りは暗くなったので、紅葉が夜でも楽しめるように付けられているライトがついた。

 一気に明るくなって、プロデューサーがはっきりと見えるようになった。手に乗った紅葉を親指と人差し指で持って円香に笑いながら見せた。

「…綺麗ですね」その顔を見ながら円香が言った。

「そうだな」

 両方です。言えない。さっきまでそこにいる紅は自分だったのに。

 あなたの手の中の紅が羨ましい。

 

 

「はあ」

 円香は車に乗る前に駐車場のすぐそばにあるトイレに行っていた。これから車で1時間以上かかるためだ。明るいうちにここに来たときは想像できないほどの疲労がたまった。主に心が疲れた。すっかり寒くなりトイレの近くにあった自販機でホットのレモンティーを買い、少し考えてからホットコーヒーも買った。二つの飲み物を手にプロデューサーの待つ車へと戻った。

 戻るとプロデューサーは車の中ではなく律義にも外で円香を待っていた。エンジン掛けているのだから中で待っていればいいのにと思った。背を向けていた為、近づいてくる円香にはまだ気づいていないようだった。円香は気にせず近づいた。

「やっぱ綺麗だなぁ。…うん、円香みたいだ」

 さっき手に取ったままの紅葉を見ながらプロデューサーが言って円香の足が止まった。

「……はぁ、”気持ち悪い”かなぁ。もしくは”変態”か」

「…ではどっちもで」

「あ……えっと、はは」

 あえて遠慮なく声をかけた。プロデューサーは気まずそうに、いたずらがバレたときの子供のような表情を浮かべた。

「早く帰りますよ。…あと、その葉っぱ捨ててください。子供みたいに持ち帰ろうとしないで」

「えー」

「……私はまだ降りる気ありませんので」

「えっ」

「……私はまだここにいます。不満ですか」

 プロデューサーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかい笑みをして言った。

「…とんでもない。…いてくれよ」

「…まあ、いいですけど」

 お礼です、とホットコーヒーをプロデューサーに押し付けた。それ以上何かを言うことはなく車のドアを開けた。エンジンのかかった車内は暖房が効き暖かくなっていた。プロデューサーも何も言わずに葉をそっと手放して車に乗りハンドルを握った。

「じゃあ、帰るか」

「…安全運転で」

「ははっ、もちろん」

 車が動き出した。大きくなく小さくもないエンジン音を何ともなし聞きながら、円香は息を吐いた。

 いつだったか今日みたいな夜に言った気がする。

 あなたがこの車を止めるまでね。

 それがいつになるのかは、まだわからなかった。

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