<Chapter2-1-7>
数日が経過する中で。
唐突に、芳乃ちゃんの頭に耳が生えた。
――――つまりは、そういう日だった。
「――――シッ!」
「ガァゥ!」
右上段からの薙ぎ払い。
前足を溜めていた分後ろへの回避と合わせての尾の逆撃。
俺は振り下ろしたばかり、身動きは数秒遅れる。
「させません、よっ!」
「当然です!」
ただ、それを当然のように読んでいた茉子ちゃんが振るわれる前に踏み込んで少しだけ位置を変える。
起点のズレは終点で大きいミスへと変貌し、地面へと思い切り叩きつける形で結果となる。
それに合わせるように、尾へ鉾鈴が突き立てられる。
地面と縫い合わせられるように垂直に立てられたそれは、然程突き刺さっていないように見えるのに。
声にならない悲鳴のような物を祟り神が上げるほどには効果的らしい。
「清められてるとはいえ、何度見ても疑いたくなるなぁ……!」
「将臣くん!」
「分かってる!」
尾が封じられているということは、相手が獣の形を取っている以上行動全てを制限しているのと変わらない。
だから、今が最大の好機。
息を思い切り吐き出しながらの突撃、振り下ろし。
極めて単純ながら、今の俺が取れる最短の攻撃。
ただ、相手が当然それを黙って受ける訳もない。
尾だけで回避できないなら、身体毎無理に――――
「ぁぁぁぁあああああああああああ!」
「ガウ、ガァフッ!」
果たして。
尾の根本が半分ほど千切れ、鉾鈴が持ち上がり。
芳乃ちゃんが体制を崩し、祟り神を挟んだ反対側に引っ張られるのと。
俺の握る刃――――叢雨丸が身体の中程までを断ち切ったのはほぼ同時。
相手は存在しなかったかのように立ち消え。
振り下ろしたままの格好の、俺が其処に残る。
「…………はぁぁ。」
そのままの体勢で、残った息を全て吐き出す勢い。
都合二度目の祟り神祓いの儀式だが、大怪我――――下手をすれば死ぬことだってありえる儀式、言い換えれば実戦。
やはり色々と足りなさすぎる、というのは自分自身が一番理解していた。
ただ、振るう事だけは問題なくなっただろう、という。
淡い実感を得られたというだけで。
「お疲れさまでした。」
「お疲れ様。 茉子ちゃん、ごめん助かった。」
「いえいえ。 あの状態ならワタシが動くのが一番確実でしたし。」
見る回数もこれで二度目の忍者装束。
やはりこうして見ていると、今思うことじゃないけど……色々露出が凄いなぁ、という感じ。
これで防御性能があるっていうんだから凄いよな加護。
「それに……芳乃ちゃん、大丈夫?」
する必要もないけど、なんかやってみたくなった血振りをしてからの納刀。
南総里見八犬伝じゃないが、こういう格好付けが出来るならしても良いんじゃないかというのが俺の意見。
それを済ませて、中空にムラサメちゃんが浮いて出てきて。
未だに転んだような格好をしたままの芳乃ちゃんへ手を伸ばした。
「平気です……けど、有難うございます。」
「ごめん、俺がもう少し早く何とか出来てれば。」
「いえ……普段より大分楽でしたから。」
まあ、確かに祓う手段を持つ頭数が一人増えれば全然違うだろう。
叢雨丸は唯でさえそういったものへの特攻みたいなもんだし。
「ご主人も大分危なかっしいのう。」
「慣れなきゃなぁ。」
「もし、これが普通の刀だったら芳乃へ怪我させていたかも知れぬぞ?」
「…………だよなぁ。」
引っ張られていたから。
急に前に出てきたから。
幾らでも言い訳はできたとしても、実際に怪我を負わせる可能性だってあったのだ。
……今のままじゃ駄目だな。
「……将臣くん、左肩の所。」
「へ?」
転んだ体勢から起き上がるのを手伝い。
汚れている服を
なんだろう、と手を伸ばせば。
何かに引っ掛けたような、微かな攣るような痛み。
「多分、祟り神の尾が触れていたんでしょうね。」
「大丈夫ですか!?」
「いや、本当に掠ったくらいだと思う。」
前回の物と比較するのが間違ってるとは思うが、雲泥の差。
本当に転んで膝を擦り剥いた、とかその程度の赤くなっている感じに近い。
ただ、服は所々解れてしまっているが……またかよ。
「なら、帰ったら先にお風呂入って下さい。」
「……え、何で?」
「穂織の湯はそういった穢れを祓う特性があるからじゃよ。」
……確かに超万能だってのは知ってたけどさ。
穢れ祓いにさえ効くの?
「神泉か何かで?」
「土地神様の加護という意味では大正解じゃの。」
「そういやそうだった、聞いた俺が馬鹿だったわ。」
ってことは、土地神様の加護は文字通りに土地全域に働いてるってことか。
……そうなると、祟り神が湧いて出てくる裏山が特殊すぎるようにも思えるな。
「お二人共、もう戻れますか?」
「私は大丈夫。 将臣くんは?」
「大丈夫大丈夫。」
互いに声を掛け合って、帰路を辿る。
既に月も大分高い位置にある。
……新月じゃなくてよかったな、まだ三日月くらいか。
「月明かりがあって良かったですね。」
「本当に。無いと大変だものね……。」
「ですよねぇ。」
当然二人は無い状態でも退治の経験があるらしい。
ふと気になったのだが。
「そういえば、二人はいつくらいからこの……退治始めたの?」
「いつ……と言ってもそこまで長くはないですよ。」
「ですねえ。中学に上がった頃からですし。」
それでも数年はやってる訳だ。
……ん、数年?
祟り神は
「……なぁ、ふと思ったんだけど。」
「?」
「祟り神が現れるペースとかって記録取ってたりする?」
二人が互いに顔を見合わせるのが分かった。
「……いえ、最低でも月に一回くらいですかね?」
「その辺りは……私達じゃなくて、陰陽師の家系の人が調べてくれたりするから気にしてなかったです。」
「陰陽師。」
いるのか陰陽師。
「……なら、時間が出来たときでいいから案内してくれないかな。」
「それ自体は構いませんが……何故?」
何故、と来たか。
思考が硬直化してるのかも知れない……或いは考えないようにしてるだけか?
「ちょっと、気になるんだ。」
事、オカルトだったら――――二人の助けになれるかも知れない。
そうなら、良いんだけど。
小さく、気付かない内に笑っていた。
「…………。」
「…………。」
「え、どうかした?」
そんな俺を見て。
二人は――――異口同音に、何かを呟いた。
良く、内容までは……聞き取れなかったけれど。