白雪千夜の美術観   作:maron5650

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17.幸せな日々

私。白雪千夜は、アイドルだ。

 

美術館の火災で両親を亡くした私は、親戚の叔父さんに後見人となってもらった。

叔父さんは、私一人を育てていけないほど貧乏というわけでもなかったが。

特に面識も無かった私を急に育てなければならなくなったのは、純粋に申し訳なかった。

 

だから、アイドルのスカウトは、私にとってありがたいものだった。

自分で自分を養っていける手段が、学生の私に存在するのは。

叔父さんの元で養われるよりも、私の心を解していった。

 

幸子さんや小梅さんの所属する事務所にスカウトを受けた私は、二つ返事で了承。

そのまま流れるようにレッスンが始まり、新しい住居も決まった。幸子さんの家だ。

私と同じく事故で両親を亡くした幸子さんは、小梅さんと二人で暮らしている。

使っていない部屋が沢山あるとのことだったので、その一室を使わせてもらうことになった。

 

最近、毎日が充実しているのを感じる。

アイドルと学校の両立が忙しく、両親の死を悲しむ暇が無いことは、私にとって幸いだった。

そして、アイドルは、楽しい。

舞台の上で、歌って踊る人気者。

そんな存在になれるのか、不安ではあった。

だが、そんな私の心とは裏腹に、日々のレッスンは順調で、仕事も少しずつ増えている。

私にも、なれるのかもしれない。

誰かを喜ばせる存在に、自ら輝く存在に、私が。

 

どうしてだろう。

今までずっと、そんなことはできるはずがないと思っていた。

夢を見ることが許されるのは、華やかな人生を送る人だけと決めつけていた。

できるはずがないから、せめて支えたいと思っていた。

華やかな人生を、支える人でいたいと、ずっと思っていた。

 

そんなに諦めなくても、よかったのかもしれない。

事故で両親を失ったからといって、全てを悲観的に見つめなくてもよかったのかもしれない。

どうして私は、あんなにも全てを諦めていたのだろう。

どうして私は、あんなにも誰かを支えたかったのだろう。

どうして私はあんなにも、誰かを守りたかったのだろう。

 

 

 

 

 

守りたかったのは、誰だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

「むむむむむむ……。」

 

超常現象プロダクション、その事務所にて。

テーブルに画用紙を広げ、絵の具のチューブを両手に持ちながら、仁奈さんが唸っている。

 

「仁奈さん。どうされましたか。」

 

たった今到着した私の他に、私しかいないようだった。

声をかけると、彼女は天才的なまでに、表情だけで「困った」を表現していた。

 

「学校の宿題をやってるんでごぜーますが……。」

 

彼女の元へ歩み寄り、テーブルの上を覗き込む。

既に鉛筆で薄く下書きがされており、後は色を塗るだけという段階だった。

 

「色がねーんでごぜーます……。」

 

仁奈さんは私に両手を差し出し、持っているチューブを見せる。

殆どの色が干からびたように縮こまっており、その内のどれかを使いたかったのだろう。

……でも。

 

「赤と青……黄色も、まだありますね。」

 

これなら、作れる。

 

「ちょっと失礼します。……何色が欲しいんですか?」

 

「えっと……明るい茶色でごぜーます。」

 

「分かりました。」

 

パレットに赤、青、黄色を出す。

筆に水をつけ、青と黄色を混ぜ合わせる。

 

「わ……!」

 

緑色が作り出されていくのを見て、仁奈さんが声を上げる。

筆についた緑を、赤の元へと運んでいく。

 

「すっげ〜〜〜!」

 

茶色が現れると、仁奈さんは飛び跳ねて喜んだ。

 

「これを黄色に混ぜると、オーカー……明るい茶色になります。

黄色を多めに、茶色を少量足してあげる感じにするといいですよ。」

 

立ち上がり、仁奈さんに筆を差し出す。

彼女は笑顔で受け取り、元気に頭を下げた。

 

 

 

 

 

「ありがとうごぜーます!

千夜おねーさん、まほー使いみたいでごぜーました!」

 

 

 

 

 

 

「……魔法使い?」

 

その単語を聞いた途端、胸がざわつくのを感じた。

その音節が響いた途端、頭の奥が冷えていくのを自覚した。

その言葉を聞いた途端、取り返しのつかない何かを、忘れているような気がした。

 

「はい! 色を作っちまうなんてすげーです!

昔から、絵を描いてたんでごぜーますか?」

 

「……ええ。昔は。

でも、あの日から……、」

 

あの日。

全てを失ったあの日から。

私は絵を描くことをやめた。

夢を見ることをやめた。

何かを望むことを、諦めた。

 

……本当に、それだけだったか?

 

何かを忘れている気がする。

忘れてはいけない何か。

手離してはいけない何か。

生涯をそのために捧げなければいけないような、何か。

 

 

 

 

 

何かを、忘れている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

 

あなたが成さねばならないことは、最初から何もありません。

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