<Chapter1-3-6>
ぱちん、と何かを止める音が聞こえた。
「よし、っと。」
そんな音が響くリビングの中で、彼女の姿を見上げていた。
「……なあ、常陸さん?」
「どうかしましたか?」
格好を見つめて一言。
「……どうしたの、その格好。」
「これですか? 忍び装束です。 ワタシの正装なんですよ?」
「正装がそれ……?」
確かに額当てとか細々した部分は忍者っぽいけど。
くノ一っぽいけど。
色々と露出が激しすぎると思うんだけど!?
「変ですかね? これ、先祖伝来の由緒正しい衣装なんですよ?」
「代々そんな感じなの!?」
「流石に作り直したりはしてますけどね、古くなってきたり着れなくなったりしますし。」
その台詞に胸元を見そうになって慌てて目を逸らした。
多分分かってて言ってると思う。
口元がニヤニヤしているように見えたし。
「なんというかこう……伝奇的なのだとそういうの儀礼的な意味もあったりするよね。」
「はい。 清められているので霊的な加護もありますよ。 読むんですか?伝奇系とか。」
「割と好きなジャンルだったりする。」
ファンタジーも嫌いじゃないけど、オカルト系列は興味があったから。
その興味が生まれた理由も穂織が切っ掛けなんて、まあ口にはしないけど。
「茉子、準備できた?」
「はい、此方は大丈夫です。」
そんな声を掛けた朝武さんも巫女服。
獣耳が生えたままなのは、祟り神の穢れに反応してなんだろう。
「では…………行ってきます。」
「うん、気をつけて。」
幾度となく繰り返したんだろうやり取り。
そんな風に頭を下げ、外に出た所で。
ああ、どうせなら――――そんな事を思いつくには、少し遅かったような気もする。
「ああ、ちょっと待って常陸さん。」
「はい? まあ多少なら構いませんが。」
大急ぎで自室、そこに結び付けられた御守の紐を外す。
『安全祈願』なんて書かれた、何処にでもありそうな御守。
けれど、形見分けで貰った大事なモノだ。
それを手に取り、戻って手渡す。
「俺には『今』はこれくらいしか出来ないけど、これ持っていって。」
「これは……?」
「御守。 多分効果あると思う。」
朝武さんに手渡しても多分何だかんだ言って断られそうだから。
そんな打算を込みで、
「良いんですかぁ~?」
「朝武さんが受け取ってくれるならそっちでも良かったけど。」
誂う時間があるわけでもないのだし、背中を押して外へと押し出す。
「気をつけて。」
「ですよね。 はい、お預かりします。」
そんな言葉を残し、二人を送り出して。
ぴしゃり、と閉じられた扉を前に、二人。
(……くそ。)
昨日、祟り神のことを思い出す。
今、送り出すしか出来ない自分に。
同行を願えば、拒否されるのが分かっていたから。
それでも――――。
(
だから。
自分の決意とは別に……彼の意志を、たった二人で聞いてみたかった。
聞ける機会など、早々あるわけではないから。
「……安晴さん。」
「ああ……何だい?」
「少しだけ、話をさせて貰ってもいいですか。」
「……勿論。」
多分、
入婿らしい彼も……今の俺と同じような苦しみを、味わってきただろうから。
「安晴さんも……やっぱり、思うところはあるんですよね。」
「それは…………ね。 本来なら芳乃を見送るんではなく、僕が何とかすべきだと思っているんだ。」
「……。」
「普段の舞は巫女……というより、直系が踊る必要がある。 祟り神は、僕が何とか。 そうしようと思ったこともあった。」
ただ、僕には出来なかった。
それは、大人が漏らす後悔だった。
先天的にどうしようもなく、後天的にも対処ができない才能の問題。
「その結果が……全治二ヶ月の怪我さ。 その時は、心配を大分掛けてしまった。」
「二ヶ月も……!?」
「ああ、もう完治はしているんだ。 ただ……そこで、理解させられてしまった。」
「……茉子、常陸さんにはあるんですか?」
「芳乃よりは弱いそうだけど……僕よりは、ね。」
自分の娘と、仕えてくれる娘を送り出すしか出来ない。
そして嘗ては……恐らく、自分の妻を。
だから……うん、だからこそ。
そんな人ではないと半ば確信しながら、言葉を紡いだ。
「安晴さんが、俺を……その。 朝武さんの婚約者にしたのは……。」
「……確かに、そうも取られてしまうか。」
一度、頭を下げた。
その意味は……多分、相当に重いものだった。
「そういうつもりは全く無い。 勘違いをさせてしまって本当に申し訳ないけれども。」
「なら……?」
「幾つか理由はあるのだけれど……まず、祟り神が穂織以外に現れた場合。 その正体を誰も知らなければ。」
「被害が相当に、広がる?」
一度、頷いた。
「そして、僕としてはね――――芳乃の為を思って、こうさせて貰ったんだ。 玄十郎さんとも、相談して。」
「祖父ちゃんとも……?」
「見ていて分かると思うけれど、芳乃は……昔からしっかりした子でね。 自分の状況、役割を理解していた。」
昔を、思い出す。
確かに、大事なことだと理解していた。
「あの子が、年相応に遊んだり……笑ったりしていたのも、幼い頃だけだ。 僕の妻から役割を引き継いでからは、更に。」
笑っていた子が、笑顔を失っていく。
「そうなる前に、何とかしたかったけれど……僕では、駄目だった。」
「……だと、すると?」
「劇薬かもしれないけれど……あの子に、同年代の友人の触れ合いを作ってあげたかったんだ。」
特別視しない。
対等な、友人。
そういう意味合いでは――――常陸さんでは、駄目だったのだろう。
家自体が代々仕えている。 その役割に準じる。
幼いながらに、理解してしまう理性があったから。
「だから…………。」
「安晴さん。」
「うん?」
「俺も……ついさっきまで忘れていたんですけど。 彼女たちと、約束をしてたんです。」
婚約者という立ち位置で、無理にでも接させようとする。
その位しなければ、朝武さんは拒否……いや、今のように距離を置き続けただろうから。
それを壊せるのは多分、今は――――。
「約束?」
「”困っていたら、助けてやる”と。 ずっと、昔に。
「!」
だから。
「……それ以上は言わないで下さい。 俺は、俺の意思で関わります。」
安晴さんの意思を聞いて。
二人との、約束を思い出した。
だから。
「ですから……これからも、宜しくお願いします。」
「ああ……宜しく、頼むよ。」
後はやるべきことを、するだけだ。
したいことを、しに行く。
それだけの話だ。
”二人”との約束。
その意味を、深く考えないまま。
その場を去って――――自分の部屋へと、足早に向かった。