白雪千夜の美術観   作:maron5650

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13.血を吸いし鬼と成りて

こん、こん、こん。

 

「お嬢さま。夕食の支度が整いました。」

 

「……うん。今行くね。」

 

目を通していた本から顔を上げ、背後の扉に返事をする。

扉の前の気配はお辞儀をして、ゆっくりと離れていく。

……はぁ。と、あの子に聞かれないようにため息をつく。

 

私の魔術は失敗した。

兄に向いていた千夜ちゃんの恋情。

それを私へと移し替えること自体には成功した。

千夜ちゃんは私を大切に思い、無くなることを恐れている。

しかし。

彼女から兄の存在を消すことは、叶わなかった。

 

書斎を出て、ダイニングルームへと移動する。

テーブルには既に2人分の夕食が、湯気を立ち上らせながら食べられるのを待っていた。

最初は「使用人がお嬢さまと同じものを食すなど」と言われてしまったけれど、何度も頼んだ結果、最近は一緒に食べてくれている。

 

千夜ちゃんは兄のことを忘れているが、何か大切なものを失ったという感覚だけは覚えている。

それ故か、私に対してやたらと過保護に接するようになってしまった。

 

私が席の近くに立つと、千夜ちゃんが椅子を引いてくれる。

座ると、さっ、と首もとにエプロンを付けた。

こういった一連の動作も、随分と様になってしまった。

 

失敗はそれだけではない。

元来私のものではない【献身】の血を無理矢理使ったのと、真面目に革装本を読まなかったせいで。

本来よりも代償が、かなり大きなものとなってしまった。

具体的には、私の寿命。

何年分持っていかれたか分からないが、きっと20歳は迎えられない。

 

「「いただきます。」」

この館には、私と千夜ちゃんの2人しかいない。

2人きりの食事はとても静かで、私はこの時間が、少し苦手だ。

千夜ちゃんの料理は、こんなにも美味しいのに。

 

最後の失敗は、千夜ちゃんの家族だ。

兄が行ったのは、私達2人を助けることと、あの火災を大ごとにしないこと。

つまり。彼女の家族は助けられなかった。

元々多くはなかった彼女の血縁は、その全員が死亡した。

 

「ねえ、千夜ちゃん。今度、日本に行こうと思うの。」

 

「日本、ですか。何故でしょう。」

 

千夜ちゃんは、変わり果ててしまった。

あの天真爛漫だった性格は消え去り、殆どの物事に無頓着、心を動かさないようになってしまった。

焼け焦げた長髪は短く切り揃え。

火傷が治った後も両手には、いつも黒い手袋がはめられていた。

あの日の再現をしているかのようだった。

まるで自分はあの日から、時間が止まってしまったのだと主張するように。

 

「本で見たんだけどね、面白そうな場所があるんだ。」

 

「そうですか。お嬢さまが行くと仰るのなら、私は付き従うまでです。」

 

最初、私は黒埼家で引き取ること、つまりは黒埼家の養子にすることを考えていた。

黒埼の娘である私のせいでこうなったのだ。

一生の面倒を見るくらいでは到底足りないとすら思っていた。

しかし、千夜ちゃんはそれを拒否した。

それどころか、使用人として雇ってほしいと頼んできたのだ。

 

「ちょっと1人で行ってきたいところがあるの。

ちゃんと学校に通って待っててね。1年くらい♪」

 

「かしこまりました。……お気をつけて。」

 

黒埼家の養子になるということは、自分は黒埼千夜になるということ。

白雪の名が、この世から消えてしまうということ。

それが私には耐えられないのです。

そう言いながら頭を下げる彼女に、私は、ただ頷くしかできなかった。

私は父に事情を話し、書類上の後見人になってもらうと同時に、彼女を私の使用人として雇ってもらった。

 

「アイドル、ですか。」

 

「うん。面白そうじゃない? やってみてよ。」

 

「またいつものお戯れですか。……かしこまりました。」

 

黒埼家において、私は疎まれる存在となった。

当然だろう。驕り高ぶり、その果てに手酷い失敗をしたのだから。

私は魔女集会から爪弾きにされ、小さな館……ここに、押し込められることになった。

それでも、殺されないだけ温情だと思う。

一生をかけて千夜ちゃんの償いをしろということなのだろうけれど。

その機会を残してくれることには、純粋に感謝している。

通常、魔術の存在を知ってしまった一般人は、こちら側に引き摺り込むか、殺すかしか無いのだから。

 

「……私が、デビュー。

あのふざけたメイド服で、もうデビューはしたつもりでしたが。」

 

見つけなければ。

私が死んでも、この子が死なないように。

 

「ユニット? 独りではないと?

では、相手は……。」

 

見つけなければ。

私が死んでも、死にたくなくなるような何かを。

 

「あは、千夜ちゃん♪」

 

見つけなければ。

あの子が生きる意味を。理由を。

 

「お嬢さまと、私で……?」

 

見つけなければ。

私が死んでもいいように。

 

「きっと楽しいよ、千夜ちゃん♪」

 

白雪千夜の生甲斐を。

 

 

 

 

「……多分、もう大丈夫だと思うんだ。」

 

目を開ける。

事務所のソファに、私達は座っていた。

 

「千夜ちゃんのアイドル活動は順調にいってる。ファンだって少しずつ増えてる。

あの子に私以外の、吸血鬼以外の、生きる理由が生まれている。

だから──」

 

「──私が消えても、大丈夫?」

 

ちとせの言葉を、「あの子」が続ける。

自分以外の口から聞かされる自分の考えに、ちとせは困ったように笑った。

 

「このままでいても、多分、そろそろなの。」

 

今ちとせが生きているのは、生きていられているのは。

ちとせの兄が行使した、怪我を治す魔術によるもの。

しかし、あまりにもその傷は深かった。

命をひとつ救うことと、さして変わらないほどに。

 

「そろそろ私は、私の身体は、誤魔化しが効かなくなる。」

 

追加コストだ、と、芳乃は考える。

怪我を治すという範囲を超えてしまった、ちとせの傷を癒やすために。

自分自身を、そっくりまるごと、追加コストにしてしまったのだ。

そうまでしてやっと、ちとせの傷を、誤魔化すことができたのだ。

 

「あの日突き刺さった消火器の破片は、きっと心臓を貫いていたから。」

 

完全に治っているのなら、彼女の身体は異常を示さない。

しかし健康ドッグの結果では、彼女の心臓は殆ど機能していない。

血液を全身に巡らせる、その役目を果たせていない。

 

「……罰し続けているんですか。自分を。」

 

「なんてひどい仕業なんでしょう。」。

彼女がそう言っていたのを、ほたるは覚えている。

「人々を魅了して、心を奪ってしまう」。

「忠誠を誓わせて、永遠の眷属にしてしまう」。

ちとせが千夜に行ったのは。行わざるを得なかったのは。まさにこういうことだった。

 

「ぴったりだと思っただけだよ。」

 

生きていられるはずがない身体で、しかし兄の魔術により生き永らえ。

それでも自分が行った魔術、感情の対象を入れ替える魔術の代償で、寿命が大きく削られた。

自らの血を失った生き物。

兄の血で息をする生き物。

結ばれずにこの世を去った存在を、その想いを、引き継いだ生き物。

ストリゴイ。吸血鬼。

それが、今のちとせだった。

それを自称することは、自分の罪を刻み続けることに、ほたるは思えてならなかった。

 

「……それで、どうかな。」

 

ちとせはすっかりぬるくなった茶を一口飲むと、芳乃達に向き直る。

自分は自分の出せる情報を出した。

自分には飴の、幸福の力が必要だ。

それを貸してもらえるだろうか。それを貸すに値する存在だろうか。

ちとせは、それを問うていた。

 

「……これは、慎重に扱わなければならないものです。

身体に刺さったはずの刃を、その傷を、最初から無かったことにできるほどの力です。」

 

ほたるは姿勢を正し、ちとせに告げる。

 

「だから飴を作るとき、杏さんはいくつかの制限を設定しました。」

 

ポケットから白い飴を取り出し、ちとせに見えるように差し出す。

それを見て、芳乃も自分の飴を懐から出した。

透き通るように透明な、翡翠色の飴を。

 

「私達の飴には、それぞれ色がついています。

そして、その色に対応する人間が噛み砕いた時にしか、飴は効力を発揮しません。

例えば、私は白。芳乃さんは翡翠。

私が芳乃さんの飴を使っても何も起きませんし、それは芳乃さんも同じです。

全ての飴には所有権のようなものが、作る段階で定められています。

……何かの間違いで、誰かがこれを持ってしまわないように。

自分達の把握していない所で、飴が使われることがないように。」

 

そして、と、ほたるは続ける。

 

「私達以外の人間が飴を使わなければならない時。

私達以外の誰かが使う飴を作る時。

私達の、過半数の了承が必要になっています。

飴のシステムを作る段階で杏さんがこれを提案し、茄子さんが既に願っています。」

 

だから、と、ほたるは飴を口に入れる。

 

「これからあなたは、私達ひとりひとりと話をします。

実在する私達ではなく、飴によってバックアップされた人格の私達です。

常にアップロードされているので同じ話をもう一度する必要はありませんが、恐らく魅了は効きません。」

 

準備はいいですか。

ほたるは目線で語りかける。

 

「……わかった。いいよ。」

 

ちとせは頷き、心の準備をするように目を閉じ──

 

「ねえ、こんな雰囲気のときにあれなんだけどさ。」

 

──芳乃の口が、「あの子」の言葉が、彼女の目を再び開かせた。

 

「幸子、帰ってきてなくない?」

 

「「「えっ」」」

 

言われて、3人は幸子の方を見る。

……目を閉じたまま座っている。

先程まで、ちとせ以外の全員がそうしていたように。

これは、つまり。

 

「まだ、追体験が終わってない……!?」

 

ちとせが焦るように叫ぶ。

「あの子」は、まあ幸子だからな、うん。と、どこか納得できてしまっていた。

 

 

 

 

 

「……1年間の、休学。」

 

ちとせの記憶の中、幸子は呟く。

追体験、つまり過去のちとせそのものになっているはずなのに。

確かに幸子は幸子として、独立して存在していた。

 

「千夜さんを置いてまで、1人で何処かに行っていた。」

 

これに理屈の立った論理は存在しない。

幸子はカワイイ。それが全てだ。

 

「怪しいでしょう、どう考えても。」

 

カワイイ幸子が、ちとせの記憶に違和感を持った。それが全てだった。

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

 

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