白雪千夜の美術観   作:maron5650

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2.ちーちゃんと、ちーちゃん

白雪千夜の部屋から、客間に場所を移して。

黒埼ちとせは、双葉杏から説明を受けていた。

 

「……で、色々実験してみた結果、これが出来た。」

 

そう言って、目の前の少女は、テーブルの上に飴を置いた。

先程彼女が口にした、鮮やかな赤色。

 

「鷹富士茄子の幸福は、意志のあるモノには作用しない。

人の感情や思考を操作することはできないし、幸福そのものを他者に分け与えることはできない。」

 

鷹富士茄子の超常現象──「幸福」。

何でもアリのように思えるそれには、しかし明確なルールが存在していた。

 

① ある人物が幸福とその対象を具体的に思い浮かべている。

② ある人物が幸福の発生を心の底から願っている(≒実現可能であると考えている)。

③ 鷹富士茄子が①の事実を認識している。

④ ①〜③の全てが達成されている場合、対象に幸福が発生する。

 

白菊ほたるの「不幸」も、ほとんど同条件で発生するらしい。

勿論、②は「発生しないことを心の底から願っている」に置き換わるが。

 

「でも、意志のないモノになら。

多少劣化はすれど、使い切りの幸福を付与できる。」

 

それが、この飴なのだという。

 

「この飴を噛み砕いた人間が。

噛み砕いた時に願った幸福が。

噛み砕いた瞬間に現実となる。」

 

何故飴なのかといえば、その理由は2つあった。

1つ目は、分かりやすくするため。

髪飾りやぬいぐるみなどの、無くならないモノに付与したところで、幸福が使い捨てなのに変わりはない。

どれを既に使っていて、どれがまだ使われていないのか。

幸福の残数の確認を容易にするために、使ったら消える形にした方が都合がよかった。

後は単純に、大量に作る環境が既にあったから、媒体として飴が選ばれた。

また、必須というわけではないが、幸福の内容と対象を明確に思い浮かべるために、それらを声に出すことにしているらしい。

 

2つ目は、条件②の達成を確実にするため。

幸福を願う本人がそれを実現可能であると思っている必要があり、しかし時にそれは困難である。

だから、対価を用意する。

「飴を消費したのだから、叶ってもいいはずだ」。

大枚はたいて手に入れた服が、良い生地で作られた長持ちするものだと疑わないように。

そう思い込むことで、②の達成を容易にする。

……その最終手段として、対価を別に用意することもできるらしい。

 

「で、ここからが重要なんだけど。

……飴による幸福は、鷹富士茄子による幸福に影響を与えられないの。

ただ一方的に、打ち負ける。」

 

杏ちゃんは、さっき千夜ちゃんに試していた。

飴をひとつ使って、千夜ちゃんに触れようとした。

でも杏ちゃんは、私と同じように弾き出された。

……幸福を発生させていない私と、まったく同じように。

 

「白雪千夜のいるあれは、鷹富士茄子の幸福だ。」

 

杏ちゃんはそう言うと、髪を乱雑に掻き上げる。

あまりに予想外なのだろう。

頼まれたから来てみれば、原因が身内だったのだから。

 

「……あれ? 待って。幸福ってことは、つまり……。」

 

ふと、先程の話が引っかかる。

確か、幸福の条件のひとつには……。

 

「恐らくはー、彼女自身が望んだことかとー。」

 

杏ちゃんの隣にちょこんと座った芳乃ちゃんが、言葉の続きを代弁した。

それが問題なんだ、と言わんばかりに、杏ちゃんは大きなため息をつく。

手元のコーヒーを一気に空にして、それで心を切り替えたのだろう。まっすぐ私に向き直った。

 

「茄子本人があれを望むとは思えない。千夜ちゃんと彼女はあまりに無関係だからね。

茄子を呼び出して打ち消してもらうのも……多分無理。あれをヤバいと思うなら最初から叶えてない。

私達があれをどうにかしようとしてることを知って、その阻止に回られたら、その時点で詰み。」

 

つまり。私達だけで、どうにかしなきゃいけない。

鷹富士茄子の幸福抜きで、千夜ちゃんを、助けなきゃ。

 

「……唯一の手掛かりは、あれが千夜ちゃんの願いだってこと。」

 

ぽつり、と、呟くように杏ちゃんが言う。

部屋の中に満たされた水。

その中心で眠る彼女。

あれが千夜ちゃんの願い。

千夜ちゃんの、幸福。

 

「どんなに些細なことでも構いませぬー。

千夜殿について、お教えくださいませー。」

 

芳乃ちゃんは、優しい微笑みを崩さないままで。

その姿を見て、少し心が落ち着いてくれた。

 

「……千夜ちゃんの、ことかぁ。」

 

目を閉じて、振り返る。

千夜ちゃんとのこれまでを。

 

誰よりも輝いていた、ちーちゃんのことを。

 

 

 

 

 

私達は、ルーマニアで出会ったの。

私は当時そこに住んでいて、ちーちゃんはお父様のお仕事の都合で越してきた。

ちょうど、私の家の隣にね。

ちーちゃんは……不安でいっぱいで。だから、日本語が分かる私から、離れようとはしなかった。

互いにあだ名で呼び合うのに、そんなに時間はかからなかった。

ふふ、素敵でしょう? ちーちゃん、って。

ちとせの「ち」。千夜の「ち」。

二人で同じ名前を呼び合っていたの。

 

最初の数日は、借りてきた猫みたいだったけど。

新しい環境に慣れてくると、ちーちゃんは、とっても活発な子で。

色んなところに駆けてくちーちゃんを、私は後ろから歩いて付いていった。

たまに振り返っては私を確認するちーちゃんに、手を振って返していたの。

 

外で遊ぶだけじゃなかった。

あの子は絵を描くのも好きだった。

物心ついた時からずっと、あの子は何かを描いてた。

最初はクレヨン。

それが色鉛筆になって、いつしか絵の具へ。

外を走り回るのと同じくらい、その時のちーちゃんは輝いてた。

 

でも、数ヶ月が経って。

あの子は日本に帰ることになったの。

とても悲しかったけれど、別れ際に住所と電話番号を交換して。

それからは、手紙や電話で話してた。

 

彼女が12歳になっても、それは続いていた。

その頃になると、あの子の絵はとても評価されていた。

美術館から声がかかるくらいにね。

 

客観的に見れば小さな美術館だけれど、あの子にとっては大舞台だった。

何を描こう、どう描こう、って、何日も考えてたよ。

その時のちーちゃんは、とっても楽しそうだった。

 

それでね。何を描いたと思う?

ふふっ。実はね。

私なの。

黒埼ちとせを描いたのよ。

「ちーちゃんが一番きれい!」……なんて。

宝物を見つけたような声で。

……嬉しかったなぁ。

 

せっかくのあの子の晴れ舞台だもの。

数年ぶりに、私達は会うことになった。

でも……そこで、事故が起こった。

あの子のすべてを燃やし尽くした、事故が。

 

火事。

火事が起きたの。

あの子の絵は、一番奥に飾られていたから。

私達は……逃げ遅れちゃって。

私は大丈夫だったけれど、あの子の家族が。

……みんな、亡くなった。

 

千夜ちゃんは、それを自分のせいだって思ってしまった。

自分が絵なんて描いたから。

皆を招待してしまったから。

だからみんな、死んでしまった。

そう呟くあの子の瞳に、もう色は宿っていなかった。

あの日の炎は、あの子のすべてを灰にしてしまった。

 

その後、千夜ちゃんは私の使用人として、ルーマニアで過ごすことになったの。

私は、あの子に色が戻るような何かを探し続けた。

最初は少し乗り気じゃなかったけれど、そういう意味では、使用人という立場は都合が良かったね。

私がそうしたいから。そう言えば、あの子はちゃんとやってくれるもの。

お嬢さまのお戯れ。退屈しのぎ。そういう名目で、思いつくものを片っ端から試していった。

日本に来たのは最近のことよ。ええと……一年前くらいから、かな。

ルーマニアできることには限界がある。

あの子が生まれ育った日本の方が、何かがある可能性が高いんじゃないかって。そう思ったの。

そしたら早速アイドルなんて、中々体験できないものが、向こうからやってきた。

二つ返事で了承したよ。

千夜ちゃんはいつものように、私に付き合わされる形で、アイドルをすることになった。

 

 

 

 

 

「……それで、最初の階段を上がり始めたのが、今。」

 

そう締めくくり、ちとせはティーカップをかちゃりと置いた。

 

「ありがと。……一度、家に帰って整理してみるよ。

そろそろ夕方だしね。」

 

杏はアンティーク調の壁掛け時計をちらりと見ながら席を立つ。

芳乃も彼女に倣い、すっと立ち上がった。

 

「見たところ、千夜殿はあのままでも問題は無いようでございましたがー。

万一の際には、こちらに連絡をくださりませー。」

 

そう言って、芳乃は一枚の紙……携帯の電話番号が記されたメモ用紙を手渡す。

受け取りながら、ちとせは何気なく聞いた。

 

「芳乃ちゃんはラインとかやってないの?」

「羅院。」

「うん、ライン。」

 

「あー……ちとせ? 芳乃はその……現代人になって日が浅いんだ。」

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

黒埼邸を出て、二人は帰路につく。

コンクリートの感触をスニーカー越しに確かめながら、杏は隣の少女に尋ねる。

 

「嘘が数点。秘め事が数点。……といったところでしょうかー。」

 

はぁー。と、深い溜め息をつく。

心底めんどくさそうな顔をしながら、杏は更に尋ねた。

 

「嘘って?」

 

「美術館での火災は、"事故"。」

 

芳乃は足を止め、閉じていた瞳をゆっくりと開ける。

ざわり、と、風に吹かれて木々が揺れる。

一歩遅れて立ち止まり、振り返る杏に、芳乃は確かめるように告げた。

 

 

 

 

 

「千夜殿の家族を、殺めた者がおりましてー。」

 

 

 

 

 

information : データが更新されました。

 

 

[Tips Update] 水槽⇒千夜の水槽

 

鷹富士茄子によって叶えられた、白雪千夜の願い。

 

 

[Tips] 飴

 

双葉杏が幸福について調べた結果生まれた、幸福を付与された菓子。

嚙み砕くことで、鷹富士茄子の幸福を、飴1つにつき一度だけ使用することができる。

発生条件は鷹富士茄子が起こす幸福と同様である。

鷹富士茄子の幸福の完全な下位互換であり、彼女の発生させる幸福には一方的に打ち負ける。

幸福を付与させる対象は、意志を持っていなければ何でもいいが、既に量産体制が整っていたため飴が採用された。

幸福を願う際に噛み砕くことで、発生条件の達成をより確実にする狙いもあるようだ。

大規模な幸福を願う際には、追加の対価を用意することもできる。

 

 

[Tips] ちとせの昔話

 

ちとせが杏と芳乃に語った、千夜とちとせのこれまでの話。

父親の仕事の都合でルーマニアに越してきた千夜は、日本語を解するちとせと仲良しになる。

やがて親友となった二人の関係は、千夜が日本に帰国してからも電話や文通という形で続いていた。

当時は天真爛漫であり、同時に絵を描くことが好きだった千夜は、12歳の頃、絵を展覧会に出さないかと美術館に声を掛けられる。

千夜の晴れ舞台を一目見ようとちとせも日本に来るが、美術館で火災が発生。

千夜は家族のすべてを失うこととなる。

その後、千夜は快活さを失い、絵を描くことも無くなった。

ちとせは千夜を使用人として雇い、彼女を元の状態に戻すため現在も手を尽くしている。

 

 

 

[Mission] 鷹富士茄子に気取られないでください

 

問題は鷹富士茄子の幸福によって発生していた。

それは彼女が、この状況を良しとしていることを示している。

双葉杏と依田芳乃、そして黒埼ちとせが解決に向けて動いていることを知れば、敵対は免れないだろう。

そして鷹富士茄子と敵対することは、それ自体が敗北を意味するのだ。

彼女にバレるわけにはいかない。

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

 

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