私。白雪千夜は、アイドルだ。
美術館の火災で両親を亡くした私は、親戚の叔父さんに後見人となってもらった。
叔父さんは、私一人を育てていけないほど貧乏というわけでもなかったが。
特に面識も無かった私を急に育てなければならなくなったのは、純粋に申し訳なかった。
だから、アイドルのスカウトは、私にとってありがたいものだった。
自分で自分を養っていける手段が、学生の私に存在するのは。
叔父さんの元で養われるよりも、私の心を解していった。
幸子さんや小梅さんの所属する事務所にスカウトを受けた私は、二つ返事で了承。
そのまま流れるようにレッスンが始まり、新しい住居も決まった。幸子さんの家だ。
私と同じく事故で両親を亡くした幸子さんは、小梅さんと二人で暮らしている。
使っていない部屋が沢山あるとのことだったので、その一室を使わせてもらうことになった。
最近、毎日が充実しているのを感じる。
アイドルと学校の両立が忙しく、両親の死を悲しむ暇が無いことは、私にとって幸いだった。
そして、アイドルは、楽しい。
舞台の上で、歌って踊る人気者。
そんな存在になれるのか、不安ではあった。
だが、そんな私の心とは裏腹に、日々のレッスンは順調で、仕事も少しずつ増えている。
私にも、なれるのかもしれない。
誰かを喜ばせる存在に、自ら輝く存在に、私が。
どうしてだろう。
今までずっと、そんなことはできるはずがないと思っていた。
夢を見ることが許されるのは、華やかな人生を送る人だけと決めつけていた。
できるはずがないから、せめて支えたいと思っていた。
華やかな人生を、支える人でいたいと、ずっと思っていた。
そんなに諦めなくても、よかったのかもしれない。
事故で両親を失ったからといって、全てを悲観的に見つめなくてもよかったのかもしれない。
どうして私は、あんなにも全てを諦めていたのだろう。
どうして私は、あんなにも誰かを支えたかったのだろう。
どうして私はあんなにも、誰かを守りたかったのだろう。
守りたかったのは、誰だったのだろう。
「むむむむむむ……。」
超常現象プロダクション、その事務所にて。
テーブルに画用紙を広げ、絵の具のチューブを両手に持ちながら、仁奈さんが唸っている。
「仁奈さん。どうされましたか。」
たった今到着した私の他に、私しかいないようだった。
声をかけると、彼女は天才的なまでに、表情だけで「困った」を表現していた。
「学校の宿題をやってるんでごぜーますが……。」
彼女の元へ歩み寄り、テーブルの上を覗き込む。
既に鉛筆で薄く下書きがされており、後は色を塗るだけという段階だった。
「色がねーんでごぜーます……。」
仁奈さんは私に両手を差し出し、持っているチューブを見せる。
殆どの色が干からびたように縮こまっており、その内のどれかを使いたかったのだろう。
……でも。
「赤と青……黄色も、まだありますね。」
これなら、作れる。
「ちょっと失礼します。……何色が欲しいんですか?」
「えっと……明るい茶色でごぜーます。」
「分かりました。」
パレットに赤、青、黄色を出す。
筆に水をつけ、青と黄色を混ぜ合わせる。
「わ……!」
緑色が作り出されていくのを見て、仁奈さんが声を上げる。
筆についた緑を、赤の元へと運んでいく。
「すっげ〜〜〜!」
茶色が現れると、仁奈さんは飛び跳ねて喜んだ。
「これを黄色に混ぜると、オーカー……明るい茶色になります。
黄色を多めに、茶色を少量足してあげる感じにするといいですよ。」
立ち上がり、仁奈さんに筆を差し出す。
彼女は笑顔で受け取り、元気に頭を下げた。
「ありがとうごぜーます!
千夜おねーさん、まほー使いみたいでごぜーました!」
「……魔法使い?」
その単語を聞いた途端、胸がざわつくのを感じた。
その音節が響いた途端、頭の奥が冷えていくのを自覚した。
その言葉を聞いた途端、取り返しのつかない何かを、忘れているような気がした。
「はい! 色を作っちまうなんてすげーです!
昔から、絵を描いてたんでごぜーますか?」
「……ええ。昔は。
でも、あの日から……、」
あの日。
全てを失ったあの日から。
私は絵を描くことをやめた。
夢を見ることをやめた。
何かを望むことを、諦めた。
……本当に、それだけだったか?
何かを忘れている気がする。
忘れてはいけない何か。
手離してはいけない何か。
生涯をそのために捧げなければいけないような、何か。
何かを、忘れている気がする。
〔Mission List〕
あなたが成さねばならないことは、最初から何もありません。