死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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パンチングコング

伝統派とは、魔術を研究する機関「学院」における特定の思想をもつ一派の一つである。

 

「清流のごとき魔術の歴史に汚れ無し。我らが由緒ある原始の魔法使い也」

 

 つまりは自分達だけの魔術だけが正当な魔術であり、他は亜流に過ぎないという選民的な考え方の持ち主である。

 魔獣調教や神式模倣、神への祈り、依存型の魔道具(違いは後述)といった別種の魔術は粗悪品であり、あくまで魔術円や魔術紋を用いた昔からの発動、そしてなにより魔術師が魔術を唱えることが正式な魔術の行使の仕方だと考えている。

 とは言っても実際に別の思想の持ち主に危害を加えようとする人間は少ない。自分たちの魔術に不純物が混ざらなければ良いのだ。

 では今回の相手は?

 

残念ながら手を出す方である。

 

 

 

 

 

「場所を変えよう」

 

 ネスはそう言って床を思い切り殴りつけた。バキバキと木材が割れる音がして禿頭の巨漢と武者が下層に落ちる。

 客船ミカヅキの最下層は貨物室だ。

 客室のある上階からの光を浴びて、積み重ねられた木箱が露わになる。

木箱は壁際に整頓され、縄で固定されている。真ん中はちょうど荷物を運ぶために開けており、ちょっとしたスペースになっていた。

 

「くそ、公共の施設でなんてことするんだあのハゲ……」

 

 良太郎は立ち上がる木くずにうんざりしながら周囲を警戒する。落下の際にネスを見失ってしまったのだ。良太郎よりも高く積まれた荷物は人一人隠れるには十分な障害物だ。

 良太郎の纏うカラドエリアは視覚も強化してくれるが、砂埃を透過してくれる能力はないらしい。

 

(というか木くずにしては見えなさすぎ……違う、煙幕か!)

 

 後ろから衝撃。カラドエリアは首もガードがあるので、隙間を縫うように手で首を絞められる。必死に引き剥がそうとするがびくともしない。なんという握力か。

 藍色の鎧武者ではパワーが足りない。ならば。

 

「装備換装!」

 

 腰の後ろにメイスを喚び出し、変身。カラドエリアは紫の重戦士に姿を変えた。

 メイスは抜かず、超パワーによる肘打ちを繰り返して拘束から脱出。

 

「エルナさんみたいな真似しやがって……!!」

「むう……」

 

 拘束を無理矢理解かれたネスは脇腹を押さえている。好機。

良太郎は少し開いた距離を詰めて詰め顔面にパンチを放つ。だがネスは顔面に拳をめり込んでいるにも関わらず、体幹が全くぶれていない。

 

「はあ!?」

 

それどころか、向こうも殴り返してくる。鎧の上から重たい一撃が刺さり、良太郎は面食らった。

 

連続して攻撃。

今の良太郎の拳は一発一発が戦車砲のごとき威力を持つはずだが、ネスは良太郎のパンチを正面から受けている。ガントレットに覆われた拳が着弾するたびにドン! ドン! と痛々しい音がするのだがネスはかまわず殴り返してくる。

 

(カラドエリアはどの形態でも常人以上のパワーを発揮する。この重戦士の状態なら一発で骨が砕けても可笑しくないし、俺はさっきマジで殴ったはずだ……。なんで平気そうなの? なんだあのハゲゴリラッ……!?)

 

 そしてネスのパンチはカラドエリアの上から重たい衝撃が伝わってくる。果たして本当に人間なのか。これも魔術のおかげなのか。

 ネスは良太郎に殴られてもなおひるまず殴り返す。常人離れしたパンチの応酬が続き、

 一発、良太郎の渾身の右ストレートがネスの左鎖骨にクリーンヒット。骨の折れる感触が籠手の上からも伝わり、心の中で良しと歓声を上げた。

 

 が、カウンターを受けて良太郎は膝をついた。

 

「ガッ……!!」

 

良太郎が先に限界を迎えた。

腹に正拳突きをモロに喰らい、良太郎は膝を屈した。追い打ちを避けるために踏鞴をふみつつも距離をとる。

 体力はそろそろ限界を迎えようとしている。良太郎は心底動揺していた。

 ネスは割れたサングラスを胸ポケットに仕舞った。隠されていた真っ黒な瞳が露わになった。そしてダラリと下がった右腕をチラと見て一瞥して、にやりと笑った。

 

「ふん、さすがカラドエリア。素人さえもそれなりの戦士にさせる。鎖骨が折れて腕が上がらん」

 

 ふざけるな。しこたま殴って鎖骨一本か。どれだけ筋肉ダルマなんだ。

 だがここでカラドエリアの名前を聞き、良太郎は前に森であった魔術師も同じ名前を言っていたことを思い出した。

 そういえばエルナの姉、ニーナに聞くはずだったのだが結局聞けずじまいだった。

 新しい情報を入れるチャンスか。片桐空色の様に話が通じないような人間でもなさそうである。

 

「アンタ、この鎧のこと知ってるのか」

「知っている。全ての魔術師の汚点だ。」

 

 吐き捨てるようにネスは言う。まるで身内の恥を公開しているかの様な態度である。

 

「魔術師の? これは教会で作られた物じゃないのか?」

「魔術と奇跡の違いなんて呼び方だけだ。教会の奴らだって魔術を行使しているだけで、神などいるわけがない。奴らは魔術を神の奇跡だと思い込んでいるだけだ。」

 

 この鎧について、そして魔術についてまた一つ謎が増えた。

 かなり気になる情報だが、これ以上この状況で聞き出せそうもない。

 

「そんなことよりも貴様、なぜ武器を使わない? カラドエリアの特性は複数の武器による汎用性の高さだ。パンチではなくメイスを使えば私に致命的なダメージを与えることができたのに。」

 

 良太郎は喉の奥で引っかかるのを感じて咳き込んだ。鉄の匂いがして、兜の中で吐血したのがわかった。目の前の男の姿が揺らぎ始め、変身の限界が来たのがわかる。

 

「メイスで殴れば……アンタはただじゃ済まない。俺はアンタを殺す気はない、俺は人を殺さない」

 

 そこまで言って、カラドエリアが解けた。光の粒子となって空気中に霧散していく。

 そして血を吐いた少年の姿が露わになり、ネスは瞠目した。

 

「こんな小さな子供が戦っていたのか。」

(言うほど小さくねえだろ……)

 

 ネスは深く息を吐くと、

 

「今日は止めにしよう。私も仲間も負傷しているし、カラドエリアの切り札を出されてはこの船すら無事では済まない。一般人を巻き込むことは私達の道理に反するのでね」

「エルナさんに怪しい術かけて、床ぶち抜いて、俺のことを殴りまくって、道理もクソもあるか……」

「確かに。それは我々が直しておこう。また会おう」

 

  ネスはジャンプで上の階に移動。すぐさま何かの術を使用したのか、床の破片が浮き上がって穴を塞いでいく。やがて穴は完璧に元に戻り、光を失った貨物室は壁際のランタンのみがひっそりと数多の木箱を照らしていた。天井から足音が遠ざかり聞こえなくなった。

 

「なんだったんだよマジで……」

 

 良太郎は鎧の副作用によって動けず、縫い付けられたように男が去って行くのを見ていた。否、鎧のせいだけではなく、ネスの異常な強さもあるだろう。何度殴っても倒れず、殴り返す鉄壁の男。また会おうなんて言っていたが、次に会ったら勝てるだろうか? 

 全身に鉛の詰まったような疲労感が良太郎を襲い、眠りたい気持ちに駆られるが、ここはカビくさい貨物室だし、エルナもよくわからん男もほったらかしだ。のそのそ歩いて部屋まで戻った。

 

 

 

 

「俺は北見信悟。まずは助けてくれたことを感謝するよ。ありがとな」

 

 正気に戻ったエルナに休むよう強く言われ、栄養を摂って休んだ後。

良太郎とエルナの部屋にきた信悟は初めに感謝の言葉を口にした。

 ベッドで上体を起こした良太郎は素直にお礼をいわれてこそばゆくなって首を撫でた。

 

「ああ、どうも。エルナさんも襲われてたしね。ああ、俺は龍童良太郎。こっちが」

「エルナ・ドルドエヴァ。よろしく」

「ああ、よろしくな。」

 

 

 挨拶もそこそこに信悟は椅子に座ると、ある物をテーブルの上に置いた。

 

「俺が運んでいたのは、これだ。」

 

 長方形で板状、片面のほとんどがタッチパネルで側面にコネクタを差す穴がいくつかあるそれは

 

「スマートフォンじゃんか」

「すま……何?」

 

 良太郎は少し驚き、エルナは怪訝そうな顔をした。

 エルナが試すすがめつしてスマホを観察する中、信悟が話し始めた。

 

「俺の雇い主は魔術を応用した新しい技術の研究をしていてな、別世界の技術の塊であるスマホやいろんな端末を集めてるんだ。でもそれらはこの世界じゃかなり貴重なもんで、いろんな企業や研究室もほしがってる。おおっぴらに運んでちゃすぐに襲われちまう。だから手ぶらでいろんな物を隠し持てる俺を雇い、俺はこうして船に乗ってるわけだ。さっきの奴ら……外的技術の魔術への侵入を敵視する伝統派が俺を襲ったのもそのためだと思う。」

「なるほど。状況はわかった。でもお前が一貴族に勤めることを教会はなんていってるんだ? 呼び出した異世界人の管理には厳しいと思うけど」

「戦争じゃ戦力にならないし応用も利かないから別に良いって。荷物持ちに金をいっぱい払いたくなかったみたいだし、俺の雇い主が金用意してほしがったらトントン拍子で移籍? が決まったぜ」

 

 良太郎は正直うらやましいと思った。自分は地下牢で「臓物のなる木」だったからだ。

 スマホの計算機を開き、五桁の計算を繰り返していたエルナは良太郎に、

 

「ねえ、この赤と白の奴は動かないの?」

「ああ、圏外だからな。それとその隣の奴と……このあたりは使えないよ」

「そう」

 

 エルナは使えるアプリが少なくて少しがっかりしたようだが、すぐにまた弄り始めた。

 

「えーと……スマホの出所は?」

「教会が異世界人から買い取ってるんだよ。俺も売った。それを教会から横流ししてもらう。教会側も誰かがほしがるのがわかってるから俺らから買い取るらしい。ちなみにこっそり売るのは、新聞社に異世界人を利用して金儲けしていることがバレたくないからだそうだ。」

「ふーん、みんな売るもんなのか」

「充電切れたら意味ないし、それよりすげえ祝福貰ってるからな。どうでも良くなるんだろ……。俺のことは話したぜ、そっちも話せよ」

「えっ、いや、うーん」

 

 良太郎は唸った。自分の境遇は信悟と比べると温度差があるのではないか? しかし信悟は胸を開いて話してくれたし、こちらも話さねば無作法というものか。

 

「エルナさんの事も少し話して良いか? そこを削ると話しづらい」

「良いわよ別に。もう解決したし」

 

 それだけ言ってスマホに視線を戻した。その態度は年頃の女の子にように見える。

 了解も出たので話すことにした。ゴホンと咳払い。

 

「俺は目が覚めたら牢屋にいて……」

 

 良太郎は言葉を選んで話し始めた。

 エルナは、写真をとっては感嘆の声を漏らし、編集しては笑みをこぼしていた。

 

10分後。

 

「お前……。めちゃ過酷な異世界ライフを送ってたんだな……」

「えっ、お前ガチ泣きかよ」

 

 目頭を押さえながら震える声で信悟が言った。天を仰ぎ涙が流れるのをこらえている。まさかの男泣きである。信悟は左手から取り出したハンカチで涙を拭った。

 そこで、スマホをいじっていたエルナが我に返った。

 

「なんで泣いてるのよ?」

「俺らの境遇に同情してくれたっぽい」

「ダチを助けるために逃げ出して、街のためにバケモンと戦って、今日は俺も助けてくれた! あんたら良い奴だなあ!! エルナちゃんもお姉さん思いだしよぉ……」

 

 信悟は拳と手のひらを打ち合わせると、

 

「なあ、あんたら俺と一緒に雇い主のいるグレイシャープ家にこないか? あの人の発明はきっと旅の役に立つよ」

 

 

 

 

用語解説

 

魔獣調教

 魔術を扱える獣、「魔獣」を調教して魔術を使わせる手法。(例:幻術を使うシェイプシフター、小鬼魔術師、ドラゴン等)。動物虐待だの術の効果にばらつきがあるだのと欠点が多く課題をもつ歴史の浅い手法

 

神式模倣

 神の持ち物などの模型から魔術を発動する手法。(例:雷神の帯、軍神の投擲槍など)

似ている度合いによって効果が変わる。模型は五つある国立博物館に厳重に保管されている。

 

神への祈り

 神への祈りで、超常現象を引き起こす手法。術師本人に負担が少ないことから教会的には奇跡が起きているとされるが、魔術的にはあえて無意識で行うことによって身体への負荷を減らしていると解釈されている。考えるのではなく感じて発動している。理論的では無いので効果があまり安定しない。

 

 

依存型の魔道具

 この世界の人間は僅かでも魔力を練り上げることができる。このタイプの魔道具はわずかなその魔力を利用して道具そのものが大気から魔力を生成、発動させることができる。本来ならば大気中のマナから魔力を練り上げるのは術師本人であり、その技量が魔術師の優劣を決める一因となる。なのでこの道具は魔術師そのものを否定するのではないかと学院では否定的な意見が多い。

 




 最後の用語解説は、ただの趣味です。
 最後までお読みいただきありがとうございました。
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