……まあ、そりゃ黙るよね。
<Chapter1-3-2>
「有地さん、大丈夫ですか!? 包帯やガーゼの換えは!?」
「あ、ああ……いや、大丈夫です。 右肩が若干痛むくらいで。」
「右肩!? ちょ、ちょっと見せて下さい!」
結局、それから朝武さんが目覚めるまでには15分ほどを要した。
徹夜での看病をしてくれていた相手を起こすのが忍びなかったのは当然だし。
ムラサメちゃんも常陸さんも、何方も俺のことを心配して同じ部屋の中にいてくれたから時間は幾らでも潰せたから。
そして、いつも通り(というよりも二度目か)の朝武さんの寝惚ける姿を見た後、こんな形での詰め寄られ方。
これらの行動全てが心配、という一つの理由のみからの彼女の優しさなのだから頭が下がるが。
(近いし、ちょっといい匂いするし……!)
気恥ずかしさで距離を取ろうにもそれも出来ず、朝武さんが俺の右肩に触れ。
その次の瞬間。
ぴょこん、なんて音がしそうな明らかな変化が起きた。
「…………へ、耳?」
「……? ど、どうかしましたか?」
「その、朝武さん。 頭の上。」
俺の見間違い……いや幻覚?
ただ、こんな変化って確か……一昨日か、舞の時にも見た気がする。
一度目を擦って、もう一度。
やっぱり消えない。
「へ…………~~~~~~~~~~~~!!!」
「うわっ!?」
言葉を咀嚼して、自分の変化を確認して。
顔を赤くしながら自分の頭……というより変化した頭部、
手で折れ曲がったそれは近所で飼っていた犬を思い出させて、少しだけほっこりしつつ。
「こっ、ここここれは違います! 違うんです! 有地さんの見間違いっていうか幻覚っていうか――――。」
「でも、頭抑えてるよね?」
「あっ!? …………ううっ、嵌められた……。」
「人聞きが悪いからやめてくれます!?」
そんな引っ掛けたつもりもないからね!?
「はぁ……恐らくはご主人の身体に触れたのが原因であろうな。 右肩は直接祟り神に触れておる。 その残滓の影響と言ったところか。」
「…………え、祟り神? 昨日の、泥みたいな妙なアレが? それに……朝武さんの獣耳が関係あるのか?」
「やはりご主人にも見えるのか。
……つまり。
獣耳とムラサメちゃんの存在、それに祟り神……あの妙な存在は全て関係性がある、と理解する。
それらの共通点。
「普通の人には見えない、と思って良いのか?」
「今はまだ。 時間が経てば……吾輩以外、つまりは芳乃の耳と祟り神は誰にでも見えるようになる。」
「…………。 なあ、朝武さん。」
「……はい。」
「俺の立場からこういう事を言うのは卑怯かもしれないけど……話せる範囲だけでも良い、教えてくれないか?」
実際の所。
俺が今できることなんて言えば、視線の差異――――知っている情報から得られる答えの、出力の違い。
それらが、何か少しでも力になれるのなら。
可能な限りの情報を知っておきたい。
「……僕も、そう思うよ。」
そんな言葉と共に、障子を開け入ってきたのは安晴さん。
軽く頭を下げれば、目線だけでそれを受け止められ。
「芳乃。 彼にも関係があるのは間違いない……話せる範囲だけでも良い。」
「……わかりました。 ですが、他の部分は。」
「うん、黙っている。 約束だ。」
場所を変えよう。
そんな彼の言葉と共に、リビングへと移動することにする。
身体のあちこちがじくじくと、ヒリヒリと痛むけれど。
今は、それは気にはならなかった。
*****
「まず最初に。 今回の件は僕達の油断から来るものだ。 本当に申し訳なかった。」
「いえ、山が危ないっていうのだけは聞いてたので……それでも行った俺が悪いんです。」
「聞いていた?」
「ずっと昔に。 何でか、なんてことは知らなかったんですけれど。」
テーブルを囲む内、常陸さんと朝武さんの表情が少しだけ変わったような気がするのは……多分気の所為だろうな。
自意識過剰になりすぎないようにしないと。
「……分かった。 では今回は互いに責任がある、としておこう。 一旦はそれでいいね?」
「はい。」
「それで……説明をする上で確認しておきたいんだが。 将臣君は穂織の土地の伝承を知っているかな?」
「妖怪にそそのかされた大名が……っていう話でしたら、一応は。」
「そして、その妖怪を倒したのが叢雨丸。 土地神様から授かった御神刀だ。」
…………待てよ。
因果があるから結果がある。
だとしたら。
妖怪を討ち果たした刀である叢雨丸が本物であるならば。
「……あの伝承自体も、真実を伝えているってことですか? つまり、アレは妖怪?」
「全てではないよ。 ……もっと
其処をもう少し知りたいけれど……今は良い、後回しにしておく。
全貌を大雑把でも良いから掴みたい。
「とにかく、叢雨丸で妖怪を討ち果たした。 その際、妖怪は呪詛を残したんだ。」
「呪詛……え、あの動いていたものがですか?」
「そう。 僕等は祟り神と呼んでいる。」
……
神道、或いは八百万を祀る精霊信仰にも近い形ならそれも納得できる。
古来から、畏れる物を神として祀る事で遠ざけて来たのが人だから……なんて話を聞いたことがあったから。
ただ、神と呼ぶ理由が別にある気がするのは……考えすぎだろうか。
「ただ……ここ観光地ですよね? 何かあったら危険なんじゃ。」
「襲われる相手には……その、条件があってね。」
「条件?」
「妖に強く憎まれているもの。 芳乃の耳は、その象徴と言われているらしい。」
「…………生えているものは、襲われる?」
朝武さんへ視線を向ければ、確かに首肯した。
「朝武の家は、伝承にある戦に勝利した家の直系なんだ。」
「だから恨まれてる……そうなると、俺が襲われたのは。」
「恐らくは、叢雨丸に選ばれたからだろうね。」
「……叢雨丸も、恨んでいるってことか。」
まあ殺された武器なんだ。
それも当然か。
「まず初め……当時の朝武の姫に耳が生えた。 最初は見えていたのは吾輩くらいだったのだが……時間が経つにして、見える数は増えていった。」
「時間が経てば、っていう根拠は其処か。」
「そうすれば、途端に噂は広がった。 朝武の姫は、呪われた犬憑きの姫だとな。」
それが、伝承の原因――――んん?
俺が知る、犬神憑きの理由と違う。
ただ、今聞くことじゃない。 後でこっそり確認しよう……誰か、詳しい相手に。
「問題は、その全員に見えるようになる、という事そのものにあるのだご主人。」
「と言うと?」
「見えるようになるということは、穢れをその肉体に溜め込んでいるということだ。 ……そうすれば、災害のようなことが起こる。」
山が崩れ、大きな被害が出たことさえある。
そういった因果が積もり積もって、今の「イヌツキ」と呼ばれる原因になったのだと。
ムラサメちゃんは、感情を表すこと無く淡々と告げた。
「……呪われた姫、呪われた土地……。」
「その様子だと、ムラサメ様から説明を受けた……と思って良いのかな。」
「はい。 ……あの、安晴さんは。」
「僕には見えないし聞こえない。 だから、恨まれているのも僕ではなく……芳乃だけだ。」
その声に、もう一度朝武さんを見つめた。
慣れてしまったような――――何処か乾いた、目をしていて。
その隣に座る常陸さんは……
「基本的に山からは出ない。 それも夜だけで、昼は普通に入れるんだ。」
「けれど、強力になってしまえば……?」
「うん。 それを防ぐために、代々朝武の姫が穢れを祓っている。」
「穢れ祓い、を?」
……そんな簡単にできるものなのか?
「将臣君は芳乃の舞を見たことは?」
「一昨日に。」
「あれも、元を辿れば穢れ祓いの儀式なんだ。 定期的に行うことで文字通りに祓っている。」
「でも、昨日出てきた?」
「祓い切れない……残留物と言ったところかな。」
だから、それらは物理的に祓っている。
悲しげな口調で告げられたのは……自分には何も出来ないという、苦痛からだったのかもしれない。
「お父さんの言ったとおりです。 ……アレは、私が祓うべきものです。」
「……でも。」
「有地さんには関係ありませんから……ご不便をお掛けしますけれど。 絶対に、何とかします。」
その姿は、確かに決意を決めたように見えた。
でも、同時に。
張子の虎のように――――虚勢を張る、子供のようにも見えたのは。
気の所為なんかではないのだろう……恐らくは。
茉子に「過去」について踏み入れさせる部分の分岐。
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