「準備は良いか?」
「着ぶくれすぎて動きにくいです」
アレグリオに話しかけられた良太郎は、ヘルメットのバイザーを上げ、苦しそうに答えた。
良太郎、アレグリオ、信悟の三人は屋敷の裏でマシンの試運転を始めようとしていた。
良太郎は厚手の革の上着とカーゴパンツ、ブーツとグローブに木製のヘルメットを装着していた。
ここまで重装備なのは、良太郎は怪我どころか死んでも蘇るが、再生を繰り返すと再生速度は落ちるのでできるだけ怪我をしないようにという配慮からだ。
難儀してバイクにまたがろうとする良太郎の姿を見て、信悟が言った。彼は今回はデータの採取とバイクが壊れた際の回収班を兼ねている。
「アレを着れば良いじゃんか。船で来てた武者みたいな」
「そういえばお前の手紙に書いてあったな。おいリョータロー、見せてみろ。」
「あー…わかりました」
(騎士のやつ見せなければ大丈夫か)
「装着!」
そう言われ、良太郎は右の刀を抜いた。胸部から光を放ち、瞬く間に全身蒼色の鎧武者の姿になった。カラドエリア武者フォーム。
良太郎はアレグリオが自分を見たとき、一瞬目を見開き動揺した気がした。
怪訝に思ったが、その後はいつも通りに(といっても先ほど会ったばかりだが)戻り、
「そのタイプの兵装は昔学院で見たことがある。体内にしまえるタイプは体から魔力を補給して動くから、使うと死ぬほど疲れるだろう」
「はい、ずっと装備しているとすんごく酔います」
「じゃあ解除しとけ。そこまで上等な奴を着なくてもいい」
良太郎は変身を解き、先ほどの厚着で実験に臨むことになった。
「ではこれから魔導三式二輪車8号の走行テストを行う。シンゴ! 燃料を入れろ」
良太郎の目の前にはオンロード型のバイクが置いてある。信悟は左手から一つの単三電池サイズの固形物を取り出した。
「それは?」
「これがグレイシャープ博士が作った超圧縮魔力剤。水に溶かすと高濃度のマナを含む魔法の聖水となるのだ」
芝居がかった口調で言うと、信悟はエンジンタンクに超圧縮魔力剤を放り込んで距離をとった。
良太郎は深く息を吐いて集中する。良太郎はバイクに乗った経験は無い。信悟曰く、操作は地球の物とは大きく異なるらしい。あっちよりも簡単との事だが果たして。
ギア右のグリップを捻り、エンジンをかける。ドルンという重たいエンジン音では無く、フオンというパソコンのような静かな音がした。このバイクはハンドル操作のみなのだ。
そして速度と前進を司る左のグリップを捻る。発進。
「あ
信悟達は、良太郎が消えたかと思った。
ヒュン、という風を切る音とともにバイクは発進、良太郎は目にもとまらぬスピードで木に激突した。
「龍童!?」
「どうなった?」
もうもうと立ちこめる砂埃の中からフラフラと良太郎が危うい足取りで出てきた。腕は見ていて痛くなるような折れ方をしていて、半分割れ落ちたヘルメットから血の涙を流しているのがわかる。まさしく満身創痍と言った有様だ。信悟の肩を借りて元の位置に戻ったときには傷はほとんど再生した。良太郎は先ほど1ダースに詰めてよこされた
「博士。これからずっとこんな感じ?」
「こんな感じ」
良太郎はがっくりと項垂れた。
それからはひたすらテストを行っていた。
「9号の走行テストを行う」
「なあ、コレ進んでるか?」
「魔術式の記述ミスだな。回収(リコール)!」
「10号の走行テスト」
「変な匂いがするし音もやばいしコレホントにヤバい待って待ってまt
「龍童ォォォォォォ!」
「11号」
「博士えええええええええええ……」
「浮いてる浮いてる!!」
「12号」
「なんか遅くね」
「自転車くらいだな」
それから何台か走行テストを行ったところでその日のテストは終わった。
良太郎がバイクの爆発に巻き込まれている頃。
屋敷のキッチンでは、エルナとルカがひたすらマジックインクを混ぜ合わせていた。
マジックインクとは魔術に必要な魔術式を記す際に用いるインクの事である。
市販もあるのだが、値段が馬鹿にならないので原材料を安く集めてここで作っているのである。
「きっつ……」
ボウルの、粘りのある液体を混ぜ合わせながらエルナはぽつりと漏らした。
作業自体はさして難しくないのだが、作業量も必要なインク量も多いのである。
乳酸が溜まって腕が動かなくなってきたため、エルナはこっそりドーピングを少量摂取したレベルである。
「疲れたら休んでもいいですよ」
表情一つ変えずにルカが言った。
今の愚痴が聞かれてしまったのだろうか。
「あ、いえ。大丈夫です。お気になさらず。ルカさんは」
「問題ありません」
それっきりである。
エルナは愛想笑いを作り、ボウルに意識を集中させた。
作業が始まって1時間。ずっとこんな感じである。
業務に対しての質問と確認を初めに終わらせると、それ以上会話は無い。
手順通りに薬品を混ぜ合わせ、練り、加熱を終えて給仕係のゴーレムにタンクに詰めたインクを渡す。
ルカもエルナも慣れた手つきで混ぜ合わせるので、キッチンはほとんど音が無かった。
(いたたまれない……)
そこで外の広場から爆発音が聞こえてきた。エルナは実験の音かとすぐに目星をつけたが、話題を振るチャンスだと考え直して知らんふりしてルカに話しかけた。
「さっきの爆発は何だったんですかね?」
「魔術式の記載ミスでしょう。加速するための動力を指向性のある爆発魔法にするとたまに暴発します。」
「なるほど。いつもあんな危険な実験を? 博士が行うと怪我で大変な事になりそうですけど、いつもは誰が乗っているんですか?」
「博士です。これまでは確実に安全な結果になる物しか実験が出来ずにいたのですが、龍童様のおかげである程度危険な実験機のテストも行えるようになりました。きっとこの一日だけでも大きく研究が進むと思います」
「それはよかった。」
「研究が進むのはあなたの協力のおかげでもあります。今夜はおそらくグレイシャープ博士が大量に改良機を作成するので、インクが大量に必要になりますから。手際も良いしとても助かってます」
「そう言っていただけると嬉しいです」
褒められたのだろうか。エルナは会話が1番長く続いたことよりも嬉しくてにやついてしまう。
(……なんでこんなに話しかけてるんだろう?)
急に降ってわいた疑問がエルナの心中に広がった。どうせ数日の付き合いなのだし、別に淡々と仕事をこなせばいいのに。
こっそりと横目にルカを見て脳内で首をかしげていると、ルカが口を開いた。
「……昔と比べてかなり雰囲気が変わりましたね、
エルナは心臓が止まるかと思った。
天使の塵。
それは、エルナの昔の工作員時代のコードネームだった。
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