<Chapter2-2-6>
案内されたのは学校の保健室。
ぷぅんと漂う湿布の匂いが染み付いているのは、多分前の学校とも変わらない。
下手をすれば元武道館という曰くもあって、此方のほうが鉄の匂いが漂うくらいだろう。
「さて。引き継いできている……と言ったね。済まないがまずは将臣君の疑問から聞かせてもらおうか。」
「とは言っても、俺も生兵法な部分はあるので……間違いなんかがあったら随時指摘して下さい。二人も。」
「……はい。」
「そう、します。」
この部屋にやってきたのは四人。
俺と、みづはさんと……芳乃ちゃんに茉子ちゃん。
内二人は……なんだろう、恐れているような。
何かに怯えているような雰囲気がした。
知られたくないとでも、言うような。
更に踏み入れてほしくないとでも、言うような。
ただ――――踏み入れないわけにも、行かない。
いつかは、いつかは。
そう悩み続けていて、二人に負担を掛けたくはないから。
「まず最初に……疑問に思ったことがあるんですけど。」
「疑問?」
「”イヌツキ”……狗神憑きって呼ばれる起因に関して聞いて、何かずっと引っかかってたんです。」
「ふむ。それは……”狗神”と呼ばれる呪術が切っ掛けかな?」
小さく頷いた。
二人は……まあ、当然知っていることだろうとは思うけど。
改めて口に出そうと、乾き始めた唇を湿らせた。
「『狗神』『猫神』『
狗神の作り方……というよりは、呪物の作成方法は何故か調べようと思えば調べられる。
犬を地面に埋め、届かない場所に食事を置いて放置。
飢え死ぬ直前で食事を目の前に起き、それに届く直前で首を刎ね。
その首を加持祈祷をし、家で丁重に扱うことで生まれるもの。
或いは蠱毒と同様に数匹で争わせ、最後の一匹を殺す事で呪物と化す場合もある。
何方にも共通するのは『呪物よりも術者が上の立場』として実行し。
そして狗神を作った家系に取り憑き続けるとされる『家、家系に宿る呪い』。
だからこそ、『呪われた側』である朝武家に犬耳の呪いが発現するのはイレギュラーなのだ。
もし、それが発生する理由があるとすれば――――。
「……それに関しては私が言うことじゃないな。お二方に聞くと良い。」
「分かりました。」
視線を、特に意図せずに二人へ向けた。
芳乃ちゃんは何かを言おうとして、口を閉ざし。
茉子ちゃんは笑顔を浮かべるだけ。
――――何かを知っている、と隠す気もないように。
……話してくれると、良いんだけど。
「ではもう一つ。今の話とも繋がるんですけど……祟り神に関してどの程度研究してるんですか?」
「ふむ?どの程度、とは?」
「飽くまで俺の実感ですけど、祟り神の……なんと言えば良いんですかね。強さ、みたいなものが違う感じがしたんです。」
「強さの違い……ね。成程、成程。」
腕の辺りを指を数度叩く仕草を繰り返す。
何かを考え込む時の恰好なのだろうか。
一分ほどはじっくり黙った後で、彼女は口を開いた。
「はっきり言ってしまえば、私……そして先祖が記録した中に強さの差異に付いての記録はなかったと思う。」
「……無い?」
「私の家系は陰陽師ではあったものの、陰陽寮……つまりは物忌みやら祈祷と言った方面が専門でね。
俗に言う呪術に関しては朝武に仕えるようになってから調べ始めているんだ。」
「それは、分かります。」
「そして、私の代になってから調べているのは……そうだね、端的に言ってしまえば『呪物』と『呪い』に関してだ。」
「呪物と、呪い。」
それは、先程俺が口に出したことそのもの。
呪い……つまりは、芳乃ちゃんの獣耳を含めた穂織全てに掛けられたそれ。
「常陸さん、確認するが――――此処最近の出現頻度は前と変わらないね?」
「……そうですね、ワタシが知る限りでは変わらないと思います。」
何故茉子ちゃんに問い掛けたのかは分からないが。
そうやって少し考え込んだ後の表情は、今のものよりはマシになっていて。
「前々から資料を見て気にはなっていたんだ。数百年続く呪いが、
「何故……って、私の家系が呪われたからではないんですか?」
「それは間違いないです。但し、続く理由にはならないんですよ、巫女姫様。」
「それって……?」
芳乃ちゃんが問い掛ける。
それは、少しでも見えた先への光のようにも見えるから。
ただ。
「芳乃ちゃん……こう言っては何だけどさ、
「……え?」
「何でもそうだろうけど、何かが発生し続けてるのは原因が絶対にある。多分みづはさんが言いたいのはそういう事だと思う。」
ただ、それが『何』から先に進む鍵が無かったからこそ言わないでいた。
言ったとしても仮説に過ぎず、何か先に進む切っ掛けにすらならずに。
気分を落とさせるだけに過ぎないだろうから、と。
みづはさんは続けて呟き、俺が後を継いだ。
自分が彼女のことを何と呼んだのか、それに気を配るのを瞬時忘れて。
「ただ、取っ掛かりは出来た。強さが違うっていうのが間違いでないのなら、その差がある筈なんです。」
「……多分、その差が呪物……ですよね。」
「だと私は判断するしか無い。恐らくは周囲の街々からの悪念も吸収して種火にしているのだろうが。」
ぽつり、彼女は呟いた。
誰も彼もが口を閉ざし。
部屋の隅に置かれた荷物の――――ずっと渡したままの御守が、何も言わずに揺れていた。
全員の心を、表すように。