カランカラン、と店のドアベルが鳴った。
「いらっしゃ———あ、アノスちゃん、おかえりなさい」
店番をしていた女性がアノスの方へ歩いてくる。
奥の方からは何か金属を叩くような音が聴こえてくる。
「……ど、どうだった?」
緊張した面持ちで女性が言う。
「合格したよ」
そう口にすると、女性がほっとしたように顔を綻ばせ、アノスをぎゅっと抱きよせた。
「おめでとうっ! おめでとう、アノスちゃんっ! すごいわ! 一ヶ月で学院に合格しちゃうなんて、本当にどうしてそんなに賢いの、アノスちゃんはっ! 今夜はご馳走にするわねっ!!」
おお……すごくテンション高いな。
会話から察するに彼女はアノスの母親だろうか?
「アノスちゃんはなにが食べたい?」
「そうだな。できれば、キノコのグラタンがいい」
ちょくちょく思うんだけどなんでこの世界地球と同じ料理があるの?
まあ、美味けりゃなんでもいいか。
「ふふー、わかったわ。キノコのグラタン、アノスちゃん、大好きだものね。そう言うと思ってお母さん、ちゃーんと下ごしらえしてあるのよ」
なんかこの人見てると母さんを思い出すな……。
「ああ、それと母さん、お客さんがいるんだが」
「ん?お客さん?だあれ?」
アノスが振り向き、背中に隠れるようにしていた俺たちを紹介する。
「ミーシャ・ネクロンとキリヤ・ネクロンだ。今日学院で知り合った」
俺とミーシャは一歩前へ出て言う。
「……よろしく……」
「お邪魔します」
俺とミーシャhぺこりと頭を下げた。
すると、なぜかアノスの母親は驚いたような表情で、口元に手をやっていた。
「アノスちゃんが……アノスちゃんが……」
母さんは動転したように大声で口走った。
「わたしのアノスちゃんが、もうお嫁さんを連れてきちゃったよぉっーーーーーーーー!!!」
「……What's?」
「……わたしのこと……?」
「いや、悪い。ちょっと母さん、早とちりなところがあるから」
いくらなんでも限度があるだろ。
「……そう……」
ていうか俺の存在はどうなった。
「いいの。いいのよ、アノスちゃん。アノスちゃんの幸せが、お母さんの幸せなんだからね。お母さん、反対しないわ……」
目尻を拭い、涙ながらに彼女が言う。
「母さん。盛り上がってるところ悪いんだけど……」
バタンッと勢いよく奥のドアが開かれた。
「アノスッ! でかした。それでこそ、男だ!!」
……増えた。
「振り返れば、お前が生まれたのがつい先日のように思い出される」
男性はなんだか気取ったポーズを決めて、窓に視線を注いでいる。
「いつか、父さんはこんな日が来るだろうと思っていたんだ。だけど、長いようで少し短かったな」
大げさだな、おい。
「いや、めでたい。イザベラ、今夜はご馳走だ。派手に祝うぞ」
「うん、分かってるわ、あなた。アノスちゃんの門出だものね」
満面の笑みを浮かべる男性、おそらく父親と、また涙ぐむ母親。
二人は向かい合い、うんうんとうなずいている。
「……お父さんも、早とちり……?」
ミーシャがアノスに訊く。
「そうだ……」
「よし、そうと決まれば、早速料理を作ろう。ほら、イザベラ、笑顔だ、笑顔」
「うん、そうね。アノスちゃんのおめでたい日に、お母さんが泣いてちゃだめよね。大丈夫、ちゃんと笑えるわ!」
呆然とする俺たちをそっちのけで、二人はどこまでも盛り上がっていく。
いや、そもそもさ……
「友人とはいえ会って一日も経ってないやつに義理とはいえ妹はやれんぞ?」
「「…………」」
やべ、なんかやらかしたか。
「「禁断の恋ね(か)!!!」」
「「は?」」
俺とアノスの声が重なった。
「血の繋がった兄と妹の禁断の恋!良いわね〜〜!」
いや、義理だって。
「安心しろ!キリヤ君と言ったな!?大丈夫だ!例え血の繋がった兄妹でもその愛は本物だ!アノスの相手じゃなかったのは残念だが、おじさんは応援してるぞ!!」
いや、だから義理ってば。
「あのさ、母さん、父さん」
どうやらアノスが誤解を解いてくれるらしい。実の息子の言葉なら聞くだろう。
「ああ、いいんだ、アノス。今日は手伝わなくても、父さんたちだけでやるから。今日は友人二人を祝福してあげなさい。ほらほら、二人に部屋でも見せてやりな」
ダメだった。
アノスの父親に背中をぐいぐい押されるがまま、二階に上がり、アノスの部屋らしき場所までやってくる。
ドアを閉める直前、父さんはキリリと表情を引き締めた。
「いいか、キリヤ君、ミーシャちゃん。料理には二時間かかる。ちょっとぐらい大きな声を出しても、母さんには聞こえないよう、うまくやっとくからな。その時はアノス、お前も気を使って部屋から出るように」
すいません、あなたは何を言っているのでしょうか。
「あの、すいません。アノスのお父さん」
「安心しろ。こういうことは任せとけ」
なんでだろう。任せちゃいけない気がする。
訂正する間もなく、彼はドアを閉める。
その直前、なんだかいやらしい声で言ったのだ。
「ごゆっくり」
「悪い、キリヤ、ミーシャ。後で冷静になったときに話しておく」
「……ん……」
「期待しないでおこう……」
こいつの両親の思考回路どうなってんだ。
怖いものはない、というだけのことはあり、こんな状況でもミーシャは物怖じしない。
アノスの部屋にぼーっと視線を巡らせている。
「……なにもない部屋……」
「引っ越してきたばかりだからな」
「あの二人、やっぱ人間か」
「どうも薄く魔族の血が混ざっているらしい」
なるほどね。だから招待状が届いたわけだ。
「でも、ほんとに悪かったな。騒がしい両親で」
ミーシャは首を左右に振る。
「……慣れてる……」
「確かにミーシャの父さんも、似たようなところあるな」
「……違う……」
「ああ、悪い。さすがにうちほどじゃないか」
ミーシャはまた首を左右に振った。
「……お父さんじゃない……」
「今朝、見送りに来ていたのが父親じゃないってことか?」
「親代わりなんだよ。実の親は忙しい」
ミーシャの代わりに俺が答える。
「ふむ。そういえば義理の兄妹だと言ったな。どういう意味だ?」
「どういう意味も何もそのまんまだよ。俺は魔力量を見込まれてネクロン家に拾われたの」
「お前の親はどうした」
「ちゃんといるし生きてるよ。たぶん」
日本の様子分からないからなんとも言えないけどな。
「そもそも俺、この世界で生まれたわけじゃないし」
「何だと?」
「……キリヤ……」
ミーシャが心配そうな声音で俺の名前を呼ぶ。
「……話して大丈夫……?」
「アノスなら大丈夫だろ」
「ふむ……地球、そして日本、か」
説明が終わった後、アノスはしばらく熟考していた。
「魔法が無い代わりにカガクという技術が発展した世界か。色々驚くことばかりだな」
魔法に関しては俺みたいな一般人が知らなかっただけかもしれないけどな。
「ミーシャの時もそうだったよ」
「ん。不思議が一杯」
「今の話に出てきた魔剣とやらを見せてくれるか?」
俺は魔法陣から例の折れた魔剣を取り出した。
「ほい、これだ」
「ありがとう……む? これは……いや、しかしそんなはずは……」
「どうした」
何か悩んでいるようだが。
「実はな、この魔剣の折れた刀身は俺が持っている」
何だと?
「追想剣と言ってな。失われた記憶を復元する魔剣だ。諸事情あってとある人物から預かっている」
おお。やっと謎が解明されるのか!?
「刀身はどこにある?」
ミーシャがアノスに訊く。
「手元には無い。城の地下にある宝物庫に保管している」
へー。仮にアノスが本物の魔王だとすれば結構簡単に行けそうだな。いやでも今は学院になっちゃってるしなぁ。どうなんだろうか。
「すぐに行くのは難しいか?」
「行こうと思えば行けるがな。お前がどうしたいかだ」
俺は別に急いではいないしな。
「俺は別に今すぐじゃなくてもいいぞ」
「そうか、まあお前がそれでいいならそれでいい」
「……今じゃなくて、いいの……?」
ミーシャが心配そうな声音で俺に訊くが……
「何なのか分かっただけでも儲けものだ。焦ることも無いだろ」
この世界に来てから結構経つけど、やっと先に進めたんだ。今はそれを喜ぼう。
「二兎を追う者は一兎をも得ずって言うしな」
「なんだ、それは?」
「地球のことわざ。二つのことを同時に成し遂げようとしても、結局どちらも失敗するよ、ってこと」
あ、そういえば……
「お前に魔剣の刀身を預けた人物って誰なんだ?」
「ん? ああ、剣皇と呼ばれた魔族がいてな。知ってるか?」
超大物出てきた!?
「……有名な魔族の剣士……単騎で国を落としたって言われてる……」
ミーシャがアノスに説明する。
「名前は?」
「……失伝している……」
剣皇に関する記録は異常なほど少なく、その数少ない記録の中でも『剣皇』と記述されているため、名前は後世に伝わっていない。
分かっていることはあの暴虐の魔王と互角に戦うほど強い魔族の剣士だったということぐらいである。
「お前が本当に暴虐の魔王だって言うんだったら剣皇の名前も知ってるんじゃないか?」
「知っているには知っているがな。……いや、まだお前には伏せておこう」
ふ〜ん…………話せない内容なのか?
「少し問題があってな。今はまだ知らない方がいいと思う。すまない」
「ま、いつか分かれば良いさ。急いでるわけじゃないし」
「そう言ってもらえると助かる」
いつになるかは分からないけどな。
「話を戻すか。ミーシャには他に家族はいるのか?」
ほんの少し考えてから、ミーシャは言った。
「……お姉ちゃん……」
「仲がいいのか?」
すると、ミーシャは黙った。
「……わからない……」
するとアノスは何か知らないかと訊くようにこちらを向いたが俺は首を振った。
「会ったことないんだよね、俺」
ミーシャに姉がいるのは聞いたことあるが実際に会ったことは一度もない。
なんか「破滅の魔女」とか呼ばれてすごい有名ってのは知ってるけど。
「名前だけなら知ってるぞ」
「何という」
「……サーシャ……」
「ふむ、聞いたことないな」
マジかよ。魔族の間じゃ結構有名なんだけどな。
「……心配……?」
「おう。まあな」
「……優しい……」
「俺がか?」
はは、とアノスは思わず笑い声をこぼした。
「……おかしかった……?」
「いやいや、そんなことを言われたのは初めてだからな」
「……なんて言われる……?」
「そうだなぁ……お前が生きてるとこの世のためにならないとか、鬼、悪魔、この外道、貴様の血は何色だ、ってのはよく耳にしたな」
ミーシャはじーっとアノスを見つめた。
「いじめられてた?」
「俺がか? まさか。ま、原因は俺にある」
だが、アノスがきっぱり否定したにも関わらずミーシャは言った。
「……いじめる方が悪い……アノスは悪くない……」
「いや、そうは言ってもな」
ミーシャは背伸びをして、アノスの頭にそっと触れる。
「よしよし」
「何か誤解されているような気がするのだがこの場合どうすればいい、キリヤ」
「諦めてくれ」
こいつはこうなると止まらん。
その後、料理ができるまでの間しばらく、とりとめのない会話を交わして穏やかな時間を過ごした。
・地球と同じ料理
実はちゃんとした理由がある。
あらゆる世界は今は存在しない■■■界ア■ケーが元となっている。
その残滓というか残り滓があらゆる世界に残っているため、料理に限らず違う世界同士で同じものがあったりすることがたまにある。
※独自設定
・追想剣
祠に納められていた折れた魔剣の正式名称。
失われた記憶を復元する力を持つ。