突如タコを一撃で殺した男は腕を変形させて人間の手足に戻ると、馴れ馴れしく話し始めた。
「雰囲気でわかったぜ。オマエもプレイヤーの一人だろ? オレは片桐空色。ソライロってかいてクイロだ。片桐でもクイロでも好きに読んでくれ」
「龍童良太郎。良太郎でいい。……その、アンタの言うゲームクリアっていうのはどういう意味なんだ?」
良太郎はエルナを自分の体で隠すように立ち位置を変えた。眼前の男がどうにも信用ならなかったからである。
クイロは良太郎の問に嬉しそうに答えた。
「良く聞いてくれた。この世界は俺たちが過ごしてきた世界とは全く違う。なんせ人間がぼそぼそ呟いたら火炎だの雷撃だのが跳んでくるんだからな。だからオレはこの世界はバーチャル世界で、なんかのミッションを果たしたらゲームクリアになるって考えてんだ。」
「……なるほど」
良太郎は正直あり得ないと思った。
この世界がゲームだとして、頬を撫でる風は、肌を焼く太陽光線は、踏みしめている土は全てデジタルデータだとでもいうのか。日本にいたときとほとんど変わらないではないか。確かに、普通に考えて魔術というオカルトが一般に普及した世界など信じられるはずもない。だが、この世界の動植物や後ろにいるエルナや街の人々を見ていると、この「生きている感じ」は仮想の物だとはとても思えないのだ。
「だからあのタコも殺したのか?」
「ああ。ゲームの基本はレベリングだろ? とりあえず『名前付き』ッぽい奴はだいたい殺して回ってるよ。おかげで強くなった感じすんぜ」
「なに?」
会話に不穏な空気が流れる。未だに鎧を解いていない良太郎は拳を握りしめ、エルナも空気を感じ取ってかボウガンの弾に触れている。
「森で会った変な魔術師とか、オレを喚んだ教会の人間とかな」
「殺したのか? 本当に?」
「良太郎」
静かな怒気を孕んだ事を察し、エルナが制した。声を潜めて忠告する。
(今あなたは体力を消耗してる。再生が追いつかないとカラドエリアの維持だってままならない。適当に言いくるめて退くべきよ)
(だけどコイツは)
「聞こえてるよォ」
男が言った。
「そっちの美少女はオマエの仲間か? 良いなァ、オレそういうサポートキャラに会えてないんだよ……。
でもあんまり感情移入しない方が良いぜ。なんせすぐ死んじまうからな。こんな風に」
クイロは話しながら適当な石を掴み上げて弄んだと思ったら、唐突に投擲。その先には、崩れた外壁から槍を構えて飛び出した兵士がいた。おそらく、森の主(タコ)が動かなくなったので防御に固めていた人員を割いて現場に派兵したのだろう。
「貴様ら、そこを動くな! 森の主の襲撃について……」
だが、兵士は豪速で投擲された石で喉を削り取られ、そのまま絶命した。
クイロは兵士が飛び出すことを予測して石を投げていたのだ。
「うーん。やっぱモブを殺しても何も実感沸かないなァ。こう…名のある騎士とか魔術師の方が良いんだろな?」
人一人殺害したにも関わらず、クイロは気にも留めていない。
敵だ、と認めた瞬間義憤が脳髄を叩き、良太郎は踏み込んでいた。
現在装着しているカラドエリアは最速の武者スタイルではないが、騎士スタイルでも常人以上の瞬発力を発揮する。
一瞬で間合いを詰めて右拳を放つ。良太郎は格闘技の経験こそなかったが、英二に付き合って人よりは多く殴り合いの喧嘩の経験があったこと、そしてカラドエリアの補助もあって繰り出したパンチはそれなりの威力になっている。
クイロはそれを難なく躱すと数歩距離を置いた。
「良いねえ! オレもスキルを持った日本人と戦うのは初めてだ! どんくらい経験値がもらえるのか、試させて貰うぜ!」
右腕をガッと突きだすと、表皮が音を立てて変化する。蛇の鱗、虎の爪。
「ッシャア!!」
「フッ」
次々と放たれる空手の熊手に似た突きを盾のない籠手で捌く。鉄球のように重く、槍の様に鋭い一打が連続して打ち込まれ、良太郎は攻撃に移れない。
そちらに気をとられたからか、不意に繰り出された前蹴りに対応できなかった。
いつの間にか筋肉が丸太のように太く膨張した脚から土手っ腹にぶち込まれた蹴りはカラドエリアの上からでも絶大な威力で、良太郎は数メートルぶっ飛ばされて地面を転がった。
内臓まで届いた衝撃が激しく良太郎を蝕み、耐えきれなくなって鎧が解ける。
「良太郎!」
「ハア、来ちゃ駄目だ……」
「なんか調子悪そうだな。やっぱタコにやられてたンだな」
腹を押さえて呻く良太郎を近づいて見下ろすと残念そうにクイロは言う。
「悪かったよ。本調子じゃないのに喧嘩売っちまって。」
「ふざけん……な!!」
最後の力を振り絞ってカラドエリアを顕現、直剣で斬りかかったが、クイロはそれを難なく躱し、エルナの方に蹴り飛ばす。
「うーん。ここで殺しちゃうのは勿体ないな。レベルの高い相手を倒したときこそ大量の経験値が見込まれるってもんだ。……そだ」
何かを閃いたクイロは口角を釣り上げた。
クイロの赤い瞳が、瀕死のカラドエリアと寄り添うエルナを捉える。
その瞳を、エルナは見たことがあった
(昔の同業者にあんな奴がいた。裏切る前や逃げ出す前に見せる、何かやらかす直前の目だ。早く逃げなきゃ!!)
「お嬢さん、余計な真似すんなよ」
手首のスナップだけで投げた石がボウガンに命中。ケーブルを破壊された。射出不可。なんという命中精度か。
エルナの頬に冷や汗が垂れた。しかし緊迫した状況はすぐに打開された。
『何か』が起きたのだ。
「そこの者共! そこを動くな!!」
壁の方から大音声が響き渡り見てみると、かなりの数の兵士がこちらに杖や槍、ボウガンを構えて隊列を組んでいた。
「我々はドルドの街の警史隊である! 森の主、ブラドウラバスによる街への襲撃が止んだので現場の確認に来た! 主の遺体について、何があったのか重要参考人として事情聴取を行う! 速やかに武器を捨てろ!」
警史隊。街を護衛する、軍と警察を兼ねた組織である。
「良太郎、ここは逃げよう」
エルナは良太郎に打診した。「な、なんで……」
「奴がどこかの教会の人間を皆殺しにしているなら、指名手配がされているはず。教会ともつながってるから拘束されて聖堂に戻されるかもしれない。一度逃げ出した金のなる木をまた逃がすほど、大司教は馬鹿じゃない」
「……エルナさんがそういうなr
だが、クイロはここで思わぬ行動に出た。
「困りましたな! 我が主! ここで森の主を従えて国家に対して宣戦布告をするはずだったのに、ここまで奴が暴れるとは思わなんだ!」
こちらに対して嫌疑をかけている警史隊に向かって大声で告げたのだ。
「は? お前何を言って……」
「主よ! ここは私が暴れて時間を稼ぎます! どうかお逃げください!」
クイロはそれだけ言って警史隊に突っ込んでいった。再び腕を爪に変化させると、次々を警史たちを裂いていく。
「あいつ、いきなり何を言ってるんだ?」
「あの男、とんでもないこと言いやがったわね……! ひとまず逃げよう。私があなたを担ぐ。鎧は絶対脱がないで!」
エルナはジャケットの内ポケットか赤色の小瓶を一つ取り出すと、栓を抜いて一気に飲み干した。
「ふうううう……」
エルナが深く息を吐くと蒸気が出た。首元の黒いバンダナを口を覆うように巻く。
「エルナさん? 今何を飲んだ?」
「虎の子の身体強化薬。しっかり捕まってて」
「え。ウワアアアアアアアアアアア!!?」
エルナはそう言って首の後ろで鎧を着たままの良太郎を担ぐと、地面を抉りながら踏み込んで駆けだした。
先ほどまでいたところに魔術による火炎弾や、ボウガンの矢が刺さる。だがエルナはものともせずに走り続けた。
ギリギリのところで魔術や武器による追撃をかわして、森の中に飛び込んだ。
木々が流れるように後ろにかっとび、多い茂る葉が増えて暗くなる。
途中、高速で接近した枝がカラドエリアの兜にぶつかって折れた。エルナの服を所々裂いた。
走り、走り、走り。どのくらい走ったのか。緑の匂いが濃い、薄暗い小川の近くでエルナは脚を止めた。
大量の汗を滴らせるエルナに、学生服を赤黒く染めた良太郎が横になりながら聞いた。
「エルナさん。さっきあいつはなんで俺たちが仲間みたいなこと言ったんだ?」
「理由はわからない。ただ、これで私たちは大犯罪者になったって事は確かね」
「何?」
バンダナを外し、清流の水を手ですくって飲みながらエルナは言った。
「だって、クイロがテロをしようとしてたって言って、私たちがアイツの言うことに従って逃げたから。鎧は脱がなかったら面は割れてないだろうけど、町中で鎧姿でいたら警史が跳んでくるかもね」
片桐空色は二十人目の兵士を顎を引き剥がして殺したところで、
「キリ番だし、そろそろ隠れるか」
クイロはそう言って高く跳躍した。空中から警史や神官の増援が着ているのが見えた。
街の中に入り、外れのゴミ捨て場に落っこちた。
「うわあ! 急に人が落っこちてきた……」
街が被害に遭っていたのにベンチで仕事をサボっていたスーツ姿の男が、ゴミ捨て場に近づく。中を伺おうとした瞬間、男は伸びてきた腕に捕まれてゴミ箱に連れ込まれた。
「……!」
ごそごそと中で蠢き、ゴミが少しこぼれた。
まもなくしてスーツ姿の男がゴミの中から出てきた。パッパッとゴミを払うと、鼻孔を生臭さがくすぐった。自分の腕の匂いを嗅ぐと、眉をひそめる。
「うえ、臭いなァ」
ベンチの脇に置かれた鞄を拾い、勝手に漁るとおしゃれなラベルの付いた小瓶が出てきた。
「よしよし」
適当に何プッシュか香水をかけて再び匂いを嗅いで一安心。
スーツの男に姿を変えた片桐空色はニヤリと笑って、人通りの戻った大通りへ歩いて行った。
その後、エルナの危惧したとおりになった。
龍童良太郎は引き続き保護対象としての捜査。
片桐空色も大量殺人犯としてそのまま指名手配。
追加で、赤色の鎧騎士と金髪の黒バンダナの女が片桐空色の仲間であるとして逮捕状が発行、指名手配される。
なお、金髪の女は先日のウィラト大聖堂襲撃犯と同一人物の可能性があるとして別に捜査が行われることとなった
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