死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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魔法の筒

最初にかち合ったのは、謎の少年とエルナだった。

 客室フロアから階段に向かっていたエルナは、階段から走ってきた少年と衝突。

 豪快にぶつかってエルナは突き飛ばされた。

「うわっ!!」

「うっ」

 

 エルナが頭を振って立ち上がると、何故か倒れることのなかった少年は心の底から済まなそうに手を伸ばしていた。

「すまねえ、お姉さん。怪我とかないか?」

「え、ええ。平気」

「よかった。今忙しくなかったらお詫びにお茶でも誘ったんだが、そう行かなくてね。悪いけどもう行くよ」

 

 それだけ言って、前方へ走り出した。

 エルナがポカンとしていると、コートの男が階段からこちらに飛び出してきた。

 

(まずい、来る!!)

 

 エルナがジャケット裏のジャックナイフに手を伸ばして臨戦態勢に入る。

 だが、男はエルナを一瞥すると

「どけ!!」

怒鳴られたので思わずそのまま端に避けると、男はそのまま走り去った。

「は?」

 

 自分を追ってきたんじゃないのか。目的はあの少年か? もしかして思い違いをしていたんじゃ……。顎に手を当てて思案する。

 が。男は数メートル走ると、唐突に足を止めた。長髪の男はゆっくりと振り返る。

 

「待て。そこの女。何故その手帳がそこにあるんだ?」

 

 何かと思って足下を見ると、手帳が落ちてある。何か複雑な模様が描かれた表紙が特徴の、少し厚めの手帳だ。禿頭の男から拝借したものだったが、ぶつかった表紙に落としていたらしい。

 

 

「それは私の同胞しか持ってない物で、とびきり貴重な物なんだ。落とすはずがない。お前が持っていたのか? 何故持っていたんだい? お前は何者だ?」

 

 男の目が細められ、中指に赤い宝石の着いた指輪が嵌められた。

 エルナは心の中で舌打ちをした。結局戦うことになるのか。「それは秘密で」

右手でジャケット内のホルダーからナイフを抜き、左手で野球ボール大の魔術阻害弾を取り出そうとしたところで……極めて重要な事に気づいた。

 

(ここでコレを使ったら、船が止まるんじゃない?)

 

 この船はスクリューでも外輪でもなく、魔術によって周囲の水流を操ることで動いている。その術を繰り出すためには船全体に術をかける必要があり、すなわち魔術阻害弾の対象となる。仮にコレを使った場合、船は動きを停止する恐れがある。機械にとっての電子パルスのような存在である魔術阻害弾は、森とは違ってこういう人工物の多い場所ではかえって厄災となり得るのだ。(それがほとんど全ての治安維持組織の正式装備から外れた所以である。)

 

「ナイフ一本でくるのか。」

(今から走って逃げるか……。いや、絶対背中を打ち抜かれるな。炎か、氷か、雷か、何か)

 

 頬を汗が伝う。他にも魔術を封じる策として催涙弾があるが(そもそも詠唱させないという原始的なプランである)、どのタイミングで仕掛けるべきか。

 

「女性でも手は抜かないよ。『風神は一歩で彼方へ駆ける』」

 

 詠唱するやいなや男の姿が消えた。否、エルナの真ん前で身を低くしている。一瞬で10メートル近くの距離を縮めたのだ。男は風を纏った拳を握りしめている。

 ヒュオ、と空気の切る音が聞こえる。風を操って加速しているのか。分析したときには遅かった。

 身を退く前に男の拳がエルナの腹を捕らえた。真正面からぶち込まれたストレートによってエルナの体は数メートル飛ばされる。内臓が裏返ったと錯覚するほどの衝撃で立ち上がれない。刺さるような痛みを感じて見ると、手や顔の辺りにも細かい切り傷が出来ていた。真空刃でも纏わせていたか。

 

「グッ、グウウ……」

「他愛もないな。お前もわかっていたんじゃないか? 『逃げ切れない。勝ち目がない』って。それでも生存本能という名の惰性で向かってきたんだろう?」

 

 ぐらぐらと揺れる視界に長髪の男を捉える。千鳥足で無理矢理立ち上がるが、小突けば倒れ込んでしまいそうなほどの瀕死状態だ。

 右のナイフはインパクトの瞬間に力んだおかげで手放していなかったが……。土壇場で切りつけたが、刃に血は付いていない。

 

「さて、お前をふん縛ってからリーダー達を探すか。このフロアにいるだろ。」

 

 長髪の男が首をならしたところで、彼の肩甲骨の辺りに投擲用ナイフが突き刺さった。

 

「何?」

 

 男は驚愕したが、ナイフの飛んできた方角を見ると、口角をつり上げた。

 ナイフの出所は、謎の少年が走り去った前方階段からだ。そして、少年が左手を突き出した状態で男を睨んでいる。

 

「一番下の貨物室でケリをつけてやろうと思ったのに、全然来ねえから何だと戻ってみればよお、なんでテメエは女の子を殴ってるわけ?」

「やっと見つけたぞ、キタミ・シンゴ」

 

 キタミシンゴ。エルナの聞いたことのある名前だった。

 かつて潜入していた大聖堂では、他の教会で召喚された異世界人の情報が常に共有されていた。そのときに聞いた名前だ。受けた祝福はなんだったか……。

 

 キタミはスーツの上着を脱ぎ捨ててネクタイを放り捨てると、ワイシャツの袖を捲った。

 

「よお、俺に用があるんだろ。だったら、その女の子に手ェだすんじゃねえよ。男らしくタイマン張りやがれ!」

 長髪の男は肩に刺さったナイフを抜いて捨てると、指輪をつけた手を当てた。ジュウと言う焼ける音がして目線をやれば、傷口が焼けて塞がっているのが見えた。

 

「ふん、この女が同胞に何かしらの被害を与えた可能性があるからな。この女も逃がす訳には行かん。」

「そうかい。じゃあテメエはシメてからお仲間と一緒に川に捨ててやる」

「やってみ……ろッ!!」

 

長髪の魔術師が腕を払うと一直線に炎が飛び出し、キタミに向かって襲いかかる。

(傷口を塞いでいるときにわかった。あの指輪は炎のエレメントを封じた魔道具か!)

 

 魔道具とは簡単に言えば、「誰でも魔術を簡単に行使できるようになる道具」の事だ。

 魔術とは周囲から魔力を集めて体内で練り上げ、真言詠唱や祈祷、筆記詠唱によって発動する。魔道具とはこの際の祈祷や詠唱を道具一つで簡略、飛ばして発動することが出来るのだ。パソコンのコントロールキーのような物だろうか。

 今回の魔道具は言うならば火炎発射機だ。

 

 そして今。放たれた炎の槍は真っ直ぐに少年を貫かんと襲いかかり、

 キタミが突き出した右腕に触れた瞬間、瞬く間に消え失せた。

 

 男も、エルナも何が起きたかわからなかった。

 キタミだけが無傷の右手を当たり前の様に扱っている。

 長髪の男は目を見開き、しかしそれ以上に感情を見せずにただキタミを睨んでいる。

 

「何か、変なことでもあったか?」

 

 口角を浅く上げ、薄く笑っているともとれる表情を見せるのは「何かをした」キタミだ。

 

「魔術は法則に関係なく事象を引き起こす技術だろ。だから無から炎を作り出せるし、温度変化も関係ナシで風を発生させることが出来る。じゃあ、そんな『あり得ない炎』がパッと消えるのも不思議じゃないよな?」

「……なるほどな。コレがお前の受けた祝福か。魔術を消し去る力」

 

 長髪の男は合点がいったのか、安堵した顔で答えた。

 

「なら、お前はたいした脅威じゃないな」

 

 床が陥没するほどの勢いで男は踏み込み、跳んだ。

 真っ直ぐ高速でキタミへの距離を縮める。エルナが受けた攻撃と同じだ。風の魔術で加速して殴る。シンプルにして強力な技。その上今回は火炎の指輪を装備している。まともに食らえば着弾点が焼けただれるだろう。

 

(だめだ……魔術師は魔術のために体を鍛える。強化を打ち消したってただでは……)

 

 だが、それは杞憂に終わった。

 向かってくる長衣の魔術師に対して、キタミは左手を突き出した。

 男は不審に思ったが、かまわず拳を振り上げる。

 キタミはこぼしたのは一言だけ。

 

解放(リリース)

 

 瞬間、キタミの左手から炎の槍が飛び出した。それは長髪の魔術師の男が放った物と同じ炎槍。大気を焼きながら直進し、飛び込んできた男の胸に命中、爆発した。低い爆発音を立てて男は炎に焼かれた。全身焼ける様な事はなかったが、爆発のショックで倒れた。

 丸焦げの男に向かってキタミは飄々と話す。

 

「勘違いしているよ。俺の祝福は打ち消すんじゃない。『触れた物をどこかに仕舞って、好きなときに取り出す』能力だ。今回はアンタの炎をいただいた。悪かったね」

 

 キタミは左手からハンカチを取り出すと、座りこむエルナに近づいていって、

 

「お嬢さん、コイツをどうぞ。女性に血は似合わない。」

 

 クセぇ言葉を垂れやがった。エルナは黙って断り、袖で口元を拭って立ち上がる。

 

「コイツらはあなたを探しに来たの?」

「多分ね。俺は今重要な任務を負っているから。俺はキタミシンゴ。これ身分証明書ね」

 

 取り出された免許証大のカードには、『北見信悟』と書かれている。

 

「グレイシャープ家運送部顧問……。なんか地味な肩書きね」

「ひでえ!! 一応伯爵だからめちゃ名門なんだぜ。」

「じゃあ、なんであいつらがあなたを探しているのか教えてくれる? 運送部門だし、なにか重要な物を運んでいるとか」

「その通りだ。我々はそこの異世界人、キタミ・シンゴを追ってこの船に乗っている。」

 

 三つ目の声がして二人が振り返ると、先ほどエルナが適当に隠した禿頭の男、ネスがサングラス越しに信悟とエルナを睨んでいる。縄はとっくに破っていたらしい。

 

「そこの少女に用はなかったが、少しばかり話を聞かせて貰おう。ジェム!!」

「はい! 『光は、煌めきと共に……』」

 

 ジェムと呼ばれて、ボサボサ頭のギークっぽいメガネの男がネスの後ろから現れた。

 魔術紋の刻まれた右腕を突き出して何か呪文を唱えようとして、

 

「おっと、させるか!!」

 

 キタミが左手の平から何かを射出した。ナイフだ。狙うのは顔面。刃渡り20センチ近くある大型のナイフが高速でジェムに向かって飛んでいき、ネスの右腕がそれを防いだ。

 女性のウエストほどもある豪腕に刺さるが、堪えた様子はない。恐るべきタフネスである。

 ジェムの詠唱は止められなかった。

 

「『人々の思い出を消し飛ばす』」

 

 ジェムの右手が、一瞬青色に光った。

 

「あ……」

「うっ……」

 

 光をモロに目撃したキタミとエルナは、ショックを浴びてとろんとした目になった。目の前の魔術師達に対して目の焦点が合っていない。

 ネスは右腕からナイフを抜き取って捨てたながらジェムに尋ねた。

 

「二人の意識は無事なんだろうな。やたらと記憶を消されると困る。」

「ええ、一時的に混乱させただけです。厳密には数十秒間の記憶を消しただけですが。これかr

 

 そこまで言ってジェムはばったりとうつ伏せに倒れた。

 何が起きたのか瞬時に理解したネスはスーツが張り詰めるほど筋肉を膨張させて腕を振るうが

 

「遅いッ!!」

 

 かいくぐって懐に潜り込んだ藍色の鎧武者は容赦なくネスの脇腹に右拳をたたき込んだ。

 襲撃者は、先ほどまで腹痛でトイレに籠もっていた良太郎だ。

 バックステップで距離をとった良太郎は刀を抜かず、拳を構えてメンチを切る。

 

「俺が腹を壊している間によくわからんことになってるが……お前敵だろッ」

 威勢の良い事を言ったが、良太郎は兜の下で冷や汗をかいていた。

(いくらスピード特化の武者だからって、腹にパンチ食らってノーリアクションとかあるか普通?)

 

「ただの正当防衛だ。味方ではないのは合っている。そして」

 

 ネスはゆっくりと良太郎に対して半身になり、拳を構えた。

 

「これから敵になる」

 

 第二ラウンド開始。良太郎とネスのタイマンである。

 




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