死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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氷の時代

 

 

 戦闘が始まると同時に、スポットライトがハリーを照らし出した。

 古い劇場によくある光を拡散させる石、熱光石で出来たライトである。蝋燭の火のような小さい明かりでもレンズを通すと対象を明るく照らすが、熱量が高く長時間使い続けると発火の恐れもある不良品である。

 ハリーは唐突な高温を喰らいつつも怯まずに光の出所を確認した。特製のメガネによって眼球が焼ける心配は無い。

 

(なるほど、魔術の炎でライトの熱を高めているのか。私の氷を封じる策か)

 

 同時にネスの後ろのドアから十数人の魔術師が駆け、扇状にハリーを囲むように包囲陣をしいた。さらに魔術師達の杖や指輪から炎が発射。大量の炎がハリーを覆い尽くす。

 逃げ場のない炎の牢獄。普通の人間が喰らったら一瞬で炭化するだろう。

 

(だが奴は常人では無い。これだってただの牽制だ。少しでも魔力や体力を削るための)

 

ネスはしばらく静観していた。全て作戦通りだったからだ。だが、彼の姿が炎で見えなくなると部下達に怒鳴った。

 

 

「おい、炎出し過ぎだ! 奴の姿が確認出来なくなったら……」

「どう反撃してくるかわからなくなるな」

 

 

 背後で声がして、ネスは確認する前に裏拳を繰り出した。

 いつの間にか回り込んでいたハリーは上体を反らして裏拳を回避。隙の出来たネスの土手っ腹に思い切りナイフを突き込んだ。

 

「フン!」

「ぐッ……」

 

 ネスは魔力防壁でギリギリ直撃を躱しつつ距離を取り、陣形を敷いていた魔術師を一瞥した。包囲していたメンバーの内、一人が血を流して座席に倒れているのが確認出来た。

 

 そしてハリーの手には赤い氷の付着したナイフが一振り。

 大方ナイフの投擲で一人を殺し、炎の薄くなった所を駆け抜けたと言ったところか。

 

 後ろでの戦闘に気がついて部下達はネスの方を見た。

 

「ボス! 奴は何処ですか!?」

「ここだ!」

 

 

 

 。喰らったパンチは確かに生身の人間のものだった。なのに、確実に存在しているはずのハリーはだんだんと姿が朧気になっている。

 

(周囲の空気に水気を含ませて光をゆがめているな。この高温の中で水を操る腕も見事だが、周囲の炎の光の反射も含めてここまで見えなくなるとは!)

 

 だがいつまでも怯んでいられない。ネスは素早くハリーの消えゆく腕を掴むと、舞台の方に投げた。ハリーは両手から冷気を噴射して体勢を立て直すと、魔術師の一人の近くに着地した。

 

「貴様!」

 

 杖を向けられる前に顎を蹴り上げて戦闘不能にすると、腰からもう一本ナイフを抜いて投擲。刃の重みで回転するナイフはさらに近くの魔術師の頭蓋をかち割った。

 

 部下達が半狂乱になって炎を生み出し続けるのを、ネスは一喝して止めさせた。

 

『傾注せよ! 炎の牢獄は停止! 魔力の鎖で奴を拘束しろ!』

 

 魔力を込めた命令は、強制力こそ無いが正気に戻すには十分である。従う意思は既に彼らの中にある。

 

 残った10名弱の魔術師は一斉に鎖を生成。発射された鎖はハリーの手足めがけて殺到した。オレンジに光るエネルギーの鎖は初めの数本はハリーのナイフによって打ち落とされたが、やがて1本目が左腕に巻き付いた。その一本を破壊しようとする前にさらに追撃。いくつもの鎖がハリーの体に巻き付いて動きを拘束した。

 鎖で封じられたハリーを見て、ネスは

 

「捕まえたぞ吹雪の魔術師。」

「仕方が無い。本気を出そう」

 

 

 ハリーが右手を強く握りしめると、革手袋に刻まれた魔術紋が強く光り出した。

 

 

『大いなる竜は冬の魔女に魅入られた』

 

 

ハリーを中心にマイナス何十度もの猛吹雪が吹き荒れた。急な冷却によって劇場の壁や柱がバシバシと悲鳴を上げる。吹雪の帳は一瞬で劇場内を覆い尽くした。魔術師達の多くは防御魔法も破られ、炎の魔術を唱えることすら出来ずに氷の彫像に姿を変えた。

 

 

 頃合いを見計らってハリーは吹雪を止めた。

 腕には魔力鎖が巻き付いていたが、術師が絶命したことによって脱げ殻のように強度を失っていた。鎖は少し力を入れただけでパキパキと硬質な音を立てて割れた。

 

 

「しまった、全員死んでしまったら証人がいなくなってしまう」

 

 

 首謀者であるネスの生存を確認しようと近づくと、

 

 目の前にいた巨漢ネスの氷の彫像の胸元がボウ、と炎を吹き出し始めた。魔術が発動しているのだ。

 馬鹿な。意識など凍り付いたはずなのに。

 

「今のが君の本気の一部なのだろ? 魔術名は『冬の女王の息吹』使うとあまりの寒さに術師の君でさえ動きが鈍くなる……」

 

 氷の封印を解きながら、炎を纏い始めた巨人はハリーの襟を掴んで放さない。

 ネスは待っていたのだ。ハリーが本気を出し、隙を見せるのを。

 他の魔術師も火を灯し始め、次々と氷の封印が融かれてゆく。

 ハリーはネスの腕から逃れようともがくが、

 

「無駄だ。」

 

 顔面に拳をたたき込まれ、ハリーは動かなくなった。

 ダラリと四肢を投げ出したハリーの体を無事だった二人の魔術師が両側から支え、ネスの前に膝立ちで頭を差し出す姿勢になった。

 そこでネスはあることに気づく。

 

「おい、14人の同胞がこの劇場にいたはずだ。今ここにお前達二人しかいないのは?」

 

 ネスの問に、長髪の魔術師は気まずそうに答えた。

 

「ハリー・マグナの広範囲氷結魔法で12名は凍結。そのまま砕け散りました。」

「……そうか」

 

 この場に集めた術士は全員防御魔法と炎を付与していたはずだ。万全の手練れの魔術師をまとめて相手取る力量に、仲間を失った悲しみとは別にネスは敵ながら拍手したい気持ちになった。

 

「さすがは元西部戦線防衛戦隊、『根源の魔術師(マジシャンオブカオス)』の一人と言ったところか……。だが、今回求めているのはその力ではない。ジェム!」

 

 

 呼ばれて劇場の扉からひょこひょこ現れたのは、ボサボサ頭の魔術師だ。船にて信悟とエルナに術をかけようとした男である。

 

「やれ」

「はい!」

 

 ネスの指示を受け、ジェムは魔術紋で真っ黒の右手を出した。その手でハリーの頭に触れると、右手が青く輝きだした。

 

 

「『汝の心は開かれる。無限に広がる記憶の海で、私はあなたの御霊を掴む。私に従い給え』」

 

 

 ジェムの得意とする分野は、精神系魔術である。今ジェムはハリーの精神にハッキングを行っていると言える。ジェムの指から伸びる糸はハリーの精神に絡みつき、汚染し、そしてハリーは虚ろな目の中に蒼色の光を灯して目を覚ました。

 

 ネスは自身の意識を無くしたハリーを見て、

 

「これで鍵を手に入れた。仲間を集めろ」

 

 

 

 

 

「ヒューッ、気持ちいーなあ相棒!」

「もっと飛ばせ龍童! コイツならもっとイケるだろ!」

 

 

 今日も実験と買い出しを兼ねてバイクを走らせる馬鹿どもは、クソやかましく騒ぎながらいつもの麓に降りた。

 

 

 いつものように良太郎が買い物と手紙の受け取りを済ませる間に、信悟が点検を行う。

 

(屋敷を出るときには気がつかんかったけど、今日結構寒いな。今の時期って地球の春と同じ暗いって聞いてたのに)

 

 鼻水をズバズバ言わせながらチェックシートの項目を埋めていく。

 

「あ、魔力スンゴイ減ってるな。今度は燃費がネックか」

 

 

 超圧縮魔力剤を追加しようと傍らの作業箱に手を伸ばしたところで、信悟は自分の手に雪が当たったことに気がついた。

 




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