用務員の年藤さん   作:笑顔の爆弾

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トレセン学園ってどんな人が居るのでしょうかね。


喧嘩は嫌いな年藤さん

「初めまして、皆様。私は今回の模擬競走試験の監督を務めさせて貰います。年藤きくと申します」

 

 鋭い瞳、平たい口角、緑の制服、向かい合って右側に蹄鉄型のバッジを付けたシャコー帽、長い栗毛を肩に流すその女性は、体育館の壇上に立っていた。

 

 ──季節は冬、トレセン学園に入学を希望するウマ娘達がそわそわとしながら彼女の言葉を聞いている。

 

 ウマ娘達にとっての憧れであるトゥインクル・シリーズに出走するにはトレセン学園への入学が主なルートになる。そして今から始まるのはその夢へと至るチケットを賭けた戦いだ。

 

「体操服は事前にお申し込み頂いた大きさの物を後ろの受付からお受け取り下さい、また、お着替えの方は本校一階の更衣室をご利用ください。例年、貸与した体操服を着たまま帰ってしまう受験生が居ますので、体操服はしっかりと受付の方へとお返し下さい。また、準備運動の時間は……」

 

 淡々と注意事項を述べる彼女に、会場の緊張は静かに高まる。

 

 そして、それぞれの夢を乗せ、将来のスターウマ娘達が未来に駆ける一歩を踏み出すその時が、来た。

 

「……説明は以上になります。それでは、皆様の健闘をお祈りします」

 

 ──彼女の仕事は、そんな彼女達をひたすらに応援する事だ。

 

 

 

 ✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 ──トレセン学園に春が来た。

 

 校舎へ続く石畳と赤煉瓦の校門、そこに桜を加えた景色は言わずと知れたトレセン学園が誇る春の風物詩だ。

 

 後少しすれば受験戦争を勝ち抜いた新入生達がこの門を通り、入学式に臨む事となる。

 

 歴史を感じさせる重厚な門、そこにはグレーのツナギにキャップを被り入学式の準備に勤しむ年藤きくが居た。

 ここでは彼女が、入学式と書かれた(作:シンボリルドルフ)立て看板を門に固定する作業を行なっている。

 

 ……それから、特に時間を掛ける事もなく作業を終えた彼女は、ふと桜を見上げ、ぼんやりとした無表情のまま呟く。

 

「……楽しみですね」

 

 そして踵を返しその場を去ろうとした彼女だったが、不意に背後から聞こえた声で足を止めた。

 

「……アタシ、今日からトレセン学園に入学するのよね」

 

 彼女が振り返ると、寮の敷地への出入り口となる門と校門の狭間にある横断歩道の向こう側でぶつくさと独りごちるウマ娘の姿がそこにはあった。

 

「(あの方は……確か……)」

 

 頭に付けたティアラには覚えが無かったものの、赤みがかったツインテールを揺らすその姿を年藤きくは知っていた。

 模擬レースによる試験の担当でもある彼女は、トレセン学園を受験するウマ娘の顔を見る機会が多くあり、中でも良い走りをしていた挙動不審の彼女の事はよく覚えていたのだ。

 

「……あなたの名前はダイワスカーレットさん、でしたね?」

「えっ? ……あっ、はい!! あ! ……あなたは確か、試験監督の年藤きくさん、です……よね?」

「はい。ここで用務員をやらせてもらっています」

 

 ダイワスカーレットは、急に振り返り声をかけて来た年藤きくに驚きながらも返事を返す。

 年藤きくはと言うと、ダイワスカーレットだと確認を取るや否や質問をする。

 

「あなたはそこで何をしていたのですか?」

「その……夢みたいで。本当に受かっているのかって思うと、足がすくんで……」

 

 どうやら彼女は、トレセン学園の校門を前にし少し自信を失ってしまっていたらしい。直接は言ってはいないが、新入生にはよくある事ではある為、そう判断した年藤きくの行動は早かった。

 

「何を考えているのかわたしには分かりませんが、あなたの走りは完璧でした」

 

 彼女は、頭の中でダイワスカーレットの模擬レースの姿を再生する。

 

 彼女のレースを見ていた年藤きくには分かっていた。彼女は完璧ないし一番に拘る質である事を。

 故に、完璧なレース運びが出来ていた模擬レースの話で自信を付けさせれば良いと彼女は考えた。

 

「模擬競走の際、あなたは先行策で先頭の後ろにピッタリと着け、中盤まで位置を保守していましたね。この時点であなたはかなり前から自身の脚質に目を向け、それに合った走りを研究していた事が分かります。そして坂を登り切り、後半の入り口となる下り坂から最終コーナーの間で先頭に抜け出し、強い末脚で他の参加者を圧倒……完璧なレースメイクでした。結果は決勝線を1バ身以上の差をつけて踏み越えての快勝。少なくともわたしは、まぐれ(フロック)でも何でもなく、確かな強さに裏打ちされた勝利だと確信しています」

 

 澱みなく放たれた言葉は、ダイワスカーレットの模擬レースの試合展開と、彼女の考えを言い表した言葉。

 

「……すごい」

 

 語彙を失ったダイワスカーレットは思わずそう言ってしまったが、年藤きくからすれば模擬レース試験監督として誰の走りも見逃せないのは当たり前の話である為、彼女が首を傾げるだけとなってしまった。

 

「こほん……ともかく、心配しなくてもあなたは間違いなく合格しています。安心して入学式に来てください」

 

 そう締め括ると、年藤きくは「それでは」と短い挨拶をしてから校門の中へと姿を消した。

 

「(あれが……日本最高峰のトレーニングセンターで働く人の姿……!)」

 

 ダイワスカーレットは震えながらしばし黙り込む。

 

 彼女の震えは止まらない。

 

 しかし、その震えが先程まで感じていた恐怖ではなく、武者震えから来たモノだと気付いた時──

 

「……ここが、トレセン学園(日本の頂点)っ……!」

 

 ──ダイワスカーレットの口角は、吊り上がっていた。

 

 

 

 ……そして、あれ程の観察眼を持った年藤きくがトレーナーではなく用務員と言うポジションに収まっている事に気付き、トレセン学園の底知れなさに呆然するまでに時間はそう掛からなかった。

 

 

 

 ✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「なあスカーレット」

「何よウオッカ?」

「年藤きくって人、知ってっか?」

 

 トレセン学園は(いま)だ春。少し学園生活にも慣れを見せてきたウマ娘達は、自らが入るチームを探す時期に入っていた。

 

 そんな中、寮の同室であるダイワスカーレットとウオッカはある人物について会話をしていた。

 

「知ってるわよ。アタシは入学初日に会ったから」

「マジかよ!! ズリ〜よ、オレもあの人にもっと早く教えて貰いたかったってのに!」

 

 ウオッカは驚く、が。

 

 ダイワスカーレットは首を傾げた。何を言っているのか、と。

 

「……え? 知らないのかよ。あの人、過去にはトレーナーも兼任してたらしいぞ?」

「ウソでしょ!?」

 

 今度はダイワスカーレットが驚く番だった。

 

「ウソじゃない」、そうウオッカが返した事で、ダイワスカーレットは短い悲鳴を上げた。

 

 そこから更に深掘りすると、どうやらウオッカも年藤きくに会い、彼女とダイワスカーレットが入学初日にしたやり取りと同じ事を経験していたらしく、それが"カッコ良さ"を信条とするウオッカの琴線に触れて彼女の事を調べるきっかけになったそうな。

 

 その中でウオッカは彼女がトレーナーを勤めていた事も聞いていたのだ。

 

「な、ならアタシ、あの人のチームに入りたいんだけど! 何か知ってるのよね、ねえウオッカ!!」

「いやそれ以上は知らねえよ! あの人が『育ててみたい有望なウマ娘が居る』って言ってたらしいってのを聞いただけだから、オレはてっきりスカーレットの事だと思って……」

 

 そこまで言って、ウオッカは自分が墓穴を掘った事に気付く。

 

 ──暫しの沈黙。

 

 ダイワスカーレットの目は見事に宙を泳いでいた。

 

 ウオッカの目は横に流れ窓の方へ固定されていた。

 

「……へ、へぇ。アタシの事、そんな風に思ってるんだ……。けどっ、まあ! 私くらいになると既にそんな感じに思われてても当たり前よね!」

「……そ、そんな事思ってねえよ! スカーレットはオレの次くらいだろ!」

「何よウオッカ! 素直になりなさいよこのっ!」

 

 スカーレットが枕を投げる。

 

「うわっ! 何すんだよスカーレット! 素直じゃないのはそっちだろツンデレ猫被りお嬢様!」

 

 ウオッカも負けじと投げ返す。

 

「何ですって! それならそっちはセンス中学生男子乙女でしょ!」

「っ言ったらダメなヤツ言っちまったなスカーレット! もう許さねえぞ!」

 

 いつの間にか乱闘騒ぎ、二人揃えばいつもこうなるのだ。故に他のウマ娘からは学園一のケンカップルとも称されている……勿論、彼女達が知る事は無いが。

 

「何だよ!!」

「何よ!!」

 

 徐々にヒートアップする喧嘩は、枕投げからいよいよ掴み合いへとステージを移す所となっていたが……。

 

 

 ──ガチャリ。

 

 

「何をしているんだい? キミたちは」

「何をしていたのですか? あなた方は」

 

 ドアを開けて二人の喧嘩に割り込んで来たのは栗東寮の寮長、フジキセキ。

 その隣で顔色を変えず首を傾げていたのは、話題の人物、年藤きくであった。

 

 何故二人が居るのかと言うと、たまたま火災報知器の点検で寮に入っていた年藤きくがまず騒ぎに気付き、部屋に入る為に彼女は栗東寮全室の合鍵を持つフジキセキを呼んだからだ。

 

「しかし、寮長として君たちの"争い"を見逃す訳にはいかないね」

 

 フジキセキは何故かニヤリと笑みを浮かべ、年藤きくに話を振った。

 

 すると年藤きくは、その硬い表情を崩し、頬を膨らまして怒り(?)の表情を作ってみせた。

 

「……争いはいけません。競走ではともかく、それ以外の場でお互いを傷つけ合うだけの行為は到底認められる物ではありません」

 

 怒られている当人達から見ても、その表情はどこか抜けていて可愛らしくもあったのだが、その背後から漏れる怒気には可愛げなど一切なく……

 

『すいませんでしたッ!!』

 

 ……スカーレットとウオッカは、顔を見合わせて、仲良く二人で土下座を敢行したのだった。

 

 

 

 ──それから数十分後。

 

 ……それから暫くして、部屋に入ってきた二人に説教をされたスカーレットとウオッカは、二人が居なくなった部屋で散らかした物を片付けていた。

 

 説教の内容は主に争いを咎める物と、用務員として部屋を傷つけかねない行為を咎める物だった。結局、スカーレットとウオッカは説教モードに入った年藤きくに何か聞く様な勇気も出せず、ノックアウトされてしまったと言う。

 

 ──因みに、フジキセキはそれを後ろからニヤニヤしながら見ていた。生来の悪戯好きがここでも顔を覗かせたのだろう。また、見張りをする事で、とっとと諦めて大人しく灸を据えられておけ、と言う意を表してもいる。つまり、フジキセキから見ても、彼女は怒らせると怖い存在と言う事だ──。

 

 そして片付けを黙々と行う二人には、彼女について気になった事があるようで……

 

「でも……寮ってウマ娘以外は入ったらダメじゃなかったか?」

 

 正鵠を射た疑問、彼女は年藤きくの正体に一歩近づく……が。

 

「確かに……。でも用務員さんなら設備の点検とかで入っても良いんじゃない?」

「……それもそっか、俺達(ウマ娘)以外立ち入り禁止の食堂のコックさんみたいなモンだよな。フジキセキ先輩も何も言ってなかったし」

 

 二人が彼女の正体に気付く日は、まだまだ遠いようだ……。

 

 

 

「──くちゅん! んん……風邪でしょうか?」

 

 ──しかし、彼女が再び二人の前に現れる日は……そう遠くないのかも知れない。

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