白雪千夜の美術観   作:maron5650

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5.永久を願う少女

『寿命に関するものなんて、あるのかね。』

 

芳乃の携帯が宙に浮かび、ひとりでに文字が入力されていく。

小梅以外の人間と「あの子」とのコミュニケーションは、もっぱらこれが主流になっていた。

 

「……きっとどこかにある、と、杏殿は言っておりましたー。

もし無くとも、ひとつの可能性が潰れるからそれでいい、ともー。」

 

幸子と小梅の一件以降。

芳乃と「あの子」は、悩み事相談の際には、基本的に二人一組で行動していた。

小梅と芳乃以外に知覚できない「あの子」の存在は、こういった探索の際に便利であるのに加え。

芳乃を乗っ取った状態の「あの子」は、通常よりも大きな力を持ち。

昨日、水から弾き出された杏を受け止めたように、不測の事態にすぐさま対応できるからだ。

もっとも、小梅が心霊関係の仕事の際などは、流石に小梅を優先するが。

 

白雪千夜の黒埼ちとせに対する忠誠心は確かなもので。

そんな彼女が、深海で眠ることを望んでいる。

生きた化石になることを望んでいる。

となれば、千夜本人か、ちとせか。

どちらかの寿命が、近いのではないか。

どちらかがもうすぐ、死んでしまうのではないか。

それを防ぐために、彼女は深海で眠ることにしたのではないか。

 

今日、黒埼邸までの道中で、杏は二人にこの仮説を伝えていた。

そしてつい先ほど。杏の言説を裏付けるように、水は昨日よりも更に光を遮断しており。

止まるはずのない、買ったばかりの目覚まし時計が、しかし30分遅れていた。

仮説が信頼性を帯びたことで、杏は芳乃に合図を送り。

千夜、もしくはちとせの寿命に関する何かを捜索するよう依頼したのだった。

 

「千夜殿は今まで、普段通りに生活をしておりましたー。

その彼女が、一昨日になって、ああなったということはー。

一昨日か、一昨々日。その辺りに、千夜殿がそれを知った可能性が高くー。」

 

それ故に、それを知った原因は、まだこの館に残されているかもしれない。

そしてこの館にあるのなら、千夜が日常生活の最中で見つけられる程度には、隠されていない。

ふとした時に見つけられるが、普段は見つからない場所。

それも、寿命に関するもの。

 

『ちとせの部屋、かなぁ。』

 

それが千夜の寿命でも。ちとせの寿命でも。

この館に二人しか人がいない以上、隠そうとするのは消去法でちとせになるわけで。

ちとせが千夜から隠すのならば、最も隠しやすい場所は、自室になるだろう。

 

「まいりましょー。」

 

二人は、ちとせの部屋を探すべく、廊下を足早に駆け抜けた。

 

 

 

 

 

「……あ。」

 

一方その頃。

ちとせは杏の問いに対し、何か閃いたように顔を上げた。

 

「小さい頃、水族館に行ったことがあったの。」

 

「……そこで、深海に関するものは見た?」

 

「見た、かなぁ……見たかも……。」

 

記憶がだいぶ曖昧になっているようで、ちとせは再び考え込んでしまう。

 

「深海じゃなくてもいい。水族館で何をしたのか、全部教えて。」

 

「……ルーマニアの、そんなに大きいわけでもない水族館。

あの子は日本語しか文字が読めないから、私が読んであげてたの。

あの子が楽しそうに先を行って、私はそれについていって……。」

 

ちとせは目を閉じ、思い出をなぞるように言葉を紡ぐ。

 

「……いろんなコーナーを回っていった。

これは何、あれは、って。あの子は元気にはしゃいで。」

 

 

 

 

 

『ここかな。』

 

いくつかの扉を開けては閉めて。

ようやく二人は、ちとせの私室らしき場所へ辿り着く。

 

千夜の部屋と負けず劣らず、シンプルな部屋だった。

調度品こそ豪華だが、物で溢れかえってはいない。

むしろ、本棚。机。クローゼット。ベッド。

それくらいしか無かった。

この館を所有するお嬢様の部屋にしては、あまりに簡素だった。

 

「……探しましょうー。」

 

芳乃は部屋の中へと入り、辺りを見回す。

恐らく千夜は普段から、この部屋の掃除をしている。

ということは何か、箱のようなものに入っている可能性が高い。

 

洗濯した衣類を仕舞うために頻繁に開けるだろうから、クローゼットは無いだろう。

ベッド……は、隠す場所が無い。シーツは勿論、マットレスだって定期的に綺麗にしているはずだ。

となれば後は、机か本棚か。

 

芳乃はまず、机の上を見る。

綺麗に整頓されており、日本語やそうでない言語の難しそうな本が、数冊並べられている。

後は高級と一目で分かる筆記用具が置かれているだけだ。

机には棚もあるが、使用人である千夜が、勝手に主人の棚を漁るとも思えない。

これは後回しでいいだろう。

 

次に、本棚。

娯楽小説は殆ど無く、多くがアルファベットで題名を記された、ハードカバーの本だった。

芳乃には全く読めず、内容のおおよその予測をつけることすら叶わない。

 

『ねえ、これ。』

 

「あの子」が芳乃の肩を軽く叩く。

見ると、一冊の本が宙に浮いていた。

 

『図鑑。魚の。』

 

芳乃は重く分厚い本を机の上に置き、一枚一枚ページをめくる。

日本ではあまり見かけない魚の写真と共に、アルファベットで説明が書かれていた。

 

 

 

 

 

「……そうだ。最後に、お土産コーナーがあって。

そこで、図鑑を買ったんだ。」

 

「それは、どんな?」

 

ちとせは目を閉じたまま、思い出し始めているのだろう、すらすらと述べる。

 

「表紙が全体的に黒くて……そう、深海魚。

深海生物の図鑑だった。」

 

 

 

 

 

『うわ、怖。』

 

幽霊が怖がるというのは、なんだかあべこべだ。

そう思いつつ、芳乃は淡々とページをめくる。

どうやら深海に棲む魚をピックアップして収録した図鑑のようだった。

……本当にただ、それだけの本。

 

「寿命とは、関係がないようでしてー。」

 

ぱたん、と本を両手で閉じ、元あった場所へ戻そうと本棚の前に移動する。

 

「……? 「あの子」殿。こちらへー。」

 

芳乃は足元に何かを見つけ、「あの子」を呼ぶ。

 

「これは最初から、落ちていましたかー?」

 

しばしの沈黙の後、携帯のボタンがカタカタと押される。

 

『いや。多分、これを取り出すときに落ちたんだ。』

 

 

 

 

 

「でも深海魚って、見た目が怖いじゃない?

どうしてあの子が欲しがるのか、分からなくて。

だから、理由を聞いたの。」

 

ちとせは当時のことを語り続ける。

その口調に淀みはなく、目の前に情景が、はっきりと浮かんでいるようだった。

 

「……そしたら、なんて?」

 

 

 

 

 

足元に落ちていた一枚の紙を拾い上げる。

四つ折りにされたそれを、ぺらぺらと開いていく。

 

「……これは、」

 

病院から渡された、人間ドックの結果のようだった。

様々な項目と、その数値がひしめき合っている。

芳乃の隣でそれを見た「あの子」は、慌てるようにボタンを叩いた。

 

『芳乃 これ おかしい』

 

「……どう、おかしいのでしてー?」

 

『生きているはずがない

この数値で人間が 生きていられるはずがない』

 

 

 

 

 

杏の言葉に、ちとせは閉じられた目を開く。

千夜の言葉をなぞるように、彼女は口を動かした。

 

「だってこの子たちは、ずっと一緒なんでしょう?」

 

 

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

・火災の真実を探ってください

 

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