白雪千夜の美術観   作:maron5650

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4.一部屋の深海

翌日。

芳乃から「ちとせから来てほしいと電話があった」との連絡を受け、再び黒埼邸を訪れると。

 

「なんとー……。」

 

千夜ちゃんの部屋を満たす水が、明らかに黒くなり始めていた。

昨日のような、「気がする」では済まされない。

明確な変化がそこにあった。

 

「……間違いない、ね。」

 

スマホの画面に表示された、昨日撮った写真と、現在を見比べる。

その差は歴然だった。

唯一変わらないものは、水槽の中心で揺蕩う千夜ちゃんだけだった。

 

変化はそれだけではない。

昨日は、くっきりと部屋を満たしていた水が。

部屋だけを満たしていた水が。

部屋からは、決して出ることのなかった水が。

 

「廊下にも、漏れ出してる。」

 

カーペットを濡らし、その領域を広げようとしていた。

開かれたままの窓を抜けて、庭の地面に染み渡り、壁を覆い始めている。

これでは、まるで。

 

「この館を、呑み込もうとしているみたいだ。」

 

私の言葉に、ちとせは神妙な面持ちで頷く。

 

「朝起きたら、こうなってて。……これって、どういうことなのかな。」

 

「それが分かったら苦労はしないよ。

それさえ分かれば、どうとでもなるんだけど。」

 

千夜ちゃんが何を願ったのか。

何を叶えるために、こうなっているのか。

それさえ分かれば、鷹富士茄子の幸福と対立することなく、千夜ちゃんをここから出すことができる。

 

飴を使った幸福が打ち消されるのは、あくまで「真っ向から」彼女の幸福と対立した時だけ。

例えば、「双葉杏は自由に空を飛ぶことができる」に対し、「双葉杏は空を飛ぶことができない」は効力を発揮しない。

しかし、「双葉杏は地面を足につけている」ならば、空を飛ぶ能力を奪うわけではない。

結果、空を飛ぶ能力を得た、地に足つける双葉杏が存在することになる。

「自由に空を飛ぶことができる」という幸福は、本質的には有効なままだが、実質的に無効、という形だ。

 

要は屁理屈をこねてしまえばいいのだ。

そして屁理屈というものは、やろうと思えばいくらでもできてしまうもの。

だから必要なのは、千夜ちゃんが何を願ったのか。

何を欲しているのか。

何から、逃げようとしているのか。

 

そのために最も効率の悪く確実な方法は、あるにはある。

片っ端から飴を使い、あてずっぽうに願いまくるのだ。

例えば昨日、「双葉杏は白雪千夜と接触することができる」が通用しなかった。

それを「ここにある水がすべて消える」とか、「白雪千夜は目が覚める」だとか。

思いつく限りの、あの状況を解決する願いを、ありったけ願いまくる。

そうすれば、徐々に徐々に、千夜ちゃんの願いがどういうものなのかが見えてくる。

 

しかし、これを行うことはできない。

その理由は、この方法が選択肢にある理由と同じ。

千夜ちゃんの願いが、鷹富士茄子によって発生したものだからだ。

 

飴はあくまで、鷹富士茄子の幸福を付与したもの。

製造するには彼女の協力が無ければならない。

そして私達は、千夜ちゃんの願いを消そうとしていることが彼女にバレたら、その時点でゲームオーバーなのだ。

鷹富士茄子が千夜ちゃんの願いを叶えたということは、彼女はそれを良しとしているということに他ならないのだから。

 

どうあがいたって、私達と彼女は敵対関係にある。

そして、敵対していると彼女にバレた瞬間に敗北。

そんな状態で、一気に大量に飴を消費して、その使い道を尋ねられでもしたら。

……いくら飴にストックがあるといっても、あまりにリスキーだ。

 

だから、少しでも情報が欲しい。

それがどんなに、重箱の隅をつつくようなものであっても。

0より0.1の方が、良いに決まっているのだから。

どんなに些細な違和感でも、砂漠の貴重な一滴だから。

 

「……ん?」

 

スマホの画面と現在の部屋を、穴が開くほど見つめていると。

水の明るさではない、何か別の違いがあるように見え始めてくる。

その違和感のままに、画面を拡大する。

 

目覚まし時計だった。

画面に移されたそれは、午前10時を指している。

現実の部屋に目を移す。

目覚まし時計は……

 

「……午前、9時半。」

 

時計が指す時間が、異なっている。

 

「ねえ、ちとせ。あの時計。」

 

「え? ……あ。」

 

時計を指差すと、ちとせもすぐに気づいたようだった。

 

「このタイミングで電池が切れるとか、そういう可能性はある?」

 

「ううん、確かあれ、アイドルになってから買ったやつだから……。」

 

勝手に止まることはまず無い、と。

なら、もう理由はひとつだ。

千夜ちゃんの願いの影響だ。

 

水が光を通さなくなり。

時間の流れが遅くなる。

これがこのまま、進行していくのだとすれば。

 

「……深海。」

 

彼女は、ここを深海にしようとしているのか?

 

「……ちとせ。昨日と同じようなことを聞くけどさ。」

 

私は左手で頭を搔きながら、ちとせに向き直る。

芳乃と一緒に、前もって決めておいた合図のひとつ。

「私の心を読み取れ」。

 

「千夜ちゃんに関することを教えて。どんな些細なことでもいい。

……特に、海に関することを。」

 

目線はちとせの両目に向けたまま、視界の端で芳乃を捉える。

……合図はきちんと伝わったようだった。

 

「海、海……?」

 

ちとせはあごに手を当て、目を閉じて深く考える。

芳乃は「あの子」と共に、この館の探索に向かった。

 

 

 

 

 

彼女の寿命に関するものを求めて。

 

 

 

 

 

information : データが更新されました。

 

 

[Tips Update] 千夜の水槽⇒生きた化石

 

千夜の部屋にある水は徐々に光を通さなくなってきている。

と同時に、時間の流れが現実より緩やかになってきているようだ。

それはまるで、海の奥深くまで潜っているときのよう。

光が届かなくなるほどの深海にいるものは、生きた化石だ。

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

・火災の真実を探ってください

 

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