そして翌日へ。
<Chapter4-1-7>
風呂上がりに、肌の傷がぴりぴりと痛む。
それはこびり付いた瘴気を洗い流すための浄化のようで。
傷から侵入する可能性のあるものを押し流すようで。
ある意味で自慢の傷。
ある意味で不肖の傷。
(……背中に腕が回らないのが辛い。)
負った怪我の中で一番大きかったのは恐らく腹部と腕。
腹部は何度か引き裂かれたから分かっていたものの、腕は全く気付いておらず。
肩越しに回そうとして初めて痛みに気付いてしまった。
恐らくは打撲か、無理な体制で起き上がろうとした際に捻ったか。
こうした部分を無視して動いている分、やはり未熟だと俺自身を戒める。
(……とはいえさぁ。 何してるんだ芳乃ちゃん。)
風呂場でのことを思い出すと、頭に一気に血が上る。
後はまあ
最近こんな事が多い、と思えば――――ひょっとすれば茉子ちゃんの差し金ではないかと。
そんな事を思ってしまうほど、似ている部分が多すぎる。
(ぁ~、細かく考えない方がいい。 一旦忘れろ俺。)
廊下をぺたぺたと素足で歩く。
引き攣るような痛みは未だに続いている。
背中で怪我している部分は塗り薬を塗ってもらったから、べとべとした感触も同時に有る。
ただ、気分はすっきりとはしない。
色々と言いたいことは有るが、俺が言えることではないのだし。
……安晴さんには土下座で済むだろうか。
『何百面相しとるんじゃ。』
そんな声が、障子から半分だけ顔を擦り抜けて覗かせた顔から発せられる。
「あれ、ムラサメちゃん。 体の調子は?」
『結界内に戻れば直ぐに良くなったわ。』
それは良かった。
少しばかり残念な気持ちがなくもないが、しなくていいならそれに越したことはない。
……ついでだ、少し話に付き合って貰うか。
『……何じゃその目線は。』
「いや別に。 ちょっと寝るまででいいから話付き合ってくれるか?」
『まあ、構わんが。』
二人は、と問われた言葉に直ぐ部屋に戻った、と返す。
俺も身体の疲労は明らかに有るが、精神的に休まるまで少し時間が掛かると言うだけ。
そう長くはならないだろう、というのは恐らく共通認識として互いに有る。
だからこそ、少し寂しそうな顔を浮かべているのが印象的だった。
「っと。」
部屋には戻らず、そのまま縁側に腰掛ける。
その隣にふわりと座り、佇む影。
身近な唯一触れられるモノに寄り掛かるように、その距離は触れるかどうかのギリギリの位置だった。
『で?』
「ああ、山では二人が丁度来たから口にしなかったんだが。」
そういやムラサメちゃん、二人が来たら押し黙ったな。
何か理由があるのか、或いは彼女にも
半々くらいかな、という予想は付けた。
「霊力の総量が増えてる、って言ってたろ?」
『ああ……その件か。 それが?』
「実際ムラサメちゃんも気付いてるとは思ってる前提で聞くが。
あの瘴気の中で霊力だけが増える理由ってなんだ?」
普通にしていてあれだけ呪いに蝕まれたのが俺。
つまり対抗する能力的な意味ではゼロか、ほぼ無いくらいのはずだ。
その場合で対抗するために霊力を消耗する以上、考えられるのは。
『やはりそれか。』
「あるんだろ?」
『ある、といえばな。
ご主人、この間の吾輩の話……土地と叢雨丸の繋がりを覚えておるな?』
叢雨丸を介して結界に霊力を注ぐ、ってやつか。
そのお零れがムラサメちゃんに注がれ、且つ介入できないとかいう話。*1
「ああ、それが?」
『汚染された土地の浄化。 これに必要になるものとは何だと思う?』
土地の汚染対策?
確か二人の先祖……長男が行った愚行に対応して浄化したって話だったよな。
未だに残っているこの土地のもの。
或いはそれより前にあったのかもしれない物体の話。
「……結界、と霊力。 後は浄化する機構そのもの、か?」
『叢雨丸で打ち祓った祟り神が即座に消える理由とも繋がるのだがな。
「は?」
……つまり、なんだ?
瘴気を打ち消し合う霊力とは別で。
それそのものを変換してしまう刃?
「なんだその特攻兵器!?」
『と言う程使い勝手が良いわけでもない。
担い手自身に霊力がなければ、保護するために溜め込んだ分を消耗するからな。』
そう言われて思い当たる節があった。
祟り神祓いの際にムラサメちゃんが体調を崩す時と崩さない時。
霊力の消耗量が一番大きい理由かと思っていたが、それを補えているかの差もあったのか。
『そういう意味合いでは今回は多量に溜め込めたからな。』
「なら……総量が増える成長ってのもそういうことか?」
『ああ。 自然と担い手にも溜め込まれる以上総量も増える。
……それだけで済むか怪しいが。』
おい、嫌な一言を付けないでくれ。
そんな眼で彼女を見ても、仕方ないだろという眼で見上げてくる。
『そもそも何方も普段触れるものではない。
いつになるかは分からぬが、ご主人も霊力を操る術を身に着けるじゃろうな。』
「……良いことじゃないのか?」
『芳乃と茉子を見て同じことが言えるのか?』
ノーコメント。
あの二人はまた別の側面もあるが、確かに言われればそうだ。
「……なんかどんどん泥沼に嵌ってる気がするんだよな。」
『今更じゃろ?』
「お前が言うのかよ。」
『ま、何じゃ。 吾輩はいつもご主人を見ておる。
それで良しとしてくれ。』
良しとして良いのかどうなのか。
少しだけ迷う一言。
「ふぁ……。」
口から漏れる欠伸。
眠るには、丁度良くなったか。
「そろそろ寝る。」
『うむ。 子守唄はいるか?』
「してくれって言ったらするのかよ。」
『構わぬぞ?』
そんな軽口を交わしながら。
同じように立ち上がりつつ、二人並んで部屋へと戻っていった。
……いや、本気か?