白雪千夜の美術観   作:maron5650

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12.色

目を開ける。

灰色が視界を占領する。

雲。

仰向けに倒れているらしかった。

 

「……、ぁ、」

 

声が、出ない。

喉が焼けつくように痛い。

いや、本当に焼けてしまっているのか。

きっと熱された空気は、私の体内にも入り込んだはずだから。

 

周囲を見ようと首に力を込める。

……動かない。

手も。足も。身体のどの部分も、動かすことは叶わなかった。

 

唯一言うことの聞く瞳を、重力に屈するように横に向ける。

そこにも灰色は広がっていた。

灰色の瓦礫が、眼前に。

 

「……! ……っ!」

 

泣いている。

誰かが、声をあげて泣いている。

声をあげて泣きながら、誰かの名前を呼んでいる。

私の耳は、その事実を認識するまでしか機能を果たさなかった。

 

私の身体はどうなっている。

目の前の瓦礫は、きっと美術館だ。

兄は炎を消すことに失敗した。

あるいは、最初から消す気なんて無かった。

出入り口に用意されていた消火器にまで火が及び、熱によって内部から破裂したんだ。

 

視線を下に移す。

重力が助けてくれないから、それだけで酷く苦痛を伴った。

私の身体を、見る。

 

なにかが突き刺さっていた。

 

私の左胸。心臓のある場所に。

赤黒く染まった、元は何であったかすら不明な、何か。

破片としか形容のしようがないものが。

どう希望的に観測しても、生きていられるはずがないと分かるほど。

深く。深く。深くまで。

 

ならば何故、まだ私は生きている?

 

今は生きているというだけで、これから失血で死ぬ?

違う。だって血は、こんなにも赤黒い。

ちょっとやそっとの時間経過でなるような色じゃない。

少なくとも数十分は経っているはずだ。

じゃあ、これは私の血ではないのか?

身体中は確かに痛いのに、この傷口はちっとも痛くはないのだ。

 

破片を注意深く見る。

本当に全てが赤黒く染まっている。

……その横に。破片の横に。私の横に。

何かがあることに、気づく。

 

それは真っ黒で。

全ての色を奪ってしまったような黒で。

だから辺りは灰色なのかと、変に納得してしまった。

そんな拙い逃避でしか、事実から目を逸らせなかった。

 

黒は、人のような形をしていた。

黒は、よく見慣れた体型をしていた。

黒は、祈るように両手を組んでいた。

 

それは魔術を行使

する最

基本的な形として

 

「……ん! ……ちゃん! ちーちゃん!」

 

声が私の意識を現実に引き戻す。

声の主はちーちゃんで、呼ばれているのは私だった。

よかった。ちーちゃんは無事だったんだ。

まだ身体は動かないから、目だけでちーちゃんの姿を探す。

視界が、生きている人間を捉える。

 

「ちー……ちゃ、」

 

しかしそれが、ちーちゃんだと。

私のよく知る白雪千夜なのだと。

一瞬では、理解できなかった。

 

さらさらとしていた長い黒髪は、端々が焼け焦げて。

私をどこへでも連れて行ってくれた両手は、ひと目で分かるほど深い火傷を負っていた。

ああ。それでも。確かに彼女は生きている。

 

「……これ、を、ぬいて。」

 

目線を破片にやりながら、ちーちゃんに何とか語りかける。

大粒の涙をこぼし続けながらも、ちーちゃんは破片に触れようとする。

がらり。

小さな音を立てて、破片は崩れ落ちた。

私の胸に、傷は、無かった。

 

ああ。やっぱり。

兄が私を助けたのだ。

兄が魔術を使ったのだ。

兄が代わりに死んだのだ。

 

私の横にいる黒は、兄だ。

 

「ちーちゃん! ちーちゃん!」

 

ちーちゃんが私に抱きつく。

この子は、きっと見たのだ。

破片が突き刺さり瀕死状態の私も。

私を助けるべく魔術を使う兄も。

命をひとつ救うことに、どれだけの対価が必要なのかさえ。

この子は、見てしまったのだ。

 

想い人が苦しみながら、自分以外のために死ぬ瞬間を。

 

……瓦礫の破片に、親指を押し当てる。

ぷつ、と、肌は血を滲ませる。

それを、ちーちゃんの唇に当てる。

彼女のそれが紅くなったのを確認してから、祈るように手を組む。

確かにおばあちゃんは正しかった。

 

「……だいじょうぶ。」

 

兄なら何と言うだろうか。

兄は、何と言っただろうか。

できる限り声色を、思い出に寄せていく。

 

「君は生きるよ。」

 

流し読んだ本の内容を思い出す。

書かれていた通りの詠唱を開始する。

私の【魅了】は効かなくても、兄の【献身】なら効くはずだ。

 

きっと魔術の行使の際に、傷口に流し込んだのだろう。

今の私の身体には、兄の血が流れている。

それが強く、強く訴えかける。

この子を。この子を。どうかこの子を。

僕に救えたのは、君達2人だけだった。

 

 

 

 

 

せかいでいちばん大事な人を、僕は傷つけてしまった。

 

 

 

 

 

このままでは、この子はきっと壊れるだろう。

このままでは、この子の心は砕けるだろう。

このままでは、この子は死んでしまうだろう。

 

だから。

 

この子をちーちゃんと呼ぶのはもう終わりだ。

この子と友達でいられるのはもう終わりだ。

今までのように接していられるのは、もう、おしまいなんだ。

 

想い合う二人がきちんと結ばれてハッピーエンド。

そんな物語にはならなかった。

これは物語なんかじゃなかった。

これを物語と認めるわけにはいかなかった。

 

これから私は私ではなくなる。

人生の役割を交換する。

ストリゴイ。

そんな単語が頭に浮かんだ。

幼い頃、おばあちゃんが聞かせてくれた。

 

『片思いのまま結婚できずにこの世を去ってしまった者がいました。

その者は、哀しみと怒りのあまり……

なんと棺桶から蘇り、血をすする化け物になってしまったのです。』

 

その名もストリゴイ。いわゆる、吸血鬼。

そうして生まれた吸血鬼は、人を襲って仲間を増やす。

 

ならば私は吸血鬼となろう。

兄の血をすすり生き永らえる化け物になろう。

結ばれずにこの世を去った、兄そのものと成り果てよう。

 

 

 

 

 

感情の対象を、移し替える。

 

 

 

 

 

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[Mission Complete] 火災の真実を探ってください

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

 

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