死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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昔と盾と謎の男

 

 体中は沸騰しているかのごとく熱いのに、脳髄だけは冷えていた。

 

(何故か再生が遅い。全然動けない)

 

皮膚が触手の締め付けで割れ、流れた血がワイシャツを汚している。潰れたトマトの様になった良太郎は、苔むしたタコの頭部から生えた細い触手によってゆっくりと持ち上げられ、ヤツメウナギの口にも似た口に運ばれていく。

 

(喰われたとして……俺は融解と再生溶けて治ってを繰り返すのかな?)

 

良太郎が口の中に放り込まれる。

 

(その前に咀嚼されるか)

 

 思考がもはや足掻くことを選んでいなかった。ただこれから起きることを想像するだけで、解決策を探ろうともしない。

 全身の骨折は未だ治らず、抵抗のできぬまま飲み込まれていく。タコは触手で動けぬほどの怪我を負わせた後に口に放り込み、消化液で溶かしていくのだろう。咀嚼をしないとは、なかなかの悪食である。

 

(ごめん、英治、美里……)

 

 死に体の良太郎の脳裏に過去の映像が映し出される。

 小五のとある年明けの冬の日の事だ。

 寒いっつってんのに英二の提案でペットボトルロケットを飛ばしに河川敷に行った時。

近くの橋の下でカツアゲがあった。

年齢は中二か中三か……。小学生でかなう相手ではないだろう。

怯えているのは良太郎たちの学校の低学年の子だった。自分たちよりも年上の人間が自分たちより年下の人間を恐喝していたのである。

良太郎は正直怖かったので、その場を去ろうと提案しようとしたのだが、口を開く前にエイジがとんでもないことを言ったのだ。

 

「なあ、ペットボトルロケットをあいつらにぶち当ててやろうぜ」

「私もやる」

「は?」

 

結果的にカツアゲ犯は水を滴らせて唇を真っ青にしながら逃げだし、低学年の子達は英二達に感謝しながら帰って行った。

 

「羽金くんは、僕のときもだけど、どうして助けたんだ? 旅掛さんだって一緒になって喧嘩してたし……」

 

 英二の部屋で濡れたり殴り合って汚れた服を着替えた彼に、良太郎は聞いた。

 英二は少し思案して、

 

「多分、あのチビ達ってお年玉もらったばかりで、何買おうとかいろんな楽しいこと考えてたと思うんだよな。でも盗られたら全部パアじゃん。それってすごく嫌だなって思ってさあ。そしたら……ホラ。やっちった☆。」

 

 そう言ってお汁粉をすすった。「粒餡の皮が歯に挟まった……」

 

「あとみっちゃんがあーゆーの嫌いだし。」

「そりゃそうだよ」 

先の喧嘩でとれた上着のボタンを直しながら旅掛美里が言った。

 

「ああいう、他人を暴力でどうにかさせようとする人嫌い。二人が行かなかったら私が喧嘩したかも」

「実際、みっちゃんの方がオレらより強いしな。みっちゃんのじいちゃんにカラテだっけ?教わってるからさっきの喧嘩も無傷だし。握力とかマジでゴリラ……イテテテテアダダダダダダ!!!耳が耳がちぎれるちぎれる!!??」

「そ、そんなことないし! ちょっと力持ちなだけだし!」

 

 美里は頬を赤らめながら英二の耳を引っ張り、晩年のピカソになるのではと懸念するほどの痛みで顔が真っ赤になる英二。

 二人のその姿を見ていると、嬉しくなるような、腹の底がなにか温かくなるような、心が満たされるような気がした。

 

 思い出した。このとき憧れたのだ。困っている人間を損得考えなく助けようとする二人に。

 別にそれが正しいという訳じゃない。事情をわかっていないのに首を突っ込むことがいつも正しいとは限らないし、今回だって説得できたかもしれないのに武力行使だ。

それでも、龍童良太郎という大人ぶって世の中を冷めた目で見ていた少年にとって、他者の事を考えて動ける人間というのは始めて見る存在で、輝かしく見えたのだ。

 それからも三人で一緒に連んで、困っている人がいたら手助けして、たまに喧嘩して……。

 二人に影響されたから今回もタコに挑んで……。

 

「てか、何か暑くなってきたな」

 

 言われてみれば確かに暑い。今は冬のはずじゃ無いか。ストーブがあるからってこんなに暑くならない。なんなら物が燃える匂いも……。

 焦げる匂いと尋常でない暑さを感じて、良太郎の意識は覚醒した。

 

さっきのは夢だと判断すると同時に、こちらに緑色の触手が伸びてくるのが見えた。

 

「え?」

 

 体の動かせない良太郎は胃の中(?)で病葉のようにかき回され、あれよあれよと言う間に口から吐き出された。

 一度飲み込まれたはずなのにどうして生きているのか。どうして吐き出されたのか。

 良太郎は訳もわからぬまま、ヌメヌメして芝の上に転がる。

 

「よかった、良太郎やっぱり無事だった」

 

 制服があちこち溶けている上に粘液でコーティングされた良太郎の元に駆け寄ったのはエルナだった。

 

「エルナさん。どうして」

「さっき言ったでしょ。後から行くって。……なんかヌルヌルするね」

「俺も。そんなことより、今何が起こったんだ?」

 

 タコの方を見ると、体中の黒い火傷と燻る火に口から液体らしき物を吐きかけて消火していた。あれは先ほどの消化液か? 自分の体は溶けないらしい。

 

「ああ、私が奴に可燃性の油弾を撃って点火した。飲み込まれるのは見えてたから、なんおか吐き出させようと思ってね。体表が苔むしていたから、思ったより燃えるね」

「でも、それだけでタコは止まらないと思うよ……」

 

 実際にタコは自身にまとわりつく炎は既に鎮火している。表面はかなり焦げているが、致命傷には至っていないようである。

 エルナは腰からカプセルを取り出して煙幕を張ると、良太郎を近くの木の陰に引っ張っていった。

 

 

「良太郎、まだ動ける? あの鎧の力でなんとかできない?」

「一か八か体内に入ってめちゃくちゃに暴れればダメージを与えられそうなんだけど、体が動かん」

「じゃあ、これ使ってみて」

 

 そう言ってバックパックから取り出したのは紫の薬液が入ったアンプルだった。

 

「なにそれ?」

「過回復薬。前にカフカさんと一緒に作った薬。一飲みでどんな病人も全快する薬を作ろうって調合したのは良いんだけど、魔力の過剰摂取による暴走と栄養過多で細胞が崩れちゃう失敗品になったのよ」

「俺死ぬんじゃね?」

「多分だけど、あなたの回復力は周囲に漂う魔力とそれまでとった栄養やカロリーに左右される。だから鎧を顕現するたびにひどく疲れるのよ。なら、常人が超過するほどの回復薬はあなたになら上手く効くかもしれない」

 

 エルナの眼はふざけているわけでも、やけになっているわけでもなかった。

 良太郎はしばし迷ったが、覚悟を決めると力を振り絞って小瓶を掴み一気に呷った。

 大丈夫。しくじったって死ぬだけだ。

嚥下した瞬間喉が焼けるように痛み、手足から血の気が引いた。全身は凍えるように冷たいのに、臓腑だけが灼熱を帯びている。

異常な体温変化にも関わらず、良太郎の心中は高揚感で満たされていた。

 

 血液はガソリン、心臓はエンジンとなって良太郎を突き動かす。さっきまでの脱力感が嘘の様に吹っ切れている。

 粘液を取り払って立ち上がり、右の剣を抜く。

 

「装着」

 

 良太郎の体はカラドエリアに包まれた。

 思考がクリアになり、文字通りの全能感が鎧中を満たしている。

 

「良太郎、大丈夫?」

「ああ。これなら行ける。ありがとう」

 

 何をすべきか、何が最善かが感覚で理解できた。

カラドエリアは、右腕の円盾を右足に近づけた。するとどうしたことか、盾はレールを走るように腕からに移動し、足の側面にバチリとはまった。それだけではない。盾はバシャリとカイトの骨のように三つ叉に分かれたでは無いか。

 

「盾はただの盾じゃない。これも攻撃手段の一つなんだ」

 

 カラドエリアは剣を地面に突き立てると、天高く飛び上がった。

 狙いはタコ。目と目の間。

 

「ハアアアアアアアアア」

 

 右足を引き絞って蹴りを繰り出すと、分かれた盾からジェットのごとく推進力が生み出された。爆発的な加速によってカラドエリアは隕石めいてタコに襲いかかる。

 

「ウリャアアアアアアアアア!!!」

 

 さすがのタコも驚異的であると見なしたのか、無数の触手で打ち落とさんと迎え撃つ。

 

だが、止まらない。カラドエリアの蹴りは一本目の触手を貫き、二本目を吹き飛ばし、三本目を裂いて突き進む。

直撃。

インパクトによって芝は津波打ち、木々が大きくうねる。タコのいた地面は陥没し、岩盤を捲りあげた。

土ぼこりが晴れると、触手を根元から数本失ったタコと膝を突いて動かないカラドエリアがいた。

 

「良太郎!!」

 

 エルナは近づこうとしたが、そこでタコが生きていることに気づく。

 タコは残った触手を動かして体勢を立て直そうとしている。

 エルナはボウガンを構えたが、タコがこちらを襲わないことに違和感を覚えた。

 どうすればいいのだろう。

 

「待ってエルナさん!」

 

 カラドエリアは体を引きずってエルナに駆け寄った。

 

「体は平気なの? タコはどうなったの? 敵意を感じないけど……」

「あれは、俺がわざと外したんだ」

 

カラドエリアはとんでもないことをいった。

 

「はあ?! なんっ、街を襲った怪物でしょ?」

「でも、殺すのはやり過ぎだ。あのタコは森の主で、ずっと森の奥にいたんだろ? ここまで出てくるのは不自然なんじゃないか? なんか理由があるのかと思ってさ」

「!」

「だから、あれで済ませた。タコだし、すぐに生えてくるだろ。」

 

 タコは大きな黒目でジッと二人を見た。

 先に視線を外したのはタコの方だった。減った触手で体を引きずって森の方を向き、ヨタヨタと進んでいった。

 

 

「こっちが手出ししないって、わかったのかな」

「だとしたら俺も嬉しいんだけどな」

 

そのときだった。

 

 

突如、森から黒い影が飛び出した。

影は一直線にタコに突撃、そのまま口内に飛び込んだ。

ブチブチと肉を裂く音がして、黒い影は反対側から突き抜ける。

頭部をぶち抜かれたタコは触手を痙攣させ、やがて脱力してピクリとも動かなくなった。

 

タコの頭を貫いたのは一人の男だった。身長は一八〇ほど。手足は、爬虫類めいた鱗の黒い皮膚と指先に鋭利な爪、敢えて言うならばドラゴンのような手足をしている。筋肉が多くて太いためか、茶色のコートと黒のズボンは裾や袖が裂けていた。

 

彼はゆっくりと良太郎たちの方を見て、

 

「悪いな。今回のクエストとヌシ討伐の経験値はオレが貰ったぜ。ゲームクリアには必要不可欠なもんで」

「ゲームクリア?」

「そーだよ。このクソみたいなゲームから脱出するためにな」

 

 訳のわからないことを言った。

 




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