感情の名前に気付けない。
けれど、秘めていることには気付いてしまった。
<Chapter2-3-10-Y>
御馳走様、と四人の声が響いて。
口の中に残った、甘ったるい味を残った緑茶で流し込んだ。
今日初めて連れて行って貰ったお店でも、同じようにして。
夕御飯を食べた後も同じ事で。
満足している自分を、どこか冷めた目で見ている自分がいる。
(……お風呂入る前に、練習しなきゃ。)
毎日の日課であり、土地神様への奉納でもある舞の練習。
最も効果があるのは儀式として行う物でも、普段からするだけで意識が透き通るような感覚がある。
清められる、と言って良いのか。
「ご主人、今日はどうじゃった?」
「んー……楽しかった、かな?」
「そうか、そうか。」
そんな、二人の声が離れていくのを感じながら。
最後の一口を含んで、苦味を舌の上で転がした。
「芳乃様?」
視線を上へ向ければ、洗い物をキッチンへ運んでいた茉子が不思議そうな目で私を見ていた。
「……ごめんなさい、何?」
「いえ、なにか考えているようでしたから。」
「そんなつもりはなかったんだけど……そう見えた?」
はい、と告げる声に少しだけ首を傾げた。
考えるようなことに思い当たる内容がなかったから。
或いは、自分で気付いていないだけなのだろうかなんて思ったりもして。
自分で自分が分からない、なんてテレビで聞いた言葉が脳裏を過ぎったりもした。
「普段はなされないことをしたから疲れてるのかも知れませんね~。」
「そう?」
「ワタシにも経験はありますし。学校帰りに遊んでくるのも殆ど経験ありませんよね?」
「……無いってわけじゃないでしょ。」
「小学校の始まりの頃とかじゃないですかぁ。」
う、と詰まってしまう。
ずっとずっと昔から傍にいた相手。
隠し事なんて互いにすぐに気付くし、経験も大体が同じことの積み重ね。
だからこそ、大概の言葉がそのまま茉子にも返せるわけなのだけど。
「茉子だって経験ないでしょ。」
「……まあそうですけど。あ、でも。」
「?」
「
何故だろう、その名前が出て。
余り感じたことのない感情が吹き出た。
帰り際、校舎裏で彼に言われたこと。
志那都荘で玄十郎さんを交えて話したこと。
田心屋で幾つもの中から選んで、食べ終わるまでゆっくりしたこと。
それらが幾つも絡み合って。
「……芳乃様?」
「何、茉子。」
「そういえば、ちゃんと聞いてませんでしたよね。…………
その単語が切っ掛けで、自分で気付いていなかったものに気付いてしまった。
何故冷めた目で私自身を見ているのか。
遊んでいる自分を責め立てる自分が半分。
……喜んでいる自分に、何も彼に言えない自分を自虐する気持ちが半分。
そんな割合で、抑え込んでいたからなのだろう、と。
「デートっていうのかしら、あれって。」
「男の子と女の子が出掛けたならそれで良いんじゃないですか?」
「なにか違う気もするけど。」
ただ、と。
その言葉に付け足してしまった。
「私を見ずに、他の女の人を見てた将臣君には……
「それはそれは。」
笑顔を崩さない、茉子。
「抑え込みすぎるくらいなら、少しは表に出したほうが良いですからね~。」
「……それでいいの?貴女は。」
「どうなんでしょうね。何か言いたいような、言ってはいけないような。そんな感じでして。」
「茉子も……余り、自分の中に溜め込まないほうが良いわよ。」
「ですね~……。ワタシ自身も、良く分かってないんです。」
「それは、私も。」
互いに、小さく笑った。
ずっと昔、何も知らなかった頃のような笑顔で。
「芳乃様、この後は?」
「舞の練習の後で、お風呂のつもり。」
「でしたら、一緒にワタシもお風呂にお邪魔してから帰ってもいいですか?」
「良いけど……?」
「少し、お話しませんか? 他に、誰も聞かれてない所で。」
「……良いかもね。」
茉子にしか話せないこと。
私しか聞けないこと。
多分、そこに――――重なる部分はあるはずだから。