白雪千夜の美術観   作:maron5650

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8.コンティニュー

「いや~今回はいつにも増してボクのカワイさホギャアアアアア!?」

 

超常現象プロダクション、その事務所。

真新しい一人用のソファに突如として現れた芳乃の姿に、幸子はお手本通りの反応を見せた。

 

「……何が、あったんですか?」

 

幸子の話に付き合っていたほたるが、立ち上がって芳乃の傍に駆け寄る。

《えすけいぷ》用のソファに出現したのだから、余程の事態であることは明白だった。

 

「時間がありませぬゆえ、簡潔に説明致しましてー。」

 

芳乃はソファに座ったまま、これまでの出来事を2人に話し始めた。

 

 

 

 

 

「……じゃあ、杏さんは?」

 

一通り聞き終わり、ほたるが当然の疑問を口にする。

 

「常よりも遅い一定の足取りで家へ帰っているのを確認しておりますー。」

 

芳乃の返答に、ノートに話を纏めていた幸子が顔を上げた。

 

「え、帰ったんですか? 唐突に?」

 

芳乃は苦い顔で頷く。

 

「恐らくは、記憶を消されたかとー。」

 

芳乃がちとせの瞳を見た瞬間、即座に逃げることを選んだ理由。

それは、彼女がしようとしていることを、芳乃が反射的に読み取ったからだった。

魅了。

黒埼ちとせは自らの力をそう認識していた。

そしてその手順は、芳乃が得意とするものと、非常に似通っていた。

似通っていながら、決定的に異なっていた。

 

「……流石にもう驚きませんけど。なんでもアリじゃないですか、それじゃ。」

 

自分の瞳を覗き込ませることで、自分の瞳に相手を映す。

相手は自分の瞳に映った自らを見て、文字通り、自分自身を見つめ直す。

そして、最も相手が自身を省みたタイミングで、引き出したい感情を問いかける。

それが依田芳乃の得意とする、半ば強制的に相手に内省させる方法だった。

 

「ええー。目を見たら、或いは目を見られたならばー。

こちらの記憶を覗かれてしまいますし、彼女に都合の悪いものは消されてしまうことでしょうー。」

 

ちとせが芳乃にしようとしていた、そして杏にしたであろうことも、骨組みはよく似ている。

自分の瞳を相手に覗き込ませることから全ては始まる。そこは同じだ。

しかし、それによって行うことは、まるで逆。

相手に内省させるのではなく、自分が相手に入り込む。

ちとせが自分の瞳に映させるのは、ちとせそのものだった。

いや、話はもっと簡単で、ちとせが相手の瞳を見つめているだけなのかもしれない。

いずれにせよ、ちとせは芳乃の行うそれよりも、ずっと多くのことをやってのけるのだ。

 

「じゃあ、見つけたってことですよね。都合の悪いものを。」

 

ほたるの言葉に頷いて、芳乃の口は再び開かれる。

 

「それは、あたしが説明するよ。」

 

それを発したのは紛れもなく芳乃の身体であり、しかし決定的に彼女とは違う。

「あの子」が身体を乗っ取ったのだと、瞬時に2人は気づいた。

 

「ちとせの私室に、健康ドッグの結果があったんだ。

どう考えても生きていられるはずがない。そんな数値が書かれてた。

でも彼女は生きている。

動くし、喋るし、笑うし、敵意だって示す。

そして、幽霊じゃない。

彼女は生存不可能な状態で、確かに生きている。」

 

「あの子」の言葉を聞いて、幸子はノートに書かれた「幽霊?」の上に二重線を引く。

幽霊である彼女が確認したのだ。疑う余地は無かった。

 

「ここに来る前に、双葉杏の家に寄ったよ。

……黒埼ちとせや白雪千夜に関するものを、全て忘れていた。

仕事が休みだったから仁奈と遊んでた、くらいの認識みたい。」

 

幸子は眉をひそめながら、ノートに書き加える。

「杏さん 行動不能?」「←教え直して済むのなら記憶を消さないのでは」

 

「黒埼ちとせは白雪千夜の問題を解決しようとしている。

……多分、大切に思っている。

そして、自分の身体の状態を、知られたくない。

白雪千夜の問題の解決が、遠ざかってしまうとしても。」

 

幸子は2つの単語を丸で囲み、しゃっ、と小気味いい音を立てて繋げた。

「寿命」「白雪千夜=大切」

 

「そして、白雪千夜の問題だけど。

多分、黒埼ちとせの寿命を知ってしまったんだと思う。

その結果、鷹富士茄子の幸福によって、水の中に入った。」

 

「……どうして茄子さんが丁度よく現れたんでしょう?」

 

ほたるの疑問に、「あの子」は首を振った。

 

「分からない。たまたまかもしれないし、彼女がそれを狙ったのかもしれない。

とにかく、鷹富士茄子によって叶えられた白雪千夜の願いだということは、事実。」

 

「……あれ? じゃあ、ちとせさんを死なせないことを願ったんですか? 千夜さんは。」

 

幸子がノートから顔を上げる。

その言葉に、「あの子」は頷いた。

 

「その方向で合ってるとは思う。

ただ、それじゃ飴で打ち消すには、あまりに大雑把過ぎる。

どうやって死なせないのか、その詳細が無いと、屁理屈もこねられない。」

 

屋敷を離れる前に一応やってみたけれど、不発だったしね。

そう言うと、「あの子」はため息をついて、少し大きく空気を吸った。

 

「順番に並べ直すと、こう。

まず、千夜がちとせの部屋を掃除中、ふと本棚にあった図鑑が目に留まる。

懐かしがったのか遠ざけたがったのか知らないけど、とにかく彼女はそれを手にした。

その拍子に、健康ドッグの結果が落ちる。

それを見て、千夜はちとせが生きているはずのない状態であることを知る。

で、なんでか知らないけど、鷹富士茄子がこのタイミングで現れる。

千夜は黒埼ちとせの延命、死なないこと、その類のものを望み、茄子はそれを叶えた。」

 

「えっと……茄子さんの幸福だから、飴を使っても打ち負けて。

そもそもの原因はちとせさんの寿命だから、それを何とかできれば、間接的に干渉はできるけれど……。」

 

「できるなら茄子さんが最初にやっているでしょうね。

茄子さんでも根本的な解決はできなかった、だから水槽を作った。

水槽の時間は止まり始めていて、水も徐々に部屋から漏れ出しているってことは。」

 

「願いはまだ、叶えきっていない。あの水槽は幸福の途中。

多分、追加コストだ。」

 

追加コスト。

幸福を叶えるために必要な、その幸福が実現可能であると思うこと。

それを達成することが困難な場合に用意する、対価。

 

「……放っておく、って手は無いんですか?」

 

幸子が口元に手を当てながら尋ねる。

放っておく。関与しない。放置する。

茄子によって叶えられた千夜の願いにより、ちとせは千夜と共に水槽で眠り続ける。

それを、容認する。

 

「正直、アリ。

千夜の望みは叶うわけだし、茄子はそれを良しとしている。

茄子と敵対するだけでも相当キツいのに、ちとせはこちらの記憶を消そうとしてくる。

……考えれば考えるほど、手出しできる隙も理由もない。」

 

でも、と言葉を付け足して、「あの子」は続ける。

 

「……その場しのぎを続けたって、あんまりいいことないんだよね。」

 

勿論、あたしの場合の話でしかないけどさ。

そう付け加えて、「あの子」は目を閉じる。

それがゆっくりと開かれると、彼女の意識は依田芳乃になっていた。

 

「わたくしもー、ちとせ殿にお力添えしたくー。

千夜殿の願いはちとせ殿の望みと、いくらか反する様子ですゆえー。」

 

「あの子」と芳乃の言葉に、幸子とほたるは頷く。

進むのが怖いから、現実を認めるのが怖いから。

だからといって現状維持を続けたところで、必ずしもそれが良いものをもたらすわけではない。

幸子はそれを知っていた。

 

それに、芳乃には恩があった。

芳乃がいなければ自分はこんなに幸せではなかっただろうと思えてしまうくらいの、大きな恩が。

その彼女が、この問題を解決したいと、そう言うのなら。

無条件で協力するのが、ほたると幸子にとって当然の行動だった。

 

「じゃあ、とりあえず。」

 

幸子がノートをぱたん、と閉じ、席を立つ。

 

「場所を移しましょう。

きっとちとせさん、芳乃さんを追ってますよね?

小梅さんにも話をしたいですし、一度ウチに……。」

 

「ええ。ですが、それをするにはー。」

 

がちゃり。

 

扉の開く音に、全員が視線を投げかける。

そこには。

 

「……説明に、手間取り過ぎたようでしてー。」

 

魔的な微笑を口元に浮かべ。

紅い瞳をこちらに向けた。

 

「はぁい♪」

 

黒埼ちとせが立っていた。

 

 

 

 

 

information : データが更新されました。

 

 

[Tips] きいわあど

 

意識して対象を思い浮かべなければならないという、幸福の数少ないデメリットをカバーするために、双葉杏が設定したもの。

白菊ほたると鷹富士茄子の屋上での一件から着想を得たようだ。

汎用性のあるいくつかの幸福を、あらかじめ一つの単語として認識することで、その発生速度を上昇させる。

 

 

[Tips]《えすけいぷ》

 

きいわあどの一つ。

「自分は事務所の特定のソファに座っている」という意味を持つ。

 

 

 

〔Mission List〕

・白雪千夜を水槽から出してください

・鷹富士茄子に気取られないでください

・火災の真実を探ってください

 

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