Trombe!〜駆け抜ける黒い竜巻〜   作:鍵のすけ

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第一話 黒い竜巻

 ドイツ自由ハンザ都市ハンブルク。

 芝二千四百。夏。晴れ。バ場状態良好。

 頂点を競い合うウマ娘、十九人。

 

 G1レース――ドイチェスダービー。

 

 

 その日、ハンブルク競馬場に竜巻が吹き荒れた。

 

 

 十九人のウマ娘達はその向こうにある頂点を掴むため、ターフを踏み鳴らす。

 誰よりも先に前へ前へと走るウマ娘、その後ろにぴったりと陣取り最後の瞬間に全てを懸けようとするウマ娘、勝負が大きく動く第四コーナーで他の有象無象を出し抜かんと画策するウマ娘、後方に控え最終直線で全てを発揮させようと足を残すウマ娘。

 そのウマ娘の状態、芝の状態、天候、風、周りの気配。その全てをコンマ秒単位で頭に入れ、もしくは計算をし、十九人のウマ娘はさながら高速、否、光速のチェスの如き頭脳戦を繰り広げていた。

 

 残り千メートルを切った辺り――逃げるウマ娘の後方に控えていたあるウマ娘アルネンハイツはふと後方を見てしまった。

 真剣勝負をしている中、そんな事をするのはまずあり得ない。ましてや実力者しか存在しないG1、そんな事をしていたら一瞬で喉元を喰らわれる。

 だが、それでもアルネンハイツは見ざるを得なかった。どうにも後ろから吹く風が煩わしかったのだから。

 

 

 後方からそのウマ娘が上がってきた。

 

 

 緑青色の瞳、後頭部の一房だけ白い以外は全てが黒い髪、黒を基調とし赤と金でアクセントが施された勝負服。どこかの貴族と言われたら、誰もが納得する外見。

 少し前傾気味の姿勢で脚を動かしている。脚質は恐らく同じ。比較的前方に陣取っていた。

 アルネンハイツは現在三番目。そのウマ娘は四番目。スタートしてからずっとそこにいたのだ。距離にして四バ身と言ったところ。

 

 仕掛ける気配は全くなかった。普通、勝負どころにおいて、ウマ娘は何かしらの気配を見せる。

 顔を振るウマ娘、不必要に脚に力を入れるウマ娘、歩幅が開くウマ娘などなど。

 しかし、その黒きウマ娘は何かがおかしかった。

 

 アルネンハイツが自らの視力を疑ったのは後にも先にも、その瞬間だけだった。

 

 

 一度振り向けば、明らかに二バ身ほど詰められていた。

 

 二度振り向けば、隣にいた。

 

 三度振り向こうとすれば、そのウマ娘は二番目のウマ娘を抜き、先頭を行くウマ娘の少し後方にいた。

 

 

 諸君は風がとても強い日に外に出ると、その風力で目が開けられなくなったことはないだろうか。つい腕で目をガードし、歩こうとしたことはないだろうか。

 今日は無風、そして晴れ。走るにはこれ以上にない天候状態。

 

 だと言うのに、その黒きウマ娘の後方にいるウマ娘達は一瞬目を(つむ)ってしまった。その隙は致命的だというにも関わらず、だ。

 このレースの後、ウマ娘達は揃ってこう言った。

 

 

 ――目も開けられない風が吹いた。

 

 

 残り四百メートル。

 既に優勝は黒きウマ娘と先頭を走っていたウマ娘との一騎討ち。

 

 黒きウマ娘は右脚に力を込める。視線は真っ直ぐ。彼女の視界に、先を行くウマ娘の背中は映っていない。

 

 瞬間、黒きウマ娘の全身に言葉では言い表せない“何か”が降りる。

 

 全てのウマ娘達には“その瞬間”がある。

 絶対に負けられない瞬間、自分だけの走りのポリシー、諦めたくないという強い意志。言葉は様々だが、レースを決定づける“必殺の走法”あるいは勝負どころに発揮される“底力”。

 これこそが“勝つ”ウマ娘達が当たり前のように持っているモノ。

 

 彼女にとってのその瞬間が、やってきた。

 

 黒いオーラが彼女に浮かび上がる。その勢いで一房だけ白く長い髪がふわりと揺れる。まるで炎のように。

 一歩芝を蹴る度に突風が吹き荒れた。先頭をキープしていたウマ娘が後方をちらりと確認し、()ろうとその速度を上げる。

 

 ――断じて、そのウマ娘は何も失敗していなかった。レース運びは完璧、ラストスパートのための脚もまだあった、スタミナ管理に少しの隙もない。

 

 ただ、相手が(はや)すぎた。

 

 黒きウマ娘が横切った瞬間、そのウマ娘は風圧に一瞬バランスを崩しかけた。

 あり得ない。ウマ娘は走るだけだ。そこに何も差はない。

 だからこそ、そのウマ娘は驚愕で顔を曇らせた。強靭な肉体を持つウマ娘がただ隣を横切られただけで走りをブレさせられたのだから。

 

 まるで質の悪いアニメーションのように、数度(まばた)きしただけで、黒きウマ娘は栄光のゴールへ辿り着いていた。

 

 

「――竜巻(トロンベ)

 

 

 置いていかれたウマ娘は思わずそう呟いた。

 阻む者なき力強き走り。正面から正々堂々と叩きつけられた実力。そして彼女が駆けると――必ず風が吹く。

 そのウマ娘は改めて思い知った。

 

 ドイツに現れた新星。

 異常な程の脚の回転でどんな距離でも竜巻のように駆け抜ける黒きウマ娘。

 

 彼女の走りを間近で見た人間、そしてウマ娘達は否が応でもこう評することになるのだ。

 

 

 ――黒い竜巻、と。

 

 

「私を阻むものなし」

 

 

 黒きウマ娘トロンベは片腕を突き上げる。

 勝利宣言に、地が割れんばかりの喝采で返してくれる観客へ向け、優雅に歩き出した。

 

 その道中、トロンベの脳裏にはとある風景が広がっていた。

 

ドイツ(ここ)での目的は果たした。後は私のもう一つの夢を果たすのみ)

 

 観客席の中にいた一人と目が合う。優美で(しと)やかな女性だ。

 彼女はトロンベに微笑みかける。そして、小さく頷いた。

 それを見たトロンベは思わず頭を下げていた。

 

「ありがとうございますカトライア様。私は行きます――日本へ」

 

 海を超えた小さな島国――日本。

 トロンベにとっては大きな意味を持つ国だった。




完全に「知っている」人向けに作りました。
皆さまの反応で更新頻度変わりますので、出来れば何かしら書いてくれたら嬉しいです!

OGはともかく、ウマ娘については勉強しながら書いてます。細かい設定の差異が絶対出てくると思いますが、そのへんはご勘弁ください。

それでは!
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