「クソ……。ツイてねぇ……」
旧フィリピン共和国・マニラエリアの曇天を仰ぎ、少女は呟いた。バケツをひっくり返したような
腹部の銃創からの出血が止まらない。雨と共に血がアスファルトの水たまりに流れ出る。普段なら少し寝れば治る程度の傷だが、
『廃倉庫を占領した不良少年たちを蹴散らせ。確認したら報酬を振り込む』
プロモーターから仕事のメールが送られ、少女は現場に向かった。しかし実際に居たのは武装したギャングだった。
彼・彼女たちは少女を見つけるや否やすぐ銃口を向け、弾丸を
逃げながら2~3人に
少女の耳に足音が聞こえて来た。分厚いブーツだろうか、硬質ゴムが水たまりとアスファルトを踏み抜く音が次第に近づく。敵ではなさそうだ。しかし、仲間という選択肢はない。この世界に自分を心配してくれる人間なんていない。親の顔は一度も見たことがない。
足音が頭のすぐ近くで止まった。“彼女”から煙草の匂いがした。
*
目を覚ますとそこはソファーの上だった。身を起こそうとすると銃創の激痛でバランスを崩し、床に転げ落ちる。赤茶色の髪で遮られた視界の隙間から部屋の風景が見えた。
ここの住人はかなりのズボラなのだろう。床は脱ぎ捨てられた衣服で散らかっており、目の前を先客のゴキブリが通り過ぎる。それと自分が呪われた子供だからというのもあるが、煙草の匂いが嗅覚を刺激する。
ソファーから自分のスマホが目の前に落ちた。今が何日の何時何分なのか知りたくて、指を伸ばす。画面をタップすると時間と共に通知ポップが表示されていた。
『お前はクビだ』
プロモーターから短いメッセージと共に自分はイニシエーターではなくなった。メールで「仕事しろ」しか言って来なかった男に何ら未練はない。イニシエーターだろうとストリートチルドレンだろうと自分の立っている場所がクソ溜めであることに変わりはない。
「ウチのソファーは気に入らなかったみたいだな。レベッカ」
しゃがれた初老女性の声が少女の名を呼んだ。銃創の痛みに耐え、ソファーのひじ掛けを支えに無理やり立ち上がる。
レベッカは細身の女性が立っていたことに驚いた。声から50~60歳ぐらいだと思っていたが、背筋は曲がっていない。生涯現役を貫くつもりだろうか。体格もトレーニングウェアも良い意味で年齢不相応だった。
視線を上げて顔に焦点を当てる。肌は日に焼け浅黒くなっている。顔は皺が多く、生来の黒髪から白髪が目立っている。初老というレベッカの見立ては間違っていないようだ。
「誰だ? アンタ」
「通りすがりの潜水夫さ」
「……。潜水夫ねぇ」
レベッカは訝しげに女を見る。自己紹介の通り、この部屋にはダイビング用の機材が置かれ、壁には海図が貼られている。しかし、それ以上に銃が多かった。壁や戸棚には拳銃、アサルトライフル、ショットガン、果てはグレネードランチャーまであり、そこらの民警以上の武装が飾られていた。
「ガンマニアか傭兵の部屋にしか見えねえけど」
「せめて海賊って言ってくれ。
B級映画のような浮ついた言動が鼻に付くが、それよりも疑問を解消したかった。
「何で私の名前、知ってんだ? 」
女は財布を投げた。レベッカが持っていた二つ折りの財布だ。中には1枚の紙幣と幾ばくかの小銭、IP序列118429位 レベッカ・ビジャヌエバと表記された民警ライセンス証が入っていた。
「金取ってねえよな? 」
「ガキから小銭取るほど落ちちゃいねえよ」
彼女の言っていることは本当だろう。入っている金額は記憶とさほど変わっていない。安心して財布をポケットに入れながら、レベッカは尋ねた。
「で、私は何をさせられるんだ? 」
「随分と物分かりが良いガキじゃねえか」
「愛と善意が有料サービスなのは、この世界の常識だろ? 」
女はニヤリと笑みを浮かべ、咥えていた煙草の先端が上がった。
吸い殻を灰皿に押し付け、女はチェアに腰を落とす。
「つい2~3日前の話だ。昔馴染みからの依頼で沈没したタンカーから荷物をサルベージたんだが、港に着いた途端、お前を襲った連中――ウィーラワットノドム商会にしてやられたのさ。積荷を奪うわ、わたしの手にケツの穴を増設するわで、ババア一人相手に容赦がねえ。ああ。残念だ。私が30~40歳若けりゃ連中をオートミールしか食えない身体にしてやったのにな」
「要は私にアンタのリベンジをやれってことか? 」
「
目の前の女は自分を過大評価している。レベッカの率直な感想だった。リベンジの話も自分が勝つことが前提になっている。彼女は自分が
「ただ、今のテメェが行ったところで蜂の巣になりに行くだけだ。明日の朝にはパシッグ川に浮かぶ愉快なアートの仲間入り。死ななかったとしても、手足を切り落とされて変態御用達のバービー人形だ」
レベッカは反論できなかった。普通の人間より強い自信はある。物心ついた頃には成人男性を半殺しにして金目の物を奪う生活をしていた。武装した警官も返り討ちにした。しかし、イニシエーターとなれば話は別だった。
「ところでお前、何でこっちしか使わないんだ? 」
女が両手にシルバーの拳銃を持ち、レベッカに見せる。片方は細かい傷や汚れが目立ち、もう片方は新品のようにきれいだ。傷のある方を少し高めに上げる。レベッカは何のことかさっぱり分からなかい。それよりも両手の拳銃に凄く見覚えがあり、それが頭に引っ掛かる。――当たり前だった。それは彼女のトーラスPT92なのだから。
レベッカは驚き、腰のホルスターに手を当てる。嫌な予感の通り、そこにPT92は入っていなかった。
「気付くのが遅ぇよ。――もう一度聞く。何でこっちだけなんだ? 」
「……
「そうか。
女は予備のPT92の銃口を自分のこめかみに当て、引き金に指をかける。レベッカは彼女が何をやろうとしているのか理解できなかった。歳のせいで朦朧としている様子は無い。確かに意思を持って銃口を自分の頭に向けている。
女の指に力が入り、引き金が動いた。撃鉄は上がらず、遊底も動かない。無論、弾丸は出て来なかった。
「え? 」
レベッカが唖然とする中、女は銃口を頭から離す。呆れた顔でPT92の後部を指でいじり、自分の耳元で拳銃を振る。
「
トイザラスというのは
「よく見たら
「ああ! ! そうだよ! ! 殴ったよ! ! 悪いか! ? 」
レベッカは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして叫んだ。
初老の耳にもしっかり届いたのだろう。女は鳩が9mmバラニウム弾を食らったような顔をしていた。指に挟んでいた煙草の灰が床に落ちる。そこから、こみ上げてきた笑いを我慢できなかったのだろう。鼻と口から笑いが零れた後、全身を震わせてレベッカのことを笑う。
「ヘイ、
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
女は両手にPT92を持つとレベッカの左右に銃口を向けた。
「
*
9日後 シブヤン海(マニラエリアから南東200km)
赤道直下の炎天に照らされ、数隻の高速艇が青く輝く海に軌跡を残す。先頭を灰色の軍用高速艇が抜け、炎と龍を模したカラーリングの武装した漁船が4隻追跡する。
漁船に搭載されたブローニングM2から12.7mm弾が放たれる。連続して飛翔する弾頭は高速艇に向けて軌道を描くが海面に水柱を立て、高速艇の装甲にかすり傷をつける。
機銃のトリガーを握った男たちは不規則に蛇行する高速艇の動きに翻弄される。当たらないことへの焦り、敵へのいら立ち、ボスからの叱責により更に狙いは大雑把になっていく。
「何でまだ漁礁にならねえんだよ! ! クソババア! ! 」
冷静さを欠いていたのは、彼らのボスも同じだった。時間が経つにつれて舵取りも仲間への指示も粗雑になっていく。遂には操作盤を殴って計器を叩き割る。
『老婆を殺してサルベージした荷物を横取りする』――そんな簡単なお仕事のはずだった。今頃、マニラエリアのモノリスを眺めながら仲間と祝杯を挙げていたはずだった。しかし、現実は違う。老婆は健在で荷物もまだ高速艇の中だ。
「おい! ! カルロス! ! いつまでババア相手に――
カルロスの船が爆発した。パーツを周囲にまき散らし、炎と黒煙が上がると共に漁船が後方へと下がっていく。
高速艇からの攻撃してくる様子はなかった。
「おい! ! 何があった! ? 」
『
爆発した船からレベッカは飛び上がった。左手に握った
敵の漁船がレベッカの背後に廻り、ブローニングM2を掃射。仲間の死骸もろともレベッカを葬ろうとするが弾丸を軽々と回避される。
「クソッ!!小っせえ上に動きが――
グレネードの餌食となり、また一隻の船がシブヤン海の漁礁になった。
レベッカはグレネードランチャーの照準を最後に残った船に向ける。
『今日のところはこれくらいで勘弁してやる! ! 覚えてろよ! !
漁船はUターンしてレベッカに船尾を向ける。口上からして逃走しようとするのは明白だった。それでもレベッカはランチャーの照準を変えず、トリガーにかけた指を緩めない。敵を生かす理由が無いのであれば、殺すしかない。
ボスの船が月に届きそうな勢いで吹き飛んだ。
レベッカがグレネードのトリガーを引く直前、海面から巨大なウツボ型ガストレアが飛び出し、船に食らいついたのだ。全長100mを軽く超える巨体と大顎で船を持ち上げ、空中で噛み砕いた。乗員はまず死んだだろう。
初めて見る海棲ガストレアとその大きさにレベッカが唖然としている間、高速艇が速度を落とし併走する。
『乗れ。ベッキー』
インカムから聞こえる
「オーライ。クソババア」
レベッカは自分を拾った女を
レベッカが飛び乗ると高速艇で速度を上げ、海域から離れた。彼女は自分が破壊した船をおもちゃのように遊ぶガストレアを眺め、あれがこっちに向かってこないことを祈りながら操縦室に入った。
バックモニターで一部始終を見ていたのだろう。ラッキーストライクの吸い殻を灰皿に押し当てながらババアは爆笑していた。
「あははははは! ! 最後のあれは傑作だったなぁ。ゴジラみてぇだ」
「ごじら? 」
「あー……昔の映画だ。気にすんな」
「そういうネタは同年代か話の通じる奴にしようぜ。私はババアの懐古趣味に付き合ってやれるほど歴史オタクじゃねえんだ」
ババアから拳が飛んできた。呪われた子供の優れた動体視力でレベッカは「おっと」と小声を上げて軽々と回避する。ババアから舌打ちが聞こえた。
「ったく、年上への敬意ってもんがねえな。このクソガキは」
「そういうアンタはガキの頃、ババアを敬ったのか? 」
「ああ、勿論だとも。マフィアに黙ってヤクを売り捌いていたのを黙ってやったよ」
「……ろくでもねえ」
*
夕方になるとマニラ湾は茜色に染まる。夕日によって空と海は赤くなり、ガストレア大戦後に建てられた新築のガラスビル群はその光景を反射する。この自然現象と光景はガストレア大戦前もそう変わらなかっただろう。
違う点を上げるとすれば、定規で風景画の一部を切り取ったかのようにモノリスが夕日と風景を遮っていることだけだ。
港への帰路、操縦桿を握るババアの隣で、レベッカはスマートフォンのゲームで時間を潰していた。突然のバッテリー切れで画面が暗くなった。レベッカは舌打ちし、スマホをポケットに入れる。スマホはプロモーターから支給された時からボロボロだった代物だ。バッテリー残量表示が正確だったためしがない。
「ベッキー。お前、明後日からどうするつもりだ? 」
「アンタには関係ねえだろ」
「ちったぁ、ババアの暇潰しに付き合えよ」
レベッカは大きく溜め息を吐く。
「どうするもクソもねえよ。いずれ
「クソ面白くねえ話だな。オブラ・ウィンフリー・ショウでも観てた方がマシだ」
「仕方ねえよ。金が無きゃ生きられねえ。この街で呪われた子供が稼ごうとするならイニシエーターか
「そうやって、ドブ沼の中でくたばるのがお前の
レベッカの中で感情と理性を繋ぎ止める糸が切れた。その言葉は触れてはいけないところに触れた。
レベッカは目を赤く輝かせるとババアの襟を掴み、彼女を床に叩き付けた。相手が60歳近くの普通の人間でも、命の恩人でも、そこに躊躇はない。
「
レベッカの顔にラッキーストライクの紫煙が吹きかかる。呪われた子供に力を向けられている状況でババアは余裕だった。レベッカがこうすることも、見込んでいたかのように――。
ババアは上体を起こす勢いでレベッカに頭突きする。レベッカが怯んだ隙に立ち上がり、今度は彼女の胸ぐらを掴んで自分に引き寄せた。
「訊いてもいねえ昔話をベラベラ喋りやがって。そういうところも
「はぁ! ? 人間と私のどこが! ? 」
「同じさ。愛も正義も
レベッカは何も言い返さない。ただ、狗のようにババアを睨みつける。
「クソ溜めで60年生きた大先輩が教えてやる。あたしもお前も同じ歩く死人だ。どう足掻いてもお花畑には戻れねえ。クソ溜めの中で生きるしかねえ。だったら、
「そんなのある訳――「あるんだよ」
「ベッキー。お前はもう楽しんだじゃねえか。大金を夢見て大海原を駆け巡り、迫り来る敵は撃ちまくって殺しまくる。仕事が終わったら札束握りしめてバーで乾杯。そんなハリウッド映画みたいな生き方、
レベッカの眼前でババアは笑みを浮かべる。それは、生者の世界に届けようと高らかに笑う死者――『
まともで正常な人間なら彼女の誘いに乗らないだろう。
「その楽しみ、アンタにこき使われなきゃ成立しねえよな」
「ちょうど、バイトが一人欲しいところだった」
2人しかいない夕暮れの船内、風と波の音だけが2人の耳に流れた。
しばらくの静寂を打ち破らんとする勢いで90年代ロックが鳴り響く。ババアのポケットに入っていたスマートフォンからだ。ババアはスマホを出し、電話に出る。
「よう、ベンジャミン。親父は元気にしてるか? 」
『相変わらず、Apple製品の悪口を言ってるよ』と青年の声が答える。
「そうかい。そりゃ良かった」
『それよりも不味いことになった。例の荷物、予定が変わって今日運び出されることになった』
それを聞いた瞬間、ババアの瞳孔が開いた。
「何時だ! ? 」
『30分前に車が連中のアジトに着いてる。そろそろ空港に向けて出発かな』
「そういうのは早く言いやがれ! ! 」
『仕方ないだろ! ! こっちも今知ったんだから! ! 』
ババアは再び操縦席に座り、エンジンの出力を上げる。再び数十年ものの唸り声は船に響き、マニラ湾の紅い海に軌跡を作る。
「おい! ! ババア! ! こっちにも説明しろよ! ! 」
「例の荷物が運び出された。このまま連中とかち合うぞ」
レベッカは揺れる船内で手すりに掴まり、上下するマニラの高層ビルを見ながら固唾を飲んだ。この9日間で自分はイニシエーターとして格段に成長したと感じる。しかし、これから戦う敵は自分と同じイニシエーターだ。人間相手のワンサイドゲームのようにいかない。
『連中、第一環状線を使ってる。ニノイ・アキノ国際空港を使う気だ』
「今、どの辺りだ! ! 」
『サインゲラサンを抜けた』
「港で車に乗り換える時間は無いな」
「いっそ空港に先回りして待ち伏せするか? 」
『あー。お嬢ちゃん? 誰か知らないけど、それはやめておいた方が良いよ。空港には香港からはるばる荷物を取りに来たマフィアが首を伸ばして待っている。IP序列100位以内のイニシエーターというオマケ付きさ』
序列を聞いた瞬間、レベッカは固まった。1000位ですら雲の上のように感じる彼女にとって、100位以内というのは想像を絶する領域だ。
「十二万と以下略のお前じゃ、即死だな」
『荷物を運んでいる民警さえ止めれば、後はどうにでもなる』
「車の特徴は? 」
『黒のセダン、日本車だ。あと、車体のドアに虎のマークがある。連中のシンボルだ』
「オーライ。そこまで分かれば十分だ」
「ベッキー! ! 」と名を呼び、ババアが双眼鏡を後ろ投げで渡す。
「デッキに出て車を探せ! ! 」
「見つけた後は? 」
「
ババアの指示の意図が分からなかった。だが、その笑みを見て、
大きく揺れる船内を走りデッキに出る。マニラ湾沿岸部を通る第一環状線を双眼鏡で覗き、獅子のマークが入った黒のセダンを探す。ものの数秒で該当する車を見つけた。
「3時の方角。速度はこっちと同じ」
『良いタイミングだ。このまま突っ込むぞ! ! 掴まれ! ! 』
「突っ込むってどこに! ? 」
レベッカが船の前方を見ると陸地がすぐ目の前まで来ていた。今からブレーキをかけても高速艇が陸に乗り上げるのは必至だ。
「おい! ! ババア! ! 前! ! 前! ! 前! ! 前! ! 」
「本番の舞台だ! !
高速艇が空を飛んだ。トップスピードで陸に上がった船体はビーチから環状線沿いの歩道に続くスロープを乗り上げた。速度と角度によって鉄のイルカは宙を舞い、環状線とセダンの進路を塞ぐように着地した。
道路上で船体が横転する。船室のガラスが割れる音と共にレベッカは路上に転げ落ちる。
「メチャクチャにも程があるぜ。クソババア」
レベッカは立ち上がり、体中に着いた煤やガラス粉を掃う。
面を上げると30m先に黒のセダンが止まっていた。
「フィエーダ。あれを始末しろ」
「……」
運転席の青年が助手席の少女――フィエーダに一言告げると、助手席のドアが開いた。
サーベルを握るスーツ姿の少女が出て来た。レベッカと同じイニシエーターだろう。その立ち姿から洗練された戦闘のプロだと感じた。
レベッカはバックサイドホルスターからPT92を抜き、二挺拳銃の構えに入る。
「……」
「……」
初対面の相手に言葉を交わそうとは思わない。相手が何を目的として、何の為に刃と弾丸を交える関係となったのか、語るまでもなく
フィエーダが構え、姿勢を低くする。一瞬で距離を詰めた。1歩の踏み込みで30mの間合いをゼロにする。神速の突きがレベッカの耳を掠めた。同時にクロスカウンターの要領でPT92の銃口を腹に押し当て、引き金を引く。
撃針が薬室を打つ瞬前、フィエーダは地を蹴り、退く。弾丸が出た頃には軌道上に彼女はいなかった。
レベッカは両手のPT92から弾丸を連発するが、当たる気配はない。人間を殺すことを想定した武器の速度は、呪われた子供に対しては遅すぎる。サーベルで弾丸を弾くなど朝飯前のようだ。
再びフィエーダが接近する。レベッカも左手でPT92のトリガーを引きながら、前に出た。9mm弾がサーベルで真っ二つされるが構わず人差し指を押し続ける。弾切れとなり、スライド・ストップがかかる。
それを好機と見たか、フィエーダのサーベルは加速した。
金属と金属がぶつかり、擦れ、火花が散る。サーベルの刃は届かなかった。レベッカはスライド・ストップした状態のPT92――その銃身とフレームの隙間でサーベルを受け止めた。
まさかの事態に思考が追い付かず、フィエーダが一瞬止まった。
その一瞬は、右手のPT92の9mmパラベラム弾を叩き込むには十分な時間だった。何度も続く銃声と共にフィエーダの服と体に風穴が開いた。
それでもフィエーダは倒れない。1発目を腹に受けた彼女だが、レベッカの腕を掴み、2発目以降を逸らしたのだ。
互いに互いを睨み、得物を抑え、イニシエーターの身体能力と動体視力を駆使した戦いは泥臭い力比べに帰結する。
レベッカはフィエーダを頭突きし、フィエーダが頭突き返す。自分の脳味噌の心配をすることなく、2人は頭突きの応酬を繰り広げ、そして、2人同時に仰向けに倒れた。
車から青年が降り、グロック19をホルスターから抜いた。
銃口をレベッカに向けた瞬間、彼の手元からグロック19が飛んだ。手から血が流れ、青年は痛みに耐えながらもう一方の手で血を抑える。
全員が銃声の元に振り向く。船の傍らに立つババア、彼女のベレッタM92
「勝負はついたぜ」
「俺に手を出して、
青年の悪態にババアは落胆し、ため息を吐く。最初から何も期待してはいなかったが、その組織の名前を出されると、自分の知る三合会と彼が口に出した三合会の差に憐れみを感じる。
再び90年代後半のロックが流れる。ババアは青年に銃口を向けたまま、ポケットからスマートフォンを出し、通話に出る。
「――ああ。こっちは済んだ。―――――――まだ生きてるぜ」
ババアが話し終えると、交代するかのように青年のスマートフォンに着信が入る。銃口を向けられる中、出るべきか否か悩む。
「出ろよ。きっと、香港のお友達からだぜ」
ババアに促され、青年は通話に出る。電話の相手に多大な恐怖を抱いているのだろう。全身から汗がどっと流れ、今にも下半身の前後の穴から漏らしそうなほど震えている。
「はい……。はい……。分かりました。ブツを渡します……」
通話を終え、苦悶の表情を浮かべながら青年はスマートフォンをポケットに戻す。
青年は後部座席の扉を開け、アタッシュケースを取り出した。両手を上げて怪しいものを持っていないことを再び示すとゆっくりとした足取りでババアの前に向かった。
「渡したくない」、「俺はまだ負けていない」と言わんばかりの顔で彼はババアの前にアタッシュケースを突き出した。
「
「クソ溜めの中でロビン・フッドごっこがやめられない大悪党さ」
ババアはアタッシュケースを受け取った。
青年は悪態を吐きながら踵を返す。倒れているフィエーダを抱えて車に放り投げると逃げるようにUターンしていった。
ババアは潮風に当たりながらラッキーストライクに火をつける。さすがに今回は疲れた。自分の年齢を感じながら、路上で眠りこける少女の顔を眺めた。
「Good job, Becky.」
*
1週間後
レベッカはババアのアパートにいた。床に散らばる衣服を拾い上げ洗濯機に放り込む。今にも変形しそうなほど震える洗濯機に「よろしく」と伝えるとソファーに尻を落とし、テレビをつける。
「東京エリアにステージV出現、電磁投射砲で討伐」というテロップと共に巨大ガストレアが
「レンタロー・サトミってやばくね? 」
高速艇が空を飛んだ後、レベッカは警察に捕まり、形式的な事情聴取を受け、IISOの職員に身柄を
ババアはプロモーターライセンスを
レベッカの頭の上に酒瓶がトンと置かれる。
「よう。ベッキー。ガキのくせに朝が早いな。見たいアニメでもあったのか? 」
「アンタがババアのくせに遅いんだよ。普通は逆だろ。このクソーー」
「このクソババア」とレベッカは言い放とうとしたが喉が詰まった。口が止まった。レベッカはそのまま黙り込む。
「どうした? ベッキー」
「そういえば、アンタの本名まだ教えて貰ってないな」
「……」
ババアから答えが出て来ない。まさかボケて自分の名前を忘れてしまった訳でもあるまい。レベッカが表情を窺うにおそらく、
結論が出た時、彼女は悪辣な笑みを浮かべ、咥えていたラッキーストライクの灰が床に落ちた。
「レヴィ……
人生初のクロスオーバーものを読んで頂き、ありがとうございました。90年代後半を舞台としたブラックラグーン、2031年を舞台としたブラック・ブレットのクロスオーバーをいかに上手く混ぜるか考えた結果、60歳のレヴィおばあちゃんがオリキャラの呪われた子供を育てるというブラブレ要素もブラクラ要素も行方不明な物語になりました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。