<Chapter1-3-5>
「そういえば……えーと、茉子ちゃん?」
「……な、なんか違和感ありますね。 この歳でちゃんっていうのも。」
「そっちなのか……。」
冗談ではあったはずだけど、多分お互いに妙なテンションになっている。
そりゃまあ漫画とかならありがち、というかそんな感じだし。
俺自身も一昨日からの流れで麻痺し始めてはいるが、それでも慣れきることはしない。
「え、えーっと……それで、なんですか? 将臣さん。」
「ああ、いや……朝武さん今日何してるかって知ってる?」
「芳乃様ですか? ……ワタシが知る限りでは、仮眠をとった後で舞の練習と仰っていたはずです。」
「じゃあ本殿か。」
妙にぎこちない互いの呼び方。
まあ、女の子を名前で呼ぶ経験なんて思春期になってから殆どないしな。
例外が
「芳乃様に何か用事ですか?」
「用事と言えば用事……なんだろうけど、まあ個人的な感じかな。」
何がしたいのか。
それ自体は、ある程度は決めたから。
「そうですか。 余り、無理はなさらないでくださいね。」
「それは此方の台詞。」
神社が見えてきて。
「それでは、また後で。」
「うん、また後で。」
入り口間際で別れ、茉子……常陸さんは住居の方へ去っていく。
この辺きっちり区別しないといつか失敗しそうだなぁ、と思いながら。
本殿へ、出来る限り邪魔をしないように滑り込んだ。
「――――。」
とん、とん、しゃん。
祭りの時とは違い、様々に聞こえる音はなく。
だからこそ、舞っているその姿だけに集中できる。
途中にぎこちない要素がなく、次へ次へと滑らかに動作するそれは修練の賜物。
指先一つ一つにまで意識が行き渡っている、そんな姿を見て。
綺麗だな――――なんて、当たり前の感想を覚える。
此処まで綺麗に舞うのに、どれだけの練習を重ねたのか。
剣道の修行すら途中で放り出した俺には想像もつかず……少しだけ、心が痛い。
(練習だからって……いや、練習だからこそ、なんだよな。)
練習で出来ないことが本番で出来るとは思えない。
それはずっと昔に練習していたことから、身に沁みて分かっている。
出来るとすればそれは運が良かっただけ。
正しい意味で、常に全力を発揮するには……結局、練習が必要になる。
(…………祖父ちゃんが、受け入れてくれれば良いんだけど。)
そんな事を思いながら、舞が終わるのを待ったのは……五分か十分くらいか。
額には見えずとも、うっすら湯気が立ち込めて見えるほどには集中していて。
本殿の隅に置いてあったペットボトルから、水を飲み終わるのを待ち。
そして、俺に向かって近付いてくる朝武さんを待った。
「横になっていなくて平気なんですか?」
「大丈夫。 小さい傷だけだから。」
一番酷かった右肩の物も、時間が経つにつれて大分薄れてきた。
貼っていた湿布が効いたんだとは思う。
「それなら良いんですけど……。」
ほ、っと息を吐いてくれたのを見た。
それ程に、心配させていたことを再度実感する。
「今ので……穢れは祓えたの?」
「いえ。 練習ですから……奉納はまた別にきちんとやる必要があります。」
「毎日するものでもない、ってこと?」
「はい。 吉日を選び、身を清め……と、作法はありますが。」
何度も何度も行ってきたことだから。
当然のように、淡々と。
「でも、練習は毎日してるんだよね?」
「当然です。 物心ついた頃から、ずっと続けています。」
「はぁ……。」
思わず、感嘆の声が漏れた。
「あ、そうだ。 有地さんに渡しておきたいものがあるんです。」
「俺に?」
「はい。」
あちらに、と先ほど水が置いてあった場所へ。
その片隅には、綺麗に折りたたまれた何かの姿。
「あれ、これって……俺の服?」
「繕える範囲で直しておきました。 然程酷くもなかったですから。」
うわ、凄い。
裏からきちんと、目立たないようにしっかりと直ってる。
うちの母さんだったら捨ててる可能性だってあるのに。
「有難う。 これ気に入ってた服だったんだ!」
「いえ。 大きな傷もなかったので。 素人で拙くて申し訳有りませんが。」
「いや、普通に凄いと思う……手先器用なんだ。」
裏側、というか透かしてみても汚れまで落ちている。
一体いつの間にこんな事してくれたんだ……?
「あ、有難うございます……でも、普段からしていることですから。」
頬を僅かに染め、褒められることに慣れていないように。
当たり前の事を当たり前に受け取れない、極普通の少女の顔があった。
妙に俺まで恥ずかしくなって、一度こほんと咳き込んだ。
「普段から……ってやっぱり慣れてるの?」
「山に入っている時は、どうしてもこういった傷がついてしまいますから。 直せるものは直しているんです。」
「はー……。」
「普段の家事は茉子のほうが上ですけど、これだけは私のほうが上なんですよ?」
何処と無く自慢げな表情。
確かに、これなら自慢していいレベルだと思う。
「それだけの回数、やっぱり祓ってるんだ。」
「それが、私の責務ですから。」
至極当然にやることを。
そんな、
「…………そっか。」
「ですから、有地さんは待っていて下さい。」
俺を突き放すように、そう言った。
――――そう言われた俺が、どうしたいのか。
そんなものは、