トレセン学園のメインストリート。そこの片隅にゴルシ印の屋台が鎮座していた。
そこでは三人のウマ娘がそれぞれ与えられた役割をこなしている最中だった。
その中でトロンベはひたすらヘラを動かしている。理由は分からない。だが、料理の話で助けを求められてはそれに応えないトロンベではなかった。
「おーいアンタ! もっとペース上げてけー! お前の本気はそんなもんかー!?」
「言ってくれる……ならば見せてやろう、私の本領を!」
ひたすら具材を切り、時には受け渡しをやっているゴールドシップは、屋台の前に立つメジロマックイーンに呼びかける。
「マックイーン! そんなんで客呼べると思ってんのかよ! もっと叫べー!」
「わ、分かってますわよ! ……美味しい焼きそばですわよ~! とっても美味しい焼きそばですわよ~! 今ならにんじんが付いてきますわよ~!」
本当なら即刻放り投げても良いだろうに、メジロマックイーンは健気にゴールドシップを手伝っていた。その甲斐あってか練習終わりのウマ娘達がふらっと立ち寄っていくので、かなり繁盛していた。
ヘラを動かしながら、トロンベは考えていた。
(この空気には覚えがある。そうだ、エルザム様が家の者に料理を振る舞う時だ)
エルザム、そしてカトライアは料理をこよなく愛している。エルザムが家にいるときのブランシュタイン家は常に料理関係の話が飛び交っている。
そしてそれは当然家にいるトロンベの耳にも入ってくる。料理に興味が湧くのは当然と言えた。
そんな彼女に気づいていたのか、エルザムとカトライアが料理の手伝いをしてくれと声をかけてくれたことがある。最初は右も左も分からない状態だったが、二人から手ほどきを受けている内に、自然と料理の基本が身についていた。
今ではすっかり得意なこととして料理を数えられるようになったくらいだ。
懐かしさと共に手を動かしていると、いつの間にか具材が無くなっていたことに気づく。
「よっしゃ! 完売だぁ!!」
両手を広げ、喜びを表すゴールドシップ。すぐに彼女はトロンベと握手をし、その腕をブンブンと上下させる。
「いやぁ! 助かったぜ! アンタがいてくれなかったら完売にはもっと時間掛かってたろーな! ほら、マックイーンも礼言えって」
「何で私がお礼を言わなければなりませんの!? ……でもまあ、このゴールドシップさんの無茶振りに付き合わせてしまい、申し訳無かったということだけは一言述べさせてもらいますわね」
「フッ。礼を言わなければならないのはこちらの方だ。楽しい一時だった。おかげで昔を少し思い出せた」
するとゴールドシップは我に返ったのか、トロンベをまじまじと見つめる。
「そういやアンタ、名前なんて言うんだ? 名無しのゴンベちゃん?」
「貴方と来たら……。改めて自己紹介させていただきますわ。私はメジロマックイーン。メジロ家のウマ娘ですわ。そしてこちらのちょっとおかしいのがゴールドシップさん。貴方のお名前は?」
ここでようやくトロンベは妙な状況に気づいた。出会って間もないウマ娘に引っ張られ、気づけば焼きそばを作るというのは中々体験できないことだろう。
しばし考えたがトロンベはすぐに考えるのをやめた。こういうのはありのままを受け入れた方が楽しいことになると相場が決まっているのだ。
「私はトロンベだ。ドイツのトレセン学園から期限付きでやってきた。よろしく頼む」
名前を聞いたメジロマックイーンの表情が変わった。
「ドイツ、トロンベ……ということは貴方があの“黒い竜巻”なのですか」
「そうとも呼ばれている」
「なんじゃそりゃ? “黒い竜巻”って、あの会長さんの“皇帝”とかマルゼンの“スーパーカー”みたいなアレ?」
両腕を頭の後ろに回し、完全に興味ないという表情のゴールドシップ。それを見たメジロマックイーンはあからさまに大きなため息をついた。
「少しは世界に目を向けたらどうですか? ……“黒い竜巻”。ドイツのG1レースであるドイチェスダービーを大差で制覇したウマ娘の異名です。本物に会えるだなんて運が良いというか何というか」
――彼女が走ると風が吹く。
誰が言ったのか、トロンベの走りは海を超え、このトレセン学園にまで響いていた。メジロマックイーンのように、アンテナの高い者がその名前を聞いたら即座に分かるぐらいには。
「じゃあこのゴルシちゃんに感謝してくれよな。焼きそば、これからも作ろうな?」
「作りませんわよっ! そう言えば、トロンベさん。今更だけど、よろしかったのでしょうか? たづなさんと一緒にいたような気がしたのですが……」
一瞬トロンベの動きが止まった。
料理、という単語だけでここまでやってきてしまった。たづなのことはすっかり忘れており、時間的には二時間ほど経っていた。
空を見上げる。雲ひとつない青い空がどこまでも広がっている。
しばし眺めた後、トロンベは一度大きく頷いた。
「ふむ、何とかなるだろう」
「何とかなりますけど、お話だけはさせてくださいね~」
背後から低く重いたづなの声がした。
気配もなく突然飛んできた声に、トロンベ達はびくりと身体を強張らせた。刹那とはいえ、あのゴールドシップですら動きを止めた。
「トロンベさ~~~ん? 私、待ってしまいましたよ~? いつ戻って来るんだろうって待ちぼうけしていたたづなさんでしたよ~~~?」
「……すまない」
脂汗を滲ませながら、トロンベは何とか謝罪の言葉を振り絞った。
その姿と迫力をトロンベは知っていた。そう、静かに叱るカトライアの姿と酷似していたのだ。幼少の時に一度叱られたことがあるだけだが、その時の迫力は今でも良く覚えている。
「はい。良く言えました。それじゃあ行きましょうか。あ、ゴールドシップさんとメジロマックイーンさんはちゃんと後片付けしてくださいね」
たづなを敵に回す訳にはいかない――トロンベは強く肝に銘じた。
今更だけど、ゴルシとマックイーンが好きです