<Chapter2-2-7>
外に出た時には日が少しだけ傾いていた。
お昼時、と呼ぶには遅い時間帯に坂を三人で降りる。
ただ、その際の雰囲気は登る時とは真逆で。
全員が押し黙り、誰かが話しかけようとしても口籠る。
そんな、俺が引き起こしてしまった空気の中で建実神社へ戻り。
各々が別れ、食事を取って。
気付けば――――もう既に、夜というに相応しい時間になっていた。
その合間何をしていたのか、自分でも余り記憶にない。
ムラサメちゃんも幾度か話しかけてきていたような気はするが、今はおらず。
気付けばスマホとノートに呪いについての事を書き連ねていて。
何をしているのだろう、と自分で自分を嘲笑った。
(…………明らかに大失敗したな。)
なんとか気力だけは絞ってお風呂だけは入ったけれど、普段よりも明らかに短い時間。
心配そうに見ていた安晴さんには悪いのだけど……自己嫌悪というか、なんと言うか。
もう少しやり方があったんじゃないか、と思ってしまう。
……こんな事、元いた家では深く考えたことも無かったのに。
「もう寝るかな……。」
時計をちらりと見れば、普段よりも大分早い時間帯。
ただ、このまま起きているよりはマシだと思って。
一度軽く伸びをして、テーブルの上のものに手を伸ばした時。
控えめに何度か、障子の縁を叩く音がした。
「……はい?」
「その……ワタシ、です。」
「茉子ちゃん?」
「……入っても、良いですか?」
その声は、聞き覚えのあるもので。
気付けばどうぞ、と彼女を招く声を発していた。
失礼します、と小さく告げる声は普段とは違い。
何と話して良いのか、悩むようでもあった。
障子の閉まる端に、
目の前の少女の方に、意識を取られていた。
「……その、もう大分遅いけど大丈夫?」
「はい……朝に一度戻りますし、お母さんには連絡しましたから。」
風呂上がり独特の――――石鹸にも似た香りが漂っていた。
何のために、なのかは聞かずとも分かったけれど。
…………それを口にしていいのか、聞いて良いのか。
みづはさんに聞くことは出来たのに、彼女たちへは聞くことが出来ないのか。
そんなぐるぐるとした思考は、多分そう長くはなかったと思う。
「「あの。」」
異口同音に発した言葉が被った。
何方も、話しかける機会を伺っていたようで。
そんな事をして、互いに小さく笑みを零して――――妙な、重苦しい空気が何処かに霧散したような気がした。
身体中を覆っていた何かが、大気中に溶けてしまうように。
「……茉子ちゃんからどうぞ。」
「なら、ワタシから。」
互いに譲り合っても何も変わらないから。
何方から言っても変わらない、とばかりに譲って。
「……芳乃様と話して、ワタシの中で留めておいた事があります。 聞いて、くれますか?」
「……二人が、聞かせてくれるというのなら。」
はい、と呟いて。
茉子ちゃんの口から聞こえてきた言葉は、合っていて欲しくないと思っていた仮想の事実そのもの。
「将臣さんは、不思議だと思いませんでしたか? ムラサメ様をワタシが見ることが出来る理由に関して。」
「……何故だろう、とは思ったかな。 芳乃ちゃんなら分かるんだけど。」
「もしかすればワタシと将臣さんが同じ理由かも、って思いますよね。 でも、そうではなくて。」
「芳乃ちゃんと――――いや、朝武家の血を引くから。 そして、それは同時に。」
「……はい。 『犬神憑き』となった原因は、ワタシの家系にあります。」
少しだけ長くなるので。
そう言って、一度立ち上がった彼女へ自然と付いて行った。
向かった先は、裏庭――――に面した、縁側とでも呼ぶべき場所。
リビングで互いの喉を湿らせる飲み物を2つ。
部屋に戻らずに、何故此処に来たのか。
そんな理由を問い掛けられるほど、俺は酷くはないつもりだった。
並んで座り。
顔を見ずに、当然のように話は続けられた。
「春祭りの時の、伝承は……聞いていますよね。」
「ああ、うん。芦花姉から聞いてる。」
「実際にはもっと血腥い。ただ、それだけの話なんですけどね。」
そして、語られたそれは――――兄弟同士の、殺し合いの話だった。
呪詛に関わるものなら、幼少の頃に語られ胸に秘めるという本当の歴史の話。
遊び呆け、自由に過ごし続ける長男。
真面目で、国を護ろうとする次男。
どの時代にもある、そしてありふれたと言ってしまえばそれで済んでしまう話。
受け入れられない長男は、隣国に唆され謀反を起こし。
そして同時に、穂織の土地全てに呪詛を放った。
次男は、穂織の土地を護るために戦ったが呪詛の力があまりに強く敗走し。
すわ最後の時か、という時に夢で土地神から受けた天啓。
――――とある刀の存在。人柱となる、犠牲を必要とする声。
今も代々引き継がれてきた……犠牲の末に得た刀、叢雨丸。
その刀を使用し、乾坤一擲に打って出て……隣国大名共々、長男を討ち果たすことに奇跡的に成功し。
そして、長男は呪詛を残した。
『これが血の繋がった親のすることか、弟のすることか。』
そんな、恨み言と共に。
「穂織全てが呪われていた、そんな状態からは逃れたとしても……朝武家への呪いは避けられなかった、か。」
「ワタシの家系は……その長男から繋がれた、罪人の家系です。 今も、朝武家へ迷惑を掛け続けている。」
その罪滅ぼしとして。
先祖の呪詛を消滅させるため。
名を捨て、常陸と名乗り。
命を、身を、全てを賭けて朝武に仕えている。
「……ただ、それだけの話なんですけどね。」
彼女は、天を見上げていた。
裏山で、月が覆われているのに。
その先にあるものを見通すように、唯見ていた。
「……そっか。」
「はい、それだけです。」
そんな、彼女の横顔を。
普通にしているはずなのに――――何処か、泣きたそうな顔をしているように見えた彼女を見て。
意識していなかった、心臓が一度強く跳ねるのを感じた。
「…………うん、やる気が出た。有難う、話してくれて。」
「……え?」
「今までは、何だか……もっと、漠然とした感情だった気がするけど。」
幼い時の約束。
ただそれだけを、と。
それより先のことを考えずに、なんとかしようとだけ考えて。
「そんなことばっかり考えるのは、絶対……苦しいもんな。」
芳乃ちゃんの苦しみは、未だ知り切らず。
茉子ちゃんの、苦しみを知った。
……今は、それだけでいい。
それだけでいいと、思った。
ただ、同じ……天を、見上げた。