死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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Magician In Boat

道中で魔獣に襲われることもあるこの地域では、舟運がそれなりに発達している。

河川用大型船ミカヅキ。全長50メートルを超える大きな船である。三階層の大きな船にて。

「なんてこった……」

 良太郎は、ミカヅキの1番上の観覧席の端っこで水面を見つめてうなだれていた。今の服装は学ランを止め、黒い綿のシャツと灰色のパーカー、ジーンズという格好だった。なんで地球の服がそこらの村でも買えるというと、単純にこちらの方がシンプルで便利だかららしい。先に来ていた異世界人(日本人)が持ち込んだ服飾技術やデザインは、この世界では大いにウケているようだ。

 さて、何故良太郎が落ち込んでいるかというと、ここまで自分が役立たずだったからである。

 村で一泊した翌日。良太郎を起こしたエルナは中古の革の背嚢と良太郎の着替えを買い、朝ご飯を用意して待っていた。

「コレ食べたら出発するよ。何か欲しいものとかある?」

 特になかったので支度を整えて家を出ると、村に一日三本しか来ないはずの馬車が自分たちを待って停車していた。エルナがチップを払い、待ってもらっていたらしい。

 早朝に出発して昼頃着いて、船の切符もエルナに買って貰って乗船した。

 極めつけはコレだ。

 

「いくらかお金渡しとくから、好きなもの食べていいよ」

 

 お小遣いまで貰ってしまった。なんという母性。コレがバブ味というやつか。否、良太郎はただのヒモである。

 出費は全てエルナ持ち、ガルガン荒野までのルートもエルナ任せである。

 

「頼りっぱなしじゃ駄目だよなあ……」

 

 そうは思うが、実際に何をすれば良いかわからない。仕事の求人自体はあるようだが、移動を続けるために長期のものは駄目だし、日雇いの小銭では焼け石に水だ。

 答えが出なかったのでとりあえず先ほど買ったホットドッグを食べた。香辛料が利いていてかなり辛かったが、美味しかった。

 部屋に戻ろうと思ったが、エルナに「しばらく入ってこないで」といわれていたので、適当に時間を潰すことにする。

 現在乗っている船、ミカヅキは三階建ての構造になっている。喫水線より下の地下室は貨物置き場とトイレ、その上は客の個室、さらに上は売店やベンチのある休憩所にレストランもある。一番上はテラス。

 良太郎は休憩所に入った。マガジンラックから新聞を掴んで適当な席を探す。

 

「お姉さん、コーヒーがさっきの『駅』の倍なのは納得した。じゃあせめて連絡先を教えてくれませんか?」

「こちらをどうぞ」

「あの、陸地の方の売店のチラシじゃなくて……」

 

 売店で死ぬほどスーツが似合わない客と店員のやりとりを尻目に、良太郎は席について新聞を広げた。

 

(空き家の適当な本やニーナさん家の新聞でもわかったが、何故か文字も読めるんだよな)

 

 異世界でリスニングもヒアリングも完璧なのでこれくらい誤差だなと判断。新聞を流し読みした。

『ついに渡来異世界人100人突破』

『次期アーディア教法皇、決定。』

『ベルムの街でテロ』

 うわっ、と思いながら三つ目の記事を読み進めて行くと、良太郎のカラドエリア騎士スタイルが指名手配されていることがわかった。エルナは顔をバンダナとゴーグルで隠していたからか、特に顔写真の様なものはなかった。片桐空色の似顔は載っていたが、変身能力で顔を変えてしまえば意味がないだろうな、と良太郎は思った。

(しかし鎧姿が指名手配か……。迂闊に装着できないな)

 黙々と新聞を読む良太郎。

 彼のいる三階のドアを開けて、二人組の男達が入ってきた。丈の長いコート。ソフトモヒカンの強面男と、黒の長髪を後ろでまとめた男だ。

 二人はアイコンタクトを取ると分かれた。ソフトモヒカンは運転席へ。長髪は似顔絵を取り出して聞き込みを始めた。

 

 

 エルナは、二階の客室フロアの個室にいた。テーブルだけでなくベッドにまで様々な物を広げている。それは、ビーカーやフラスコ、小さなランプといった実験機材、色鮮やかな薬草や生き物の死骸といった森での戦利品、さらには売店で買った飲食物もある。統一感のないラインナップだった。これらからエルナ流の武器を作成するのだ。

 ランプに火を点け、ビーカーの中に入れた赤い薬草の水分を飛ばす。

 その間にすり鉢で何かの生物の頭骨を砕く。

 風車のおもちゃとアクセサリ作成用の小瓶で作った遠心分離機に市販の調味料を投入して回転させる。

 布を重ねたこし器で、植物のエキスをろ過していく。

 他にも集めた素材を熟練の手つきで加工し、混ぜていく。魔術阻害弾を調合しているのである。

 特性のカプセルに詰めて完成。三つほど作ると、今度は別の薬品を作り始めた。

 

(森の主との戦闘で大分装備を使い切ってしまったし……。いつかの戦闘に備えて準備をしておかないと)

 

 少なからず揺れる船内にも関わらず正確な手順と操作によって異世界の錬金術師は自前の装備を調えていく。

 昔無理矢理覚えさせられた忌まわしい技術は、現在恩人を助ける力になっている。

 皮肉な物だが、今役立つのならばそれでもいいとエルナは思っていた。

 姉以外に利害でしか他者を見てこれなかった自分が、誰であっても利害を無視して助けようとすることができる純粋な彼を手助けすることが出来る。そう考えると何故だか嬉しくなってくるのだ。どうしても彼を友達の元に連れて行ってあげたいと思う。

 そのためなら使える物は何でも使おう。やれることは何でもしよう。

 自分の過去を話すのは……今じゃなくてもいいだろう。

 ここまでの合理的な判断が出来るのも闇社会の調合士経験のおかげだと考えると、さすがに乾いた笑いが出た。

 

「よし、終わり」

 

 完成した薬品を手のひらサイズのガラス瓶に詰めて栓をして終了。

 いくつかをジャケットの内ポケットとベルトポーチに、残りを容量が見た目の倍近くあるリュックに納める。このチャックとかいう鞄の口を閉じるシステムを持ち込んだ異世界人には金一封差し入れたい。

 実験道具もしまうか……とどれから片付けるか考えているところでドアが数回ノックされた。

 

 

 

 

 

 エルナ達の部屋のドアがノックされる数分前。

 コンコン、ととある部屋のドアがノックされた。個室で読書をしていた老紳士は、本に栞を挟むとメガネを外して立ち上がった。

 

「はいはい、何ですかな」

「失礼します、ミスター」

 

 ドアを開けると、禿頭の偉丈夫がいた。サングラスを着けており、厳格な雰囲気の男である。スーツの様に黒く、コートの様に長い上着を着ていて、前は留めてある。彼は返事を聞く前に押し入って部屋に入った。後ろにはボサボサ頭のギークっぽい男も控えている。彼も似たような格好をしていた。

 部屋をザッと見渡して、

 

「ここではないようだ」

「まあ一つ目の部屋ですから。そう簡単に見つからないでしょう」

「な、なんじゃ急に。失礼だろう」

 

 イキナリの出来事に慌てて老爺が抗議した。

 

「申し訳ない。こちらをご覧ください」

 

 禿頭の男が上着の内ポケットから手帳を取り出し、適当なページを開いて見せた。

 んん? と見せつけられた手帳を確認しようと老爺が顔を近づけて……

 ボサボサの男が後ろから老爺の頭に手のひらを当てた。その手には埋め尽くすほどの文字がびっしりと書かれている。

 

「『今の、出来事は、忘れる』」

 

 魔力を乗せて言葉を放つ。老爺はフウと息を吐いて糸が切れた人形の様に力を失った。

 禿頭の男はそっと抱きかかえるとベッドに寝かせる。

 

「この術は彼の精神に問題無いんだろうな」

「もちろんです。今、気を失ったのは本人が自分で脳内の消された記憶の整理をしているからでしょう。安全性には気をつけてますよ。その代わりワード三つまでしか命令できませんが」

「ならば良い。次に行くぞ」

「はいはい」

 

 二人の男は老爺の部屋を出た。

 

 

 エルナの個室。

 やるべき事は終わったので、良太郎を呼びに行こうとしたところで、ドアがノックされた。

 良太郎か。ドアを開ける。

 

「ごめん、もう作業は終わったから、部屋に…」

 

 否、禿頭の偉丈夫だ。スーツの様なコートをまとっている。

 森で襲ってきた魔術組織、伝統派の魔術師!!

 

「お嬢さん、少しよろしいですか?」

「ッ……ええ、何かご用ですか?」 

 

 向こうはこちらを良太郎の仲間だと気づいていないようだ。エルナは焦る気持ちを押さえ、一つも顔に出さないで対応する。

 

(森でボコボコにした魔術師の仲間か。カタギリとかいう異世界人がトドメをさしたらしいけど、私たちと勘違いして敵討ちに来たかな? まあ何にせよ奴らは異世界人が嫌いだけど)

 

「人を探しております。中を改めさせていただく。」

 

 言うやいなや禿頭の男は部屋に入ってきた。随分と乱暴な捜索だ。

 実験機材の並ぶ部屋を一見すると一言「違うか」

 

「あの、もう良いですか?」

 

 何もわかっていないふりをしてエルナが尋ねると、禿頭の男は手帳を取り出した。

 

「作業中でしたか。失礼をしました。すまないがこちらの……」

「待ってくださいネスさん。」

 

 若い男が禿頭の男を制止した。エルナの頬に冷や汗が垂れる。

 

「ここの実験道具の組み合わせと残った材料は見たことがある。魔術阻害弾の材r

 

 この後追求されることを予見したエルナは、即座に禿頭の男を鉄球で殴りつけた。靴下に入れて作った即席の鈍器だ。遠心力によって高まった威力は一発でネスと呼ばれた禿頭の男を昏倒させた。若い男は魔術印が刻まれた右手を突き出してきたので、腕をひねり上げて自室の壁にぶつける。連続してたたきつけると動きが鈍くなったので、ベルト裏に隠していた指サイズのナイフを取り出した。森に自生している、毒を持つ刃っぱだ。ネスと若い男の腕を浅く傷つける。

 

「よし。」

 

 身体的ダメージと毒で満足に動けなくなった二人を縄で括ると、適当な空き部屋に放り込んだ。

 目的を聞く前にノしてしまったが、奴らの目的は大体は掴めている。奴らは復讐に来たのだ。

 

「良太郎を探さないと」

 

 エルナは、手がかりになる物を求めてポケットをまさぐってみる。

 すると、胸元に手帳があった。中を開いて見ると……

 

 

 場所は再び待合室に戻る。

 長髪の男は乗客に手当たり次第に話しかけ、似顔絵の男の聞き込みを行っていた。そして数人目の派手なシャツのおじさんは、「そこにいるよ」と指を指した。その先にはパーカーを着て新聞を読んでいる少年……と、その奥に売店の女性にダル絡みを繰り返す死ぬほどスーツの似合っていない男がいた。上着を脱いでいて、ワイシャツの袖を捲っている。軽薄そうな印象を持ち、よく見ると年が若い。良太郎と同じくらい、16、17歳と言ったところ。

 少年は長髪の男と目が合うと、グリンと首をひねった。明らかに後ろめたいことのある動きだ。

 何か店員に言ってシカトされると、少年は早足で歩き出した。長髪の男はポケットから手帳を取り出した。魔術をかけた対となる手帳に、書いた物を同期させる魔術道具。役割はメールに近い。

『対象を発見。二階待合室から後方階段へ移動中』

 手早く書き込むと、追跡を始めた。

 

 

 

「ひええ……。なんでこの船のトイレはそのまま川に繋がってるんだよォ……」

 

 良太郎は、ヤバいくらい痛む腹を抱えてトイレに閉じこもっていた。

 便器は洋式と変わりないが、仕組みはボットンである。つまり、出した糞尿が川にそのまま捨てられる。ゴウゴウ音がしてくるのがめちゃくちゃ怖い。音姫というか音漢である。

 喫水線より下にいるのに水が入ってこないのは、この船がスクリューでも外輪でもなく周囲の水を魔術によって操作して推進する外流式だからであると、トイレの張り紙に書いてある。うるせえ馬鹿。

 

「ふっ、くう……」

 

 波の様に押し寄せる痛みをこらえてうめき声を上げる。

ヤバい。痛い。先ほど食べた香辛料たっぷりのホットドッグがまずかったのかもしれない。

良太郎がここから出るには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 伝統派の4名の内、二名は戦闘不能、一名は追跡中、一名は不明。

エルナは手帳に書き出された場所に向かい、謎のクッソ似合わないスーツの少年はメモの場所、後方階段に向かう。

 良太郎はトイレでンコしてる。

 




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