白雪千夜の美術観   作:maron5650

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7.戦線離脱

『送信したよ。』

 

画面を見た芳乃は、ふぅ、と一息つく。

この用紙……健康ドッグの結果から判明した、事実。

黒埼ちとせは、生きているはずがない。

 

そう判断できる理由は、血圧の異常な低さにあった。

低血圧の一言で済まされる範囲を、完全に超えている。

身体中に血液を滞りなく行き渡らせる機能が、致命的に弱っている。

「あの子」が言うには、この数値はそれを表しているらしかった。

 

「千夜殿は恐らく、これを見たのでしょうー。」

 

いつものように、ちとせの部屋を掃除していて。

ふと目に留まった思い出の図鑑を手に取った。

その時、ひらりと落ちたのだ。

本棚の間に挟んでおいた、千夜に見られたくなかったものが。

 

『それで 茄子にお願いして、ああなった?』

 

画面に頷き、芳乃は続ける。

 

「一日にして家族を失った千夜殿にとって、ちとせ殿は決して失ってはならないものー。

その彼女が、死んでしまう可能性があると、そう知ってしまったならばー。

千夜殿は延命を望むでしょうー。

……杏殿の推察の通りでございましてー。」

 

そして千夜は、あの水槽を願った。

水の中で眠ることを望んだ。

しかし。

 

『ならどうして、ちとせは眠らない?』

 

水の中で眠ることが。

眠って時間を止めることが。

生き永らえさせることが、千夜の願いならば。

願いの対象であるちとせは、どうして影響を受けていない?

 

「それは恐らく──」

 

 

 

 

 

がちゃり。

 

 

 

 

 

「──まだ、ここにいたんだ。」

 

2人は声に振り返る。

ドアを開けたのは、この部屋の。この館の、主。

黒埼ちとせだった。

その瞳を見た瞬間、芳乃は袖から素早く飴を取り出す。

投げるように口へ放り込み、そのまま歯で噛み砕く。

 

「《えすけいぷ》!!」

 

叫んだ瞬間、芳乃はこの空間から消失する。

彼女の行動を見て、「あの子」は半ば反射的に携帯を持つ手を開く。

かたん、と音を立てて、携帯は床に落とされた。

 

「……なるほど、捕まえられない。厄介だね。」

 

ちとせはため息を吐きながら眉をひそめる。

「あの子」の存在には、気づいていないようだった。

知覚不可能な存在を認識することは、前もって知らなければできないだろう。

芳乃の近くには幽霊がいる、と。

 

「……。」

 

ちとせは唯一現場に残された携帯を拾い上げる。

テキストを消している余裕は、無かった。

「あの子」の入力した文字は、そのまま見られる状態だ。

 

「送信してない。下書きだけ。……会話をしている。」

 

どうする。

芳乃の携帯に、まるで誰かと筆談をしたかのような形跡が残されていて、しかも文体が芳乃とは思えない。

「この場に芳乃以外の人間が存在し、携帯を使って筆談をしていた」までは、まずバレた。

その上で自分がどうするべきかを、「あの子」は模索していた。

 

今すぐにここから離れるべきか?

つい数秒前、芳乃がそうしたように。

この状態はもう詰みで、これ以上は諦めるべきか?

これ以上の情報を探索することは不可能か?

 

そもそも、どうして芳乃はあんなに焦っていたんだ?

ちとせから見て、杏と一緒にいたと思ったらいつの間にかいなくなっており、更に自室に入り込んでいた今の状況は、確かにまずいっちゃまずい。

でもそれは、トイレを探してたら迷ってしまったとか、いくらでも言い訳できる範疇のもので……

 

……それでも尚、ああまでして逃げたということは。

芳乃はちとせの気を読んだんだ。

その結果、あの判断に至ったんだ。

今すぐにここから逃げなければならない、と。

ならば。ちとせは一体、何を考えている?

 

『……杏?』

 

ふと、窓に動く物体が見えて、自然と目が追う。

杏はゆっくりとした歩調で、館の外を歩いていた。

まるで夕焼けと共に家路につく子供のように。

 

双葉杏は館を出ようとしていた。

 

『……はぁ!?』

 

ちとせが開けたこの部屋の扉は、閉められていない。

風を立てて気づかれないように、しかし最大限の速さで、『あの子』は扉から部屋を出る。

そのまま廊下を突っ走り、杏の背後に迫る。

 

『ちょっと! 何帰ろうとしてんのさ! メール見なかったの!?』

 

「あの子」は杏のポケットからスマホを取り出し、スワイプで文字を打ち込む。

それを目の前に掲げても、杏の焦点は合わなかった。

ただゆっくりと、館の出口へ。門へと、歩き続ける。

 

『ねえ!』

 

目の前に押し付けるように、スマホを突き出す。

しかし。

 

こつん。

 

額にスマホがぶつかって、それでも杏は歩くことを止めなかった。

 

ぞわり。

当の昔に無くなったはずの背筋が、どこまでも冷えていくのを感じた。

杏の様子は明らかに普通じゃない。

そうだ。そもそも何故あのタイミングで、杏と話していたはずのちとせが部屋に来たんだ。

杏にメールを送って少しだけ時間の経った、あのタイミングで。

 

バレたのか。

私達があの紙を見つけ、杏に伝えたことが。

だからちとせは杏に何か……何かは分からないけれど、とにかく何かをして。

次に、メールの送信者がいるはずの自分の部屋へと向かった。

そうまでしてバレたくないものだったのだ。

ちとせにとってあの紙は、絶対に秘密にしておかなければならないものだったのだ。

 

……事務所に戻ろう。

ちとせの気を読んだ芳乃なら、何か分かっているかもしれない。

杏のこれを知らないだろうから、情報共有が必要だ。

 

スマホを杏のポケットに戻す。

「あの子」はふわふわと空を飛び、芳乃の元へと向かった。

 

 

 

 

 

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[Tips] 飴

[Tips] ちとせの昔話

[Tips] 美術館の火災

[Tips] 生きた化石

[Mission] 白雪千夜を水槽から出してください

[Mission] 鷹富士茄子に気取られないでください

[Mission] 火災の真実を探ってください

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

・火災の真実を探ってください

 

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