A:結界の強度が上がってるので
<Chapter3-2-10>
円……と言うよりは渦を描く瘴気。
逆時計回りに漂い、石の中心から湧き出る/周囲を吸い込む。
二本の糸のように回り続ける片割れは、少し先の木の陰へと続いている。
(…………なんだ、これ。)
ムラサメちゃんを見れば、
二人の様子を確認している。
これに気付いているのは、俺だけ?
いや、二人が見える可能性は否定出来ない。
ただ、最も霊力に慣れ親しんでいるムラサメちゃんが気付けないという一点が引っ掛かる。
「……ムラサメちゃん。 ちょっと二人を任せていいか?」
だから、一人で踏み込む覚悟をする。
この機会を逃してしまえば。
そんな焦燥感に背筋を焼かれながら。
持ってきていた、叢雨丸を入れた竹刀袋を背負い直す。
『む? いや、構わんが――――急にどうしたのだご主人。』
「何かがあれば呼ぶ。 ちょっとだけ離れさせてくれ。」
眼前に小石を持ってきても、やはりその視線は糸へと向かず。
俺の顔を見ながら首を捻るだけ。
だからそう頼み込み、極短時間だけその場を離れた。
(……多分、見る為の基準があるんだな。 そしてそれは霊力の多寡じゃない。)
比較対象が少なすぎる。
後で二人にも見て貰うのは必要だと思いつつ、辿った先の木の元へ。
糸はその伸びた根の辺り……腐葉土に埋まっているのか、土の中へと伸びている。
一瞬動きを止め。
今更だと小石を持ってきていた小さなビニール袋の中へ封印。
そして自由になった両手で
(……土の下に何が有るんだ。)
何となく、予想しているものが有る。
もしそれが正しいのだとすれば、余計にこれを完全に浄化してしまうのに二の足を踏む結果になる。
がさがさと掘り出すこと暫し。
「やっぱりかよ。」
数十年、数百年単位で放置されていたからなのか。
或いは穢れに侵された土に埋もれていたからなのか。
持っている石よりも遥かに瘴気を放ち、そして取り入れている――まるで呼吸するような――小石。
普通に見ても、汚れが付着している。
もう一つの視点で見れば、これはもう石としての形を成していない。
あからさまな、呪いの元凶の一つ。
「ムラサメちゃん!」
大声で、その場で叫ぶ。
実物に手を伸ばすことさえ出来ない、したくない。
その言葉を切掛にしたのか、周囲の暗さが増したように感じる。
重い、鈍い粘着質な空気が木々を犯していくようにすら感じる。
(二人が此方に来ないことを祈るしかねえ……!)
二人をこの場に近付けたく無かった。
穢れに過敏なほどに反応してしまう二人。
これに触れてしまった場合の反応がどうなるのかを恐れていた。
竹刀袋から叢雨丸を取り出し、霊力の媒介とする。
(集中しろ……!)
小石を砕くことは出来ない。
しかし、その周囲……或いは内側から滲み出る呪い。
それらに対して干渉出来ないかと言われればそれもまた否。
結晶化した、受肉化した祟り神。
俺の体内に侵入した穢れ。
それらを打ち祓って来たのは霊力なのだから。
『なんじゃ、ごしゅじ……んおお!?』
奇妙な程に乾いていく喉。
焦りや不安、緊張もある気はする。
ただそれよりも、浮かんでしまうのは
震えを誤魔化すことなく、数十秒の長い空白を裂いて飛び込んできた相棒。
「見りゃ分かるか!?」
『当たり前じゃ! なんじゃこの穢れ溜まり……祟り神発生の前兆か!?』
「分からん! 取り敢えずこれを清めたい!」
あい分かった、と呟き即座に叢雨丸の中へ。
刀が仄かに光るのを認識し、抱えていた悪い感情が霧散するのを感じながら。
空気を切り裂くように、石本体に触れない程度に
ぷつん、という音が聞こえるかのように張り詰めたそれが千切れる。
同時に、周囲に漂っていた瘴気が周囲に散っていくのを肌と目で認識する。
「…………何とか、なったか?」
『ああ、刀身よりもその周囲に霊力を撒き散らすようにしたからの。』
……塗り潰した、という感覚が近いのか?
清めるという手段・方法を理解していないせいも有るとは思うが。
今まででも、叢雨丸を扱えると言うだけで剣術を身につけることに偏重していたし。
後々で少しでも勉強しよう、と改めて思考を固める。
「悪い、助かった。」
『それは良い。 ご主人、一体何があった?』
「……あぁ、ムラサメちゃんには言っといたほうが良いよな。」
戻りがてら、簡単に説明する。
ムラサメちゃんには見えなかった糸のこと。
追いかけた先で見つけた、明らかに呪物(の破片)と思われる小石を掘り起こしたこと。
そうしたら発現したのがさっきの現象だった、というところまで。
『……色々言いたいことは有るが、それは二人に任せるとしてじゃ。』
はぁ、と深い深い溜息。
嫌な予感。
「怒られんの!?」
『当たり前じゃろ!? とにかく。』
一息挟んだのは、彼女自身のためだったのか。
或いは俺のためだったのか。
『ご主人には……或いは他にもいるかもしれんが。 何かがあるのは間違いないの。』
それは――――なんだ、と。
心に黒が、一滴落ちた。