「おろ?」
良太郎が目を覚ますと、見たことのない植物の生える森の中にいた。
「でっか……」
良太郎の近くには、幹が直径十メートルはありそうな巨木が生えていた。ギネス記録は11メートル近くあるので、この植物は地球基準ではかなりの大木であることがわかる。少し首を動せばトコトコ歩くキノコが見え、ウツボカヅラに似た植物が素早く動いてキノコを捕食すると中年男性のようにゲップした。悪夢だろうか。
先日とは違い、良太郎には記憶がはっきりと残っていた。
自分が異世界に来たこと。不死身になったこと。謎の鎧の力を手に入れたこと。エルナという少女に会ったこと。そして、この世界のどこかにいる幼なじみを見つけると決意したこと。
(信じられないなんて言ってられない。ここはもう日本じゃ無いんだ)
何か良い香りがして見てみると、近くでエルナが鍋の中身をかき混ぜていた。地面に直置きしているにも関わらず湯気を上げている。魔術というやつだろうか。鍋の下からのぞく文字や模様の円もそれらしい。
「起きた?」
お粥を金属の皿によそう。
「さっきまで心臓が止まって瞳孔が開いていたけど、その様子なら無事ね。さすが聖人様」
「ここは?」
「ウィラト大聖堂から少し出たとこのウィラトの森。追っ手は心配しなくて良いよ、この森は遭難しやすくて、入念な準備ができてないと熟練の猟師も入ってこないから」
お粥を金属の皿に乗せると、
「一人で食べられる?」
「そうだなぁ」
ここは龍童良太郎にとって決断の時であった。
「いや、大丈夫だよ」とでも返せばそのまま一人で食べることになるが、「無理だ」といえば食べさせてくれる可能性がある。昨日は聖堂内が薄暗かったこともあってよくわからなかったがエルナはかなりの美人だ。こんな美しい女性にあーんしてもらえるチャンスはそうそう無いのでは?
「すこし腕が痛むから、食べさせてくれない?」
「そういえばあなたすぐ治るんだったわね。はい」
器ごと渡されてしまった。黙って皿を受け取る。良太郎の旅は始まったばかりだ。
めそめそしながらお粥を一口かっ込んでいると、不意にエルナが口を開いた。
「リョータローはこれからどうするの?」
「そりゃ、すぐにでも映司達を探しに」
「森がどのあたりに位置していて、あなたの幼なじみが何処にいて、自分の資産がどの程度かわかって言ってる?」
「え」
言われてみれば確かにそうだ。一週間寝っぱなしで、着ていた服も全て取り上げられていて、てか、この世界のことなどなにも……。
とりあえず自分の持っている物を確認してみた。
麻のシャツとズボン。謎のよくわからない鎧。以上。
知識、無し。
どこに出しても恥ずかしくないほどの素寒貧である。
「どうしよう」
あまりの積み具合に顔が引きつってしまう良太郎を見て、エルナはため息をついた。
「そんなあなたに提案があるわ」
「お聞かせ願いたい」
「肝臓を一つ譲ってくれない? 報酬は貴方の幼馴染みが見つかるまでのナビ」
「引き受けた」
良太郎の即答に、エルナは少したじろいでしまう。
「ず、ずいぶんと安請け合いじゃない」
「今の俺は何もできないからな。死なない体とよくわからん鎧しか無い今は、あなたの提案は蜘蛛の糸だから」
「切れやすいってこと?」
「……唯一のチャンスってこと」
この世界に芥川龍之介はいない。
コホンと咳払いして、
「改めて言おう。俺はエルナさんの提案を引き受ける。肝臓一つやる代わりに、異世界での生活を助けてくれ」
「契約成立ね」
良太郎は右手を差し出した。
「あ、握手って文化ある?」
「あるわよ、互いの信頼を証明するものとして」
エルナは応じて右手を差し出し、二人の手が互いの手を握りあった。
「そういえば、医療ってどのくらい発達してるの? 臓器移植って俺らの世界じゃかなり高度な技術だとおもうんだけど……」
「そうなの? こっちじゃかなり歴史のある技術よ。魔術があるから、そっちに比べたら結構すごいことできるしね。」
「じゃあ、あなたのお姉さんも魔術でどうにかなるんじゃないの?」
エルナは人差し指をたててクルクル回しながら、
「確かに私たちの世界は魔術が根幹を担ってる。インフラも、思想も、軍事力も。でも、医療だけはそうではないの。
病気も傷も治せる、いわゆる『手をかざすだけで何でも治す治癒魔術』は使える術士が少なくてね。風邪とか、とれた腕とか、細胞を蝕む菌とかは薬草や縫合とか切除とかで対処するしか無い。あなたの世界じゃ難しい臓器移植がこちらではそうでもないのは、そういう、『世界の基盤である魔術』で押さえられない穴を埋めるために発達したからよ」
「なるほど」
「話を戻すわ。私の姉は青カビ病という病気に冒されていて、肝臓の動きが停止している。それで移植する肝臓が必要になるんだけど……。これはそっちでも同じだと思うけど、臓器移植の技術はあるけど臓器の提供は少なくて、用意しようとするとすごく値段が高いのよね。だからあなたの臓器を盗んでこようと思ったの。誰にでも移植できるからどうですかってアーディア教の司教が貴族諸侯に宣伝してたのも知ったし」
「へぇ」
良太郎はなんともいえない顔でうなずいた。
(でも、それって母親の医療費のために強盗するのとあんまり変わらんよなあ)
やってることは犯罪なので、100パーセント同情できる物でもない。
「だから俺は金のなる木とか言われてたのか……。でもさあ、俺が無限にその、臓器がとれるんだったら供給が増えて市場価格が下がって、安くなるんじゃない?」
「沢山とれるって世間に公表しなければいいのよ。あんまり用意できませんっていえば値段ふっかけられるでしょ」
「それやってるの本当に教会なの? 全然人のためになってない……」
100パーセントエルナ派になった。
良太郎はあまりの異世界宗教の腐った商魂に呆れかえってしまった。いっそ起業でもすれば良いのではないだろうか。
「それで、私たちみたいな市井の人々は異世界からの聖人様の奇跡を賜れないから、盗みに入ったのでした。」
「そうだ、あなたおなか減ってない?」
エルナは良太郎の空になった皿を見て言った。
「まあ、すこし足りないかも。」
「じゃあ、私の村に移動しながら臆病リスでも捕っていこう。カロリーもあっておいしいよ」
「どんなリスなの?」
荷物をまとめ、二人は歩き出した。
「普通の森リスと変わらないんだけど、名前の通り臆病なリスでね」
エルナはおもむろにクロスボウに鉄球を装填すると、木を選択し、あたりをつけて打ち出した。
鉄球はドンっという重い音と共に木を震わせ、葉を数枚落とした。
「今のは?」
「臆病リスは夜行性で、木の中に巣を作って休むんだけど、臆病すぎて大きめの音で吃驚して死ぬの。」
鉄球をヒットさせた、ちょっとした大木を調査するとピクピクと痙攣している真っ黒な小動物を何匹か見つけた。体毛が薄く、顔が地球のリスよりも薄くて、
なんだか……。気のせいか。
「こんな感じでやってみて。木は近くの葉っぱの歯形で判別できるよ。私は今とれたやつを解体してるから」
「うし」
良太郎は気合いを入れて食いかけの葉っぱを探した。
「とは言ったが、どうやって音を立てるんだよ……」
良太郎は適当な大きさの木の棒を拾うと、ウロウロと臆病リスがいそうな木を探す。
「これかな?」
それっぽい木の枝を見つけると、バッターのごとく構える。
気合い十分。目指すはスリーランだ。
そう思って振りかぶった瞬間、唐突に上からリスが数匹落ちてきた。
「およ?」
上に目線をやると、
「ヴェアアアアアアアアアアアアアアア!?」
背が三メートルはありそうな石の巨人が目の無い顔でこちらを見ていた。
「何今の」
エルナがリスの皮を剥いでいたとき、良太郎の悲鳴を聞いた。
いぶかしげに立ち上がったとき、
「あなたの相棒が、私の使い魔に出会ったのでしょう」
聞き慣れない声がして振り向くと、コートのようなスーツを羽織った男が木の陰から現れた。
「あなたは誰?」
「異世界人を憎む者。遍く異世界人を滅ぼす者。学院の伝統派といえばわかるでしょう」
男は不敵に微笑む。
「そして、私たちが異世界人の支持者も殺害対象ということもわかるのでは?」
「私たちの邪魔するならぶっとばすわよ」
エルナは、クロスボウに投矢カートリッジを装填した。
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