死なないからってどうしろと?   作:明石雪路

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やっと時間ができたのでまたちょっとずつ書いていこうと思います。


グシャット・オクトパス

「なんだ、あれ…」

 

街の外周で謎のタコの触手がのたうちまわっている。街に向かって触手が振り下ろされるたびにバシン、バシンと燐光が閃き、うっすらとドーム状の光の壁が瞬く。

 

「軟体生物ににた巨大魔獣……あれが森の主? でもなんで……」

 

エルナは突如街の外に現れた謎の触手に没我の声をこぼす。

エルナの部屋からその様を見ている良太郎は、タコにも驚きこそすれ、それよりも気になった事があった。

 

「タコもよくわからないけど、あの光の壁って何だ?」

「あ、ああ。あれは結界ね。外周の駐屯地に神官がいて、非常時には展開するようになっているの」

 

 なるほどと返してタコを見る。だが、良太郎はそこで変化に気づく。

 触手が壁にぶつかるたびに、結界にヒビが入っているように見えるのだ。否、気のせいでは無い。確実に亀裂が結界を覆い始めている。今タコの進行を遮っている結界が割れたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 良太郎は右腰から抜刀し、鎧武者に姿を変える。

 戦闘態勢に入った良太郎を見てエルナは驚いた。

 

「ちょ、どこいくの!?」

「あのタコを退治……最低でも追っ払ってくる。このままじゃ街が危ない」

「でも、あのサイズは」

「俺のこの鎧なら、なんとかなるはずだよ。それに俺、生き返るから」

「……じゃあ私も行く。あなた一人じゃ、死んだ後に生き返る暇もなく殺され続けそうだし」

「わかった。じゃあ、先に行ってるから。」

 

 そう言って藍色の武者は窓から飛び出していった。

 エルナは一連の流れについて行けずに一瞬唖然するが、すぐに我に返った。

崖を飛び降りた時と言い、胴体を潰されたのに逃げなかったときと言い、今回も無茶をするに決まっている。エルナは部屋のボウガンと弾薬をいくつかナップザックに詰めて追いかけようとして

 

「待ちなさい」

 

 虚空に浮く魔方陣から現れた鎖に縛りつけられた。

 

「お姉ちゃん……」

「あなたを行かせるわけにはいきません」

 

エルナの前に立ち塞がったのは、ニーナだった。

 

 

 

 

 

 疾風の速さを手に入れたカラドエリアは、屋根の上を伝ってタコの元へ向かう。

 蹴躓きそうな速度で街を突っ切る間、強化された聴力によっていくつもの声が聞こえた。

 

(一体何が起きているんだ。父さんや母さんは無事なのか)

(神官や警史がなんとかしてくれる、大丈夫、大丈夫……)

(怖いよ……助けて……)

 

 カラドエリアは、さらに踏み込んで加速する。

 良太郎自身この街に来て1日も経っていないし、特に愛着はない。だが、人々の安全が脅かされるのでは無いかと思った時、全身を燃えるような何かが貫き、戦闘態勢に入っていた。    

 昔の、英二と美里に会う前の自分ではきっとあり得なかったことだ。

 

 

 

 グングンと触手と距離が縮まり、頃合いを図って大跳躍。外周の壁を飛び越える。

 やつは、いた。外周部の整えられた芝生を荒らしながら暴れる怪物。

 緑の表皮、細かい触手を毛髪のように細く生やした頭部に牙の生えた円形の口、苔むした触手。太いしなやかにして強靱な腕をぶん回して結界を破壊し、人間を殲滅せんとするそれは、神の使いとも呼べるような冒涜的な姿をしていた。

 良太郎はぶっ殺してやる、とは思わなかった。

 如何に異世界の生物と言っても、彼らにも何かの事情があるのではないかと考えたからだ。

 だが、それでも。

 

「人里を襲ったんだ。半殺しぐらいは覚悟しろ」

 

 

 カラドエリアは鯉口を切る。

 突如閃き現れた襲撃者にタコが反応。触手の一本を稲光のごとく空を奔らせ繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、お願い。この鎖を外して」

「駄目です。外したら龍童君の元へ……あの森の主へ挑むつもりでしょう」

「当たり前でしょ。アイツ一人で勝てるわけない」。

 

エルナの姉、ニーナは魔術符を持ったまま離さない。

 

「あなたが行ったって勝ち目はありません。」

「………」

 

エルナは黙ってニーナをにらみ返す。

 

「あなたが昨日の会話で、黙って去るつもりだったのは知っていました。何故です。何故彼にこだわるのですか? 彼について行けば苛烈な日常になるのは予想できる。それはあなたにとって避けたいことなのではないですか? そう思ったから私は……」

 

 ニーナの瞳に哀憐が宿る。エルナは、昔のことを顧みた。

 

 

 エルナの過去は、簡潔に表すならば人殺しの手伝いである。

 とある貴族の馬鹿な三男坊の血を引いてしまった彼女は、紆余曲折を経て裏社会の一組織に流れ着いた。

元々あった冒険者という定義の曖昧な職業を隠れ蓑に、殺しや人さらいが跋扈していた数年前。彼女は調合士として数多の犯罪組織の行いに加担していたのだ。

 エルナは薬の調合のセンスを買われて爆薬や毒薬を作り続けた。

 

 そんな歪んだ人生からエルナを救い出したのは、自分の年下の従姉妹の存在を知った特一級冒険者ニーナ・ドルドエヴァだった。

彼女はエルナを犯罪に加担させた全ての組織、そしてエルナが組織にいた証拠を全て文字通り灰燼に帰した。

それが2年前。それからは特に命を脅かされるような事は無く安穏に生活が続き、半年前に姉の疾患を知った。これが大まかな彼女の生い立ちである。

 だが、彼女がその人生で欲したのは、安穏だけではない。

 

 

「それは少し違うよ。お姉ちゃん」

 

 エルナはハッキリと告げる。

 

「私は、命の危険があるような生活が怖かった。でもそんなことより、関わる人間の誰もが私を最期まで信じず、助けてくれなかった事のほうが怖かった」

 

 とある暗殺計画の時は、警史の踏み込み調査の囮に立たされた。

 幼いエルナを利用して罠を仕掛けることもあったし、失敗して逃げ遅れたときに救助が来たこともなかった。必死に命を繋いでアジトに戻ったエルナにかけられた言葉は、「なんだ、助かったのか」。

 数年経った頃には、エルナは誰も信じていなかった。誰も彼もが仕事だけの関係。危うくなったら切り捨て、駄目だと判断したら見捨ててきた。

 

「でも、彼は違う。龍童良太郎は違う。これまで何度も裏切る機会も見捨てる機会もあったのに、彼はそれをしなかった。命を賭けて私を助けてくれたし、今だって街のために戦っている。」

「だから、彼を信じて協力したいと?」

「わがまま言ってるのはわかってる。でも約束したから。」

「そうですか」

 

 ニーナの目つきが変わった。魔術符を握る手に力がこもる。

 

「では、私もわがままを言おうと思います。……エルナちゃんは絶対に行かせません。これまでのあなたの人生を考慮すれば、ここで茨の道に戻る必要はない。森の主は私がなんとかします。」

「病み上がりのお姉ちゃんじゃ難しいでしょ。悪いけど……断る」

「ではどうするのですか? その拘束された状態で」

 

 エルナは体に密着するように縛り付けられた左手をこっそりと腰に巻いたポーチに伸ばしていた。

 そしてカプセルの一つを掴み、握りつぶす。

 

「こうするわ」

 

バシュ、という破裂音と共に白煙が廊下内に充満する。魔術阻害弾だ。魔力によって編まれた鎖は光の粒子となって消滅した。

 そして煙が消えた頃には、エルナはその場にいなかった。

 

エルナは、窓から飛び出すと、混乱渦めく町中をすり抜けるように走った。

「今からそっちに行く。良太郎……無事で」

 

 

 

 カラドエリアは触手の突きを足の裏で受け流し、体が回転。その流れを利用して抜刀し触手を切りつける。

 その恐るべき抜刀速度と刀の切れ味は、切り落とした触手の先端が物語っていた。

 初撃はまずまず。

 良し、とほくそ笑んだのもつかの間、続いて襲いかかった触手に反応が遅れた。

 刀を振り切った姿勢だったので、左腕を絡め取られる。折れると思った時には遅かった。

 枯れ木のようにポキリと左腕が折れ、言葉にならない悲鳴を上げる。

脳が反射的に右手に刀を持ち替えて左腕を切断する判断を下せたのは、奇跡にも近かった。

 

 

 カラドエリアは地面に真っ逆さまに自由落下。落下による怪我は無かったが、切り落とした腕の付け根が燃えるようだ。恐る恐る傷口を見ると、肉は沸騰するように膨れ上がって再生を始めている。

 

「く、はは。人間離れしてるなあ」

 

 良太郎は強がって笑おうとしたが、痛みで上手くいかなかった。

 再生が完了し、剣を抜く。大丈夫、まだやれる。

 

「装甲……換装」

 

カラドエリアの右手に直剣、左手に円盾が顕現。

 鎧騎士姿となったカラドエリアに、鞭で打つように横薙ぎに触手が繰り出された。円盾を掲げてガードを試みるが、やってしまったと気づく。

 盾に防御された触手がそのままカラドエリアに巻き付いたのだ。よく見れば吸盤では無く茨の様な棘が付いている。

 

(そっか……陸上で動くから、吸盤よりもスパイクみたいな棘の方が良いんだ)

 

 全身に絡みつかれた状況で現実逃避めいて余計なことを考える。

 最期の一手間と言わんばかりに触手は力んで哀れな餌を締め上げる。

 ミキミキと嫌な音を立てて骨が折れ、茨が刺さって出血した。

 ポイッと触手を振ってカラドエリアを放り投げると、ボロ雑巾の様に落っこちた。

 

 全身が燃えるように熱を持っているのを感じる。良太郎は朦朧とする意識の中で兜越しにタコをぼんやりと見た。なにもハッキリと考えがまとまらないのに、戦わなくてはという思いだけが残っている。

武器はまだある。戦える。剣を杖のようにして立ち上がって。

 

 

良太郎は吐血し、血は兜の隙間からあふれ出た。

 

 「なん……ちくしょ……」

 

変身が解ける。タコは触手を器用に操って動かない良太郎を持ち上げると、ひょいと口に放り込んだ。

 




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