死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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過去と氷とカラス

 

 

 

グレイシャープ家の屋敷のキッチンにて。

 

 ルカとエルナの間には緊張感のある空気が漂っていた。

 それはもちろん、ルカがエルナの過去を知っているからである。

 

 

(どうして知ってる? あのときから5年もたっている。髪も背も伸びたし見た目大分変わったと思うんだけどな……)

「なんで、私の昔の名前を」

「元気そうで安心しました。昔の事を引きずっている様子も無いですし。そろそろ夕飯の支度をしましょう。手伝ってください」

「はい……え!?」

 

 

 緊張感を持っていたのはエルナだけだった。

 ルカはそう言うとバスケットをエルナに渡した。

エルナはこの流れでは私の過去を知っている理由を話したりするのではないのかと考えたが、ルカは言いたいことは言い終わったと言わんばかりにインクの作成作業を終え、さっさと調理器具を棚から取り出し始めた。

 

 

「いや、えっと、その」

「食材を地下の倉庫に取りに行きましょう。そこの籠を持ってきてください」

「はあ」

 

 

ルカはぐいぐいと話を進め、気づけばエルナは倉庫で背負った籠にジャガイモとにんじんを詰め込む作業に移っていた。

だんだん過去の話を切り出そうとする自分が間違っているのでは無いかと心がくじけそうになってきたエルナだったが、皮むきをする段階で尋ねた。大分タイミングを逃したようである。

 

「あの!」

「ピンクのピーラーは私の物です。あなたはそちらの黒いのを使ってください」

「そうじゃなくて! どうして私の昔の名前を知っているんですか? 私は組織を辞めて以来誰にも言ってないのに」

「あなたのインクの混ぜ方です。初めてにしては手際が良いし、なにより音を立てないようにする混ぜ方をあなたに教えたのは私です」

「…………あ、もしかして小さいときの指導先輩?」

「あなたに教えていたときの私にコードネームは無かったので、ただの『14番』でしたが」

 

 

 エルナはハッキリと思い出した。6歳の頃、組織に買われて技術者32番として教育を受けたときの指導先輩だ。

 

『英才教育』というプロジェクトがあった。幼い子供達に毒物や違法魔術をたたき込み、純粋テロリストを作ろうというプロジェクトである。その初期メンバーにルカ、二期生にエルナがいたのだ。

 

 

 才能があったエルナはすぐにルカを追い抜いて大人の研究者達と同じラボに入ったが、ソレまでの僅かな期間はルカの指導を受けていたのだ。当時年の近い関わりある人間はごく僅かしかいなかったので思い出すことが出来た。

 

 

「私はあの特一級冒険者の手によって組織を壊滅させられた後、ハリーさんに拾って貰い、この屋敷に連れてこられました。そして私は今メイドとして忙しくも幸せな日々を送っています。他の同い年の子達は保護された子の他は組織に依存したり心神喪失したり、碌な目に遭っていませんでした。でもあなたは今、心も体も不健康には見えません」

「姉と2年近く一緒に過ごして、どうにか一般常識を学ぶことが出来て……」

 

 

 ルカは皮むきを終えると、野菜をざく切りにしていく。エルナも手が止まっていたことに気づいて皮むきに戻った。

 

 

「それはよかったです。では、そのことを龍童くんには伝えましたか?」

 

 

 エルナの手が再び止まった。

 

 

「いえ、昔は薬剤師の元で修行をしたことがあるとだけ……」

「そうですか。それがあなたの選んだ事なら私は何も言わないしこっそり曝露もしません。ただ、私たちは業の深い過去を背負っている。背負わされた。将来いつその過去からの刃が振り下ろされるかわかりません。そのときどう切り抜けるかはあなた次第です。」

 

 

 テロリストどもの研究員として毒薬を作ったこと。爆薬を作ったこと。実際にエルナはそれらを使ってはいない。だが、それらが何をするかは知っている。そして、作るように命じた奴らが何に使うかも、気づいていた。

 

 

 エルナの罪は、どのくらいの大きさなのだろう。

 

 

 

夕食の時間にて。

 

 

 大きな食堂で、良太郎、エルナ、アレグリオ、信悟、ルカの5名が長方形のテーブルを囲んでいた。

 昼間の疲労や育ち盛りから野郎どもはガツガツ飯を頬張っている。

 夕飯のメニューは白いカレーっぽい物、色とりどりのサラダになんか辛い胡椒風味のケチャップらしき調味料、鳥の手羽先みたいな肉を甘辛く焼いた物だった。各が食べる中、元気の無いエルナに良太郎が声をかけた。

 

「エルナさん、どうかした?」

「! い、いや別に。そうだ、マグナさんがいないみたいだけど、どうしたのかな、タハハ」

 

 昼間のことを考えていたエルナは悟られないように話題を振ると、アレグリオが「それはだな」と切り出した。

 

 

「船で伝統派の連中に襲われたと言っとったろう。それの調査にな。どこで情報を掴んだのかとか、どの程度の人間が動いているのかとかな」

「ははあ、それで……。てか、他に人はいないんですか?」

 

 

 

 今この食卓に集まっているのは五人だけだ。貴族の屋敷にしては少々……というかかなり少ない。

 

 

「ここは数ある荘園の一つだからな。本宅ならもっと使用人がいる。ここにルカとハリーしかいないのは情報漏洩を危惧した結果だ」

「そんなに情報って漏れるものですか」

「ガンガン流出する。盗むためにメイドだの警備だのに化けて潜入する奴もいる。使い魔を使役して盗聴する奴もな。ワシがここに来て初めに手をつけたのは、結界の構築だ。おかげでここの敷地には蟻一匹入ってこれん」

「じゃあ、メイベルさんもマグナさんもスンゴイ信頼してるんですね」

 

 

 良太郎が言うと、アレグリオは自分が褒められたかのように嬉しそうな顔をして笑った。

 

「グハハハ!! まあ超すごいワシが選んだ奴らだからな。半端な奴じゃここで働けんよ」

 

 

 夜。

 グレイシャープ家最寄りの船着き場から二駅離れた宿場町にて。

 ハリーは、船を降りるとすぐに出口の脇によって鞄を足下に置いてメガネをかけた。緑色の模様が入った変わったメガネである。そのレンズを通して緑がかった周囲を確認。

 

「いた」

 

 

 ハリーは短く呟いた。三階建ての宿屋、その屋根の上に1羽のカラスが停まっている。一見何処にでもいるカラスだが、動きが随分とぎこちない。首を振って歩いてはいるが、羽をピクリとも動かさない。そして視線は船着き場の出口から離れていない。極めつけに魔力の流れが少しだけ見える。

 魔術師に使役されている証拠だ。

 

 

 ハリーは人混みに紛れながら宿屋へ行き、三階のスイートを借りると旅慣れた様子で部屋に向かった。メガネは着けたまま、カラスの魔力経路が繋がった部屋を確認。

 三階のもう一つのスイートルームだ。

 隣の部屋に入ると鞄を静かに置き、そのまま耳を押し当てて中の様子をうかがった。

 

『なあ、俺たちっていつまでここにいれば良いんだっけ』

『対象の人間がここを通るまで。そしたらカラスを持ち主のとこに返して、さっさとトンズラするんだよ』

『そうか。ここ飯は美味いし居心地良いし、ずっと来なくても良いのにな』

 

 

 どうやらハリーの探していた人間のようだ。

 ハリーは目標の部屋のドアの前に立つと、手袋を嵌めた。手のひらと甲にいくつかの魔術式と、手首の裏に一つのフレーズが記されている。

 

 

『吹雪の中で、彼の心は優しく灯る』

 

 

 ハリー・マグナは氷の魔術師である。

 ハリーは手のひらをドアに押しつけると、呪文を詠唱した。

 

「『私の手のひらの中で誰もが凍る』」

 

 ヒュンと、ドアに一瞬で霜が降りた。

 

 鍵穴に触れ、そっと手を離すと氷で形成された鍵の取っ手が生えている。

 カチリと回すと施錠が外れ、壁も天井も花瓶の花でさえ凍り付いた部屋にハリーは入っていった。

 時間が止まったような部屋の中で、ピクリとも動かない男が3人いた。テーブルで適当にボードゲームをしていた2人と、ベッドで仰向けになっている男が一人。

 霜が降りて曇った窓の外からコンコンと音がして見てみると、カラスが窓枠でぴょんぴょん跳びはねていた。凍らせたのは部屋の中だけなので、カラスに憑依していたベッドの男の意識だけが助かったのだろう。

 

 バキバキと氷を割りながら窓を開けると、ハリーと目が合ったカラスが下手な羽ばたきで逃げようとしたので、ハリーは素早く首根っこを掴んだ。

 

 

「いいですか。これからあなたにいくつか質問をします。答えてくれれば解放します。嘘を吐いたりだんまりを決め込むなら、友人方とあなたの体はかき氷の様に粉砕され、あなたは一生をその姿で過ごすことになります。いいですか? それでは質問を始めます」

 

 

カラスはヘッドバンドよろしくぶんぶんと首を縦に振った。

 

 

 

 




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