白雪千夜の美術観   作:maron5650

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トランクを転がしながら屋敷を出ていくちとせさんを、ボクは空から見下ろしている。

ここは……多分、ちとせさんの記憶の中。

ついさっきまでは、ちとせさん自身になって追体験していたのに。

記憶に違和感を覚えた瞬間、気づけばこんなところにふわふわと浮いていた。

 

「何処に行くつもりなんでしょう……。」

 

1年間も休学して、千夜さんの元からも離れて。

そうまでして行きたい場所。

そうまでして行いたい、何か。

 

「まあ、見ていれば分かるんでしょうけど。」

 

これがちとせさんの記憶である以上、答えは絶対に出てくる。

ボクは空中で寝転ぶような姿勢を取り、ちとせさんを見つめ続けた。

 

電車に乗り。バスに乗り。新幹線に乗り。再び電車。

とても長い距離を移動していた。

見落としがあってはならないからと、終始視線を外さずにいたけれど。

彼女が移動以外のことをするまでに、ボクは何回欠伸をしたか分からない。

そしてようやく、彼女は目的地に辿り着いたようだった。

 

「……神社?」

 

深い深い森の奥にある、寂れた神社。

ちとせさんは鳥居をくぐり、境内へと歩みを進める。

掃除をしていた巫女が彼女に話しかけ……社務所、と言うのだったか。

建物の中へと案内されていった。

 

「……なんで?」

 

さっぱり分からない。

ちとせさん、と、神社。

この2つの間に、何の接点も結ぶことができなかった。

ちとせさんは魔女で吸血鬼なのだから、魔女裁判なり十字架なり。

いわゆる神様的なものは、天敵のようにすら思えた。

 

しばらく眺めてみる……が。

建物の中でどんな会話がされているか、空中からは分からない。

 

「うーん……。もっと近づけたり、」

 

言い終わらないうちに。

まるで手を離された人形のように、ボクの身体は自由落下を始めた。

 

「しませんかねァァァァー!?」

 

だからこんな声が出るのも仕方ない。仕方がないことなんです。はい。

こんなボクもカワイイでしょう。

 

「おっ、とっ、とっ、と。」

 

ボクの身体は地面に激突する直前でふわりと浮き、勝手に体勢が整い、足が地面とキスをする。

今まで感じていなかった重力が、しっかりとボクを地面に留めていた。

他人の記憶の中だというのに、思ったより自由に行動できるようだった。

これで、ちとせさんが中で何をしているのかが分かる。

 

換気のためか、開けられている窓から堂々と中に入り込む。

みなさんからはボクの姿は見えていないでしょう多分。

逆に見えたらどうなってしまうんでしょう。

タイムパラドックス。いや過去ですら無いのだから、メモリパラドックス?

とにかく、実際にボクのことは誰も認識していないようだった。

ちとせさんの目の前で手を振っても、彼女はぴくりとも反応しない。

 

『……では、やはり難しい、ですか。』

 

ちとせさんが尋ねる。

声は少しぼやけていて、記憶の中ではこう聞こえるらしかった。

彼女の眉間には少し皺が寄っていて、声色は困窮を帯びている。

いつもの飄々とした様子はまったく感じられなかった。

問いかけに、神社の神主らしき人物が重々しく頷いた。

 

『はい……。呪いの類は見受けられませんし、何かが憑いている、というわけでもありません。

しかし明らかに、あなたの身体は何かの影響を受けている。

立場上、存在を認めることはできませんが、あなたが過去に行ったという魔術によるものとしか考えられません。

そしてそれに関与することは、我々には……、物理公式を化学に当てはめるようなものです。』

 

とん、と靴で地面を叩く。

ふわりと身体が浮き、一定の高度で静止した。

二人に漂っていた重苦しい空気から離れ、ボクは深くため息をつく。

 

ちとせさんの目的が分かった。

彼女は、自分の身体を。

魔術によって大幅に削られた寿命を、解決しようとしていたんだ。

 

「……それで、ダメだったんだ。」

 

この1年で何とかなっているのなら、ちとせさんは自らの存在を消そうとはしない。

寿命の問題が解決されているのなら、そもそも千夜さんはああなっていない。

彼女は、魔術の代償を消す方法を、見つけられなかった。

 

ちとせさんを見る。

バスに揺られながら、細かい文字でびっしりと書き込まれた手帳とにらめっこしている。

きっと事前に調べておいた、ありとあらゆる場所を巡っていた。

東から西まで。北から南まで。

本当に、ありとあらゆる、少しでも可能性があると思われる場所を。

 

北海道から始まり、東北、関東、中部と、徐々に南西に移っていく。

何処を訪れても、収穫はゼロ。

ため息と共に、手帳の行に横線を引く。

そんな作業を、日に3~4回。1年間、一日も休むことなく。

ちとせさんは、最後の1件まで、望みを捨てることはなかった。

手帳の最後の一行は、鹿児島県の小さな離島。

 

 

 

 

 

「依田家」と書かれていた。

 

 

 

 

 

「……え、」

 

依田。

依田、って、あの、芳乃さんの、依田芳乃の、依田?

 

確かに芳乃さんは、普通じゃないことができる。

除霊もできるし、ある程度詳しい人や物が相手なら、現在地を把握することもできる。

ちとせさんの手帳に書き込まれるには、十分な理由がある。

なのに。

どうしてボクは、こんなにも驚いているんだ。

どうして、嫌な汗が流れているんだ。

 

どうして、知ってはいけない気がしてならないんだ。

 

ちとせさんの乗った船は、離島に錨を下ろしている。

島民に出迎えられて、奥へと案内されていく。

ボクは地面に降りて、彼女の後をついていった。

 

「わ……。」

 

島の中心部に、とても大きな、神社のような木造の建物があった。

きっと神を祀っているのだろう雰囲気を漂わせ、しかし神社とはどこか異なる建物だった。

案内されるまま、ちとせさんは建物の中へと入っていく。

 

ボクもそれに倣い、敷居を跨ごうとすると。

建物の入口。歴史を感じさせる、石彫の表札が、ふと目に入る。

 

『依他家』

 

芳乃さんって、依"田"家だったと思うんですけど。

もしかしたら元々は依他という表記で、時代の流れとともに変わっていったのかもしれない。

そういう話は以前聞いたことがあった。ワタナベさんとか。

……なんてことを立ち止まって考えていたら、ちとせさんが遠くへ行ってしまっている。

ボクは少し駆け足で、彼女の後ろへと戻った。

 

中は、殆どが芳乃さんと同じくらいの、若い女性でいっぱいだった。

後は赤子か、芳乃さんより明らかに若い女の子しか視界に映らない。

男子禁制なのかと思うくらい、建物には女の人しかいなかった。

 

ちとせさんはそれを気にする素振りもなく、誘導されるままに奥へ奥へと進んでいく。

敷地の中央には大きな庭があって、それをぐるりと囲むように廊下が走っている。

その廊下からは枝のように、小さな廊下がいくつも繋がっていて。

この中庭を中心とした、アリの巣のような構造になっていた。

南にはボクたちが……というより、ちとせさんが入ってきた門があり。

北の方には、いかにも神事を執り行いそうな威厳ある空間が見えた。

 

「……あれ?」

 

その空間に、2人の女性が見える。

1人は、やはり15歳くらいの若い女性。

そして、もう1人は。

 

「芳乃、さん……?」

 

何度も記憶と照らし合わせる。

あの顔立ち。芳乃さんだ。間違いない。間違いようがない。

けれど。あれは。あの子は。

芳乃さん、じゃ、ない。

ボクの知っている依田芳乃とは、あまりにもかけ離れている。

……何が、かけ離れている?

 

廊下を曲がるちとせさんから離れ、更に奥へと歩みを進める。

2人のいる空間へと近づいていく。

違和感の正体を突き止めようと、視界の全てを注視する。

 

2人は修行のようなものをしているらしかった。

女性は芳乃さんに数枚の紙を裏向きで提示し、芳乃さんは目を閉じてそれに向き合っている。

やがて芳乃さんの口が開かれ、何かをぽつぽつと呟いた。

すると。

 

「ちょ……!?」

 

乾いた音が、不自然なまでにはっきりと響く。

女性が立ち上がり、芳乃さんの頬をはたいた音だった。

芳乃さんは少し赤くなった頬に手を添えて、怯えるように女性を見上げている。

 

虐待。

目に見えて分かる虐待だった。

それを脳が理解するより早く、ボクは2人のもとへ駆け出していた。

これは過去に行われた記憶なのに。

ボクが何をどうすることもできないのに。

それを分かっていて尚、黙って見ていることはできなかった。

 

しかし数歩踏み出したところで、何かに手首を掴まれる。

がくん、と勢いを殺され、反射的に振り返る。

 

 

 

 

 

依田芳乃がそこにいた。

 

 

 

 

 

「なりませぬ。」

 

彼女の口が、はっきりと声を響かせる。

はっきりと。はっきりと。はっきりと聞き取れた。

ここは記憶の中なのに。

声は、ぼやけて聞こえるはずなのに。

 

「其れを知ってはなりませぬ。」

 

声が、右からも聞こえてくる。

ボクの右側に、芳乃さんが立っていた。

ボクの手首を掴んでいる芳乃さんは、変わらず目の前に立っているのに。

 

「其れに触れてはなりませぬ。」

 

左。

 

「依田の命は他が為に。」

 

背後。

 

「「依田の命は多が為に。」」

 

頭の中。

 

「「「依田の命は咫が為に。」」」

 

芳乃さんがボクを取り囲み、少しずつ距離を縮めてくる。

じわり、じわりと。音も立てずに。

どうやって歩いているのかも悟らせずに。

 

「「「「依田の命はタが為に。」」」」

 

声が繰り返されるたび、何重にも重なって聞こえてくる。

それは頭の中と外から互いに反響し合い、ボクから思考を奪っていく。

 

「「「「「依田の命はタが為に。」」」」」

 

耳を塞ぐ。声が聞こえる。

 

「「「「「「依田の命はタが為に。」」」」」」

 

思い切り何かを叫ぶ。声が聞こえる。

 

「「「「「「「依田の命はタが為に。」」」」」」」

 

何をした所で逃げられない。声が聞こえる。

認められなければならない。声が聞こえる。

絶対に露見してはならない。声が聞こえる。

騙し続けなければならない。声が聞こえる。

 

聞こえる 声が

 

声が聞こえる

声が声が声が

声が聞こえる

声が聞こえる聞こえる聞こえる

聞こえる声が聞こえる聞こえる

声が声が声が

声が声が声が

声が聞こえる聞こえる

聞こえる声が聞こえる

聞こえる

聞こえる声が聞こえる聞こえる

聞こえる声が

声が

聞こえる聞こえる

聞こえる聞こえる聞こえる声が

聞こえる

 

 

 

 

 

 

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