死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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モツを求める少女

りゅうどう、と名札をつけた男児は、珍しい昼食が弁当の日にもかかわらず教室の隅で本を読んでいた。

 着ている服は、デザインや素材は良さそうだが、袖や裾はクタクタに伸びている。

 ぺら、と捲られた本は水でも吸ったのか、波打っていた。

 だが、特に少年は気にしていなかった。自分だけ弁当がないのが、誰とも話していないのが恥ずかしくて、本を読んでいるふりをしているだけなのだから。彼はその本の内容を一ミリも覚えていなかった。

 周囲の同級生は、弁当を食べながら遠巻きからコソコソと良太郎を噂している。父親が借金をこさえていなくなったときからこの調子だ。

 仕方ない。と良太郎は思っていた。自分はそれまで他人のことをなんとも思っていなかったから。自分がないがしろにされるのも道理だな、と考えていた。

 そろそろかな。クラスのナンバー2のグループから一人、目の小さい少年が良太郎に向かって歩いてきた。手にはペットボトルがあり、泥が詰まっていた。先日相談した器の小さい担任はおおらかな心を持って許すようお達しだ。いっぺん水でも被れば良い。

いじめっ子がニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべながら近づいてきて、

「弁当がないなら、これでも食わせてやるよ。」

泥の入ったペットボトルの蓋を開けて、

「だったらお前が食いやがれ」

 第三者の手によってペットボトルはいじめっ子の口の中に突っ込まれた。

 いじめっ子は口いっぱいに広がる泥の味に狂喜乱舞、うめきながら床をのたうちまわる。

 「まずは自分が食わなきゃな。人に食えないものを食わすもんじゃないぜ」

 普段と全く違う展開に言葉を失っていると、この事態を引き起こした主犯、はがねという名札をつけた坊主頭が今の事態を全く気にしていない様子で言った。

「なあ、おまえがこないだテストで学年一位とったやつ?」

「そ、そうだけど」

「じゃさ、俺らに勉強教えてくんね? 弁当分けるから! こないだの通知表でやばい数字出しちゃってさー! 1をとるのは順位だけで良いよなあ!」

教室の入り口では、ツインテールの女子が申し訳なそうに良太郎たちを見ている。

「まあ、良いけど……」

泥から助けてもらったしなあ。

その日から良太郎は刃金映司と旅掛美里に勉強を教えることになり。

良太郎は親友が二人できた。

 

 

 

 新見咲耶と話をした日の夜。良太郎は眠ることができなかった。

 祝福を受けた二人は、重要な戦力として戦場へ運ばれると咲耶は言っていた。

 怪我はしていないだろうか。二人は、何事もなく過ごせているだろうか。

 自分はどうすればここから出られるだろうか。

 見張りは今もすぐそこにいるので、下手なまねはできない。

 何度も同じことを考えては霧散していく。

 

 「どうすればいいんだ」

 

 ぽつりとそんなことをつぶやく。

 そのとき、見張りの体が動いた。

 (やばい、聞かれたか?!)

 

良太郎は懸念したが、どうやら違うらしい。見張りの体はそのまま倒れ込んだ。死んではいないようだ。

そして、一人の男が現れた。見覚えのある顔だ。

「金城!」

「さっきはどうも。仕返しに来たぜ。」

 

金城は手のひらから生み出した火球で鍵を破壊すると、良太郎の首根っこをつかんで外に出した。ジタバタと暴れるも、抵抗むなしくなすがままに引きずられていく。

(別に筋肉質には見えないのに、なんでこいつは俺を片手で引っ張れんだ?!)

 

「離せよ! おい、どこに連れてくんだ!」

「この大聖堂の裏には、墓と、ちょっとした広場があってな。そこでおまえがどのくらい破壊しても再生するか実験する。」

「ふざけんな! そんなの先生が許すわけが……」

「そりゃババアには言ってないに決まってんだろ」

 

 金城は下卑た笑みを浮かべた。

 

 「自分の限界を知るってのも悪くないぜ、聖人様?」

 (限界になったら死ぬじゃないか!)

 良太郎は心の中で突っ込んだ。

 

いくら不死身と言っても、実際に死んでから生き返った経験や記憶があるわけじゃない。咲耶から「あなたは不死身なので、死んでも生き返りますよ」と言われただけだ。それに、この祝福があるとわかるのは、怪我をしたり、死亡したあとなのだ。つまり、

(俺はこいつの実験とやらで再生できる保証がない。死んだらそれまでだ!)

 

 この状況を打開できる方法を探っても、何も思いつかない。金城の謎の筋力と、爆発する火球。死なないだけの良太郎は、金城を打ち倒すことができないのだ。

 (やばい、殺される……)

 

 

 そのときだった。

 地下牢から一階の廊下に出たとき、突如飛来した鉄球が金城の頭を横からぶん殴った。

 

「は?」

 

 金城はそのまま昏倒し、ピクリとも動かなくなった。

 ゴロゴロ、と落下した黒い鉄球は少し転がった。

 良太郎が鉄球が飛んできた方向を見ると、ボウガンを構えた若い女性がいた。

 肩まで伸びた金髪を後ろで括り、黒いシャツに黒いジャケット、黒のパンツにサイハイブーツと、全身を黒で統一されている。

腰のベルトには長方体の薄い箱を二つと、鉄球を三つ備えてあった。

「し、死んだ?」

「威力は押さえたし、悪くて打撲でしょ。それよりも」

 

 

 金城の近くに転がった鉄球を拾うと、少女は金城を地下牢に引っ張り始めた。

 

「手伝って。大聖堂で人が倒れてたら、見回りに見つかっちゃう」

「お、おう」

 

 少女と良太郎は、地下牢に金城を運ぶと、牢屋の中に縄で縛って置いてきた。鍵もかけたかったが、どうせ吹き飛ばされるので関係なかった。

 隠蔽を終えると、少女は言った。

「あなた、なんで地下牢から引っ張り出されていたの? 数ヶ月も前に罪人は新設された監獄に集められたはずだから、この大聖堂の地下牢も封鎖されたはずだけど」

「逃げないように、だって。最近召喚された俺の祝福が目当てなんだそうだ。」

 

 最近召喚された、というワードを聞いたとき、少女の眉根がピクリと動いた。

 

「召喚された? じゃああなたがリュードーリョータロー? 聖人の?」

「聖人かは知らないけど、俺は龍童良太郎だよ」

 

 良太郎が肯定した瞬間、少女は良太郎に詰め寄った。

 

「じゃあ! どんな人間にも適応する〈聖人の肉〉はちゃんとあるのね!?」

「聖人の肉って俺の心臓とかのこと? それなら十何個か摘出したってきいたけど」

 

 少女は驚きからか瞠目した。そして目をつむり、少しの間無言の時が流れた。

 

 「私は、すでに摘出されたあなたの臓器を聖堂から盗みに来たの。どこに保管してあるかわかる?」

「いや……俺が意識を取り戻したのはさっきだ。場所も教えてもらってない」

「そう……ありがとう。この廊下の端のドアの見張りは眠らせておいたから、逃げるならそこから逃げて。音をできるだけ立てたくないから、手枷は逃げてから自分で壊してね。」

 

指さしてそれだけ言うと、少女は立ち去ろうとして

「待って!」

 

良太郎は腕をつかんで引き留めた。

 

 

「俺も、アンタについて行っていいか?」

「なんで?」

「うまく逃げ切れたとしても、俺にはこの世界の知識も生き抜く力もない。いや、不死身だから死にはしないか……。でも、碌に生きていけないと思う。俺はこの世界に一緒に召喚された幼なじみを探したいんだ。そのためにこの聖堂の、俺の先生の研究室からあるものを手に入れなきゃなんない。

 俺は無力だ。多分見張りも倒せない。だからアンタの力を貸してほしい。礼として、この聖堂で俺の臓器が見つからなかったら俺から直接取り出したってかまわない。頼む!」

 

 良太郎は頭を下げた。きっとこれは千載一遇のチャンスだ。ここでモノにできなければ、この異世界で近いうちに挫折する。

 少女は少し目を右上に向けて考え、そして

「足引っ張んないでよ」

 

 それだけ言って走り出した。

 良太郎はパッと顔を上げると、慌てて後をついて行った。

 

「アンタの先生の研究室ってどこ?」

「三階の東側一番奥!」

 

少女の案内によって二人は聖堂の中を進んでいく。

 廊下を渡り、階段を上り、二人は目的地に向かっていった。

 

 聖堂内を進んでいきながら、良太郎はあることに気づいた。

「こういうところの見張りってあんまりいないものなのか? ガラガラじゃない?」

「人を雇う金がないのよ」

「ここって国教レベルの宗教の本山じゃないの?」

「ここは支部みたいなものよ。金がないのはこの聖堂を改修するのに司教のデブどもが予算を使い切ったから。その分結界とかは強化されてるけど、人の目は少なくなったわ。聖人の肉を貴族に切り売りするのもそのせいね」

 

 良太郎はげんなりした顔で少女の話を聞いた。

 まあ、地球にも宗教改革みたいな似たような話はあるし、金が絡むと宗教が腐るのはどこの世界でも同じと言うことか。

 

 「ここか」

 二人は、三階の東側一番奥、目的地である新見咲耶の研究室に到着した。

 「開けるよ」

 良太郎は咲耶から受け取った鍵を差し込み、ひねった。

 ドアの向こう、咲耶の研究室は大量に物が置いてあった。

 だが置き方に規則性があるので、散らかっているわけではないらしい。単純に物が多いのだ。

奥の二メートルの天井いっぱいの本棚に所々隙間を作りながら本がしまわれており、木製のテーブルには大小様々な大きさの木箱がいくつも置いてある。釘で蓋をしているあたり、勝手に開けるのはよろしくなさそうだ。

一番多いのは紙だ。今の紙のようにツルツルしておらず、何かガサガサしている。

 

 

 「もしかしてこれ全部か? どれかを持って行けば良いのか?」

 「あれは?」

 少女が指さした先には、身長175センチの良太郎よりも少し高い、真っ黒な箱が置いてあった。

 すべての面が黒く染まっていて、どこかほかの保管物とは一線を画すことが見て取れた。

 良太郎が触れてみると、思いのほかつるつるした感触が返ってくる。

 

「鍵穴なんて見当たらないけど」

「魔術による鍵は回すんじゃなくてかざすんだよ」

「なるほど。○uicaみたい」

「?」

 

 良太郎が咲耶から受け取った鍵を試しにかざすと箱の色が抜け、ガラス張りの箱の中身が露わになった。どうやら魔術で細工されたショーケースだったらしい。

 そしてその中身は、

 

「鎧、か?」

 

一着の鎧が飾られていた。世界史の教科書で見たような全身を鉄板で覆うようなものではない。鎧布の上から、関節の動きを妨げない範囲で装甲が取り付けられている。

 良太郎はそっとショーケースをなでた。

 

「それがあなたの捜し物?」

 

クロスボウを適当にテーブルに置いた少女が、手当たり次第に手頃なサイズの箱を背嚢に放り込みながら言った。

 

「わからない。けど、なんか惹かれるんだよな……」

 

 良太郎は鎧の入った箱をベタベタ触りながら検める。

 

「あっ!」

 

 嬌声が聞こえて良太郎が振り返ると、奥まで言って物色していた少女がうれしそうに瓶を1つ抱えてきた。

 

 「これ! 私が探していたやつ! 奥の金属の箱の中に入ってた!」

「……俺の肝臓?」

「そう!」

 

 自分のモツをまじまじ眺めて持ち上げてしまうという、中々ない経験をしてトロフィーを集めてしまった良太郎の心境や如何に。

 「やっと見つけた。これで姉様も助かる……」

「……お姉さんが病気なのか」

「青カビ病っていう病気でね。人の体内で繁殖する上に魔術で治らないんだ。器官が死んでいくのを実感しながら死神が来るのを待つしかない。でも、これがあれば!」

 

良太郎は手に持った瓶が急に重たくなった気がした。俺が脱走することで助からない人もいるのか。

 

 

「じゃあ、ここでその希望をぶっ壊してやるよ」

 

 

その思考は、肝臓の入った瓶が両手ごと爆発することでかき消えた。

火球が瓶に命中し、先ほどのように爆発。瓶も、手枷も、持っていた両腕も肘から先が吹き飛んだ。鎧の近くにあった書類が、焼けながら燃えていく。

「グアアアアアアアアアアア!」

「キャアアアアアア!」

 両手から止めどなく血があふれ、良太郎は地面をのたうちまわる。

 爆発にあおられた少女も、肌を火傷し転がった。

 瓶の中の肝臓は半壊し、残った肉も焦げている。

 

 研究室の外から火球を飛ばした金城は、よほどスッキリしたのかゲラゲラ笑っていた。

 

「ハハッ、炙りレバーじゃねえか!」

「リョータロー!」

 

少女は、自分の怪我もかまわず良太郎の元に駆け寄った。

良太郎はすでに両肘の再生を半分終えていた。

その異常な再生力に少女は驚愕した。

「すごい、本当に聖人なんだ」

「やつの狙いは、俺だ。君は早く逃げろ」

「その女も逃がす訳ねえだろ、馬鹿か。」

 

金城が指鉄砲を向ける。だが、

 

「オオオオオッ!」

 

 雄叫びを上げ、良太郎は金城にタックルした。

 ただの力任せの体当たり。押し倒すことはできなかったが、必死に金城にしがみつく。

 

「良いから行けッ、早く!」

「てめえ、離しやがれ!」

 

 

 がむしゃらに肘を良太郎の背中にたたき込む。良太郎の予想通りだった。どうやら金城の火球は、近いと自分への被害が怖くて打てないらしい。ミシミシと骨がきしむ音がするが、良太郎には関係なかった。あの女の子が逃げる、その時間が稼げれば。

 少女は逡巡したが、決断するとクロスボウを持って研究室の外に走って行った。

 

「てめえは、黙って、家畜みてえにバラされてれば良いんだ!」

 「ガアアアアア!」

 

 金城はこめかみに血管を浮き上がらせると、良太郎の服を掴んで廊下に投げた。

 「クソッタレ……。アアアアア! 本当に腹立つなぁ!」

 金城は頭をガシガシ掻くと、出て行った。

 資料がくすぶる研究室。ショーケースの中は、空っぽになっていた。

 

 

 

 そして、廊下では。

 

 「ごめん、リョータロー。捕まっちゃった……」

 「駄目だったか……」

 

兵士に取り押さえられ、身動きがとれなくなった少女がいた。

 クロスボウも背嚢も取り上げられ、丸腰になった少女は両腕を広げる形で二人の兵士に拘束されている。

 さらに、金城に踏みつけられ、良太郎も身動きがとれなくなった。

「クソが。手間ばっか増やしやがって。殺す理由も増えちまったなあ、おい」

「あの女の子は俺が脅して強引に連れてきたんだ。見逃してやってくれないか」

「この聖堂に入っている時点で死刑だよ、マヌケ。」

 

 良太郎の懇願は金城に届かなかった。クソ、どうすれば良いんだ。

 歯を食いしばって策を練る良太郎をみて気が変わったのか、金城は口角をつり上げた。

 

 「龍童、カワイソウなお前にチャンスをやるよ。あの女か、お前か。どっちかを助けてやる。どっちが助かるかは選ばせてやる。」

 「あの女の子を助けてくれ。」

 

 即答だった。一秒も経たずに良太郎は選択する。

 その回答は読めていたらしく、金城は下卑た笑みを浮かべた。

 

「おー、かっこいいねえ。じゃあ、あの女を殺すか」

「な……?!」

 

 少女を取り押さえていた兵士は縄で少女を縛ると、素早く距離をとった。

 火球に備えているのだ。

「約束が違うぞ!」

「誰がテメエなんぞと約束を守るんだ、バーーーーーーカ!!!」

 

 良太郎は金城に蹴り飛ばされ、廊下の石の壁にたたきつけられた。肺の空気が強引に吐き出され、大きくむせてしまう。

金城が人差し指を少女に向ける。

金城の人差し指から生まれた火の玉は体積を増やし、大きくなり、肥大化し、そして

 

 「テメエのせいで女が消し炭になるぜ、死ぬほど後悔しやがれ!」

 「リョータロー!」

「やめろおおおおお!」

 

火球が発射される。回転しながら火の玉は真っ直ぐ少女の元に近づいていく。

良太郎は、間に合わないとわかっていても駆け出さずにはいられなかった。

良太郎はやけに火の玉がゆっくり動いているように感じられた。

否、自分が速くなっているのだ。全身を包み込むような不思議な感覚。

間に合え。間に合え。間に合え! 血流が加速し、自分さえも追い越すように駆ける。

 

そして、

 

火球は爆発した。

爆熱と爆風が聖堂の廊下内を奔り、三階が熱気に包まれる。

窓ガラスがすべて吹き飛び、近くの森の小動物は驚いて一斉に逃げ出した。

 

 

少女は、目を瞑っていた。あの爆発する火球を食らえば、ひとたまりもないことはわかっていたから。

 だから、爆音がしたにも関わらず、自分が五体満足である理由がわからなかった。

 そっと目を開けると、

 

 「間に合った」

 

 鎧騎士が、少女の眼前に立ってこちらを見ていた。




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