映画館の騒動の後、龍牙は再び町を歩いていた。尤も、その様子は不機嫌のままだが。
「(クソっ、なんでこっちの行く所にあの野郎と毎回出くわしちまうんだよ・・・そんなに似てんのか?俺とあいつの思考)」
貴重な休みなのに、さっきから碌な目にしか合っておらず、彼のストレスはどんどん溜まっていた。
そんな溜まったストレスを発散しようと、次に彼が目を付けたのは、町の温泉施設だった。
「(色々あって疲れたし、ひとっ風呂浴びてマッサージチェアーの上で昼寝でもするか・・・いや、待てよ)」
温泉に入ろうとした龍牙だが、ふと思考する。
「(俺が今考えていることは、奴も同じことを考えている。つまり、逆に俺の行きたくない所に行けばいい、と奴も考えていそうだから、俺は更に逆をついてストレートに風呂に入ればいいと思います・・・あれ?なんか作文になってね?と奴は考えていると思うので・・・)俺はその逆の逆だぁー!!」
思考の末にそう結論付けた龍牙は、勢い良く温泉施設に入った。
その結果はというと・・・
「「・・・・・・」」
残念ながら、彼の予想は外れてしまった。
複数人の男たちが黙々と座るサウナの中で、龍牙の隣に座る陸兎は鬱陶しそうに話しかけた。
「むーろーくーくーん、いい加減にしてくれ。俺はな、俺が行きたい所にお前が来てると考えて、逆に俺が行きたくない所に行けばいいと思ったけど、お前のために行きたいくない所に行くのが嫌なので自分に素直になります。あれ?なんか作文になってね?って思いながら行ったらこの様か!」
「チキショー、あれ?なんか作文になってね?しか合ってねぇのが腹立つ。お前の予測不可能な思考を予測した俺が馬鹿だった」
数分前の自分の行動を後悔する龍牙。
「まぁいい。こうして顔を合わせちまったのも何かの縁だ。とりあえず出ていけ」
「ふざけんな。出ていくならお前が出ていけ」
「おいおい、お前は小学生か?こうしてお前と顔を付き合わせたら、どうせまた喧嘩になるから、顔を合わせないようにしようと、俺は至極大人の真っ当な意見を言ったんだよ」
「だったらお前が出ていけば済む話だろうが」
「それをお前が言うなよ!今俺が出ていこうとしたのに、お前に言われたら俺がお前に従ったことになるだろうが!もうお前が出るまでこっちは出られねぇんだよ!察しろガキが!」
「うるせぇ、お前もガキだろ同期ゴラァ」
サウナの中だろうと変わらず、言い争う陸兎と龍牙。
そんな中、他の客が次々とサウナから出ようとしていた。
二人の喧嘩がうるさくて出ようとしてるわけではない。彼らをここで抹殺するためだ。
「(フッ、二人揃って馬鹿なところも似ているようだ・・・)」
喧嘩する二人を見つめながら、不敵に笑うねおじさん。彼らもまた、龍牙たちの暗殺を諦めておらず、龍牙の後を追ってここに来ていたのだ。
サウナから出たねおじさん一味は、外側から扉を塞いで、陸兎と龍牙がサウナから出られないようにした。
「一生そこで言い争っているがいい。干からびるまでな!フハハハハハ!!」
今度こそ作戦が上手くいき、高笑いするねおじさん。
そんなことは知りもしない陸兎と龍牙は、未だサウナの中で喧嘩していた。
「おい、いい加減にしやがれ。そろそろ出ないと脱水症状で干からびるぞ。俺は大丈夫だけど」
「そんなやわじゃねぇよ。お前だって、顔が真っ赤になってるぞ。本当は水飲みてぇんだろ?俺は大丈夫だけど」
「いいや、俺の方が大丈夫だ」
「いいや、俺の大丈夫の方がお前の大丈夫より大丈夫だ」
いつの間にか我慢対決することになった陸兎と龍牙。
時間が経つにつれて、二人の強がりは徐々に強くなっていく。
「そんなこと言って、本当はしんどいの分かってんだよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺はサウナの中で蒸しパンが蒸せるまで耐えることができんだよ。何ならもうちょっと室温上げるか。こんなんじゃ、蒸しパンどころかあんぱんすら蒸せやしねぇ」
そう言いながら、陸兎は隅に置いてあった片手桶を手に持ち、その隣にある桶から水を汲むと、近くの木箱に敷き詰められた大量のサウナストーンにかけた。
すると、サウナストーンから蒸気が発生し、瞬く間にサウナの温度を上昇させる。
「(何ぃ!更に室温を上昇させやがった!?)」
外から見てたねおじさんは、陸兎の異常な行動に驚く。
「足りねぇな。こういうのは全部入れるのが正解なんだよ」
そこから更に龍牙が桶に入っている水を全てサウナストーンにかけた。
たちまち蒸気が広がり、温度が急上昇していく。
「(あいつら馬鹿!?君ら閉じ込められてんだよ!ここから出られないんだよ!?)」
二人の異常すぎる行動に、閉じ込めているはずのねおじさんが心配する。
「あー、極楽だなー」
「極楽、極楽、上等パラダイス♪」
そんなねおじさんの心配をよそに、陸兎と龍牙はサウナの中で寝転がったり、腕立てしたりと満喫していた。尤も、顔は物凄く辛そうだが・・・
「無理すんなよ。ユー、そろそろ引きなよユー。俺は引かないよユー」
「(おーい!誰と喋ってんの!?)」
「フッ、そろそろ限界が近くなったんじゃねぇか?・・・あれ?煙出ねぇなこのタバコ」
「(いや、それタバコじゃないから!というか、未成年の喫煙は禁止だよ!)」
何も無い場所に向かって喋る陸兎や片手桶をタバコのように口に咥えた龍牙を見て、ねおじさんは心の中でツッコミを入れる。
「コノヤロー、ホントマジでいい加減にしてんくんない?」
「それはお前だろ。こんな下らない意地の張り合いで死ぬつもりか?」
「お前みたいな奴でも、死んだら悲しむ奴はいるだろ?それでも降参しないなんて、それはエゴだよ!悪いことは言わねぇから降参しろって。300円あげるからさ」
「300円で誰が降参するかよ!」
己の命が危ないというのにも関わらず、相も変わらず子供じみた喧嘩を続ける二人。
その光景を見続けてたねおじさんの心情に変化が起きる。
「(なんて馬鹿な奴らだ・・・だが何故だ?こんなにも馬鹿な奴らなのに、何故見てると胸が痛くなるんだ?組織の為に命を懸けて汚れ仕事をしている俺たちと、こんな下らんことに命を懸けるこいつらとの違いはなんだ!?)」
自身が命を懸けるものと彼らの馬鹿げた行いとの違いについて考えていると、陸兎がフッと軽く微笑みながら口を開いた。
「・・・大した野郎だよお前は・・・どうやら、この勝負は俺の負けみてぇだ。認めたくないけどな・・・」
そう言った直後、陸兎はバタッと背中から倒れた。
龍牙は倒れた陸兎の下に歩み寄る。
「お前・・・」
「もし、オカルト研究部の奴らに会ったら伝えてくんねぇか?あばよって・・・」
「・・・ハッ、異形共への遺言を俺に伝えろってか?悪いが、そいつは自分でやんな。俺はごめんだぜ」
そう言いながら、龍牙は陸兎の右足を掴むと、そのまま彼を引きずって、外に出る扉の方へ歩いて行く。
そんな二人のやり取りをずっと見てたねおじさんは、静かに涙を流しながら二人をサウナの外に出す決意をした。
「(できん・・・俺にあんな熱い若者たちを殺すことなど・・・できん!)おい、お前ら!すぐにここから出るん――」
「なーんてな!俺がテメェに負けを認めるわけねぇだろ馬鹿がよぉ!!」
「――んなこと分かってんだよ!この噓つき甘党ヤロー!!」
ねおじさんがサウナの扉を開けた瞬間、彼の視界には龍牙にジャンピングキックをお見舞いしようとする陸兎とそれを迎え撃とうと拳を振り下ろす龍牙の姿が映った。
ドーン!
それぞれの足と拳がぶつかり合い、その衝撃でサウナそのものが吹き飛んだ。陸兎と龍牙、ついでにねおじさんも衝撃に耐え切れず、サウナの外へ勢い良く飛び出した。
外に追い出された陸兎と龍牙は、しばらくの間天井を見ながら寝転がっていたが、ゆっくりと起き上がる。
「・・・引き分けだな」
そう呟く龍牙に、陸兎が即座に反応する。
「いいや、俺の方がお前より1秒
「いいや、俺の方が0.5
「「(イラッ)」」
顔に青筋を浮かべ、再度喧嘩になると思われた二人だったが、ふと人の気配がして、視線を向けると、ねおじさんが白目を向いて気絶していた。
陸兎と龍牙は一度お互いの顔を見合わせ、再度ねおじさんの方を見ながら口を開いた。
「「誰だこのおっさん?」」
「お、おのれ・・・十天師め。どこまでも俺たちをコケにしてくれる・・・!」
温泉から出たねおじさんは、散々二人に振り回されて、すっかり疲れた様子で町を歩いていた。
部下たちも既にへとへとで、未だに龍牙の命を狙うねおじさんに諦めるよう言う。
「リーダー、もう無理ですぜぇ。諦めましょうよ」
「馬鹿者!ここまでやられて今更引けるものか!俺は諦めんぞ。必ず『暴龍』の首を取ってーー」
「誰の首を取るのかな?」
部下たちに怒鳴った直後、ふと女の声が聞こえた。
ねおじさん達は声に反応し、前の方を見ると、四宮聖良が微笑みながらそこに立っていた。
「誰だ貴様は!?」
突然現れた聖良に驚くねおじさん。
彼女の正体に気づいた部下がねおじさんに言う。
「り、リーダー!この女、『赤月』です!」
「十天師の一人にして、『暴龍』の恋人だと言われています!」
「ほう・・・」
部下の言葉を聞いたねおじさんは、不敵な笑みを浮かべる。
「つまり、『暴龍』の弱点とも言えるわけか・・・丁度いい。貴様を捕らえて人質にし、『暴龍』を葬る餌にしてくれる!」
そう言いながら、ねおじさんは銃を取り出して聖良に向けたが、次の瞬間には銃はバラバラになって崩れ落ちた。
「なっ!?」
自分の銃が瞬く間に壊されて、驚愕の表情となるねおじさん。部下たちの武器も同様にバラバラにされた。
いつの間にか彼らの周りには大量の糸が張り巡らされており、聖良の誓約神器である『月の機神糸』が展開されていた。
「実はね。今朝任務に行く前、リュウ君の服にこっそり小型の盗聴器を仕込んでたの。それで、今日一日リュウ君の周りの会話を聞いてたんだ。勿論、おじさん達の声を聞こえてたよ・・・リュウ君を殺そうと考えている事もね」
微笑んでいる彼女だが、目は全く笑っておらず、その身から今にでも溢れそうな大量の殺意をねおじさん達は感じた。
ふと彼らは思い出した。目の前にいる少女が、どうして『赤月』と呼ばれているのかを。
一年程前、とあるマフィアが壊滅した。その構成員は全員バラバラに刻まれていて、部屋中の至る所が真っ赤な血で染め上げられていた。
そして、その血塗られた部屋の中心に佇む一人の少女。彼女もまた、全身が赤で染まり、部屋の色と同化していたと言われている。
桜色の髪をしたミステリアスな見た目とは裏腹に、月の神秘的な白すらも赤で染める殺しのプロ。そんな彼女に付けられた二つ名が『
「まぁ、リュウ君がそう簡単に殺されるとは思わないけどね。でも、リュウ君を殺そうとしたことは、流石の私もカチンときたかな。あ!安心して。任務外での殺しは基本禁止されてるから、おじさん達の体をサイコロステーキ先輩にするつもりはないよ。ただ・・・ちょっとキツーイお仕置きをしよっか♪」
ドス黒いオーラを放ちながら微笑む聖良を前に、ねおじさん達は震えることしかできなかった。
数日後、ねおじさんの属する組織は壊滅した。原因は不明だが、生き残った者達は皆口を揃えて、ピンクの悪魔を見たと語るのであった。
すっかり日も暮れて、辺りが暗くなり始めた頃。
「あ!おーい、リュウくーん!」
ねおじさん達のお仕置きを終えた聖良は、駒王町の広場で龍牙を待っていると、こちらに向かって歩いて来る彼の姿を見つけて声を掛ける。
龍牙もまた、彼女を見つけたようで、猛ダッシュで聖良に接近し、そのまま彼女に抱き着いた。
「わっ!どうしたの?リュウ君」
「すまねぇ聖良。せっかくの休みだってのに、今日一日妖怪モジャモジャ甘党馬鹿侍に付きまとわれてな。スッゲー疲れたから、オメェの聖良成分を補給させてくれ」
「・・・それは大変だったね。お互い疲れたと思うし、今日はゆっくり休もっか」
本当は一日中盗聴し続けたので彼の行動を全て把握しているが、聖良は何も知らないふりをして彼に接した。
抱擁を解くと、聖良は龍牙の腕に絡みつき、そのまま二人で歩き出した。その姿は紛うことなきバカップルの姿だった。
「そういやぁ、俺の服に変な黒い機械が入ってたな。ここ来る前に便所に捨てたが、あんなの入れた覚えねぇんだよな。いつの間に入ってたんだ?」
「・・・多分、リュウ君が寝てる間に通りすがりの妖精さんが入れたんだよ」
「なるほどな。その妖精はよっぽど俺のことが好きらしいな。お前みたいにな」
「フフッ、そうかもね。きっと、いつもリュウ君の隣にいるんだと思うよ」
そんな風に和気藹々と話しながら、二人は夜の町の中へ消えていくのであった。
<駒王町コソコソ噂話>
今回の話で龍牙が言ってた通り、この二人は退魔師の卵の頃、同じ時期に十門寺家の退魔師育成所に入門し、一人前の退魔師になるまで育てられた。尚、育成所を卒業し、陸兎が駒王学園の高等部に入学する頃には、二人共十天師と呼ばれる程の強い退魔師に成長している。
二人の仲は、その頃から既に悪く、今回の話のような下らないことで毎日のように喧嘩してた。他の同期たちにとっても、二人の喧嘩は日常茶飯事であり、毎日喧嘩しては同じような行動を何百回もする二人を見て、こいつら実は仲良いんじゃね?と思ったことも少なくはない。ちなみに、同期の中には現在の十天師である剣夜、麗奈、聖良の三人も含まれている。つまり、十天師の内の五人は全員同じ世代で育てられた退魔師である。
そんな仲が超絶悪い二人だが、一度だけでガチの殺し合いをしたことがある。それに関しては、本編で明かす予定。
ねおじさん、陸兎と龍牙に一日中振り回され、最後は聖良にキツーイお仕置きをされる始末・・・なんて不憫なんだ・・・(泣)
次回は皆さん待ちに待った?あのパロディ回です。