<Chapter3-2-8>
下り坂のような山道を降りること暫し。
足元の土に石が混じり始め、流れるような水音が耳に届き始めた頃。
俺は
(……確かに水辺付近だと瘴気が薄いな。 何も見えないって程じゃない、か。)
漂うドス黒い霧のような景色。
山の上の方になるに連れて少しずつ濃くなっていったその風景。
水回りでは大分薄く、流されていっては補給されているように見受けられる。
「……これ、川が結界みたいに作用してるってことか?」
『街中で周囲に漏れていないのは朝武と駒川が張った結界もあるが、水の作用もある……ということじゃな。』
「霊力だけの恩恵ってわけじゃないのな。」
水の間際まで近付き、泥に塗れた両手を少しだけ沈める。
冷たさと相反するように感じる快感。
引き上げながら、
『……何を?』
「いや、穢れの変化があるかどうかだよ。 水垢離と同程度には見積もって良いのかってね。」
反応は有る。
泥とともに流れ、下流へと去っていく両手にこびり付いていた穢れ。
つまり、空気中に漂っているのは土地から溢れたモノ……と考えて良いのかもしれない。
『まあ有ると思っていいじゃろうな。 湯を引くまでは朝武家でも文字通りの水浴びじゃったし。』
「先に言え。 ……しかし、温泉と水で祓えるけど土が穢れてるのか。」
『伝承の通りじゃなぁ。』
つまり、長男が行った呪術で放たれた血辺りが周囲の土地を伝わり侵食した?
確かにそれもあるだろうが、ずっと引っ掛かり続けている”呪物”に関して。
……まさかとは思うが、植物が他地域に広がるような手段じゃないだろうな。
そう考えると納得も行くが同時に疑問も多量に出る。
「……ん~。」
石ころを一つ拾い、水切りをするかのように水面に放った。
昔廉太郎と競い合った経験はまだ生きているらしく、四回五回と跳ねていく。
……
後ろに張り付いていた妹分も元気だろうか。 帰ったらメールしてみるか。
「将臣さーん。」
「んー?」
滴る水滴を(汗を拭き取る為に用意していた)タオルで拭いつつ。
掛かった声に背後を振り向く。
ビニールシートの上に座り持ってきていた手荷物……お弁当を広げている二人が呼んでいる。
「あ、準備できたの?」
「はい。」
手伝おうとしたら『少し待っていてください』と追い払われた俺。
水辺の確認はそんな事もあってだったりするのだが。
少しばかりの鬱屈は、空腹感と楽しみで思考の果てに追い出される。
「何だかこういうのも大分懐かしいな……。」
広げられたお握りや卵焼きと言った簡単な手料理。
外で食べることを前提として、且つ三人で食べることを考えたのであろうレシピ。
元々普段から内容を変えてお弁当を用意してくれている茉子ちゃんの意見だろうか。
或いは、最近少しずつ勉強し始めたらしい芳乃ちゃんの意見だろうか。
「ご経験が?」
「あ~…………子供の頃に。」
芳乃ちゃんからの質問にそう返す。
四人で何度か。
後は都会の方で一度。
学校行事での事を除けばその程度で、此処数年近くはご無沙汰だった。
「たださ、なんていうか……昔と違うっていうか。」
「?」
「まあ俺の気分の問題だから気にしないでくれると助かる。」
友人や親類と共に遊ぶ。
少し……いや語弊がある。
それは色々と来る物がある、というだけ。
(詳しい理由をはっきり言えれば別なんだけど。)
二人の現状からしても、それを口にすれば負担になるだけで。
だからこそ、俺は――或いは互いに――口にすることはしない。
ただ、雰囲気を察することくらいは互いに出来ていると信じたい。
「……余り深く考えても仕方ないですね。」
どうぞ、と渡されたのは普段よりも少し不格好にも見えるお握り。
気のせいかな、と思いつつ礼を口にして齧り付く。
中に詰められていたのは鮭、だろうか。
普段から食しているものと然程変わらないそれを嚥下しつつ。
(……なんでジッと見てるんだろうか。 って、
明らかに緊張しているような目線……に出る前の二人の行動を思い返す。
彼女達の掌より少し小さい程度の俵状のお握りだからこそ、二口程で食べ終わり。
「これ、芳乃ちゃんが作ったやつ?」
「そ、そうですね!」
「……うん、美味しいよ。」
出来や格好より、手料理という部分に心が惹かれる。
食べられない物体とかなら別問題だが、そんな訳は当然なく。
今更ながらに少し甘いような錯覚すらする。
「そう、ですか?」
ホッとしたような表情を浮かべる。
良かったですね、と見詰める
広げられたうちで、卵焼きを一口。
「……うん、これも美味しい。」
毎日食べるものだとしても。
食べる場所が瘴気に満ちていたとしても。
礼は欠かしたくないし――――実際、毎日美味しい料理が食べられているのは事実なのだから。
そう思って、口にして。
「……良かったです。」
ホッとした表情が二つ。
その視線を見つめ――――ふと。
二人を挟んだ反対側に。
きらり、と。
何かが輝いたような気がした。