死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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とりあえず森を出ましょうか

 

 警史隊の追跡を辛くも振り切り、ウィラトの森の奥まで逃げ込んだ二人。

 良太郎は血まみれの学生服を、エルナは汗だくの服を小川で洗っていた。

 エルナは換えの服に着替えているが、良太郎はパンツ一丁である。

 もちろん良太郎が下流である。

 ガシュガシュ学ランをこすると、小川がピンク色に染まった。

 おもむろにエルナが口を開いた。

 

 

「タイムリミットは60日ってところね」

「はい?」

 

 頭を上げると、エルナが木と木の間に張ったロープに服を掛けながら返した。

 

「あなたの友達を助けるためのよ」

「ああ、なるほど。でもなんで60日なんだ?」

「今の戦争は休戦期間を設けていて、それが解除されるのが60日後なの。どっちの国も長期間戦い続ける体力なんてない。だから定期的に休戦しながら戦おうって、協定を結んでいるのよ」

「そんなスポーツみたいに行くもんなの?」

「行く」

 

あっさりと肯定した。

 

「なぜならお互いに向こうの戦力の彼我がわからないから。今起きてるベルグベルツ・コトラ戦争は10年以上続いてるんだけど……。ああ、ベルグベルツが私たちの国の名前ね、コトラがあっち。休戦しながら戦おうって決まったのは開戦から3年経った頃。いつまでやっても終わらないから、一時休戦して国力を再生させるのと、魔術を初めとした技術力を伸ばす目的でこちらが申し込んだのね。相手もそれを承諾。休戦が解除されて、じゃあ滅ぼそうって攻めたら向こうも戦力が上がってて、それをずっと繰り返したらここまで続いたって訳。」

「泥仕合だな」

 

 学ランをギュウと絞って、良太郎もエルナに習って干す。

 エルナは服が全て干されたのを確認すると、たき火を点けた。

 

「うん。でもそのせいで魔術が発達したし仕事が増えて貧富の差もいくらか解消されたから、『戦争の断続はベルグベルツ共和国にとって最適で健全な国家行動である』なんていった経済学者もいるけどね」

「へえ」

「話を戻すけど、その休戦期間が終われば戦いが再開して、連れ去る難易度が上がるかもしれない。だからタイムリミットは60日だって言ったの」

「なるほど、残り二ヶ月か……」

「え、一月ないでしょ」

 

 よくわからないことを言われ、良太郎は少し脳がフリーズした。

 

「えと、一ヶ月って何日?」

「月によって大分変わるけど、今月は17日。あと二日で四月。四月は60日くらいね」

「……。因みに1年は何ヶ月で何日?」

「15ヶ月で、487日」

「……まあここ地球じゃないもんな!!」

 

 ちょっとずつ異世界の事情の飲み込み方がわかってきた良太郎だった。

 

「じゃあ俺たちは何処に向かえば良いんだ?」

「西の主戦場、ガルガン荒野。最短で30日で着くはず。」

 

 良太郎はパンツ一丁で立ち上がった。

 

「ヨシッ、行こう!!」

「自分の格好見てから言ってね」

 

 というわけで服が乾く間、食事をとることになった。

 エルナと一緒に集めたのは、売りに似た果実だ。

 何故か等間隔に並んでいるのが特徴的だった。

 

「これはなんて植物なの?」

「コビウリ」

「媚び売り? 瓜なの?」

「瓜だよ。媚びを売ってるんじゃないかってくらい甘いの」

 

エルナが包丁で真っ二つに切ると、白い果肉が露わになった。

 スプーンを受け取って一口食べると、驚くほどの甘さが良太郎を襲った。思わず耳の下の辺りが痛くなる。唾液腺が弾けそうなくらい甘い。生クリームと小豆とメープルシロップを混ぜたような甘さだ。ここまで甘いのにさっぱりしているのが不思議だった。

 

「ここは森の奥で、木々が濃すぎて鳥が降りてこない。たまに小動物が来るくらいだから種子を遠くまで運ぶために、ひたすら甘くして食べてもらえる様になったって訳。でもその小動物も多くないから、ずっと糖度をため込んで……」

「ここまで甘くなると。賢いねえ。」

「ちなみに、誰にも食べてもらえないと弾け飛んで種子を飛ばすのよ」

「……いやもうホントに、賢い」

 

 良太郎は甘党というわけでもないので半個で止めようとしたが、エルナに丸々1個分食べるように勧められた。どうやらこの果実はカロリーも多く含まれているようで、「良太郎の祝福に栄養素が使われているかもしれないので、いっぱい食べろ」ということらしい。

 実際森の主と戦ったときの再生が遅く、これが直前に肝臓摘出手術をおこなったからだと考えた良太郎は納得、塩味を恋しく思いながら一個、エルナが食べきれなかった半個合わせて1個半食べた。

 

 

 食事を終えた二人は服を乾いた回収すると、森の北側から抜けて、川を下って移動することになった。良太郎は学ランのしたにパーカーを着、エルナはジャケットにピタリとしたパンツ、膝よりも高いサイハイブーツ。葉っぱを適当にこすると全体がカーキ色に染まった。

生地は全世界に広く生息地を持つカメレオンの皮を使用しているらしい。

 

ここまで訪れた場所を簡単に説明するならば、大聖堂の西側に巨大なウィラトの森、西に抜けると街。現在は森の中央なので、北に向かって森を抜け、そこから西に延びる川を下るというのが、二人の移動経路である。

 

 

 

 

「これ何?」

 

 良太郎が背負わされているのは木の皮を剥いで組んだ籠である。即席にしては中々丈夫な造りで、背中と同じくらいのサイズ。

 

「森を抜けた所の村で少し路銀を増やしたいから、森の資源をいくつか回収しながら歩くよ」

「了解」

「じゃあまずこれ」

 

 そう言ってエルナはコビウリを渡した。

 

「はい」

「あとこれ」

 

 紫色の毒々しいカラーリングの葉っぱを渡した。

 

「はい」

「これも」

 

 胎児ほどの大きさのミイラを渡した。

 

「キャアアアアアアアアア!!」

 

 良太郎は女の子みたいな悲鳴を上げた。驚きのあまり思わず取り落とす。

 

「なにこれ!? この森は人を喰って育つことで有名的なーッ!?」

「マンドラゴラ」

「うあ?」

 

 一瞬良太郎はハワイ辺りの赤い花が思いついたが、すぐに人間に似た植物の根っこをさしていることに気づく。むかし何かのファンタジー小説で読んだ気がする。

 

「は、初めて見た。これがマンドラゴラか」

 

よく見れば首の辺りに切れ込みがある。

 

「なんか首かっ切られてるんだけど」

「叫び声を聞くと精神に異常をきたすから、さっさと黙らせるのが早いの」

「はあ、さいですか」

 

 発声する植物の根っこ。

 良太郎は喉元を切られた胎児のミイラを籠に放り込んだ。なんとも猟奇的な光景だった。

 しばらく二人は黙って歩いた。

 ガッサガッサとかき分けて森を歩いていると、良太郎は先ほどの日本人のことを思い出した。

クイロとかいったか。

 

『この世界はゲームだ』

 

 始めて聞いたときはあり得ないと思ったが、そう考えるのも無理はないと思う。

実際この世界では、地球では決して見られないような超常現象が多い。クイロが言うように仮想現実であると考えるのも無理はない。夢の可能性だってある。

問題は、『この世界が偽物である』という根拠が弱いのだ。いま五感で感じ取っている物、環境を認識する感覚は地球にいたときと変わりない。これが仮想世界なら、日本にいたときを現実と断言することも出来ないだろう。

ここまで来ると哲学やSFチックな方向に行きそうなので、良太郎は考えるのを止めた。ここが現実にせよ仮想世界にせよ……英二と美里を助けることに変わりは無い。今は協力者であるエルナと共に目的地へ向かうだけだ。

そしてクイロ。奴はこの世界を仮想だと認識した上で殺戮を繰り返している。どちらにせよこの世界の秩序を乱していることに変わりない。次にあったら必ず拘束ししかるべき場所に突き出そうと良太郎は決めた。

 

(俺のことを好き勝手殴ってくれたしな)

 

 そんなことを考えていると、何かを踏みつけ足下でパキリという音がした。

 

「ん?」

 

 足下には、乾いた臆病リスの死体が頭を組み砕かれていた。自分が踏んづけてしまったと理解し、思わず誤ってしまう。「やっべ、ごめん」リスは蔓が拘束する様に巻き付けられている。

「食虫植物みたいなものかな」

 

 拾い上げようと屈む。近づいて見ると、リスの体から蔓が伸びていることがわかった。

「あれ、蔦が体から生えてる?」

 

 手を伸ばすと、葉っぱが引っかかってチクリと痛みが走った。葉で腕を切ってしまったのだ。学ランの上から。その葉っぱは鉄に似た鈍い銀色をしており、それこそ刃のような……。

 

「あう?」

「良太郎?」

 

 エルナは後ろから変な声がして振り返ると、ばったりと倒れ込む良太郎の姿があった。

 

「ちょっと、良太郎!? どうかした?」

「わからね……。急にだるくなって……」

 

 もしやと思って近くの葉っぱを確認すると、刃のごとく鋭い葉が低い位置に生えていた。

 倒れ込んだ拍子にさらに切ったのか、顔や手にも切られた痕がある。

 

「ごめん、食獣植物がここら辺に生えてるのを忘れてた。手足の痺れとかない? 血が止まらなくなったりするんだけど」

「いや……ひたすら体が重い……」

「でもここで止まるわけにも行かないし……。森の外の村まであと少しだから。我慢して」

「へい……。お願いします……」

 

 息も絶え絶えな良太郎が力なく親指を立てると、エルナは笑みをこぼした。

 そして、先ほど拾った紫色の薬草を囓った。身体強化役の素材になる薬草だ。嚥下すると、良太郎と採取品の入った籠を担いて歩き出した。

 

 

 夜。エルナはなんとか荷物二つを担いで森のすぐ外の村にでた。エルナはそのまま村長を務めるシワシワのおばあさん魔術師に話をつけ、森の採取品をあらから渡すことで滞在を認められ、空き家を一晩借りることになった。茅葺き屋根の、1LDKである。部屋の真ん中には囲炉裏がある。

 

 

夕飯時。

「あの葉が生るのは、ブレードリーフって植物ね」

「なに? それ……」

 

 村の猟師から譲って貰った肉や野菜が炙られるのを見ながら、良太郎は聞いた。

 エルナはブーツの先端に先ほど採ってきたブレードリーフの葉を埋め込みながら話した。

「葉っぱの刃で毒で動物の動きを止め、傷口から種を直接植え付けて繁殖する植物のことよ。麻痺毒は即効性があるから切られたらまずアウト。最悪呼吸も出来なくなる。あなたが倦怠感だけで済んだのは、祝福のおかげね」

「なんで葉っぱが鉄みたいになってるのさ」

「たしか……土壌中の鉄分を吸収してるらしいわよ。一部に抽出して、鉄の刃を作ってるらしい。」

 

 そう言ってエルナはブーツのつま先にブレードリーフを埋め込んだ。

 踵をぶつけると、シャキンと刃が現れる。スパイ映画にでも出てきそうな装備である。

 

「因みに、この毒はどうやって切りつけても麻痺までしかいかないのよ。子供も大人も、死にはしない。麻痺するだけ」

「不思議な植物だねえ」

 

 二人は焼けた肉が刺さった鉄串をとって食べる。中々上手かった。野菜は味は悪くなかったが、少し硬かった。

 

 

夕飯を食べ終わり、良太郎は野菜の皮やら肉の骨やらをまとめて村のゴミ捨て場に捨てに行った。土の中に捨て、ある程度貯まったら埋めるらしい。貝塚の様な物だ。

 

(うーん。いきなりエルナさんの助けばかり借りて面目ない。)

 

 早速旅の足を引っ張った形になったことは、いくら彼女を雇ったとはいえ情けない。

 女の子の前で少しは格好つけたいというのもある。

 

(ところでエルナさんはいくつなんだ? 何してた人なのかもわからん)

 

 どこか都合の良いタイミングで聞いてみるか等と考えながら家に戻る。

 そんな良太郎の姿を、森の奥から監視する目があった。

 森の中で過ごすには似つかわしくない、丈の長いコートの様なスーツ。

それを羽織った人間が4名。彼らはアックス=ベイルンの同胞、魔術を教える機関『学院』のはぐれ者集団、伝統派のメンバーである。

 




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