死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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マジカル☆オペレーション

夜。夕飯をご馳走になり、シャワーを借り、自由時間になった良太郎は、客間にいた。

テーブルとソファベッドをどかして広めの場所を確保し、真ん中に立つ。

これから良太郎は、ある実験をするつもりだった。

 両手を左腰に、鞘に入った剣を抜くように当てる。

 

(やっぱりか)

 

 するとどうしたことか、左腰には一瞬で剣が現れていた。右手で柄を、左手で鞘を掴み、そして引き抜く。良太郎の体が光に包まれ、瞬く間に全身を甲冑に包む鎧騎士の姿になっていた。左手には円盾も装備されている。グリップを掴むのでは無く、小手に固定されているようだ。

 

「この鎧は、武器を引き抜こうとすると現れる。名前は、カラドエリア」

 

 森で襲ってきた魔術師が言っていた名前だ。それほど有名なものなのだろうか。カラドエリアという名前については後でニーナに聞いてみるとして、今は鎧の分析が先である。

剣を一度鞘に戻し、体に意識を向けてみる。

 着ていない状態よりも、体が軽くて力がみなぎっているのがわかった。視力も上がり、夜目も利くのか、窓の外から隣の家の中の壁のシミまで見える。耳を済ますと近くの酒場の愚痴が聞こえた。

 

「ちょっと面白いかも」

(はあ、困ったことになった……)

 

 だが、エルナの声が聞こえると慌てて集中を切った。申し訳ない気がしたというか、

 

(変態っぽいことをしている自分がヤだな)

 

 もとの作業に戻る。

 試しに、右手で左手を殴ってみた。かなり力を込めて、拳をぶつける。ダン!! という重い音がし、左手に衝撃が伝わった。恐るべき威力だ。このパンチを生身の人間に当てれば、内臓を破裂させるくらいはするだろう。壁を始めに殴らなくて良かった。

 

(この力の使いどころは、かなり真剣に見極めないと)

 

ジャンプして天井に頭をぶつけたところで、次の調査。

 

 右腰に手を当てると湾曲を描いた剣、刀が現れ、引き抜くと光を噴出させると共に戦国時代の鎧武者を思わせる姿になった。先ほどよりもさらに身軽になった感じがしたが、代わりにどこか肌寒さというべきか、何か薄くなったような気がした。

 

(これまで二回使った感じ、素早さと攻撃力が上がるって感じかな? その代わり装甲を捨てているのかも)

 

 背中側の腰に手を当てると、今度は横向きにメイスが顕現した。銀色の八面体を先端に構えたメイスは重厚感があり、なんでも砕けそうな威圧感を孕んでいる。掴んで振りかざすとやはり和風の鎧は、厚みのある重戦士の姿になっていた。左手には身長ほどもあるタワーシールド。体が重くなり、動きが騎士や武者の時よりも早く動けないだろうなと直感した。

 

(これは武者とは違って、素早さを捨てて攻撃と防御に全フリしてる感じだ)

 

 

 良太郎はその後も動きを色々と試してみたが、三分経ったくらいで急に気分が悪くなった。心臓を捕まれたような不快感と全身に鉛を詰められたような倦怠感。鎧は光の粒子となって消え去り、寝巻き姿の良太郎だけが薄暗い客間に残った。全身から嫌な汗が噴き出し、喉がこもって咳をしたら血塊が出た。骨が軋むように痛い。

 

(カラドエリアは……装着すると死にそうなくらい気持ち悪くなる!)

 

ソファーの背もたれを倒してできたベッドにしがみつくように倒れ込む。

 五分ほどで症状は消え去ったが、良太郎の心中は未だ穏やかでない。

 

(この症状が毎回出るようなら、何度も戦闘なんてしていられない。)

 

 縁もゆかりもないもないこの異世界での良太郎のわずかなカード。教会の追っ手や学院の刺客に対して、切り時を誤れば待っているのは破滅だけだ。

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

 良太郎達三人がジャックス(この世界で言うトランプ)で遊んでいたとき、唐突にドアが蹴破られた。

「何?!」

「邪魔するよ!」

良太郎がビビる中、ニーナの家のドアを蹴破ってメンチを切りながら現れたのは60歳過ぎの老婆だった。顔や手は皺だらけにも関わらず背筋はピンとしており、老いを感じさせない佇まいである。ヒョウ柄のローブにドクロの首飾りは大変趣味が悪かった。左手にはトランクにキャスターをつけた茶色のキャリーバック。

 大富豪で負けまくっていたニーナは手札を捨ててゲームを無かったことにすると、突然の来客を出迎えた。

 

「こんにちは、カフカさん。お久しぶりですね」

「ひさしぶりだねニーナ! 安静にしろっつってんのによくもまあ遊んでいられるな!」

 

彼女はカフカ・レンズ。これから良太郎からの肺摘出とニーナへの肺移植を担当する医者兼魔術師である。

 

「まあこのくらいならあまり体に響きませんから。」

「とっくに余命宣告から二年経ってるしな! 普通半年で死ぬってのに、とんだ化け物だよお前さんは!」

「え、そうなの?」

 

良太郎がこっそりエルナに聞くと、疲れたように答えた。

 

「昔から体が丈夫だから……。私が知ったのも半年前だし。症状を気合いでこらえてたのよね」

 

 初対面のときから薄々感じていたが、ニーナは結構なゴリラなのかもしれない…。そんなことを考えていると、カフカが良太郎を認めた。

 

 

「アンタが例の異世界人かい?!」

「は、はい。僕が龍童良太郎で、ニーナさんの臓器提供者です。」

「ずいぶんとひょろい体型だね! 飯は食ってんのかい?!」

「はあ、昨日もご馳走になりました」

「嘘つけ! これでも食っときな!」

「これから施術ですよね?」

「そうだった! やっぱやめときな!」

 

 カフカは一度渡した臆病リスの干物(子人のミイラに見える)をひったくるとガツガツ食い始めた。

アグレッシブな女性である。

 

「さて、早速始めるか!」

「あの、何処で手術を行うんですか?」

「ここ!」

「はあ?!」

「驚くことがあるかい、被術者がいて、ワシがいて、横になる場所があれば手術なんてすぐだよ」

 

 驚く良太郎をほっぽって、カフカはキャリーバッグから患者服を二着取り出すと、良太郎とニーナに放った。

 

「さあ! 早速始めるか!」

 

 

 並びの良い健康的な黒歯をむき出してカフカはキマッた笑みを見せた。

 

 

 

 魔術に回復させる手段は無いものの、手術を補助する手段は存在する。例えば水系の魔術は出血を抑えることができるし、念動力を操れば患部を傷つけること無く患部を露出させることもできる。麻酔は睡眠魔術をかければ代用できる(この場合は精神に障害を引き起こすケースもあるので、専用の資格が必須)。

 では、高い免疫力と切開してもメスを取り込んだまま塞がるほどの再生力をもった良太郎の場合はどうするのか。すなわち

 

「腕が、腹ン中入っていくよォォォ?……」

 

 腕とメスを透過させて直接患部に届かせる。

良太郎は情けない悲鳴を上げながら自分の体に起きた異常な光景を眺めていた。

 カフカの、呪文がビッチリと書かれた包帯の巻かれた右腕が、泥の中にでも突っ込むようにゆっくりと良太郎の体内に入っていく。良太郎は現在、痛覚をバグらされながら肝臓の切除が行われていた。

 

「これか? いや、違うなァ」

「スピードくじを引くような感覚で人の腹を探らないでくれ……!」

 

 モゾモゾと体内の「何か」を捕まれる感覚に、良太郎は暴れ出したくなる。だが、ここで大きく動いたら手元が狂って悪化させることは確定的に明らかだ。必死に衝動をこらえて様子を見る。

 

「うう、注射も刺さるまで見ちゃうタイプなんだ俺は。気持ち悪……」

「仕方ねえだろう。麻酔打ってもすぐに起きちまうんだから」

 

 良太郎の祝福である不死身能力は、害を及ぼすと判断した物は全て分解、無毒化してしまうらしく、いくら打っても効かないのだ。というわけでとられた手段が「痛覚を魔術で麻痺させ、体表を透過させる」になったのである。

 

「本来は感覚操作も人に使うと逮捕なんだが……ワシは魔術を行使する医療行為に関しちゃ大抵の資格は持っておる。安心しな」

「ま、魔術にも制度があるのね……」

「多分これだな、取り出すぞ」

 

 カフカの指先に魔力で刃が生成され、的確に肝臓を良太郎の体内から乖離させていく。プツプツという感覚が腹の中から聞こえた辺りで良太郎は考えるのを止めた。

 右手が良太郎の体から引き抜かれ、クリムゾンの臓器が姿を現した。

 金属のトレイに湯気を上げた新鮮な肝臓が置かれた。現実味が無かった。

 

「さあて終わったぞ! これからニーナの方のオペをやっから、さっさと出て行って寝ときな!」

 

急にテンションが上がったカフカに促され、良太郎はぽっかりと穴の開いたような気分(ぽっかりと体内に空間はできているが)で体を起こそうとするも、上手く立ち上がれない。結局部屋の外にいたエルナの肩を借りてその場を後にした。

 

 

 

 

 意識が覚醒した良太郎は、見慣れない天井を見て自分が誰かのベッドで寝かされている事を悟った。

 

「目、覚めた?」

 

 ベッドの脇には読みかけの本を閉じたエルナが顔をのぞき込んでいた。

なんか良い匂いがする。エルナの部屋だろうか。

 

「覚めた。かも」

「良かった。じゃあこれ、食べといて。カフカさんは体力を使ったに決まってるから、食っておけってさ」

 

そう言って小さなテーブルに置かれたミルク粥(?)を指さした。

 

「何これ?」

「お粥。麦とリンゴを煮詰めて、ランドホーンの角を砕いて振りかけた料理よ。」

「ランドホーンってなに?」

「角が三本生えた地面を泳ぐ牛。三本角を木に化かして隠れて仮をする魔獣ね。肉食の牛で地面を泳げるから捕獲が難しいんだけど、角がしょっぱいから調味料として優秀なのよね。肉もミネラルが多くて」

「ウンウン、なるほどね」

 

 けったいな生物な上に情報量が多すぎる。良太郎は生返事しかできなかった。

気を取り直していただきますと木製のスプーンで一口食べてみると、甘塩っぱくて美味しかった。

 

「何か柔らかいお粥の中にシャリシャリした食感があるな。美味しい」

「リンゴを刻んで混ぜたのよ」

 

 薄く笑うと、エルナは読書に戻った。

良太郎は食べて、エルナは読書をして、静かな時間が流れる。

 

(そういえば、なんで言葉が通じるんだ?)

 

 ふと良太郎はそんなことを考えた。朝に新聞を見せてもらったときは、よくわからない記号が並んでいて訳がわからなかったのを覚えている。だが、現地の人とは問題なく話せている。

 

(なんかこう……不思議な力で翻訳されているのかな?)

 

 

 自分が生き返って腹の中に腕を突っ込める世界である。魔術があるのだから翻訳ぐらいあってもおかしくないだろう。良太郎はそう考えることにした。

 食べ終わるとタイミングを見計らってエルナが本を閉じた。

 

「おかわりいる?」

「欲しいっす」

「ちょっと待ってて」

 

 エルナはお盆にカラの食器を乗せて出て行った。

 手持ち無沙汰になってあちこち見回すと、良太郎は本が多いことに驚かされた。壁には天井まで背のある本棚にビッチリと本がしまわれており、横にして隙間に無理矢理詰めてある。棚の足下にも何冊かがピタリとそろえて積まれ、机は両サイドに壁を形成していた。

 地球では活版印刷ができるまでは本は貴重なものだったはずだと、うろ覚えの世界史の知識を掘り起こしてみる。この蔵書を見る感じ、本は多く普及される当たり前のものなのだろうか。クラスのオタクメガネの家には埋め尽くすほどの漫画やライトノベルが置いてあったので、エルナは何かしらのオタクなのかもしれないなとも推測してみる。

 机の上にはクロスボウとカプセルや矢、試験管やビーカーといった調合用機材が転がっていた。エルナの主武装らしいので手入れの最中なのだろう。森で使った煙幕もここでつくっているのだろうか。そういえば、聖堂でも森でも、やたら戦闘に慣れていた用だったが、普段何をしているのだろうか?

 部屋中を見ていると、

 

「お待たせ」

「ひゅーッ!!!」

 

 

 お盆にお粥を乗せて戻ってきたエルナに話しかけられて心臓が止まるかと思った。

 冷静に考えれば女子の部屋をジロジロ見て私生活を想像する変態である。

 いや、断じて変態では無い。別に女の子の部屋だからといって興奮することはないし、良い匂いがするなとも考えてはいないのである。本当である。

 

「何?」

「い、いやなんでも……タハハ」

 

 必死に取り繕ってお粥を受け取り、ごまかすようにかっ込んだ。やはり美味い。

 

「ねえ」

「うん?」

 

 半分ほど平らげたところで、エルナに話しかけられて良太郎は顔を上げた。

 

「やっぱり私も行くわ」

「え、でもお姉さんにとめられてなかったっけ」

「良いの良いの。適当に黙って出ていちゃおう」

「いや、まあ、エルナさんがいいなら良いけど。ちゃんと言っといた方が良いんじゃないの?」

「話聞いてくれないかもしれないし」

「でも、ちゃんと話はつけておいた方が良いと思うよ。心配していってくれてるんだしさ。俺もこの世界に来ること親とか友達に言えてないし」

「……あのさ、私の昔の」

 

 エルナがそう言って切り出したところで、

 

 

 ドッゴオオオオオオ!! と。

 街の外周部の壁からの轟音が窓を叩いた。

 

「大変だあ!! 森の主が街を襲いに来たぞお!!」

 

 住民の叫びを聞いて音の出所を見ると、複数本の触手が入り口から伸びていた。

 それは、良太郎の知識の中で最も近しいものを上げるとするならば、

 

「蛸?」

 




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