白雪千夜の美術観   作:maron5650

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1.「超常現象プロダクション」

何者にだってなれる気がしていた。

人が羨む容姿。恵まれた家柄。

欲しいものは全て、最初から自分の手の中にあって。

だからこそ、このまま私が、私だけが幸せになるのは。

あまりにも、つまらない。そう思っていた。

 

だから、誰か。

自分一人では幸せになれない誰か。

そんな誰かと一緒に、二人で幸せになろう。

あの頃はぼんやりと。ただ、そう思っていたのだ。

 

彼女のすべてが燃え尽きた、あの日までは。

 

 

 

 

 

「遅いなぁ……。」

 

布団の中で片目だけを開けながら、私は一人呟いた。

もうそろそろ、千夜ちゃんが起こしにくる時間。

だというのに、扉をノックする音どころか、朝食を作る音さえ、何ひとつしないでいる。

珍しく寝坊でもしているのだろうか。……あの千夜ちゃんが?

ありえない。そんなはずはない。

だとしたら。

 

「風邪とかじゃ、ないよね。」

 

悪い予感が一度頭に浮かんでしまうと、もうそれを無視することはできなくなって。

とうとう私は、千夜ちゃんに起こされるより前に起きてしまった。

彼女の部屋、その前まで移動するときも、私以外が立てる物音は何ひとつなかった。

 

「……千夜ちゃ~ん。」

 

コンコン、と、控えめにノックする。

いつも千夜ちゃんは私の傍にいるし、いない時だって彼女の方からやってくるから、こんなことすら新鮮だ。

……そして、やはり、返事はなかった。

 

「入るよ~……?」

 

そっとドアノブをひねり、ゆっくりと扉を開ける。

 

 

 

 

 

水。

 

 

 

 

 

水。水。水。

どこまでも澄んだ、水色の水。

それが、彼女の部屋を、満たしている。

 

「……な、」

 

扉の反対側には、開けられたままの窓。

そこから入ってくる風が、水中のカーテンをはためかせている。

そこから差し込む光が、部屋の中を優しく照らしている。

彼女が愛用している目覚まし時計や、いくつかの本や万年筆が、部屋の中央あたりを揺蕩っている。

 

千夜ちゃんは、そこにいた。

水の中をふわふわ浮いて。優しい光に包まれて。

子供のような表情で、身体を丸めて眠っていた。

 

そして。

水は決して、彼女の部屋を、出ようとはしなかった。

開け放たれた窓からも。私のいる出口からも。

まるで、ここが自分の領域だと。

ここまでが自分のテリトリーなのだと、理解しているかのように。

 

「なに、これ……!?」

 

驚きをそのまま口に出して。

一瞬遅れて、部屋の中へと入りこむ。

こんなところにいたら、千夜ちゃんが窒息してしまう。

はやく、ここから出さなくちゃ。

 

「……っ!」

 

入った瞬間、すべての動作がスローモーションになる。

手も足も水が纏わりついて、動きを緩慢にさせる。

それでも私は、一歩ずつ踏みしめて、彼女へ近づこうとした。

しかし。

数歩進んだところで、私は水圧に耐え切れない。

踏ん張っていた足が宙に浮いて、そのままゆっくりと。

弾かれるように、部屋の外へ投げ出された。

 

「ったぁ……。」

 

お尻をさすりながら立ち上がる。

強引な方法じゃダメみたいだった。

もう一度。今度は注意深く、千夜ちゃんを観察する。

すると、彼女がほんの少しだけ、胸を上下させているのが見えた。

どうやら、息はできているみたいだ。

 

「……どうしよう。」

 

今すぐにどうにかしなければ、というわけではないみたいだけれど。

それでも、放っておいていいはずがない。

今日だって、レッスンがあるんだし。

 

「……そうだ。」

 

事務所で聞いた話。

超能力とか、その類を持っているとしか思えないアイドルばかりが所属する事務所があって。

そこには、悩み事解決が趣味のアイドルと。

困っている人を見ると口ではあれこれ言いながら結局助けてくれるアイドルがいるんだとか。

名前は確か……、そう。

 

 

 

 

 

超常現象プロダクション。

 

 

 

 

 

「え、私の評価そんなことになってんの。非常に不満なんだけど。」

 

向かいのソファに腰かけた少女……双葉杏は、分かりやすく眉をひそめながら口を尖らせる。

 

「まあまあー、よいではないですかー。

決して悪しき噂ではありませぬー。」

 

そんな杏を、隣に座っている依田芳乃がなだめていた。

 

「そうそう、結構評判いいんだよ?

飴とお煎餅を持っていけば大抵のことは何とかしてくれるとか。

お煎餅を食べてる姿がリスやハムスターみたいとか。」

 

ちとせは芳乃の援護にと、自分が聞いていた情報を包み隠さず口にする。

 

「なんという事実無根の流言ー。正さねばなりませぬー。」

 

まさかのバッドコミュニケーション。

依田芳乃は、自身をかわいいと評価されるのは嫌なようだった。

 

「……持ってきたんだけどなぁ。飴と煎餅。

たかそ~なお店で選んだ、たか~いやつ。」

 

このまま機嫌を損ねられてはマズい。

話を逸らすため、ちとせはこれ見よがしにブランド店のロゴが入った紙袋を2つ持ち上げた。

 

「で、相談ってなんだっけ?」

「お悩み事をお聞きいたしましょうー。」

 

いや、ちょろいな。ちょっと不安になるくらい。

 

 

 

「……茄子やほたると同じタイプ、かな。」

 

一通りの話を聞き、双葉杏は最も安直な推測を口に出した。

 

「……鷹冨士茄子と、白菊ほたる?」

 

その名はちとせにも聞き覚えがあった。

誰でも幸福にしてしまう、鷹富士茄子。

不幸体質であるにも関わらず、誰でも幸せにしてしまう、白菊ほたる。

特に白菊ほたるの人気は凄まじく、超常現象プロダクションの顔であるのは勿論のこと、個別で見てもトップ層に君臨するアイドルの一人だった。

 

「そう。前に色々あってね。

その白雪千夜ちゃんも、そういうモノを持っているのかもしれない。」

 

杏の言葉に、しかしちとせは口元に手を当てて考える。

 

「……いきなり、突然、そういうモノが現れるっていうのは、あり得るの?」

 

少なくともちとせから見て、今までの白雪千夜に、そんな素振りは何もなかった。

まったくもって、超常現象とは無縁の、普通の人だった。

それが、いきなり、だなんて。

 

「それは分からない。

前例が無いからあるとは言えないし、前例が無いからって無いとも言えない。」

 

そう言いながら、杏はポケットから透明な飴をひとつ取り出し、口に含む。

ちとせはそれを見て、パンフレットで見た観光スポットの実物を眺めているような気分になった。

「双葉杏は深く考え事をするときに、飴を食べるクセがある」。

話には聞いていたけど、本当にそうなんだ。

目を閉じて思考の海に沈む杏を、ちとせは興味深そうに眺めていた。

 

「……試してみるか。」

 

数分の後。

杏は目蓋を開き、ぽつりと呟いた。

 

「ちとせ、これから彼女のところに行ってもいい?

一応、確認したいことがあるんだ。」

 

それは勿論構わないと、ちとせは軽く頷く。

それを見て、杏は芳乃に向き直る。

視線が数瞬交錯し……芳乃は、袂から翡翠色の飴を取り出した。

 

「ちとせ。自分の家……玄関の場所を思い浮かべて。

最寄りの駅やバス停はどこにあって、そこからどの方角にどれくらい進んだ先にある?」

 

「えっ、と……?」

 

突然の要求に少し戸惑いながらも、ちとせは言われた通りに屋敷の場所をイメージする。

芳乃は飴を奥歯で噛み砕くと、ちとせの方をじっと見つめていた。

……全てを見透かされるような、そんな感覚が、芳乃の視線から送られてくる。

 

「準備、完了致しましてー。」

 

芳乃が言うと、杏は頷く。

それを見て、芳乃は目を閉じる。

そして。

 

 

 

「……”双葉杏・依田芳乃・黒埼ちとせの3名は、黒埼ちとせ宅の玄関にいる”。」

 

 

 

その声を発した人物が依田芳乃だと、ちとせは少しの間、理解することができなかった。

それほどまでに、先程までの穏やかな彼女は消え失せていた。

外見は全く変わらないのに、中身だけがそっくり入れ替わってしまったような。

そう。まるで、神様に、なってしまったみたいに。

 

呆気にとられていると、事務所の窓から強い風が吹く。

ちとせは思わず目を瞑り、次に目を開けると──

 

 

 

 

 

──屋敷の玄関に、3人は立っていた。

 

 

 

 

 

「え、え……?」

 

ちとせは目を見開き、きょろきょろと辺りを見回している。

 

「後で纏めて説明するよ。」

 

そうする必要が無いことを願いながら、私はすたすたと歩く芳乃の後をついていく。

お屋敷らしい調度品が飾られた廊下。

いくつかの角を曲がり、やがてひとつの扉の前で静止した。

 

「ここか。」

 

かちゃりと控えめな音を立てて、ドアノブは私に回される。

扉を開けた先に広がるのは、ちとせが言った通りの光景だった。

 

「……あれが、白雪千夜ちゃん?」

 

アクアリウムのようになっている部屋の中央で揺蕩う、黒の少女を指差す。

ちとせは頷き、しかし、どこか腑に落ちない様子で辺りを見渡していた。

 

「今朝に御覧なさったものとー、細部が異なっているのですねー?」

 

そんな彼女の気を読んで、芳乃が声をかける。

 

「えっと……うん。なんか……ちょっと、暗い? 感じがするの。

朝よりちょっと曇ったのかな。」

 

……そんなことは、ない、はずだ。

今日は一日中快晴で、雲はひとつもないって、きらりが言っていた。

最近あったかくなってきたし、公園で水遊びもいいかもね、なんて、仁奈と笑いあっていたくらいだ。

 

「水が光を通さなくなってきてる、みたいな感じ?」

 

写真を数枚撮りながら尋ねる。

私の問いかけに、そんな感じかも、と彼女は頷いた。

……それって、つまり。

 

「ねぇ。試すよ。」

 

芳乃の方を向き、しかし芳乃ではない人物を見る。

言いながら、私はポケットから飴を取り出す。

きらりに作ってもらったのとは別の、鮮やかな赤色の飴。

それを奥歯で挟み、噛み砕き、同時に言葉を紡ぐ。

 

「"双葉杏は白雪千夜と接触することができる"。」

 

飴は口の中でたちどころに消え、効果が表れたことを示す。

芳乃は全身から力を抜き、がくりと項垂れると、やがて再びこちらに向き直った。

それを確認して、私はアクアリウムの中へと足を踏み入れる。

 

一歩。

少女は胎児のように丸まって、穏やかに眠っている。

二歩。

その腹部に何かがあるのが、水のゆらめきに見えた。

三歩。

何か、淡い光のようなものが──

 

「──っ!」

「おっと。」

 

そこが限界だった。

私は水の外に弾き出され、空中で見えない何かに──『あの子』に、キャッチされる。

 

「……あーあ。ダメだったね。」

 

飴を使って尚、少女に触れることは叶わなかった。

それが指す意味を知っているから、『あの子』は分かりやすく、めんどくさそうな顔をする。

 

「……ダメだったねぇ。」

 

水の中にいたはずなのに、私の身体はおろか、服すらちっとも濡れていない。

それでもなんだか濡れている気がして、私は髪をかきあげながら、何が起きているのか分からないといった表情のちとせに向き直った。

 

「色々と勝手にやってごめん。全部話すよ。」

 

 

 

 

 

information : アカウント"双葉杏"がログインしました。

information : データが更新されました。

 

 

[Tips] 水槽

 

千夜の私室が水で満たされており、その中央に千夜が揺蕩っている。

不思議なことに、水は開け放った窓や開かれた扉から流れ出ることはなく、千夜の部屋から出ようとはしない。

肩がゆっくりと上下していることから、千夜が息をしていることは確認済。

彼女が溺れてしまう危険性は無いようだ。

 

 

[Mission] 白雪千夜を水槽から出してください

 

ある日ちとせが千夜の部屋の扉を開けると、そこは水で満たされており、その中心には千夜が浮かんでいた。

どう見ても異常な状態だ。

黒埼ちとせは双葉杏・依田芳乃に問題の解決を依頼した。

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

 

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