死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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アレグリオ・グレイシャープ博士

1時間後。

 

 草木が無くなり、黒い土や石が多くなった山の中腹。開けた土地の真ん中に二階建ての一軒家があった。石造りの家は貴族の屋敷の割には飾らない見た目だったが、どこか気品を感じさせる。大きさは裏手に広がっているのは畑だろうか。

門は馬車が二台並んで通れそうな大きさで、横に人が通るための普通のサイズのドアがあった。

 3人が馬車から降りると強面の御者はウインクをして飴をもう一つ投げた。

そして馬を繰り、来た道を戻った。

 門を目の前にして、良太郎が言った。

 

 

「なあ、ここってインターホンとかあるのか?」

「ベルを鳴らすんだ、これ」

 

 信悟がボタンに手を伸ばすと、触れる前に門が開いた。行き場を失った信悟の右手はくねくね動いてポケットに突っ込まれた。

 そこには、男と女がたっていた。

 男の方は黒のスーツを纏い、髪を整髪料で分けている。黒縁メガネは知的な雰囲気を持たせ、紳士と呼ぶにふさわしい格好をしている。

 女の方は黒と白のメイド服を着ていた。黒髪ロングを後ろで束ね、前で小さく手を組んで立ってピクリとも動かない。

 

 

「お帰りなさいませ、北見殿。そしてようこそ、お客人方。私はハリー・マグナ。グレイシャープ家の会計士兼護衛魔術師です。こちらがメイドのルカ・メイベル」

「よろしくお願いいたします。」

「どうも。龍童良太郎です。よろしくお願いします。」

 

良太郎はピシッとした2人に負けないように居住まいを正して挨拶を返す。

エルナの自己紹介も終わると、信悟が言った。

 

「ハリーさん、2人が昨日連絡したバイトだよ。博士に会わせたいんだ」

「ああ、博士ならラボにいます。お連れしましょう。こちらです」

 

 

 

 

「グレイシャープ博士の専門は魔術工学です」

 

 

 外見通り屋敷も派手な装飾は無く、質素な物だった。

 ルカに荷物を預けた良太郎とエルナはそのまま研究室に向かうこととなった。

 ハリーが良太郎とエルナ、信悟を先導する。

 

 

「発動する魔術を増幅させる増幅器や、詠唱手順を飛ばして発動できる魔機ではなく、非魔術師でも魔術を行使できる道具、『魔道具』の開発を行っています。博士は本分野の第一人者です。まあ、そもそも研究機関がほとんどありませんが」

 

 

ハリーは廊下の端、小さい書庫のドアを開けた。階段は螺旋状に下へ続いている。地下へ向かう階段を降りながら良太郎が尋ねた。

 

 

「どうしてですか? かなり需要のありそうな分野だと思うんですけど」

「魔術というのは魔術師が大気中の魔素(マナ)を集めて魔力に練り上げるところから始まります。これは才能があって訓練した者しかできません。呪文や詠唱を物に書き込んだところで魔力を流せなければ話にならないので、結局非魔術師は使えません。あなた方にわかりやすく言うと魔術師が電池で、魔機は電池の無いスマートフォンです。」

「じゃあ、電池を作ればいいんじゃないですか? 何かその……魔力を貯められるような」

「昔だれもが考えましたが、上手くいきませんでした。研究の末やっと出来たのは特別な土と葉、一週間煮詰めたワインと豚の肉を混ぜていっぱいに詰めこんだ樽。注ぎ口から火を一瞬吹いて中身は腐りました。それを見てほとんど全ての研究者は『魔術師一人育てる方がマシ』と口をそろえて研究室のバッジを捨てました。だが、アレグリオは捨てなかった。」

 

 ハリーは凹凸の大きな指輪をドアのくぼみにはめ込むと、右に捻った。

 ズズ、と重たい音を立ててゆっくりと扉が開いた。

 

「おお……」

 

 向こうの景色を見て、良太郎は思わず声をこぼした。

 エルナも黙ってこそいたが、目を見開いている。

 

 

 

 広さは、体育館ほどあった。山の中の地下にもかかわらず壁や床はコンクリートで舗装されている。天井から吊されたランタンがLEDよりも明るく煌々と空間を照らしている。一角のガラス張りの長方形のスペースには黒板と机や大量の紙束がある。ビッチリと文字や図面が書き込まれている辺り、あそこが設計室なのだろう。数字や計算式ではなく見たことの無い文字の羅列なのが地球とは違う点と言えるだろう。

 

 

 だが何よりも目を引くのは、中央に並ぶ大量の鉄の塊だ。すべて違ったデザインをしているが、キチンと整頓してある。いくつかは天井からの滑車で吊してあった。その周囲には丸いディテールのゴーレムが水晶の目玉で何か確認しては胸のボードに何か記している。

陳列しているそのどれもが、良太郎にとって見覚えのある物だった。

 

 

「あれ、車じゃないか? あっちのはブルドーザー。羽あるのって飛行機か?」

 

 異様な光景だった。工場に並んでいるような機械が、石の人形によって整備されている。

 

「ここは、」

「そのとーりッ」

 

 

 どこかからか男の声が聞こえたと思いきや、一大の大型二輪車が唸りを上げて飛び出した。運転手は木製のフルフェイスメットを被り、まっしぐらに良太郎達の元に奔ってくる。

「ちょっと……やばいやばいやばい!!」

 

 

 良太郎が悲鳴を上げ、エルナが良太郎を庇い伏せる。信悟は階段の方に逃げた。

 ハリーだけが直立不動で迫り来るバイクの前に立っていた。まるで絶対に安全であることがわかっているかのように。

 

 

 バイクはドリフトしながら止まろうとして失敗、転倒。ハンドルやタイヤを地面に削り取られながら横向きにゴロゴロと転がり、投げ出された運転手はうつ伏せにたたきつけられた。

 死んではいないようで、運転手はブツブツとなにか呟きながらヒビだらけのヘルメットを脱ぎ捨てた。運転手は立派なヒゲを蓄えた厳つい老爺だった。服も顔もボロボロだったが気にもしないでポケットから取り出した手帳に何か書き記している

 

「うーむ、細かい操作を可能にした結果強度が落ちたか。あー……速度じゃ無くて7段階とかの段階製にするか……よし!!」

 

 

 一通り書き終えると、伏せの状態から回復した良太郎とエルナのもとにフラフラとした足取りで近づいていった。

 

「おい、怪我とか無かったか? いや、バイクの破片とかはないと思うが、躱した拍子に足をくじくとか」

「いえ、何も……」

「そうか。ならよかった……」

 

 

そういって老爺はバッタリと倒れた。

 

「あー、脳が揺れたっぽくて動けん。ハリー……頼む……」

「承知しました」

「ええと、もしかしてこの人が」

 

 

 良太郎が尋ねると、ハリーは男を老爺を担ぎながら答えた。

 

「その通り。この人がこの屋敷の主、アレグリオ・グレイシャープ博士です」

 

 

 

客間に連れてこられてしばらく待つと、ワイシャツとチノパンに着替えたアレグリオが入ってきた。

 良太郎とエルナの前にアレグリオが座り、持っていたファイルを隣に置いた。

 

 

「いやすまん。さきほどは見苦しいところを見せたな。ワシがアレグリオ・グレイシャープだ」

「初めまして、龍童良太郎です」

「エルナ・ドルドエヴァです」

「どんな人間かはシンゴからの手紙を読んだ。なかなかタフな連中だそうだな。」

「ええ、まあ。この世界にきて浅いですけど、いろんな事が起きてパニックになりそうです。魔術師とか、タコ……」

「タコ? あのベルムを襲ったアレか?」

 

 タコについて口を滑らせそうになったので、エルナが肘で小突いた。あそこで暴れた『赤い騎士』は警史大量殺人犯と繋がっているとされて、現在指名手配中だ。無関係を装っておくべきだ。冷静にエルナはフォローした

 

 

「ええ、私の姉があそこで暮らしていて。あのとき私たちも街にいたので怖かったなと」

「ああ、確かにアレは古い記録にしか残ってない巨大種の一つだからな。希に見る災害みたいな物だ。」

 

 特に疑われるような事は無かったようだ。

 さっさと本題に入ってしまおうと思い、エルナが仕事の話を切り出した。

 

「私たちの仕事について伺いたいのですが」

「ああ、それだ」

 

 

 思い出したように手を叩いた。ファイルから一枚の紙を取り出すと、テーブルに置いた。

 

 

「期間は10日。業務内容はワシが現在作成しているマシンの試運転。報酬はマシンを一つとそこに記してある金。開発が上手くいかなかったらそこの金額と代わりの旅費。どうだ。」

 

 

 エルナの持つ書面を横から覗くと、桁がいっぱい並んでいるのを目撃した。驚きすぎて逆に声が出なかった。

 この世界に来て数日。良太郎もさすがに相場もわかってくる。だからわかる。この金額は破格だ。地球だったらコレで五年は食っていける。震える声で良太郎は尋ねた。

 

 

「い、良いんですか?」

「もちろん。なんせ……」

 

 

 

 

 

「何度も死ぬことになるからな!」

 

意味:そいつは生命保険だ。

 アレグリオは笑顔でそういった。

 




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