JCアイドルと、マネージャーのお兄さん   作:神戸元町

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第1話

「あ、あのっ」

 

びくびくとした態度。

他人を推し量るような瞳。

長瀬雛子の第一印象は最悪だった。

こんな奴にアイドルなんて務まるはずがない。

それが俺の思ったことだ。

売れないバンドマンをあきらめて芸能事務所のマネージャー職になって1年。

初めて担当する新人アイドルが、こんな腑抜けな奴だとは。

俺はため息をついた。

 

「吃音するな」

「し、してませんよ」

「たった今したじゃないか」

「う、うぐっ」

 

言葉に詰まる目の前の中学生は、泣きそうな表情。

プライドだけは強いのか、すぐに言い返してくるくせに、ろくに反論ができない。

さながら自意識の塊といったところか。

 

「一か月。一か月でその吃音、直しておけよ」

「わ、わかりました」

 

もちろん一か月後、テンパると吃音してしまう癖は治っていなかった。

 

 

 

 

新人アイドルの売り込みは、それなりに過酷だ。

誰も見ていないような場所でゲリラライブをしたり、チラシ配りをしたり。

体力的にというよりも、精神的にくるものがある。

それは、俺も経験したことだった。

バンドをやっていたころ、呼ばれたらどんな場所にも行った。

薄汚いバー、どこかの路上、騒がしい居酒屋。

誰も音なんて聴いちゃいないことだってザラにある。

そういうのの繰り返しで、心にかさぶたができていくのだ。

10年続けていれば、もう何も感じなくなってしまった。

ところが、俺の担当アイドルときたら……。

 

「ど、どうして誰も、チラシとってくれないの」

 

チラシを受け取ってもらえないというだけで涙目だ。

 

「ほとんどはけなくて当たり前なんだよ」

 

俺は言った。

 

「でも、こんなに一生懸命やってるのに」

「一生懸命やったら評価されるってわけじゃない」

「そんなのおかしいです」

「おかしくなんてないよ」

 

堂々巡りの会話。

どうにもこいつは、他者と自分を相対的に見ることができていない。

俺は舌打ちをした。

舌打ちをすると雛子は、「ひっ」と息をのむ。

そんな仕草がさらに俺をいらだたせる。

 

「お前が一生懸命やっているとしても、そのことをどうやって他人は理解する?」

「え?」

「つまりだな……」

 

俺は、伸びてきた無精ひげを撫でた。

指先に不快な感触があった。

 

「雛子、お前が一生懸命やっているってことは、俺はわかっている。わかってるんだよ。でも、例えばさっき、お前がチラシを渡そうとした人。その人はお前のことを一体何秒見ていた? お前が今日朝からずっとここに立っていることを知っているのか? 知らないだろ? だから、他人にはわからないんだよ、お前の積み重ねた時間ってのが。それを、わかってもらえるって思うのは、ちょっと贅沢が過ぎる」

 

『どうして、俺の歌が届かないんだよ』頭の中で、自分の若い日の声がリフレインした。

雛子に言った苦言は、俺自身の苦言でもあった。

言ってから、俺はやれやれと空を見上げた。

キツイことを言いすぎたかもしれない。

正直、俺は昔、同じようなことを言われるたびに反発した。

理解できていなかった。

若いってのはそういうことだから。

きっと雛子も……。

 

「マネージャーさん……」

 

ん?

雛子が、妙に真剣な瞳で、俺を見ていた。

丸くて、純粋な瞳。

まぁアイドルになろうってぐらいだから、それなりに可愛げがある。

初夏の日差しのせいだろうか、雛子の白い頬に、一筋の汗。

妙に熱っぽい表情で、頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。私、誤解していましたっ!」

「え?」

 

今度は俺が戸惑う番だった。

 

「わたし、そのっ。マネージャーさんは、あの……いじめっ子だって思っていたんです。その、私のことが、たぶん嫌いで、それで意地悪してるんだって。でも、そ、そのっ」

 

なんだか、もじもじとしてやがる。

 

「実は違ったんですね! 私をちゃんと、アイドルとして成長できるようにいろいろ厳しいことを言ってくれていたんですね!」

 

中学生らしい、まっすぐな瞳で俺を見つめてきた。

 

「ま、まぁな」

 

たじろいだまま、俺はうなづく。

 

「ま、マネージャーさん」

「なんだよ」

「私、心を入れ替えてもっとがんばります!」

 

そう宣言する雛子の距離は、いつもよりも半歩近かった。

 

 

 

 

その日以来、雛子は少しづつ変わっていった。

良い方向への変化だ。

物怖じをしなくなった。

いや、正確に言うと、恐れをなくそうと努力していた。

街頭でチラシを配るとき、たとえ受け取ってもらえなかったとしても、俯かないようになった。

一瞬、悲しそうな表情になりはするが、すぐに歯を食いしばり、次の人へとチラシを手渡そうとする。

俺は正直、いささか驚いていた。

雛子が、こういう努力ができる胆力を持っていると思っていなかったからだ。

 

「マネージャーさんっ」

 

チラシ配りが終わると、汗も拭かないままに駆け寄ってくる。

どこか子犬チックなところがあった。

 

「こ、こんなに残っちゃいました」

 

まだ時々吃音は出るが、かなり減っていた。

少し申し訳なさそうに、余ったチラシを返してくる雛子に俺は言った。

 

「いや、たいしたもんだよ」

「そ、そうですか?」

 

雛子の表情がふにゃっとほころんだ。

最近になって知ったことだが、褒められると口元がふにゃふにゃするらしい。

 

「で、でも、チラシ半分もはけていません」

「俺がほめたのは、チラシが減ったことじゃないよ」

「へ?」

 

雛子が首をかしげた。

 

「勇気を出して、ちゃんと手渡ししてることに感心したんだよ」

 

俺はそう言って、雛子のつむじをポンっと触った。

少し汗ばんでいたが、さらりとした髪が手のひらに心地よい。

 

「ふぁっ」

 

雛子が頬を赤く染めて後ずさりした。

 

「ま、マママネージャーさん、何しゅるんですか!?」

 

ん?

俺は、つい今しがた無意識にいな子を触った自分手のひらを眺め、意味を理解した。

そ、そうか。

ついつい子供相手なつもりで触れてしまったが、一応雛子も思春期だ。

男に触られるのは嫌だったか。

 

「わ、悪い」

 

俺は頭を下げる。

 

「い、いいいいい、いえ、だ、大丈夫でしゅ」

 

かみかみで雛子がわたわたと手を振った。

 

 

 

 

雛子の努力する姿を見て、俺も何か一つ努力したくなった。

何にしようと思い、ふと考え付いたのが、禁煙だった。

雛子のそばにいるのに、タバコを吸っているのは、あまり良くないだろう。

少し名残惜しかったが、潔く、タバコのストックをすべて捨てた。

 

 

 

 

雛子が、ちょっとしたブレイクを始めたのはそれからすぐだった。

とある清涼飲料水のローカルCMに起用されたのだ。

その仕事をとってきたのは、俺ではなく、会社の社長だった。

以前から縁のある地元の企業のツテらしい。

初めての撮影。

雛子は、がちがちに緊張していた。

夏の清涼飲料水のCMなので、水着姿ということも、緊張の一因だった。

きわどい水着ではないのだが、やはり恥ずかしいらしい。

 

「うぅぅぅ……」

 

撮影直前までバスタオルで体を隠している雛子が、なんだか微笑ましい。

とはいえ、この子からすれば、本気で恥ずかしがっているのだろう。

どうしたもんかな……。

何か勇気づけてあげたいが、言葉が出てこない。

女の子相手に、こういうナイーブな問題についてどう言えばいいかわからない。

俺は髪を掻いた。

役に立っていないぞ、俺。

こういう時、やっぱ女性マネージャーのほうが良かったのだろうか。

そんなことを考えながら雛子を見つめていると、目が合った。

 

「マネージャーさん」

 

てててっと、雛子がいつもの子犬っぽい動いでこちらの駆け寄ってきた。

 

「どうした?」

「あ、あの、勇気をもらえませんか?」

 

雛子が、顔を真っ赤にして俺に言った。

 

「勇気をって……どうやって?」

 

思わず聞いてしまう俺。

すると雛子が、消え入るような声でつぶやいた。

 

「そ、そのっ。みんなの前で、水着姿見せる前に、一瞬だけ。先にマネージャーさんに診てもらいたいです。そ、それで、そのっ。嘘でもいいので、ほめてくれませんか? マネージャーさんがほめてくれたら、私、そのっ。が、頑張れると思います」

「……わかった」

「では、その、行きますよ?」

 

すぅっと息を吸って、雛子がバスタオルをそっとはだけた。

 

「おぉ」

 

思わず、変な声を出してしまった。

それは、感嘆。

白い肌に、淡いブルーの水着が、よく似合っていた。

恥じらう表情も、最初の頃のオドオドとした雰囲気ではなく。

むしろ少女らしい純粋さがにじんでいて、とても可愛らしい。

俺は、心の底からつぶやいた。

 

「可愛いな」

「うにゃっ!?」

 

ぼんっと音を立てるように、雛子の頭から湯気が出たような気がした。

 

「う、うぅぅぅぅ」

 

謎の唸り声をあげて頬を赤くしたままうつむいてから、雛子がつぶやいた。

 

「ま、マネージャーさん、私に勇気をくれるの、上手すぎですよぉ……」

 

そのあとの撮影は、大成功だった。

雛子は、確かに撮影慣れしていなかったが、その初々しさが評判になった。

実際、撮影現場を横から見ていた俺も、感じたものだ。

少し照れてはにかみながらも、笑顔を見せる雛子。

そこには、つくりものではない、等身大の少女らしさがあった。

俺はなんとなく、遠い中学氏時代のことを思い出した。

ノスタルジーというんだろうか。

記憶の奥でにじんでかすんだ、懐かしい教室の光景。

そこに雛子のような女の子がいたかもしれない。

そんなことをぼんやりと考えていた。

 

 

 

つづく

 

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