白雪千夜の美術観   作:maron5650

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6.一人のための天国

「……ずっと、一緒?」

 

杏はちとせの言葉を、ちとせが発したあの日の千夜の言葉を復唱する。

 

「ええ。確か……そう。絶滅危惧種のコーナーに行ったの。」

 

ちとせは水族館で歩いた道筋をなぞるように、廊下を歩き出す。

杏はその後ろを付いていきながら、スマホの画面をちらりと見た。

芳乃達が何かを見つければ、メールが来る手筈だった。

 

「ぜつめつきぐしゅ。

お外だと、死んじゃうかもしれないお魚さんね。」

 

ちとせは二人の会話を再現する。

杏の持つスマホが微かに震える。

ちとせがこちらに振り向く気配がないことを確認し、メールを開く。

画像が一件。……隠しながらではよく見えない。

 

「この子、しんじゃうの?」

 

恐らくこれは、千夜が発したものなのだろう。

ちとせの声色が一段高くなる。

杏は添付された画像を拡大する。

何かの数値。

 

「この中にいれば大丈夫。

ここではみんなが、守ってくれるから。」

 

再び声色が戻る。

ちとせは会話の内容を全て思い出したようだった。

暗記した台本を読み上げるように、ちとせは声を響かせる。

杏は画像をスワイプし、数値の横にある文字を見る。

 

「へー……。

じゃあここは──」

 

ちとせの口から発する千夜の声が、一拍、止まる。

杏は文字の内容を理解し、それが何を意味するかを知った。

ちとせが振り返ろうとしていることには、気付かなかった。

 

 

 

「──みんなの、天国なんだね。」

 

 

 

ちとせは杏の方に一歩踏み出し、目の前に立つ。

杏はそれによってようやく、こちらを見下ろしているちとせに気づく。

ちとせは杏の顎に手をやり、そっと持ち上げる。

ちとせと、目が合った。

 

「私の眼を魅て。」

 

その言葉に。彼女に。逆らえない。

杏の焦点は吸い込まれるように、彼女の双眸に合わさった。

彼女の、紅い瞳に。

 

「ごめんね。でも、それを知られるわけにはいかないの。

……それを知られることなく、千夜ちゃんを、助けなきゃ。」

 

杏の手はだらりと下がり、持っていたスマホを落とす。

足元に転がったそれを拾い上げ、ちとせはメールを削除する。

 

「思ったより、好奇心が強いんだね。

あなたに耳と尻尾が生えてなくてよかった。」

 

杏のポケットにスマホを戻し、ちとせは歩き出す。

杏は放心状態のまま、ぴくりとも動かない。

 

「全てを忘れて帰りなさい。

私に関して。千夜ちゃんに関して。

誰に何を言われても、それは真実ではないよ。」

 

ちとせが片手を挙げる。

指を鳴らすときの形を作る。

ギロチンが落とされるように、指が擦り合わせられ──

 

 

 

 

 

──ぱちん。

 

 

 

 

 

「……ーさん、杏おねーさん!」

 

仁奈の声に、私はゆっくりと目蓋を開ける。

 

「杏おねーさん! どうしちまいやがったですか!」

「だいじょーぶぅ?」

 

目と鼻の先に、心配そうにこちらを覗き込む2人の表情があった。

 

「……え、うん。大丈夫、だけど。」

 

2人とも、何をそんなに心配しているのだろう。

今日はオフで、1日中ぐーたらしていただけだったというのに。

 

「杏ちゃん、急に動かなくなっちゃったんだよぉ?」

 

「電池の切れたロボットみてーでごぜーました……。」

 

え、何それ怖い。

 

「今日は、もう早めに寝よ?」

 

「きっと仕事のし過ぎで疲れちまったでごぜーます!

慣れねーことはするもんじゃねーですよ!」

 

「へえ、仁奈。言うようになったじゃないか。」

 

私はわざとらしく両手を執刀医のように見せ、これまたわざとらしくワキワキと動かす。

 

「そんなことを言う子は……こうだーっ!」

 

「わああああああんずおねーさそれはんそあははははは!」

 

仁奈を思いきりくすぐりながら、考える。

……今日1日の記憶が無い。

ただ「今日は1日中ぐーたらしていた」という記憶だけが残っている。

 

「ふぅ……これくらいで許してやろう。」

 

仁奈やきらりの言う通り、本当に疲れているのだろうか。

確かにここ最近は、事務所全体の知名度の上昇に伴って仕事が増えていたし。

仁奈のこれからのことを考えると、お金は少しでも多くあるに越したことはないから、入れられる限りの仕事を入れていた。

 

「わ……笑い疲れたでごぜーます……。」

 

そしてそれ以外に、思い当たる理由が無いのだ。

私は本当に、仕事か仁奈と遊ぶかくらいしかしていなかった。

 

「はいっ、今日のお遊びはおしまいっ☆ 明日からまた仕事なんだからにぃ☆」

 

きらりは床にべちょりと横たわる仁奈を、ひょい、とおんぶする。

 

「「はーい。」」

 

……まあ、いいか。

今は、今を考えよう。

私には大切な、今があるのだから。

 

「……じゃあ、二人とも。」

 

川の字に布団を敷いて、私、仁奈、きらりの順に入る。

仁奈の横顔を眺めながら、いつものように呟いた。

 

「「「おやすみなさい。」」」

 

 

 

 

 

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